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和力』

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 No.0978

 

 『和力 わぢから』松田行正著(NTT出版)を読みました。

 タイトル『和力』は「わぢから」と読みます。著者は1948年生まれのグラフィックデザイナーで、牛若丸主宰とのこと。「日本を象る」というサブタイトルがつけられ、帯には「日本人のデザイン感覚はどこから生まれてきたのか?」「類稀な美意識の真髄に迫る24の目くるめく〈日本のかたち〉の物語。」と書かれています。

 

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   本書の帯

 

 

本書の目次ですが、非常に変わっていて、「いろは歌」に基づいて以下のような不思議な構成になっています。
「はじめに」

ろ ― 籠 ろっかく
は ― ☓ バツ
に ― 似 にている
ほ ― 方 ほう



り ― 律 リズム




か ― 字 かな
     蔓 からくさ
     紙 かみ
よ ― 余 よはく



つ ― 包 つつむ
     月 つき

な ― 波 なみ
ら ― 旋 らせん
む ― 結 むすぶ






ま ― 丸 まる


こ ― 格 こうし

て ― 起 てりむくり
あ ― 朱 あか
     軸 アシンメトリー
さ ― 鱗 さんかく


み ― 象 ミニチュア
し ― 素 しろ

ひ ― 比 ひ


す ― 縞 ストライプ
「参考文献」
「おわりに」

 

 

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   本書の「目次」は、こんな感じ

 

 

 「はじめに」で、著者は以下のように「和」について述べています。


 「『和』という漢字は、もちろん『和風』の『和』で日本のことだが、平和、柔和、和解、調和など、やさしいイメージに使われる文字でもある。
 本書の書名『和力』は、『日本文化が持つパワー』という意味で使っているが、プラスすることも『和』というところから、『プラス思考の発想力』というニュアンスもこめている」


 なるほど、プラス思考の発想力が「和力」ならば、マイナス思考の発想力は「差力」と呼べるかもしれませんね。わたしは、「和合」と「差別」という2つの言葉が反意語であることに気づきました。


 著者はさらに「和力」について、以下のように述べます。


 「畳を正方形にすれば部屋に敷き詰めやすいのに、わざわざ1:2の形にして部屋に動きを加えたいというような発想なんて、プラス思考そのものだろう。さらに、畳1畳で人1人横になれるところから、1畳分のスペースさえあればなんとかなると考えるようになり、1畳を『拡がりを持った小さな空間』と見ることができる感性も生まれた。茶室の哲学だ。これもプラス思考の産物といえるだろう。『大は小を兼ねる』ではなく、『小こそ大を兼ねる』という積極的な志向である」

 

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   図版が多くて情報量が豊かな本です

 

 

 本書は図版も多く、非常に情報量が豊かです。わたしが知らなかったこともたくさん書かれていて勉強になりますが、すべてを紹介するわけにもいきません。特に印象に残った箇所だけを取り上げます。「似 にている」の「『的』のなかの相似性」には、以下のように書かれています。

 

 「日本人は、借り物を自分流にアレンジしてしまう加工が大得意だ。日本語のなかにも、もともとの中国語の用法を変えて使っていることばが多い。そのなかに、『似ている』ことを表す、魅力的、進歩的などと使う『~的』がある」


 著者は「的」の他にも、胡散臭い、面倒臭いの「~臭い」、可愛げがないなどの「~げ」、雨が降りそうなどの「~そう」。これらは日本的な相似性を示す言葉です。さらに著者は、可愛らしい、馬鹿らしいの「~らしい」、らしいの発展形の「ようだ」「ようなものだ」。そして、女っぽい、白っぽいの「~っぽい」、男ぶり、間抜けぶりの「~ぶり(ぷり)」、和風、洋風、ホスト風の「~風」、ドラマみたいの「~みたい」などを次から次に挙げ、次のように述べます。


 「可愛げの『げ』は『気』が変化したもの。降りそうの『そう』は『相』。いずれにせよ、対象より一歩手前で踏みとどまり、『にじみ・ぼかし』によって対象にせまる表現方法は、格子、御簾、屏風、障子などの空間のしきり方とも一脈通じている」


 「似 にている」の最後では、著者は以下のような指摘をしています。


 「わたしたちが好きなのは、どうやら、自然というより『自然らしい』環境であり、大事なのは『似ている』ことで、自然そのものではなさそうだ。その発想の延長上に人工自然、疑似自然がある」


 本書に何度か登場する『漢語と日本人』(みすず書房)の著者である鈴木修次氏は、こうした、対象から一歩引いた、審美眼のある感性「奥ゆかしい」と語りました。対象には、一歩よりもっと近づきたい、しかし、完全密着とはならない。ちょっとでも離れているのが「奥ゆかしい」のだ。「似ている」ことの美学だというのです。


 「字 かな」の「縦書きの美学」も興味深かったです。『日本語とはどういう言語か』(中央公論新社)を書いた書家の石川九楊氏は、縦書きには、常に天を見据え、天から地という垂直軸を重視している構造があり、「これこそ日本に唯一残っている真に宗教的な形である」と述べています。天から地に向かって書く縦書きから「天地神明にかけて誓う」といった表現が生まれ、これが宗教の代わりとなっているというのです。著者も、この縦書きが持つ宗教的美学に大賛成だといいます。

 

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   「樹木幻想」のページ

 

 

 「蔓 からくさ」の「樹木幻想」は、わたし好みのテーマでした。植物は太古から至高の存在として崇拝され、擬人化されたりして各地で語り継がれてきました。何百年も生きる樹木の無数の枝からは、花や実が何度でも生み出されます。ここから、人々は樹木に生命力や霊力、不死性を感じたのです。著者は述べます。


 「こうした植物のイメージから、ゲーテは、植物は垂直志向と螺旋志向を併せ持っていると語った。それは植物が、上へ上へと伸びながら、葉は螺旋状に茎にまとわりついているからだろう。そして、地に根を張り、天に伸びていく枝というイメージから、天と地をつなぐ媒介者という位置付けも得た。<生命の樹>や<宇宙樹>と呼ばれる、樹木イメージを図化した多くの図像が、こうして生み出された」


 <生命の樹>や<宇宙樹>のイメージは、宗教学者ミルチャ・エリアーデの唱えた「中心のシンボリズム」に通じます。樹木は世界の中心であり、創造の中心でもあったのです。著者は、以下のように述べています。


 「日本の相撲では、土俵の上を組み合い回転しながら回る。これも一種の中心を回りながら大地を踏み固める、中心のシンボリズムと同じだろう。こうした動きが、後に、蛇行する蔓のアナロジーとして捉えられるようになり、この聖なる運動・行為を図化しようという試みが世界各地で起こった。これが螺旋文様・唐草文様誕生の背景の1つだ」


 「蔓 からくさ」の「一様な文様」についての以下のくだりが面白いです。


 「もともと何もない空間・空白は、太古の人々にとって、闇と同様、魔物がでてくるかもしれない恐ろしい場所だった。そのため、人々はその空間に、意味を見つけ、存在理由をつくりだせば、恐怖から逃れられることを知った。
 そこで、まず円や四角などの輪郭を描き、点を打ち、線を引き、中心を見つけ、徐々に空間の埋め方を知った。その空間の聖化もめざした。こうして、空間充塡のために文様が編み出されたのである」


 そして、樹木への想いは「繰り返しと無限へのあこがれ」に通じます。著者は、以下のように述べています。


 「紀元前2千~3千年の最古の植物文様は、エジプトでは、ロータス(蓮)・パピルス・ぶどう、メソポタミアではパルメット(なつめやし)・ロゼット(タンポポのように葉が地面に接している植物)、インドでは蓮、中国では葦、クレタでは棕櫚。エジプトのロータスは、太陽が昇り、沈むのに合わせて花開き、閉じるところから死と再生のシンボルとみなされていた。これらにうねり、絡みが加わって、絡み渦連続文ができあがっていった。唐草文の特徴は、『繰り返し』『無限へのあこがれ』であり、それらが蔓草のイメージに収斂されていったようだ」


 「余 よはく」の冒頭では、「余白」について次のように述べられています。


 「余白とは空間に生まれたリズムである。
 かつて武満徹氏は、音とは空間に生じたシワだと語っていたことがあった。シワは伸びたり縮んだりして、空間に起伏をつくっている。余白もあたかも空間に生まれたシワ、場合によっては歪みかもしれない。何もないはずのところなのに周囲と熱量が違い、何物かの存在を感知する。それは想像力を刺激する空間といってもよいだろう。それが<余白>と呼ばれる状態のことではないかと考えている。日本的にいうと余情をもよおす空間である」


 また「余 よはく」の「本の余白を埋める文字」では、こう述べます。


 「1970年代に、グラフィックデザイナーの杉浦康平氏は、本の余白は単なるスペースではなく、見えない文字で埋め尽くされているのだという、一種のエーテル論を唱えた。杉浦氏は『本は1つの宇宙である』という発想から、本のサイズを本文に使われている文字のサイズの何倍あるかで決定していくしくみを考えた」


 「本が醸し出す余情」では、「本の部位を表す呼び名には、自然を象ったものが多い。その典型として、本の上部を天、下部を地と呼んでいる」と書かれています。また、2~3巻にわたる本の場合、1巻、2巻と呼ばずに上巻、中巻、下巻と称することもあります。著者は、これも天人地などのように自然を内部に呼び込もうとしたネーミングで、自然のミニチュアを手元に引き寄せたいという発想だろうと想像し、「ここにも余情をくすぐる世界があるが、本はまさしく1つの宇宙である」と述べるのでした。


 「包 つつむ」も興味深い論考に満ちていました。まず、「結界の『つつみ』、呪力を蓄える『しまう』」として、著者は以下のように述べています。


 「顔を包む覆面も、もともとは神に供物をするとき、神官の息が神聖な供物にかからないように、神官の口や鼻を紙や布で覆ったところが起源だといわれている。これは逆に汚れが神聖なものに移らないようにするための方法で、まさに『けがれをはらって聖域をつくりだす装置』だ」


 歌舞伎についての以下のくだりも刺激的です。


 「歌舞伎の舞台は、西洋の舞台と違って奥行きが浅い。そこに、書き割りをいくつも重ねて奥行きや、奥深さを表現しようとする。西洋の透視図法的な具体空間に比べたら、観客の想像力に負うところが多く、重層的に重ねることで想像力喚起装置となっている。『想像力を養う』といういい方があるが、想像力とは、歌舞伎のようにシンプルな表現によって鍛えられるものだという感じがする」


 歌舞伎の舞台のように、積み重ねることは「畳む」ことでもあります。敷物全般のことも指していましたが、「畳む」ことは「包む」ことの別表現でもあるのです。著者は、次のように述べます。


 「畳むものを列挙してみると、前述の屏風にはじまり、扇子、提灯、雨傘、合曳(腰掛け)、卓袱台、書見台、着物、布団ときりがない。折り紙もそうだ。形代、ひな祭りの紙雛、葬式や結婚式に用いる儀礼用の袋もある。『畳む』とは『重ねる』ことなので、どれも折り畳むというよりは重ねる感じでる。


 そして、本書の130ページ目からは「月 つき」となります。わたしが、どれだけ月に憑かれた人間であるか、よくご存知のことと思います。「月のイメージ」で、著者は次のように書いています。


 「月が古代人に与えた観念的影響は、太陽とともに計り知れない。太陽の陽にたいして月は陰。太陽の身を焦がす熱い光にたいして冷たい光。まさに暗い情動だ。月崇拝の出発点は、月の満ち欠けによって、毎月死に、毎月生まれる不死・再生の観念が生じたあたりからで、月は憧憬とともに畏怖され、西洋では、精神の暗い部分に影響を与えると考えられていた」


 「月見」についての以下のくだりも楽しく読みました。


 「月の状態を把握できる人物は権力者になりえたのである。つまり『月読み』が『月夜見』『月見』へと変化していった、という説だ。月を見る、知ることで権力が得られるのだ。さらに、神道もからんで観月には呪術的な趣も加わるが、日本の月の神は月讀命であり、月讀命は穀物神だ。月見に団子を添えるのは、月に対する感謝の念である」


 また、「敗者のシンボル、月」では、桂離宮が登場します。


 「月の習慣は中国にもあるが、日本人の観月へのこだわりにはかなわない。桂離宮の建つ京都桂地方には月讀神社があって、月を神と崇めてきた。この『桂』は中国の故事<月桂>に由来し、見えているのに手が届かないことのたとえで、まさしく月のことである。銀閣寺再建と同じ年の1615年、八条宮家の別荘として、小堀遠州らのデザインで造営がはじまった桂離宮には、月見台をはじめ、月にまつわる名前や装飾が随所にあり、観月のしつらえが緻密に計られている」


 桂離宮の創建者は、智仁親王です。この人は次期天皇と目されながら、土岐の為政者でああった秀吉と家康に翻弄され、権力から見放された人物でした。著者は、以下のように述べます。


 「観月で知られる銀閣寺が、将軍足利義政の権力の証しだったのとは逆に、この桂離宮は智仁親王の世を逃れる隠居の場だった。義政は能を保護し、それを大成させた世阿弥の幽玄の美は、月に通じていたが、智仁親王が月に見る幽玄の美は、義政の見た月とは明らかに違っていた。桂離宮はまぎれもなく月をテーマとした建築といってよいだろう」


 さらに著者は、以下のような桂離宮の秘められたエピソードも明かします。


 「小堀遠州をはじめとする桂離宮建設関係者は、同時期につくられた日光東照宮の建設関係者と一部重なっている。日光東照宮は家康の霊廟、徳川家のシンボルであり、勝者の証しとして、名前のとおり太陽建築である。建設者にとって、陰陽併せ持つということは、バランス感覚として重要だったのかもしれない。日本の陰陽道に限らず、西洋錬金術でも、陰陽を兼ね備えていることこそ真理に近づく道と信じられていたようだ」


 「旋 らせん」も興味深い論考でした。わたしは、いま「永遠」について考え続けているのですが、そのヒントをいろいろと得ました。著者は、次のようなスケールの大きな話をしています。


 「究極の壮大な螺旋の軌跡といえば、宇宙に描かれる地球の回転の複雑な軌跡だろう。地球は回転しながら太陽の周囲を回り、太陽は銀河系の中心を約2億2600万年かけて回る。銀河系も、ほかの銀河から超高速で離れようとしている。まさに、回転こそ螺旋の生みの親だ。
 地球の螺旋状の1回転は、終点とともに次の回転の出発点を示している。この循環運動には常に死と再生のイメージがつきまとう。螺旋は、死と再生を繰り返しながら、ラーメンどんぶりにある、雷紋の縁飾りのようにはじめも終わりもない無限の持続の象徴となる」


 続いて「封じ込めるための螺旋」では、著者は次のように述べます。


 「この螺旋を抽象化してできる形が円であり、交差する十字、×印、まんじ、そして巴である。日本では中世以来、シンボルを円で囲み、家紋として定着させてきた。この円には、螺旋が持つ無限の持続、無限の再生、永遠性という観念からきた円と、後出の「丸」の項でも述べる聖域としての円という、二重の意味がある。家紋は、かくして家の永遠の繁栄の祈願となったのである」


 「循環する螺旋」では、「ヒトの体には螺旋模様が多い。つむじや毛髪、体毛の渦巻き、指紋の渦状紋。体内には耳のなかの音波をとらえる渦牛管、感覚ニューロン末端部の螺旋状神経終末。円環状に体をくまなく巡る血管。脳ですら螺旋状に見える。そして内臓。食物が口から入って、胃や腸を経て出口の肛門に至る吸収と排泄の軌跡も螺旋状であり、後述するが、まさしく草森氏がいう<螺旋存在>だ」と書かれています。うーん、怪奇マンガの名作「うずまき」を描いた漫画家の伊藤潤二氏も思わず唸ってしまうような内容ですね。


 さらに、著者は次のように述べています。


 「西洋練金術では、この『循環』を自分の尾を踏む蛇で表現し、ギリシア語の『尾を飲み込む(蛇)』らを<ウロボロス(ouroboros,uroboros)>と名付けている。これは、尾を踏むために回転運動が起きるので、円というよりも螺旋だ。はじめと終わりがつながっているので永遠に回転を繰り返す。無限大の記号『∞』イメージでもある。この回転が高速になればなるほど中心の求心力は増加する」


 この「∞」はわが社のマークでもあり、「永遠」のシンボルでもあります。そして、著者は「まんじ」について触れ、以下のように言及します。


 「十字が回転しはじめたときの残像を、そのまま形にしたのがまんじである。ナチスが用いた右回りのまんじは仏教やヒンドゥー教では<太陽まんじ>と呼ばれ、左回りのまんじは<月まんじ>と呼ばれ、魔術関連のシンボルなどマイナスのイメージがあるとされていた。しかし、日本の仏教では左回りのまんじが主流だ」

 

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   西洋との対比から「和」の秘密を探ります

 

 

 「結 むすぶ」も、「産霊」を意味するサンレーという社名の会社を経営する者にとって面白い内容でした。「〈間〉と注連縄」では、「『結ぶこと』新石器時代以来行われ、生活のすみずみにまで浸透していった。呼び名にも名残がある。自分の子どものことを<むすこ> <むすめ>と呼ぶが、これは男女が『結び』ついてできた<むすびひこ> <むすびひめ>の略だ」と書かれています。


 「神道は日本人の心の柱 産霊は万物創造の秘力」にも書いたように、「産霊」は「物を生成することの霊異なる神霊」を指します。息子や娘の「むす」も苔むす「むす」も同じ語源であり、その「むす」力を持つ「ひ」とは、「万物を生みなす不思議な霊力」、すなわち「物の成出る」はたらきをする「物を生成することの霊異なる神霊」を意味します。つまるところ、「産霊」とは自然の生成力をいうのです。


 「むすび」という語の初出は日本最古の文献『古事記』においてです。冒頭の天地開闢神話には二柱の「むすび」の神々が登場します。八百万の神々の中でも、まず最初に天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三柱の神が登場しますが、そのうちの二柱が「むすび」の神です。『古事記』は「むすび」の神をきわめて重要視しているのです。大著『古事記伝』を著わした国学者の本居宣長は、「むすび」を「物の成出る」さまを言うと考えていました。著者も以下のように述べています。


 「『古事記』にも『むすび』を名に持つ神々がいやに多い。『むすび』が『身為・産巣・産す』意味し、物を産み出す力を示していたからで、紐を結んでできた結び目の隙間が、<間>として物を取り込む力があると信じられていたからだ。結び目は紐によってできた単なる穴・空間ではなく、イメージが充満するスペースで、ここには『素』と同じ考え方がありそうだ」

 

 「注連縄と相撲」では、相撲の持つオカルティックな側面が以下のように述べられます。


 「相撲では、横綱は注連縄を腰に巻いて土俵入りをする。横綱が足を振り上げて踏む四股は大地を固める行為であり、その地鳴りは神々を喜ばせる。そしてこの足踏みは、悪鬼邪神を追い払うための一種の悪魔祓いとなり、悪魔が一掃されれば、五穀豊穣がもたらされると人々は信じていた。土俵入りは地鎮祭の見立てで、明治になってからはじまったものだが、それまでの地鎮祭では、注連縄を張ったなかで横綱・大関が地固めの儀式を行っていたという。
 土俵入りには2つの型がある。雲竜型と不知火型だ。雲竜型に縒った注連縄は<かたわな結び>という。亀に見立てた1つの輪のことで、易、陰陽五行では陽にあたる。一方、不知火型は<もろわな結び>と呼び、鶴の羽に見立てた2つの輪で、こちらは陰である」


 「格 こうし」も刺激的でした。著者は「聖俗一体感」で述べます。


 「世紀、空海や最澄が唐から輸入した密教は、当時まだ新興宗教なので、思い切った布教の仕方が必要だった。そこで、それまでの仏教にはない、インパクトのある加持祈禱をメインにした儀式を行った。この儀式を信者に見せない手はない。見せることでまた信仰を深め、信者を増やすこともできる。しかし、護摩を焚いて読経する場は神聖な空間で、祈っている信者たちの俗空間とは分けなくてはならない。そこで導入されたのが、あいまいなしきりとしての格子だ、という説である。格子自体はもっと前からあったが、ここで聖俗を表面上分けなければならなくなり、そこで格子という結界の役割を認識した、ということだろう」


 「素 しろ」では、冠婚葬祭に関連した話題が展開されます。文化人類学者の青木保氏は『説き語り記号論』(日本ブリタニカ)所収の「日常の記号・儀礼の記号」において、「タイやスリランカの僧侶が着ている黄土色の着衣は、世の中で最低・最悪のものを着るべし、という厳格な掟のもとに、死者からはぎとった衣服でつくられたのが発端らしい。どうやら、その黄土色に死と聖の象徴を込めたようだ」と述べています。


 一方、著者は「死と聖の色『白』」で、「じようなことが白でもいえる。柳田國男によると、白は禁忌の色で、ハレのときにしか使わなかったという。婚姻や葬式のときなどだ。こうしたハレ(晴れ=行事)は、かつてはすべてが鎮魂の儀式だったといえる。鎮められる魂は生者だったり、死者だったり、折口信夫のいうマレビト=神だったりする。『祭り』も、もともとは、自らを奉りながら神の来訪を待つ鎮魂の儀式である」と述べます。したがって、葬式のときは白装束が基本となるわけです。著者は、以下のように述べています。


 「腹など死地に赴くときも全身を白装束で覆う。つまり、『白』という色は、『死』がほかの人に伝染しないように、『死』の指標としての忌み籠もりであり、相撲のとき土俵に撒く塩や、葬式後に自分にふりかける塩などと同じく、清めのための色である。婚礼のときに花嫁が着る白い衣裳ももちろん死装束。生家から旅立つことを死になぞらえているからだ。
 明治になって、朝鮮で暗殺された伊藤博文の国葬では、欧化政策を推し進める明治政府は、日本の伝統的観念を無視して、葬式のときの衣装を欧米風に黒にするようにとのお達しをだした。それから葬式は徐々に黒服が中心となり、それまでの白の意味合いも薄れていく」


 青木保氏は、「<白>はニュートラルなもの、中間のもの、つまり<境界>、内と外を分けるちょうどその中間にある」安全と危険を区切る記号だと述べます。そのために、人々は結婚式や葬式には白の衣服を着たのです。日常と非日常の区切りをつけるための白というわけです。これを踏まえて、著者は次のように述べています。


 「葬式や結婚式に白い衣装をまとうことにはもう1つの意味もあった。祖霊信仰では、こうした行事には祖霊が必ず出張してきて悪さをすると信じられていた。そこで、ふだんとは違う自分に変装して祖霊をだましてやりすごそうと考えたからだ。そして、変装法として、白い服、つまり晴れ着を着るようになった。正月の晴れ着はこんなところに由来しているらしい」

 わたしは、これを読んで「和力」とはすなわち「産霊力」としての「儀式力」であり、それはそのまま「冠婚葬祭力」なのではないかと思いました。


 「おわりに」では、著者は「漢字は、もともと外国語なのに訓をつけて和風にし、そこに日本独自に発生した意味も加わって1字多義となり、『読み』にもいくつかの漢字が振り当てられ、異なったイメージがかもしだされるというように、日本語のこの重層的で立体的な構造が、ほかの言語を吸収していく力のもとになっていると思われます」と書いています。

 本書は、図版が豊富で、じつに美しい本です。そして、目で楽しみながら、漢字の面白さを学べる本でもあります。

 

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   「あとがき」の最後には、2つの人体文字が・・・

 

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   小口に描かれた2つの人体文字

 

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   右に傾けると「す」が出てくる

 

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   左に傾けると「F」が出てくる

 

 

 本書は、当時月刊だったインテリア・マガジン「CONFORT」(建築資料研究社)に2003年7月号から13回にわたって、「日本を象る」というタイトルで連載していたものをベースに、項目も増やして大幅に加筆したものだとか。「おわりに」の最後には、2人の人物が裸で踊っています。どちらも人体文字で、右側の人物がかなの「す」(二代北尾重政「身振いろは芸」より、1829年)、左側がアルファベットの「F」(ジョバンニ・バティスタ・ブラッチェリ「人体アルファベット」より、1632年)だそうです。同じようなポーズの人体比較ですが、これを見つけた著者のセンスに脱帽です。

 

 さらに著者がすごいのは、この「す」と「F」の人体文字を本書の小口(背の反対側)に描いていることです。しかも、右側に傾けると「す」が出てきて、左側に傾けると「F」が出てきます。こんな遊び心のある本は久しぶりです。なんだか楽しくなってきました。