No.1026 読書論・読書術 『考える読書』 養老孟司著(双葉新書)

2014.12.27

 『考える読書』養老孟司著(双葉新書)を読みました。
 著者は言うまでもなく、『バカの壁』(新潮新書)で日本の出版史に残る大ベストセラーを書いた解剖学者です。本書は「小説推理」という雑誌に2001年1月号から掲載された書評エッセイで、2007年に『小説を読みながら考えた』(双葉社)として刊行された単行本を改題して新書化したものです。

   著者の写真入りの本書の帯

 帯には著者の写真とともに「物語のむこうに社会が見える!」「解剖学者のユーモアと明晰な論理のメスが、小説の読み方を一変させる」「”目からウロコ”の読書術」と書かれています。また、カバーの前そでには、以下のような内容紹介があります。

 「『ファンタジーを読んでホリエモンを考える』『ディック・フランシスを読んで都市化を憂える』『クライムノベルからアメリカ社会を読み解き、そして倫理について考える』『村上春樹はファンタジーだ』などなど、大いに読んで大いに考えた養老式読書術」

 本書の内容は、基本的に推理小説専門誌に書かれた本の紹介です。当然ながら推理小説が中心となりますが、これはネタバレになるのを防ぐために難しいものがあります。実際、本書で紹介されている推理小説の紹介を読んでも、その本のイメージがあまり湧いてきませんでした。また、いくつかの章は、読書とはほとんど無関係になっており、いわば著者による社会時評になっています。でも、これが、なかなか面白かったです。

 たとえば、血液を題材とした『セカンド・エンジェル』フィリップ・カー著(徳間書店)の紹介では、著者は以下のように述べています。

 「医学がらみの作品はたくさんあるが、私はたいてい評価しない。職業柄かもしれないが、嘘が目立って面白くない。医学領域に持ち込めば、さまざまな設定ができると著者は思っているかもしれないが、じつは逆だと思う。科学技術は『なにかをできるようにする』ものだと一般には思われているが、科学そのものはむしろ『なにかができない』ことを明確にするのである。熱力学は永久機関を否定した。それだけ考えてもわかるであろう。その『できない』ものを、『できる』という設定で書いてあると、どうも面白くない」

 また、南九州の火山が噴火する『死都日本』石黒耀著(講談社文庫)の紹介では、以下のように述べています。

 「九州の火山はじつは巨大火山だということを、この本で知った。霧島山などというが、これはべつに火山としての単位ではない。もっと大きな火山の一部なのである。縄文時代に南九州に大噴火があって、土地の縄文文化が滅びたという話は知っていた。それとはべつに九州はシラス台地が多く、そこが杉の造林になっていたりすると、台風のときに地滑りを起こしたりする。シラスは火山灰が積もったものだ。そんなことも断片的に知っていた。そこにこの小説である。おかげで、やっと頭のなかで話がつながった。そんな気がしたのである。
 日本の本を読んで、そういう思いをすることは多くなかった。本を読んでも、なかなか目からウロコが落ちないのである。古事記のスサノオノミコトの所業、その描写は火山の噴火の状況を示すのではないか。そう書かれると、あっと思う。べつにそれが正しいとか、間違っているとか、そんなことを問題にしたいのではない。そういう視点があるな、とウロコが落ちるのである。古事記は本居宣長のような、まじめで古そうな爺さんの読むものだ。そういう偏見が訂正される。火山学者が読んだっていいのである。もちろん医者が読んでもいい」

 『ブラックジャックによろしく』全13巻、佐藤秀峰著(講談社)の紹介では、以下のように述べます。

 「ガンになったから、後がないのだ。多くの人はそう考えるであろう。どうやらそれは違う。後がないのは、いつでも同じである。老少不定、無常迅速。以前はお坊さんがそれを説いた。一休の歌、『門松は冥土の旅の一里塚』はその典型であろう。じつはわれわれが持っているのは、今日だけなのである。
 これば変わってきたのは、情報化社会が進んだからである。そこでは人は自分を情報とみなすようになる。自分が実体ではなく、情報に変わると、自分を変わらないものと見なすようになる。情報は変化しないからである。ところが現代社会では、ほとんどの人が逆に考える。テレビのニュースも新聞の記事も、日替わりじゃないか。変わらないのは、それを読んでいるこの『自分』だ。つまり情報はつねに変化するが、自分は不変だ。そう思っているに違いないのである。
 そう思っていると、死が理解できなくなる。だって『変わらないもの』が『死ぬ』、つまり『なくなる』のは、どう考えても変ではないか。現代社会では、人の名前は一生のあいだ変わらない。社会も人間を情報と見るようになったのである。江戸時代なら、事情はまったく違うことに気づかれるであろう。幼名、元服、隠居の号。その間でも役職が変われば、しばしば名前も変わる。秀吉の時代には、その変化がもっと激しかった」

 これは「諸行無常」と題するエッセイの中の文章ですが、この後、著者は次のように述べています。

 「要するに現代人は死なないと思っている。個性を持った私という人間、すなわち確固とした自分が存在すると思うなら、死ぬのは変である。それなら自分は死なないという、暗黙の結論になるほかはないではないか。
 人は日々変化する。そう思えば、逆に『死ぬのは誰だ』という疑問が生じる。それは今日生きているこの私ではない。だからこそ、その日その日なのである」

 さらに、この後も次のように述べています。

 「メディアは情報の典型である。メディアに属する人が、人が日々変化するのを信じないのは当然であろう。しかし昨日の私はもういない。10年前の私もいないし、子ども時代の私もいない。それらの人々は、すべて『死んでしまっている』ともいえる。それなら人は何度でも死ぬ。毎日死んでいる。女房や亭主の顔を見て、あらためて考えてみればいい。こんな相手に惚れたのは、どこのどいつだ。その意味で人間はその日暮らしである」

 「米国国家安全保障局の正体」という副題のついた『すべては傍受されている』ジェイムズ・バムフォード著(角川書店)の紹介では、以下のように述べます。

 「医者のなかでも、解剖を選んだ。生きた人間などに本気でかかわりあうと、ロクな目に遭わない。どこから爆弾が飛び込んでくるか、わかったものではない。世界貿易センターのビルで働いていた人も、まさか旅客機が窓から飛び込んでくるとは思わなかったであろう。
 20年ほど前だが、ロンドンで洪水があった。そのときに、ロンドン大学の解剖学教室の建物が古かったので、地下にあった遺体保管室から遺体が流れ出た。だから予算をよこせといったじゃないかと、教授がかんかんに怒った。その教授の奥さんがそういって笑っていた。
 これも文脈が合わない。そう思う人がいるに違いない。面倒だが、以上のことをまとめて説明する。こうした種類のことは、世の中ではふつう厳粛なことなのである。個人の死は、遺族にとってみれば、人生の一大事である。しかしそれを端から見れば、しばしば笑い話である。戦争がそうである。戦うほうは命がけだが、見ているほうはテレビである。そのおかしさを医者は知っている」

 この後、著者は以下のようにじつに良いことを言います。

 「私が戦争を嫌うのは、辛抱がないからである。家康は戦国育ちで、いやというほど戦争を見てきたはずである。その人が人生は重荷を背負うて山路を行くがごとしといった、それを軽く考えるべきではない。たとえ戦争をしたところで、やっぱり辛抱はいる。どうせ辛抱するなら、平和の辛抱がいい。だから江戸は300年近い平和を保った」

 ノンフィクションについて書かれた「事実と小説」では、著者は以下のように述べています。

 「客観報道という『理想』が当然として続くと、いつの間にか報道の主体がどうであれ、内容を信じる癖がつく。私は子どもの頃にそれで『だまされている』から、そういう嘘はつかない。かならず報道側と報道の中身を対にするのである。
 ウソをつくのと、本当のことをいうのでは、ウソをつくほうが大変である。『話を作る』という努力が要るからである。ウソをつくほうが楽だという人もあるが、そんなものはどうせすぐにばれるウソである。そんなウソは、ウソの風上にもおけない。本気でウソをつくには、相当な努力が要る。それが行くところまで行くと、質の良いフィクションになる。こちらはいつもそれを読んで、楽しんでいるのである」

 その後、著者は日本人について以下のように述べます。

 「歳をとるにつれ、日本人はバカ正直で、西洋人は真っ赤な噓つきだと、思うようになった。ダイアナ妃事件を見ても、シンプソン事件を見てもそう思う。日本ではあれだけ明確なウソはつきにくい。それが日本語の特性だと論じたことがある。日本語は発言者の心と明確に結びつくから、自分が悪いと思っているかどうか、それが見えやすいのである。だから自白中心になる。西欧語は、それがない。そのかわり具体性が強いから、真っ赤なウソをつくしかなくなるのである。だから証拠中心になる。
 ということは、文化的に、そうした『癖』がつきやすいということでもある。日本人は大きなウソがつけないし、西洋人は大きなウソであれ、小さなウソであれ、ともかく真っ赤なウソをつくのである。『国際化』をいうなら、それはよく心得ておく必要があろう」

 大学院生のころにデカルトの『方法序説』を読んで感心したという著者は、本来の性癖として理屈っぽいものが好きなのだそうです。その著者は「個と普遍」というエッセイで次のように述べています。

 「なぜ若者が『常識』を疑問に思うかというなら、日本の若者は個性や独創性については十分に聞かされるが、普遍性を同時に教わらないからである。学問は元来は普遍性を追うものだったが、いまでは専門性を追うものに変わった。だから明治の人はそれを『科学』つまり『分科の学』と名づけたのである。そうでない学問を哲学と訳したはずだが、哲学もまた分科の学の1つになった。普遍性の追究がないところに、常識や良識があるはずがない。高校生にそれを説明しても、おそらく無理だと私は判断した。だからその時ははかばかしい返事はしなかった。きちんと説明すべきだったかもしれないが、そのときは時間もなかった」

 「またもやファンタジー」というエッセイでは、かのホリエモンについて次のように語ります。

 「ホリエモンが金で買えないものはないというとき、現代のファンタジーは頂点に達している。私自身は金で買われて生まれてきたわけじゃない。私がものを考えているとき、金で考えているわけじゃない。そんなことは当たり前で、金が普遍化するのは、権力が強制するからである。だから地域通貨なんてものを考える人が出てくる。しかし地域通貨であろうと、ファンタジーには変わりはない。なぜなら一期一会、人生に交換はないからである。なにごとも交換可能だと思うところから、金が発生する。この原稿と原稿料とが、なぜ見合うか、それを計るモノサシなどない。それを金は計ってしまう『ように見える』。だから『金で買えないものはない』という話になるので、そういう無理を通すなら、それこそなんでもありであろう。命の値段はいくら、子どもの値段はいくらの世界である」

 『文明崩壊』(草思社文庫)の著者であるジャレド・ダイヤモンド氏と対談した後には、著者は次のように述べています。

 「まだ政治を重要だと思っている人が多いのは、新聞を見ればわかる。第1面は、政治面なのである。しかし私の生活を実質的に動かしているのは、経済であり科学であって、政治ではない。政治を重要にしているのは、そうしておけば『害がない』からだと、私は思う。何年かに一度、小さな紙に名前を書くことを、選挙という。それで『世の中がよいほうに変わる』などと、いい大人がどうして思うのだろうか。政治は『まつりごと』で、それはそれとして重要だが、環境問題は実質である。その意味では、じつは政治とは食い合わせである。政治で世の中が『よくなる』と思うのは、雨乞いすれば雨が降るという信念と、似たようなものであろう」

 さらに著者は、靖国問題についても以下のように語ります。

 「靖国問題は、『実質的には』どうでもいいからこそ、『問題』になるのである。夫婦喧嘩みたいなもので、傍から見れば、まさにどうでもいいことで、喧嘩をしている。しかしそれを『どうでもいい』といってしまっては、それこそ政治にならない。だから私は政治は嫌いだという。どうでもいいことを、どうでもよくないように仕立てる。それが政治の要諦に見える。なぜそんな面倒なことをするかというなら、実質的にはそれがいちばん『害がない』からであろう。その裏にあるのは、人間の性癖である。なにかを大切だとしないと、世間が成り立たない。その『なにか』について、ああでもない、こうでもないと議論する」

 さて、このように賢者の言葉に溢れている本書において、一番興味深かったのは、2001年2月に書かれた「お金の使い方」というエッセイでした。著者は冒頭に「元旦に猫に死なれた。享年十八、猫の墓掘りが新世紀の初仕事だった」と書いています。そして、次のように少々ショッキングなことを述べています。

 「中学生の頃、子猫を捨ててこいといわれたこともある。数匹生まれたうちの、発育のいちばん悪い、片目が見えない子猫だった。飼うわけにはいかず、あげようにも貰い手がないに決まっている。仕方がないからいつも行く山に連れて行って、首を絞めた。ところがなかなか死なない。悪戦苦闘して、ともあれ死んだのを見届けて、埋めた。後に解剖学をやるようになって理由がわかった。猫の脳に血液を送っている動脈は、内頸動脈ではない。背骨の中を走っている椎骨動脈だけである。それなら首を締めたって、なかなか死なないのは当然である」

 中学時代にこのような経験した少年は、大人になってから次のように述べます。

 「特定の動物を殺した記憶は、いつまでも強く残っている。死なれるのは嫌だが、殺すのも嫌である。そうかといって、実験では動物を多く殺す。これはじつは二人称と三人称の違いである。飼っている動物は二人称である。自分で世話をしていると、殺せなくなる。日本語ではこれを情がうつるという。だから私は実験に野生動物を使うことが多かった。これは赤の他人、つまり三人称だからである。人間だって、知り合いの死の方が、赤の他人の死より堪える。きわめて親しい人は、結局いつまでも死なない。それをあきらめるために、さまざまな死後の儀式がある」

 この考え方は、後の著書『死の壁』(新潮新書)につながっています。

 最後に、この本に収められたエッセイは2001年1月から2006年12月に書かれたものです。そして、大ベストセラー『バカの壁』が刊行されたのは2003年でした。すなわち、この本に書かれている連載は『バカの壁』の刊行を挟んでいるのです。というわけで、同書が売れ始めてからの様子、バカ売れしてからの様子、そのときの著者の心境なども記されており、ある意味で、そこが最も面白かったです。

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