No.0957 宗教・精神世界 | 心理・自己啓発 『ブッダの脳』 リック・ハンソン、リチャード・メンディウス著(草思社)

2014.07.28

 『ブッダの脳』リック・ハンソン、リチャード・メンディウス著(草思社)を再読しました。
 本書は以前、「マイ・ローヤー」こと辰巳法律事務所代表の辰巳和正先生から頂戴した本です。読書家の弁護士さんである辰巳先生はさまざまな本をプレゼントして下さるのですが、本書は最も印象に残った1冊です。ちょうど、わたしが『図解でわかる!ブッダの考え方』(中経の文庫)を書いているときに頂いたので、非常に参考になりました。

   本書の帯

 本書のサブタイトルは「心と脳を変え人生を変える実践的瞑想の科学」。帯には「『仏教』と『脳科学』の出会いがあなたに心の平安をもたらす」とあり、続けて「仏教の瞑想法をよりどころにしつつ最新の脳科学・心理学に基づく実践的手法を紹介した画期的ガイド!」と書かれています。

 さらにカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。

◎あなたの心の力を最大限に引き出し、他人との関係をより良きものに変え、みずからの人生を大きく変えることができる。
◎そのための実践法を、仏教の伝統的な手法である「瞑想」と、最新の神経科学や心理学の知見とを統合することで見出したのがこの著者たち。
◎本書は、科学と仏教の知恵によって、より豊かな人生、より豊かな幸福感とを得るための画期的なガイドブックだ。

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

「まえがき」
「序文」
「イントロダクション」
第1章 自ら変わる脳
パート1 苦しみの原因
第2章 苦しみの進化
第3章 最初の矢と二番目の矢
パート2 幸福
第4章 良いものを取り入れる
第5章 火を鎮める
第6章 しっかりした意図をもつ
第7章 平常心
パート3 愛
第8章 愛と憎しみの狼
第9章 思いやりと自己主張
第10章 限りない優しさ
パート4 知恵
第11章 マインドフルの基盤
第12章 至福の集中
第13章 自己を解き放つ
付録 健全な脳を育てる栄養神経化学
「訳者あとがき」
「本文注(出典文献)」

 「まえがき」で、米国カリフォルニア州ロサンゼルスにあるマインドサイト・インスティテュートのダニエル・J・シーゲル医学博士は「本書は心の力を最大限に引き出し、自分の人生や他者との関係を改善するための手引書である」とした上で、以下のように述べています。

 「最近の科学の革命的進歩は、成人の脳が生涯変わりつづけることを明らかにした。かつて多くの脳科学者たちは、心が脳の活動に還元できるとしていたが、現在では、心と脳との相関性に注目が集まっている。つまり心と脳との関係は、一方が他方の活動に還元できるようなものではなく、相互につながり影響し合っているということだ」

 このことを踏まえて、さらにシーゲル博士は以下のように述べます。

 「心と脳が相関的なものだとすれば、心の持ち方1つによって脳そのものを変えられるのではないかと考えるのは自然なことである。実際に、注意の焦点の当て方を変えたり、神経回路を通してエネルギーと情報の流れを意図的にコントロールしたりすることによって、脳の活動や構造を直接変えられることがわかってきたのだ。重要なのは、健康を促進するようなやり方で意識を用いる方法を知ることである」

 「イントロダクション」では、本書の目的が以下のように述べられています。

 「過去数千年間、心の神秘に関心を抱く人々は心について研究してきた。本書では、仏教の実践である瞑想をよりどころとしながら、幸福、愛、知恵へと導いてくれる神秘の回路を明らかにしていきたい。ブッダの脳に限らず、人間の脳の特徴をあますところなく知っている者は誰もいない。けれども、洞察力に富み思いやりのある楽しい心の状態を生み出す神経の基盤をどうやって刺激し、強化すればいいかについては最近ますます知られるようになっている」

 第1章「自ら変わる脳」には、「顕微鏡が生物学に革命をもたらしたように、過去数十年、MRI(磁気共鳴映像法)のような新しい医療機器が、心と脳についての科学的知識を飛躍的に増大させてきた」と書かれています。また、以下のように述べられています。

 「世界にはたくさんの黙想の伝統があり、大半がキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教を含む主要な宗教に関連している。その中で科学がもっとも注目してきたのは仏教である。仏教は体験を重視し、特定の神を信じるよう強要しない。仏教はまた心理学や神経学に通じる緻密な心のモデルをもっている。わたしたちが本書において、他の伝統に大きな敬意を払いながらも、仏教の視点と手法にもっぱら焦点を当てているのはそのためだ」

 『図解でわかる!ブッダの考え方』を執筆中だったわたしには、特に以下のくだりが興味深かったです。

 「2000年以上も前、シッダルタという1人の若者―まだ悟っていなかったし、ブッダとも呼ばれていなかった―が何年も費やして自分の心、すなわち脳を鍛錬した。覚醒した晩、彼は自分の心(根底にある脳の活動を反映する)を深く覗き込み、そこに、苦しみの原因と、苦しみから自由になる道を見出した。それから40年間、北インドを放浪して歩き、耳を貸してくれる人たちに次のような方法を説いて回った。
 ●誠実に生きるために、貪欲や憎しみの火を冷ます方法
 ●混乱の最中、物事をありのままに見るために、心を安定させ、集中させる方法
 ●自分を解放する洞察を培う方法
 つまり、彼は徳やマインドフルネス(集中とも呼ばれる)や知恵を教えたのだ。これらは仏教の実践の3本柱であるだけではなく、日々の健康、心理的な成長、スピリチュアルな覚醒の源でもある」

 また、「三つの生存戦略」について説明した以下の箇所も刺激的でした。

 「何億年にもわたる進化によって、わたしたちの祖先は3つの基本的な生存戦略を発達させた。
 ●分離を生み出す―自分自身と世界、1つの精神状態と他の精神状態との間に境界を設けるため。
 ●安定性を維持する―心身のシステムを健全なバランスの取れた状態に保つため。
 ●脅威を避け、チャンスをものにする―子孫を繁栄させるものを取り入れ、そうでないものを避けるため」

 本書の白眉は、第8章「愛と憎しみの狼」ではないでしょうか。この章では、脳の進化の大きなステップは、およそ8000万年前に出現した霊長類で起こったとして、次のように書かれています。

 「霊長類の決定的な特徴は社交性にすぐれていた(いる)ことだった。たとえば、サルや類人猿は1日の6分の1まで同じ群の仲間の毛づくろいをして過ごす。興味深いことに、バーバリーマカク(オナガザルの一種)の研究では、毛づくろいをする方のサルがされる方よりもストレスから解放される度合いが高かった」

 つまり、霊長類の雌と雄の双方にとって、関係のスキルを反映する社会的成功がより多くの子孫を残すことにつながるというのが進化の基本線になっているというのです。続けて本書には、以下のように書かれています。

 「事実、霊長類が社交的―子育てをするグループの規模、毛づくろいをするパートナーの数、ヒエラルキーの複雑さなどによって推し量られる―になればなるほど、皮質が脳の他の部分に比べて大きくなる。より複雑な関係性はより複雑な脳を必要とするのだ。
 さらに大型の類人猿― チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、人類を含むもっとも近代的な霊長類―だけが進歩した社交能力を支える注目すべきニューロンである紡錘形神経細胞を発達させた。たとえば、同じ群れの他のメンバーが動揺すると必ず慰める。そのような行動は他の霊長類の間では珍しい。チンパンジーはわたしたちと同じように、笑ったり泣いたりする」

 「霊長類」から「人類」へ・・・・・・。「人類」について、本書には以下のように書かれています。

 「およそ260万年前、ヒト科の祖先が石器を作りはじめた。それ以来、脳は同量の筋肉に比べ、3倍もの新陳代謝の資源を使うにもかかわらず、3倍の容量に膨れ上がった。この脳の肥大化は、赤ん坊の大きくなった脳が産道を通過できるよう、女性の身体の進化を促してきた。そうまでして脳が急速な成長を遂げたのは、大きな生存の利益をもたらしたからに違いない。大きくなった脳の大半は、社会的、感情的、言語的、概念的な処理に使われている。たとえば人間は他の大型類人猿よりも多くの紡錘形神経細胞をもっている。これらは帯状皮質や島―社会的、感情的知性にとって重要な2つの領域―から脳の他の部分に走る一種の情報のスーパーハイウェイを生み出す。成人のチンパンジーは2歳の人間の子どもよりも、物理的世界を理解することに長けているが、人間の子どもはすでに関係性においてはるかに優れている」

 第9章「思いやりと自己主張」では、「共感」というキーワードが登場します。

 「共感はすべての意味のある人間関係の基盤である。誰かがあなたに共感すると、あなたは自分という存在がその人に認められていると感じる。そのとき、あなたはその人物の『我』にとって『汝』となる(訳者注:オーストリアの宗教哲学者、マルチン・ブーバーは1923年に『我と汝』という著作を発表し、現代人が隣人をもののように扱う関係に陥っていると述べ、本来の人格的関係である『我と汝』の関係を取り戻す必要があると説いた)。共感は、相手が少なくとも幾分かはあなたの心の働き、とくにあなたの意図や感情がわかっていることを伝える。わたしたちは、ダン・シーゲルの言い方を借りれば、理解されていると感じる必要がある社会的動物なのだ」

 第10章「限りない優しさ」でも、人間の本性が次のように述べられます。

 「人々が苦しまないようにと願うのが思いやりだとすれば、人々が幸福でありますようにと願うのは優しさである。思いやりは主として苦しみに反応し、優しさは、他者が何事もなくうまくやっているときでもつねに働いている」

 そして、「優しさ」について、以下のように書かれています。

 「優しさに関連しているのは、前頭前野皮質の意志や原理、大脳辺縁系の感情や報酬、オキントシンやエンドルフィンといった神経化学物質、脳幹の興奮などである」
これらの要素が、わたしたち人間の優しさを育てているというのです!

 本書を読んでいる間、わたしの心に浮かんできたのは拙著『隣人の時代』(三五館)の内容でした。同書の最大のメッセージは「助け合いは、人類の本能だ!」というものであり、これは新聞広告のキャッチコピーとしても使われました。本書『ブッダの脳』を読めば、「助け合い」がまさに人間の脳にプログラムされているという事実を知ることができます。

 また、わたしは『隣人の時代』において、「無縁社会」という日本語はおかしいと訴えました。「社会」とは、もともと「関係性のある人々のネットワーク」という意味だからです。ひいては、「縁ある衆生の集まり」という意味だからです。すなわち、「社会」というのは最初から「有縁」なのです。そのことも、『ブッダの脳』に書かれてある最新の脳科学の知見が教えてくれました。

 本書を読むと、人間に対する信頼を回復することができます。

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