お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

Title

和的』

Category

 No.0979

 

 『和的 わてき』松田行正著(NTT出版)を読みました。

 この読書館でも紹介した『和力』の続編で、著者はグラフィックデザイナーです。前作のイメージカラーは橙でしたが、今回は紫です。「日本のかたちを読む」というサブタイトルがついており、帯には「やっぱり日本人の感性って、おもしろい」「『和力』に続く、日本文化を象る美意識のルーツ探し」と書かれています。

 

wateki1.jpg
   本書の帯

 

 

 本書の目次は、以下のような構成になっています。


「はじめに」
「アルファベット順と五十音順」
「椅子と掘りごたつ」
「ハートと心」
「キュートとかわいい」
「赤十字と郵便」
「主要参考文献」
「おわりに」


 「はじめに」の冒頭で、『鉄砲を捨てた日本人』ノエル・ペリン著(中公文庫)という本が紹介されています。そこには、日本は、世界初の大量生産を実現した上に、世界でも類例のない、火器の進歩を放棄したことのある国だということが書かれています。「世界初の大量生産」というのは鉄砲のことですが、松田氏は次のように紹介します。


 「1543年に、種子島に鉄砲が伝来したときから話ははじまります。
 鉄砲の存在を日本人がはじめて知ってから10年後にはすでに日本中で大量に鉄砲がつくられました。
 そして、100年近くひたすら鉄砲をつくり続け、鉄砲は、戦場の主役となり、なんと世界一の鉄砲保有国となったのでした。しかも雨にも濡れずに迅速に点火できる工夫を施すなど世界一の高性能火縄銃をつくったのです」


 ここには外来の文化を巧みに取り入れて翻案してきた日本人の「和力」がありますが、話はここで終わりません。松田氏は以下のように続けます。


 「徳川幕府になると、徐々に鉄砲生産をやめてゆきます。
 もとの刀と槍の世界に戻るのです。
 なぜかというと、戦国時代が終わって平和になったからというだけではありません。銃には倫理がない、というのが大きい理由でした。
 それまでの戦場では武士は名乗りを上げ、正々堂々と戦い、互いを讃えあう感性が戦場に漲っていました。ところが銃を使うようになって、武士は名乗りを上げているひまも、長年鍛錬した刀さばきの熟練のワザを披露するチャンスもありません。銃を持った足軽にいとも簡単に殺されたのです」


 さらに松田氏は、以下のように述べています。


 「火器を一端手に入れた国や人々はそれを手放すどころかより強力な武器に仕立てるのが世界の趨勢、世の常でしたが、徳川幕府は、おそらく虫けらのように殺された武士の無念さを思ったのでしょう。
 結局、戦国時代と徳川幕府のはじめの計100年間、銃が主役の戦争を徹底的に行ってきましたが、やはり銃は日本人の感性に合わないと感じられたのです。同じ人殺しの道具ではあっても銃には礼儀正しさがない、というわけです」


 わたしは、このくだりを読んで、非常に感銘を受けました。ぜひ、『鉄砲を捨てた日本人』も読んでみたいと思います。


 「アルファベット順と五十音順」では、「ひらがなの誕生」として以下のように書かれています。


 「『日本書紀』(720)、『古事記』(712)が伝えるところによりますと、4世紀末から5世紀はじめ、百済の王が、応神天皇に馬2頭とついでに経典を贈ったとあるところから、このころ仏教が伝来したとされています。この漢字で書かれた経典が日本人にはじめてもたらされた文字としての漢字です。
 ところが、漢字が日本にきたのは実際には1世紀ごろらしいのです。このころ日本には文字がありませんでした。土器などには絵や記号が模様のように刻まれているくらいでしたので、この漢字も文字というよりは、呪力のある印・記号と捉えていたようです。印や記号は当時の権威の象徴だったのでしょう」


 これは、わたしも知りませんでした。ただし、仏教と儒教はほぼ同時期に日本に伝わったとされています。しかし、ブログ「古代の葬送ロマン」に書いたように、儒教の日本伝来は考えられているよりもずっと前だったのではないかと思っています。


 「イロハ順と五十音順の誕生」も面白いです。次のように書かれています。


 「江戸時代の分類法は、イロハ順以外には『天・地・人』くらいでした。天に関する話題からはじめて徐々に人のところに降りてくる、という感じでした。これは中世ヨーロッパのキリスト教社会で行われた分類法に似ていますね。たとえば、ちょうどディドロの『百科全書』刊行と同時代に、日本古来の重要な文献を集めた文献集『群書類従』(1819)がでました。全部で530巻になる大作です。この本は、編纂者の塙保己一が盲人ながら、企画してから40年かけたという労作でした。当初の目標は1000冊の文献を網羅することを目標としていましたが、結局1276冊と目標を大きく超えるという快挙です。この本の分類の仕方も、神祇・帝王・補任・系譜・伝・官職・律令・公事・装束・文筆・消息・和歌・連歌・物語・日記・紀行・管弦・蹴鞠・鷹・遊戯・飲食・合戦などの25分類。江戸時代ではこうした分類が一般的でした」


 「椅子と掘りごたつ」では、「日本の壁」がテーマになります。内田繁氏は、著書『インテリアと日本人』(晶文社)で、「日本の建築は、壁のない建築である。建物と部屋とのあいだに建具を入れ、その建具を取り払うとすべてが開放される。部屋と部屋との間仕切りも同様で、襖、障子などきわめて簡単なもので仕切られている」と述べています。その内田氏によれば、千利休が「待庵」をつくったときが、日本建築に壁が現れた最初だそうです。


 「待庵」ができたのは天正10~12(1582~84)年のことです。これについて、松田氏は以下のように述べています。


 「利休は、空間を壁で狭く仕切ることで、無限の空間をつくりだそうとしました。それまでの日本建築は、季節の変化などは直接肌で実感できるしつらえでした。が、利休は、空間を閉ざすことによって、いささか逆説的ですが、さまざまな外界情報の実感を得られるように感覚を研ぎ澄ませ、と言うのです。日本に壁が誕生した瞬間は、ヨーロッパのように、外敵から身を守るためではなかったのですね。利休によって日本人の精神性のステージが上がったのは間違いないでしょう」

 

 また「日本の床」では、以下のように神棚について語られます。


 「神棚の歴史は、江戸時代、伊勢神宮がお札を配ったときにはじまります。そのお札をどこかに納めなければなりません。棚の上の、伊勢神宮を模したミニチュアのなかに納めたのが神棚のはじまりでした」


 さらに「靴を脱ぐ」では、次のように書かれています。


 「江戸時代には、格式を重んずるため、玄関の設置は、武家屋敷に限られ、農村では禁止されていました。だから玄関がわりに土間が残されたのですね。たしかに、お葬式帰りに家に入るとき、玄関で浄めの塩を自分に振りかけます。すると、なんだか身が清められた気分になりますが、この象徴的な行為と同じことが靴を脱ぐということなのです。
かつての日本家屋では、垣根を通り、敷石を歩いて玄関に辿り着く。そこで靴を脱ぎ、上がりかまちを経て廊下に至ります。あたかも外界のケガレを少しずつ払ってゆく道程のように見えます」


 このようなウンチクを読んでいると、とても心が安らぎます。やはり、わたしも日本人なので、日本人のルーツに触れて安心するのでしょうか。


 「ハートと心」では、世界で最も使われているであろうハートマークについてのウンチクが全開です。冒頭の「愛の印ハート」で、著者は述べます。


 「『ハート』とは、世界中で『愛の印』として使われている記号のことです。『愛の印』ばかりではありません。かわいい記号としてももてはやされています。ハートを模様のように敷き詰めたり、ワンポイントにあしらった衣服やバッグ、ネックレス、イヤリング、ブローチの装飾品など、ハートを見ない日がないほどです。まさにハート教と呼びたくなるような現象が世界中で展開されています」


 さらに著者は、ハートマークについて以下のように述べます。


 「ハートという形自体は、ヨーロッパばかりではなく、オリエントにも東洋にも古くからありました。しかし、意味合いが現在のものと少し違っていました。ヨーロッパは心臓の形(=心)の意味で現在に少し近かったのですが、オリエント、東洋は花弁か葉をイメージしたものだったからです。
 現在の『愛の印』のルーツはもちろんヨーロッパの『心臓=心』説です。このあと『愛』の部分が強調されて19世紀末に現在の意味に至りました。それからたかだか100年ちょっとしか経っていませんが、これほど世界的な記号となったのはやはり情報伝達技術の発達、いわゆるIT(インフォメーション・テクノロジー)革命があったからだと思います」


 「ヨーロッパのハート」の冒頭「心臓と心」で、著者は「世ヨーロッパでは、心臓を『心』と同一視していました。これは根っこに古代ギリシャの自然哲学以来の唯物論か、あるいは偶像崇拝があったからです」と書いています。また、なぜ心臓を「心」と同一視したのかについて、著者は述べています。


 「古代人にとって一番大事なことの1つに死後の生があります(現代にも多少気にしている御仁もいますが)。死んでも天国で楽しく暮らすことができる、ということに憧れたわけです。そのために死んでからも(短時間ですが)息づいている心臓は魅力的な器官でした。ここに霊魂の存在を認めたくなるのも当然でしょう」


 「聖なる心臓」という見方もありました。著者は次のように述べます。


 「臓が身体の中心あたりにあることも神聖視に拍車をかけました。こうして、心臓は肉体と霊魂をつなぐ器官とみなされるようになったのです。したがって、古代エジプトでミイラをつくるときは、ほかの内臓はすべて抜いて、壺に入れるのですが、心臓だけは残しました。霊魂のありかである心臓がないと死者は死後の世界を生きられない、と信じられていたからです。時代は下りますが十字軍でも、イスラムの地で戦死した味方の兵士の心臓を取り出して、塩漬けで保存し、本国に送って埋葬したそうです」


 十字軍といえばキリスト教のカトリックです。カトリック教会は「プロパガンダ」という言葉を生みました。「ハートのある木版画」で、著者は次のように述べています。


 「『プロパガンダ』は、ローマ・カトリック教会のグレゴリウス15世(16世紀半ば~17世紀初め)が武力だけでは改心させられないとして、絵やことばによる宣伝の必要性を唱えたときに使ったことばです。このためプロテスタント側では受け入れられないことばでした。カトリック派は、プロテスタント派の宣伝活動に遅ればせながら対応しようとしはじめたのですね」


 カトリック教会は、木版画に自らの教義を込めました。そして、その木版画を普及させるために、素晴らしいアイデアを思いつきました。「おまけ」をつけることです。著者は述べます。


 「いつの時代でも人間はおまけに弱いのです。それがタロット・カードやトランプのゲームでした。タロット・カードはカトリック派が推し進めた寓意画によるプロパガンダ作戦のゲーム版です。
 トランプは、もともとインドや中国で行われていたカード・ゲームが、十字軍の遠征のときにアラブ経由でヨーロッパに伝わったのがはじまりです。絵柄は中世社会を構成している4つの階級のシンボルを使ったものでした」


 さらにハートマークといえば、かわいいキューピッドやエンジェルが一緒に描かれてるものがありますね。これらについても、著者は以下のように説明してくれます。


 「キューピッドが放った矢が突き刺さっているハートもときどき見かけますが、これも十字架上のキリストの胸(心臓)に刑吏の槍が突き刺さった瞬間に神が宿ったとされたことの見立てです。
 また、天国を行き来するエンジェルは、羽根がなければ飛翔しません。同様にキリストが宿った心臓も羽根がなければ自由に人々のこころのなかを飛び回れません。そこで羽根の生えたハートも生まれました」


 このように「ハートと心」は「和的」とは無関係で、西洋の話が中心でした。続く「キュートとかわいい」では再び日本文化がテーマとなります。ここで、わたしの愛読書でもある韓国の李御寧(イー・オリョン)の名著『「縮み」志向の日本人』(講談社学術文庫)が登場します。著者は述べます。


 「李さんによると、韓国には金太郎、牛若丸、一寸法師といった『小さな巨人』のでてくる説話はないといいます。柔道の『柔よく剛を制す』いう言葉もあるくらいですから、小さいものが大きいものに勝つのは日本人の理想といってよいでしょう。映画やテレビドラマでも巨大権力に立ち向かう個人という構図が好まれます(これは日本ばかりではないかもしれませんが)」


 著者は、日本人が折り畳んだりしてコンパクトにするのも得意であると指摘し、次のように述べています。


 「もともと畳んである傘をもっと畳んでしまった折りたたみ傘。食膳をコンパクトにした折り詰め弁当。本をもっと軽快にした文庫本。小さい電卓も日本発です。今では日本の専売特許ではなくなりましたが、これがなかったら、アップルのiPodやiPadは生まれなかったかもしれない、コンパクトにしたオーディオ、ウォークマン。そして、箱庭、お守り、いけ花、茶室、神棚、仏壇、きりがありません」


 「コンパクト化とは?」で、著者は以下のように述べます。


 「内田さんは『インテリアと日本人』(晶文社)のなかで、自分が何かを好きになるということは、そのディテールまで好きになることなので、それを自分が執着しやすい大きさにしてしまうということがあると言います。これが、『数寄』の神髄であり、まさにミニチュア化の神髄ですね。『手ごろ』いう言葉があるくらいですから、手のなかで愛でることができる大きさが好きなのです」


 また、民俗学者の飯島吉晴氏も著書も『一つ目小僧と瓢箪』(新曜社)のなかで、「ミニチュアを志向する感性は、ユートピアをつくろうとする感性と同じで、手の届く範囲にユートピアをつくりたいと考えると必然的にそれは小さくなる」と述べています。この内田氏と飯島氏の発言から、わたしは最近流行の供養のスタイルである「手元供養」のことを連想しました。終活ブームの中でも人気の高い「手元供養」ですが、もともと日本人の美意識に合っているのかもしれませんね。

 

wateki2.jpg
   『和力』と『和的』

 

 

 正直言って、前作『和力』ほどの情報量の多さは感じませんでしたが、本書『和的』からも多くのことを学ばせていただきました。

 

『和力』『和的』の2冊を通読して、わたしは、かつて上梓した『茶をたのしむ』『花をたのしむ』『灯をたのしむ』『香をたのしむ』の「日本人の癒し」シリーズ(現代書林)4冊の内容を次々に思い出しました。

 

 また、いつの日か、自分なりの日本文化論を書いてみたいですね。