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森信三 一日一語』

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No.0968

 

 『森信三一日一語』寺田一清編(致知出版社)を再読しました。

 1896年生まれの森信三は、近代日本を代表する哲学者・教育者で、1992年に没しました。本書はそんな彼の金言を365集めた本です。


 「国民詩人」と呼ばれた坂村真民は、かつて、森信三の生誕百年祭のとき、「森信三先生こそは、21世紀の扉をひらく唯一人のお方である」と述べたそうです。また、つねづね「森先生の教えは、高さも高いが、裾野が広い」と言っていました。この言葉を受けて、編者の寺田一清氏は「ということは日本を代表する霊峰富士に相当するのではなかろうか」と書いています。


 「はじめに」で、寺田氏は師・森信三について以下のように述べます。


 「先師の歴史的評価として、第一に(1)国民教育者の師父として仰がれるべきお方と申しております。次に、(2)日本的哲学の継承者であり、あるべき哲学の本旨に則り『全一学』たるべしとの創唱者であること。第三に(3)『人生二度なし』教の教祖であり、『生き方』宗の宗祖であるということです」

 森信三に対する寺田氏の並々ならぬ尊敬の思いが伝わってくるようですが、本書を読めば、この表現がけっして大仰ではないことがわかります。
以下に、わたしの心をとらえた森信三の言葉を紹介したいと思います。

 

 


信とは、人生のいかなる逆境も、わが為に神仏から与えられたものとして回避しない生の根本態度をいうのである。

 

 

「朝のアイサツは人より先に!!」
 ―これを一生つづけることは、人として最低の義務というべし。

 


金の苦労を知らない人は、その人柄がいかに良くても、どこか喰い足りぬところがある。人の苦しみの察しがつかぬからである。

 


金の苦労によって人間は鍛えられる。

 

 

人間は腰骨を立てることによって自己分裂を防ぎうる。

 


縁なき人の書物を数十ページ読むのが大事か、それとも手紙の返事を書くほうが大事か―このいずれをとるかによって、人間が分かれるともいえよう。

 


読書は 実践への最深の原動力。

 


人間は、進歩か退歩かの何れかであって、その中間はない。現状維持と思うのは、じつは退歩している証拠である。

 


休息は睡眠以外には不要―という人間に成ること。すべてはそこから始まるのです。

 


人間というものは、自分が他人様のお世話になっている間はそれに気づかぬが、やがて多少とも他人様のお世話をさせてもらう様になって、初めてそれが如何に大へんな事かということが分かるものです。

 


真人と真人とが結ばれねばならぬ。現在わたくしが最も努力しているのは、縁のある真人同志を結ぶことです。

 


いかに痛苦な人生であろうとも、「生」を与えられたということほど大なる恩恵はこの地上にはない。そしてこの点をハッキリと知らすのが、真の宗教というものであろう。

 


精薄児や身障児をもつ親は、悲観の極、必ず一度はこの子と共に身を滅したいとの念いに駆られるらしいが、しかもその果てには必ず、この子のお陰で人間としての眼を開かせてもらえたという自覚に到るようである。

 


人間関係―与えられた人と人との縁―をよく噛みしめたら、必ずやそこには謝念がわいてくる。これこの世を幸せに生きる最大の秘訣といってよい。

 


夫婦のうち人間としてエライほうが、相手をコトバによって直そうとしないで、相手の不完全さをそのまま黙って背負ってゆく。夫婦関係というものは、結局どちらかが、こうした心の態度を確立する外ないようですね。

 


人間晩年になっても仕事が与えられるということは、真に忝い極みと思わねばならぬ。待遇の多少などもちろん問題とすべきではない。

 

 

「世の中はなるようにしかならぬ、だが必ず何とかはなる―」
もしこの「何とか」というコトバの中に、「死」というコトバも入れるとしたら、これほど確かな真理はないであろう。

 


日本民族の世界観は、一口にいえば「神ながら」である。神ながらとは、民族生命の原始無限流動の展開をいう。そしてこれが、明治維新まで儒仏の文化を摂取し溶融したが、ついで維新以後は、西欧文化の摂取を容易ならしめてきた根源力である。

 


我われ一人びとりの生命は、絶大なる宇宙生命の極微の一分身といってよい。随って自己をかくあらしめる大宇宙意志によって課せられたこの地上的使命を果すところに、人生の真意義はあるというべきであろう。

 


念々死を覚悟してはじめて真の生となる。

 

 

 全部で365のうち、21の金言を紹介しました。でも、この他の言葉も心に染み、魂を揺さぶるものばかりです。それにしても、テーマの広さと深さ、そして言葉のシンプルさに驚かされます。寺田氏は、「あとがき」で次のように述べています。


 「先生の教えは、天上に輝く万華鏡たるにとどまらず、大地におりて蟻の這う姿まで映し出す教えなのです。もっと言えば一挙手一投足の教えであり、日常実践の着手点を明示する教えなのです。いまやこの基本の凡事から立ち直らねばならぬ時点にまで到っているのではないかと思われてなりません」


 この一日一語にちりばめられた言葉をよく読み、自分の頭でその意味をよく考えれば、必ずそこには気づきがあり、あらゆる問題や悩みの解決の糸口が見えてくるような気がします。
 

 少し前に、わたしは『森信三全集』を購入しました。会社の図書室の『新渡戸稲造全集』と同じ書棚に治めていますが、いつの日か、この哲人の教育思想の全貌を知りたいと願っています。