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生涯現役の知的生活術』

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 No.1009

 

 『生涯現役の知的生活術』渡部昇一ほか著(育鵬社)を読みました。

 各界で名を成した方々の知的生活術が余すところなく開示されています。表紙カバーには、本書に登場する13人の顔写真が掲載され、帯には「人生の仕上げの黄金時間の極意」「達人13人が明かす」「ボケず、ネタまず、のびやかに生きる1053歳分の知恵!」と書かれています。いやはや、「1053歳」とは、これまた凄いですね。

 

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   ボケず、ネタまず、のびやかに生きる1053歳分の知恵!


 

 育鵬社の編集部による「はじめに」の冒頭には、13人の著者が以下のように年齢順に列記されています。


 「小野田寛郎(90歳)、千玄室(89歳)、東城百合子(86歳)、三浦朱門(86歳)、岡崎久彦(82歳)、渡部昇一(81歳)、曽野綾子(80歳)、屋山太郎(80歳)、伊藤隆(79歳)、小川義男(79歳)、村上和雄(76歳)、渡辺利夫(73歳)、江口克彦(72歳)」


 この13人の年齢を合計すると、映画『スター・ウォーズ』シリーズに出てくるヨーダ(約9世紀にわたる生涯)を超え、1053歳になります。なんだか凄すぎて笑ってしまいますが、ちなみに13人の平均年齢は81歳です。ちょうど本書が刊行された2012年当時の渡部昇一先生が、81歳でした。


 この13人の著者に共通していることは、以下の3点です。


 (1)ライフワークを持っており、まったく呆けていない
 (2)これまでの人生において、それぞれの分野で金字塔を打ち立てており、人を妬むことがない。
 (3)そのため伸びやかに生きており、健康も害さず元気に生涯現役の人生を送っている。


 さらに「はじめに」には、以下のように書かれています。


 「人生を80年とした時、60歳から65歳で定年を迎えると、20年から15年の歳月がある。この時間をもて余して無為に過ごしてしまうのか、それとも人生の総仕上げともいえるこの黄金時間を充実させるかは、大きな分かれ目となる」


 本書には、1組だけ夫婦が登場しています。日本藝術院院長の三浦朱門氏と作家の曽野綾子氏です。夫である三浦氏は、夫婦について以下のように述べています。


 「私は、人生の折り返し点を過ぎたら、夫婦も互いに生きたいように生きたらいいと思います。我が家では、ふたりで朝から晩までずっと顔を合わせていることは、ほとんどありません。
朝晩の食事さえ一緒に摂ればいいと思っているところがあって、あとはお互いそれぞれのスケジュールに従って行動しています」


 また、妻については以下のようにドキリとするような発言をしています。


 「『悪い妻』を持つことも、健康の秘訣ではないでしょうか。ボーッとしていると、やれボケだの、バカだのと罵られるから、つねに緊張感があるのです。妻に代わって家事もこなし、体を動かしていればおのずと健康になる。頭にも体にもいいことずくめです。『結婚なんて面倒だ』という若い人も多いようですが、あえてその面倒にチャレンジしないと、年をとって早くボケます」


 そして、三浦氏は自らの人生の修め方について、以下のように述べます。


 「私は、できれば彼女より長く生きたいと思っています。だって、私が先に死んでしまったら、遺された曽野は悪口を心おきなく言える相手がいなくなってしまう。それではあまりに可哀想ですから。だから、私のほうが長生きして、彼女を看取ってやりたい」


 これを読んでホロリとする読者は多いでしょう。三浦氏は、続けて以下のようにも語っています。


 「・・・・・・で、曽野がいなくなったら若くてピチピチした再婚相手を探すんです。第2の人生です。『求む!60歳以上、年下の妻。
 お洋服作り放題、当方あと3年で死ぬ予定』って大々的に再婚相手を募集します。それまでは絶対に死ねません」


 わたしが「現代の賢人」として尊敬してやまない上智大学名誉教授の渡部昇一先生は「壮年ニシテ学べバ、則チ老イテ衰ヘズ」という佐藤一斎の『言志晩録』の言葉を引いて、次のように述べています。


 「その日その日の仕事をこなすだけでは学んだことになりません。日々の仕事をこなすのは当たり前、仕事もちゃんとしないようでは話になりません。仕事もやりながら、プラスアルファで、その仕事を離れた後も続けていけるような勉強や趣味を持つことが、壮の時の学びです。そうすると、『老イテ衰ヘズ』となるのです。実業家ならば、立派な経営者となるよう『学び』続けておれば、高齢になるまで衰えません。
 最後の、『老イテ学ベバ、則チ死シテ朽チズ』は、『老人になっても学ぶと、死んでも朽ちない』、つまり、年をとっても学び続けていれば、死後もその評価が残るというような意味だと思われます。けれども、自分が死んだ後のことなど、どうしようもありません」


 まさに、この「壮年ニシテ学べバ、則チ老イテ衰ヘズ」をテーマとして、わたしは渡部先生と対談させていただきました。その内容は、もうすぐ刊行される『永遠の知的生活』(実業之日本社)の中で大いに語られていますが、渡部先生は特に「暗記」することの重要性を説かれていました。


 「暗記」といえば、渡部先生は、いろんな歌の歌詞を暗記されていて、毎朝、お経の代わりに歌われるとか。本書でも次のように述べられます。


 「私は職業柄ラテン語の暗記を選びましたが、ラテン語である必要はなく、歌でも良いと思っています。歌は、記憶力だけでなく情をも刺激する優れた暗記素材です。私は歌を覚えるときは、できるだけ長く歌えるように、例えば歌が10番まであったら、途中までではなく最後まで全部覚えて歌うようにしています」


 渡部先生は毎朝、庭の滝の前で、例えば金曜日は「紀元節の歌」と「明治節の歌」を歌われるそうです。「明治節」は3番、「紀元節」は4番までなので、全部で7番あるわけです。土曜日は、「日本陸軍の歌」10番までか「戦友」14番を歌われるそうです。わたしは実際に、対談の際に、渡部先生に「戦友」を最後まで歌っていただきました。


 しかし、渡部先生は以下のように述べています。


 「昭和50(1975)年8月15日の三木武夫総理の『私的参拝』以来、天皇陛下は靖国神社に御親拝できない状況が続いている。だから、あの立派な死んだ人たちはきっと空しいに違いありません。
 そこで私は、ささやかながら弔おうと思い立ちました。ところが私はお経ができない。そこで、『戦友』を、♪ここはお国を何百里 離れて遠き満州の・・・・・・♪、と14番まで歌い、合掌しているわけです。
 毎朝歌う歌は決まっていて、14種類あるので、2週間に一度まわってきます。どれも長い歌ばかりで、月曜日は乃木大将の『水師営の会見』で、♪旅順開城約なりて・・・・・・♪、火曜日は、楠木正成の「桜井の訣別」。全部物語だから覚えるのは簡単です」


 最後に渡部先生は「理想の晩年を実現する」で、次のように述べます。


 「団塊の世代と言われる方たちは、60歳定年とすると、95歳まで35年あります。これはけっこう長い。定年までは慌ただしい生活を送らざるを得ない人たちにも、その後はたっぷり時間が与えられているのです。どう過ごしたら楽しいか、自分の理想とする晩年を実現するために、早めに手を打っておいたほうがいいのではないでしょうか。
 つまり、『壮ニシテ学ブ』のが、大切なのではないでしょうか」


 旧日本軍の陸軍少尉として派遣されたフィリピン・ルバング島の山中で戦後も1974(昭和49)年まで約29年潜伏された小野田寛郎氏が今年1月16日に亡くなられました。その小野田氏が本書で「『原始力』と社会の重要性」として以下のように語ります。


 「昨今、『俺は働いて食っている、誰の世話にもなっていない』と声高に言う人がいますが、働きに対して報酬をくれる人がいて、そういう社会があるから生きられるのであって、人は1人では生きられません。
 1人で生きられると言うなら、いっぺん山へ入って、何日間、生きられるかやってみたらいい。誰もできないでしょう。まず食料を生で食べられません。現代人にはそれほどの消化吸収能力はない。火を熾さなければならない。また、裸ではいられない。では、衣服を自然から調達するだけで暮らしていけるのか。山芋を掘りたくても、どこに刃物があるのか。
 山芋は竹棒で1時間では掘れません。生きるために5本、6本掘るにも、それだけの体力・筋力が要ります。だから社会が要るのです。だから人を大切にしなければいけないのです。人を認めなければいけません。お互いに認め合う、それが社会なのです。
 動物の世界は弱肉強食ですが、人間の社会ではお互いに不得手なところは助け合い、補い合って生きています。そういう観点から考えると、私たちは、他人を助けるような生き方をすることが大事だと思います」


 茶道裏千家前家元の千玄室氏は、「のどの渇きを癒すとともに、心の渇きを癒す茶道の極意」として、次のように述べています。


 「茶道は、私たち日本人が長い時間をかけて育ててきたライフスタイルの雛形ともいうべき要素を持っています。従って、茶道を知り、これに熟練するということは、それはそのまま、日常生活者として人生の熟練者になることを意味しています」


 また、千氏は祖先でもある千利休が茶の湯の極意を問われて答えたという「七則」を紹介します。以下の通りです。


「茶は服のよきように点て
 炭は湯のわくように置き
 夏は涼しく冬は暖かに
 花は野にあるように
 刻限は早めに
 降らずとも雨の用意
 相客に心せよ」


 この利休の「七則」を受けて、千玄室氏は以下のように述べます。


 「お茶では、夏の最も暑い時季にお客様を迎える工夫として、早朝(午前6時頃)に席入を案内する『朝茶事』を催して夏の朝の涼しさを味わうといった、積極的な夏の過ごし方をします。また、氷を思わせるガラスの道具などを用いたり、お菓子に涼しげなものを使うなどの演出をします。『夏は涼しく・・・・・・』という意味を考える上で、この『朝茶事』を知ることも1つの手がかりになると思います。『冬は暖かに』は暑さを寒さに置き換えれば、基本となる考え方はまったく同じです。要するに、夏の暑さ冬の寒さ、それぞれ厳しい季節にも相手を慮る思いやりの心や創意工夫の心を養うことが大切であるということを教えているのです」


 「あなたと健康」主幹の東城百合子氏は、「死にかけて『自然の力』に育まれる」というタイトルで、以下のように述べています。


 「我々の先祖は、何がなくてもご飯と味噌汁と漬物、この3点セットを食べられるようにしておくために、『どんな時代が来ても、味噌と梅干しはちゃんと保存食で作っておきなさい』と伝えてきました。これがあれば生きられるということを、日本人は知っていたのです。だからご先祖を大事にして、ご先祖の残したものを伝えてきた。それが伝統食です。大地から生えたものを食べれば間違いない、季節感を大事にして、旬を大事にして、それを食べていれば良いのです。それが日本人の食べ方なのです」


 筑波大学名誉教授の村上和雄氏は、「何歳からでも遺伝子のスイッチはオンできる」のタイトルで、「いかに最後の花を咲かせるか」として、以下のように述べています。


 「私は、人間の体には死をほんとうに見すえたときにオンになる遺伝子があると思っています。死には逆らえない。だから、それをどう受容して、いかに最後の花を咲かせるか。死刑囚が素晴らしい作品を残したりするのは、死を見つめて生きているからだと思います。今日しかない、いましかない、という気になれば、日ごろできないことができるわけです」


 また、村上氏は「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」、「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」といった吉田松陰の辞世の歌を紹介しながら、以下のように述べます。


 「人生を輝かすことができるかどうかは、『この人のためなら死んでも惜しくない』と思えるような人や、『これが達成できるなら私は死んでも構わない』と思えるようなものと出会えるかどうかが、大きな分かれ目になる気がします。人間はどんなに長生きしても、いずれは死ぬわけですから、死を超えるものに打ち込めることほど幸せなことはないと思うのです」


元駐タイ大使の岡崎久彦氏は、「気功のすすめ」を語っていますが、そこで「死生観に関連して、私にとって気功を始めたことの1つの大きな収穫は、その結果、哲学書が読めるようになったことである」と述べています。岡崎氏は、哲学者の西田幾多郎の言葉を取り上げて述べます。


 「西田幾多郎自身、『弓折れ、矢尽きて、神秘主義の軍門に降ったという謗りは免れ難い』と言っている。西田の言う絶対矛盾の自己同一も、カントの言うアプリオリも、言葉や論理では説明できないこと、と言っているわけである。哲学者は森羅万象を哲学するが、その窮極にあるものは、生とは何か、死とは何かということである。それを探究するには、神秘主義とギリギリの所まで行かざるを得ないのであろうと思う。それで初めて、西田幾多郎にせよ、カントにせよ、なぜあそこまで考え詰めなければならないかが分かってくる」

 

 そして岡崎氏は「地獄では生前の善行を想い出せ」として、以下のように述べます。


 「全ての哲学、宗教を理解するには、生死のことを考えねば理解できないということである。あるいは近代科学の常識通り、死後の世界は無いのかもしれない。その場合は、何も無くなるのだから、霊の世界を信じていたのにと後悔する機会もないのだから、それはそれで良い。死んでみて、本当に地獄がある場合だけが問題である。私は親鸞とは別の意味で地獄に弱い」


 最後に登場するのは、作家の曽野綾子氏です。そうです、冒頭に登場した三浦朱門氏の夫人ですね。曽野氏は「自立の気構えがすべての基本」として、次のように述べます。


 「生き生きした老年に至る道程には、欠かせない要素が2つあるように私は思っています。第1は、長年自分の家で作ったバランスのいい食事を取ることであり、第2は読書です。つまり第1のものは肉体の栄養であり、第2のものは魂の食事です」


 「美老年になる道はいくつもあるが、同時にどれも険しい」と説く曽野氏は、次のようにも述べています。


 「一番不思議なのは、美容にひどく気を使う人が、冷凍食品やスーパーの弁当でお昼を済ませたりしていて、食事には手抜きをしていることです。薬や化粧品より、毎日の食事をきちんと食べる方が、目的には叶うのではないかと思います。全く本や新聞を読まない人も、心の老化の恐れがあります。そういう人が年を取ったら、外面の若さは保っていても、内容が空っぽな人になっていて、とても美人とは感じられないかもしれません」


 このように夫である三浦氏に始まって妻の曽野氏で終わった本書ですが、戦前、戦後、そして平成の時代を生き抜き、「一身にして三生」ともいえる貴重な人生経験を有する13人の方々の知恵の数々は大変勉強になりました。わたしは、早く老人になりたいです!