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ダライ・ラマ自伝』

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No.0942

 

 『ダライ・ラマ自伝』ダライ・ラマ著、山際素男訳(文春文庫)を読みました。

 この読書館で紹介した『ノーベル平和賞で世の中がわかる』には数多くのノーベル平和賞受賞者が登場しますが、健在な受賞者の中で最も有名な人物が本書の著者であるダライ・ラマ14世でしょう。


 本書のカバーの裏には、以下のような内容紹介があります。


 「チベットの宗教的、政治的最高指導者として精力的に平和活動をつづけ、ノーベル平和賞を受賞した第14世ダライ・ラマが、観音菩薩の生れ変わりとしての生い立ちから、長きにわたる亡命生活の苦悩、宗教指導者たちとの交流、世界平和への願いなどを、波乱の半生を振り返りつつ語る。チベットとダライ・ラマを知る恰好の入門書」


 本書の「目次」は、以下のようになっています。


「日本語版への序文」
「はしがき」
第1章   白蓮を持つ人
第2章   獅子の玉座
第3章   侵略――嵐の到来
第4章   南へ避難
第5章   共産主義中国
第6章   ネール氏の拒絶
第7章   亡命を決意
第8章   絶望の年
第9章   十万の難民
第10章  僧衣を着た狼
第11章  東から西へ
第12章  "魔術と神秘"について
第13章  チベットからの便り
第14章  平和への提言
第15章  普遍的責任と善意
「ダライ・ラマ略年譜」
「訳者あとがき」
「文庫版発刊に寄せて」


 「はしがき」の冒頭には、以下のように書かれています。


 「ダライ・ラマという言葉は、いろいろの人にいろいろな意味合いをもって受け取られている。ある人には、わたしは活仏であり、アヴァロキテシュヴァーラ、すなわち慈悲に満ちた菩薩である。またある人にとっては"ゴッド・キング"。1950年代後半は、全国人民代表大会常務委員会副委員長。そして亡命後は、反革命的寄生虫、といった具合である。だが、このどれもわたしの考えるものとは異なる。わたしにとって"ダライ・ラマ"とは、わたしが占めている職務を意味する称号である。わたし自身は一箇の人間にすぎず、たまたま、仏教僧たらんとする一チベット人なのだ」


 第1章「白蓮を持つ人」には、次のように書かれています。


 「わたし自身の場合、わたしは、チェンレシ(慈悲の観音菩薩)、すなわち、"白蓮を持つ人"の生れ変りと信じられている歴代13人のダライ・ラマ(最初のダライ・ラマは西暦1351年に生れた)たちの化身と考えられている。そしてまた、仏陀釈迦牟尼の時代に生きていたといわれるバラモン(インドのカースト〈四姓〉制度の最上位カースト。僧侶、司祭階級)の少年にさかのぼること74世代の観音菩薩と信じられている。こんなことを本当に信じているのかとよく尋ねられるが、答えるのは容易ではない。しかし56歳になった今日、過ぎし生涯を振り返ってみるとき、また己の仏教徒としての信仰においても、過去13人のダライ・ラマ、観音菩薩そして仏陀その人と精神的に結びついているということを躊躇なく受け入れることができる」


 著者すなわちダライ・ラマ14世の数奇な人生についてはすでによく知られているので、ここでは詳しく紹介しません。しかし、本書の内容で最も興味深いのはダライ・ラマの中国に対する発言であり、毛沢東との関わり合いでした。中国による侵略のため南へ避難を続けるチベットの指導者である著者が北京を訪れたとき、毛沢東は大変喜んだそうです。第5章「共産主義中国」で、著者は次のように述べています。


 「わたしは中華人民共和国との提携の可能性を本気で考えはじめた。マルキシズムを考察すればするほど気に入ってきた。それは、万人の平等と正義に基づく制度、世界の悪への万能薬を宣言している。理論的観点からいえば、その唯一の欠点は、人間的存在を純粋に物質的側面からのみとらえようとする面に思え、これには同意しがたかった。また彼らの理想追求のために用いる手段も気にかかっていた。その硬直さがあまりに目立ちすぎる。それでもわたしは共産党員になりたいという気持すら表明した。仏教と純粋なマルキシズム理論との統合によって政治を導く効果的方法を編み出しうるのではないかと考えたのであり、今でもその可能性を考えている」


 また、著者は毛沢東について以下のように述べています。


 「何が原因かよくわからなかったが、中国の政治世界は矛盾だらけなのが次第に見えはじめてきた。だが毛主席は会うたびに、何かしら私に新鮮な刺戟を与えた。あるとき、予告もなくわたしのところに現われ、2人きりで話したいことがあるという。そのとき何を話したのかほとんど忘れてしまったが、仏陀を賞賛したのにひどく驚かされたのだけはよく覚えている。仏陀は"反カースト的"で"堕落に抗し"、"搾取に反対"したと誉め上げ、"観音菩薩"のことにまで言及し、急に宗教に親しみを覚えたかのような口ぶりであった」


 著者と毛沢東との遭遇の場面は、本書の中でも最もスリリングな部分です。そのくだりは、以下のように描かれています。


 「毛の執務室へ行くと、彼は本当に私を待っていた。これが最後の会見になる、といい、帰国の前に、政府に対するいくつかの忠言をしたいといった。そして、会議をどのように組織し、人民の考えをどのように引き出し、重要な問題をどう決定するかなどについて語った。これは非常に素晴らしい知識であり、彼と一緒のときはいつもそうしていたが、毛の言葉を一生懸命ノートした。彼は、コミュニケーションは、物質的進歩のいかなる形態においても必須の要素であり、できるだけ多くチベット青年たちをこの分野で育てるよう努力すべきだといった。彼はまた、わたしに伝えたいことはなんであろうと、チベット人を通じてそうしたいとも語った。最後に、ぐっと身体を近づけ、『あなたの態度はとてもいい。だが、宗教は毒だ。第1に、人口を減少させる。なぜなら僧侶と尼僧は独身でいなくてはならないし、第2に、宗教は物質的進歩を無視するからだ』といった。これを聞いて、わたしは激しい嵐のような感情が顔に出るのを感じ、突然非常なおそれを抱いた。『そうなのですか。あなたは結局ダルマ(法)の破壊者なのですね』わたしは心のなかで怒りをこめて呟いた」


 わたしが思うに、ダライ・ラマと毛沢東の2人は「シャドウ」のような合わせ鏡の関係だったのではないでしょうか。毛沢東が自分に強い関心を抱いた理由について、著者は次のように推測しています。


 「唯一考えられるのは、わたしが示した科学や物質的発展といったものに対する強い関心をなにか勘違いしたのではないだろうか。中国と並んでチベットを近代化したいと思ったのは確かであり、わたしの性向が元来科学的なのも本当だ。とすれば、毛の仏教思想への無知、つまり、"ダルマ"を実践しようとするものは、だれであろうとその妥当性をみずから吟味してかからねばならないという、仏陀の教えを知らないからなのだ。このことのゆえに、わたしは近代科学の発見、真理につねに偏見なく接しようとしているのだ。それが毛をして、わたしの宗教的修錬は単に自分への拠り所か習慣的なものにすぎないと錯覚させたのかもしれない。彼が何を考えたにしろ、わたしを完全に誤解していたと、今わたしは信じている」
いずれにしても、著者と毛沢東との絡みは20世紀の歴史における貴重な証言です。


 毛沢東とは反対に、著者は20世紀を代表する人物に出会います。「インドの聖女」と呼ばれたマザー・テレサです。著者と同じく、彼女もまたノーベル平和賞受賞者でした。著者は次のように書いています。


 「マザー・テレサには、1988年、イギリスのオックスフォードで開かれた会議(彼女もこれに出席した)の帰り、デリー空港で会ったが、彼女もわたしが深く尊敬してやまぬ人である。彼女の比類ない謙虚さにわたしは深く心を打たれた。仏教者的いい方をすれば彼女はまさに菩薩である」


 結局、チベットを率いる著者は中国とは相容れませんでした。中国というよりも、共産主義といったほうがいいかもしれません。第15章「普遍的責任と善意」で、著者は次のように述べています。


 「共産主義の遂行は人類最大の実験であり、そのイデオロギーにわたしも初めは非常な感銘を受けていたのだ。問題は、わたしもじき気づいたのだが、共産主義は"人民"に奉仕する―"人民のホテル"、"人民の病院"、"人民の軍隊"など―というが、"人民"はすべての人間を意味するのではなく、少数者によって、"人民の思想"だとされる考えを支持する人間を意味するにすぎないということだ」


 さらに著者は、共産主義について以下のように述べます。


 「共産主義の行きすぎには西欧にも責任の一端がある。初めて樹立されたマルキシスト政府に対する敵意が、ある点で彼らを自衛上途方もなく用心深くさせてしまったところがある。彼らはすべてのことを、すべての人間を疑い、そしてその猜疑心は恐ろしい不幸を生み出した。なぜならそれは基本的人間の特性、すなわち他人を信じたいという人間の願望に反するからである」

 

 ダライ・ラマという存在は宗教家でありながら、政治家としての側面も持っています。自身の政治的信条については、著者は次のように述べています。


 「わたしは半マルキシスト的人間だといったが、もし実際に選挙で1票を投じるとすれば、環境保護に熱心な党に入れたい。最近の世界における最も建設的進展の1つは、自然の大切さへのいっそうの自覚である。そこには宗教とか神聖さなどといったものは介在しない。われわれの惑星を大切にするのは、わが家を大事にするのと同じだ。自然から生れたわれわれ人間が、自然に反して生きたとてなんの意味があろう。自然環境は、宗教的、倫理的、道徳的問題ではないというのはこのゆえである。自然がなくても生きてゆけるのは、贅沢といってもいい。しかし自然に反しつづけてゆけば生きてゆけないだろう」


 それでは、これからの宗教はどうなるのか。著者は言います。


 「わたしたちの生活に、科学がますます大きな影響を及ぼすにつれ、宗教と精神性もまたわたしたちの人間性を考えさせるうえでいっそう大きな役割を担ってきている。両者の間に矛盾はない。どちらも互いへの貴重な洞察をもたらしてくれる。科学と仏陀の教えはともに、すべてのものの基本的合一性をわたしたちに告げているのだ」


 本書の最後で、著者は「わたしに素晴らしい霊感と決意を与えてくれる短いお祈りを読者と分かち合いたいと思う」として、以下の言葉を記しています。


 世界が苦しみに耐え
 生類が苦しみつづけているかぎり
 この世の苦痛を取り除くために
 願わくはわたしもまたそれまで
 共にとどまらんことを