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人間尊重五十年
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人間尊重五十年』

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No.0938

 

 『人間尊重五十年』出光佐三著(春秋社)を再読しました。

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   『人間尊重』(1962年刊行)

 

著者の『マルクスが日本に生まれていたら』を再読し、本書も読み返してみたくなったのです。「人間尊重」とは出光佐三翁の哲学を象徴する言葉です。そして、わが座右の銘であり、わが社のミッションにもなっています。

 

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   「財界九州」2014年6月号

 

 

 本書の初版は、1962年(昭和37年)3月に刊行されています。出光興産の創業者である著者が「ただ忠実に日本人としての道を歩いて人間尊重の事業経営を押し進めてきた、そのありのままの姿を紹介して、少しでも社会のために益するところがあれば、という純粋な気持から」出版した本だそうです。

 

 本書の目次は、以下のようになっています。


第一篇 物質尊重より人間尊重へ
第二篇 五十年を顧みる
黄金の奴隷となるな―戦前
組織機構の奴隷となるな―戦時中
戦い終わりて―終戦後
権力の奴隷となるな―占領中
数や理論の奴隷となるな―独立後
五十年を迎えて
第三篇 折りに触れ、時に随い


 本書の内容は、主に出光興産の社内における会議などでの挨拶を中心に構成されています。第一篇「物質尊重より人間尊重へ」では、著者が「世界の行き詰まりを打開する道」というテーマで話していますが、その中で「日本伝統の無私の思想」について以下のように述べています。


 「世界各国の歴史と同様に、日本にも武力、権力による力の征服はあった。それが覇者と言われ、将軍と言われたものであって、源平、北条、足利、徳川の幕府政治がそれであり、外国の皇帝、キング等々に相当するものである。しかしながら日本には、これらの覇者の上に皇室と国民とのつながりがあって、いかなる将軍、覇者も天皇のお許しなくして将軍たることはできなかった。国民が承知しなかった。そして将軍の任務は国内の治安を維持し、人民の生命財産を保護することであった。天皇は将軍に対し国民保護の任務を授けられた。これは世界の歴史上他に比類のない存在であり、そしてまたこの存在によって無私の思想が生まれたのである」


 著者いわく「この無私の姿は遠く神に発している」ということで、さらに次のように述べています。


 「鈴木大拙先生のお話によれば、人間は水や鏡に己れの姿を映してこれが自分であることを知る。また善悪の区別を知っている。これが他の動物と異なる点である。人間天照大神は、自らの姿を鏡にお映しになってこの鏡を自分と思え、とお訓しになった、と先生は説かれている。ここに自分を離れて自分の善い姿を見るという無我無私の悟りをお授けになったのである。天照大神は天にまします神ではなくて実在の人間である。そしてこの無私の姿を実在の人間として継承されているのが歴代の天皇であって、こうした神、皇室の教えによって国民に無我無私の民族思想が醸成されたのである。日本民族も人間らしい我欲をもっているが、その反面に己れを離れて善良なる己れの姿を見うるところの無我無私の性格をもっているのである。神、皇室、国民と無私のつながりによる日本の国体が世界唯一のものであると同時に、無私の民族性もまた世界に唯一のものであるといいうるのである」


 「無私に根ざす日本人の全体主義」について、著者は述べます。


 「こうした神の教えによる無私の思想から国民の道徳は生まれ、互譲互助とか義理人情とかいう暖かい精神によってお互いに信頼融和し一致団結して、日々を仲よく楽しく暮らした。それが2千数百年の長き平和の歴史をつくり、伝統は生まれ、いろいろな制度も出来た。この中で家族制度は最もすぐれたるものである」


 さらに、著者は以下のような人間観を述べます。


 「鈴木大拙先生がおっしゃることには、人間というものは2人以上いるから個人というものがあるので、1人なら個人も全体もない。2人以上で社会をつくるならば、個人は全体の中の個人でなければならない。全体をつくるための個人でなければならないということである。私もそのとおりだと思う。離れ小島に1人で住んでいるならば、どんな勝手なことをしてもよいだろう。ところが実際は2人以上で生活しているのであるから、まず他人に迷惑をかけてはならないということになる。ここに真の人として歩く道がある。すなわちこれが人の道、道徳であり、モラルと異なるところである」


 「ここに注意すべきことがある」と著者は指摘し、以下のように述べます。


 「全体を考える場合に個人はどうでもよいかということである。良き細胞によって良き全体が出来るのであるから、人類の平和幸福を確保するに足る尊重すべき細胞、すなわちこの意味での個人であらねばならぬ。わが国において古来、人格の養成、訓練、修養が特別にやかましかったのは、尊重すべき細胞をつくるためであった」


 「日本人の道こそ世界平和への道である」として、著者は述べます。


 「世界は行き詰まっている。それで今後やるべきことは、物質尊重から人間尊重へ移り、すべてのものから人間が超越すれば、資本主義も共産主義もない、個人主義も全体主義もない、また、金からも組織からも超越しなければならないということである。そういう人間をつくり、そういうことができるのは日本人である」


 続けて、著者は「お互い」という考え方について、以下のように述べます。


 「個人主義、権利、自由の思想、民主主義を意義あらしむるものは、無私の考えから出た『お互い』という考え方である。他人を尊重するということである。かくして民主主義は尊厳を保ちうるのである。ところが幸いにも、私どもの祖先はこれを対立闘争の枠の中からはずして信頼一致の大きな枠の中に入れて教えている。いわゆる日本人のもっている無我無私、互譲互助、義理人情というようなものでお互いに権利自由を守りあい、お互いに信頼融和し、お互いに一致団結すれば、人間の矛盾性をつつしむことができ、これによって平和の基礎も見いだしうる。ここにはじめて己れを離れて全体をつくる、一国の平和、やがては世界全体の平和幸福の道が見いだせるのである」


 戦時中、著者は「組織の奴隷となるな」と喝破し、次のように述べました。


 「出光は石油事業をやっているのではない。出光のやっていることは、『人間が一致団結して真に働く姿を現わして、国家社会に示唆を与える』ことであり、人間はこういうふうにあるべきだということで、示唆を与えるのが出光の事業であって、石油業はただ手段として使っているということを戦時中に宣言した。これは、いわゆる戦時中に軍が統制に名をかりて法律、規則、組織をつくり、人間の真の力を無視した行き方をやったのに対して、われわれが厳然として宣言してきた言葉である。現在になって考えてみると、これは、法律、規則、組織の上に人間があるということであり、組織や法規の奴隷から免れているということを言いうるわけである」


 「日本民族の使命」では、著者は「人間のための社会であり、人間がつくった社会であるから、人間が中心であらねばならぬという、、すこぶる簡単明瞭なことや、五十年間実行した結果、人間が金、物、法律、規則、組織、機構、民主主義、資本主義、共産主義等々の上に超越しうることを、出光人は会得したのみでなく、次第に国家社会に示唆を与える段階に達した」と高らかに宣言します。


 創業後50年を経過した年の年頭の挨拶で、著者は次のように述べました。


 「この道は日本人らしい歩き方であって、別に出光人だけのものではない。無私の心境になって全体が一致すれば偉大な力が出るという理想的の思想が、日本人、出光人に出来た。私はここまで漕ぎつけた。しかしこれは試験管の中のものである。しかしながら私は老年であるから、諸君は今後の50年を一般社会に飛び出し実用に供してもらいたい。そういうわけでこの人間尊重の事業を全社員に引き継いだ。全社員はまず石油業界に人間尊重の姿をつくり、次いで他の事業に、さらに政治に、教育に、この示唆を及ぼして、わが国をして人間尊重の国たらしめ、日本本来の姿に引き戻し、さらに日本民族が一団となって全人類を対立闘争の域より脱出せしめて、世界平和、人類の福祉に向かって、全世界に示唆を与えるよう」


 さらに、以下の言葉をつけ加えています。


 「しかしながら、この事たるや難事中の難事であり、数十年にして成るか、百年の星霜を要するか、もし成らずんば人類全滅の悲運に陥るかの岐路に立っているのであるから、どうしてもやりとげねばならぬ大難事業である」


 第二篇「五十年を顧みる」では、「人物養成」について述べています。


 「人間尊重主義は、まず尊重すべき人間を養成せねばならぬ。これは難事中の難事であって、また大難事であるがゆえに、すべての基礎となるのであります。人物の養成すなわち店員の指導は、百万言の空念仏よりも、身をもってひきいるほかはないのであります。わがままなる主人の小言は、主人の不徳不信となり、かえって言わないほうがよいこととなるのであります。この最も困難なる指導は、主人の不言実行の4字によってはじめてなしとげられるのであります」


 また「大家族主義」については、著者は次のように述べています。


 「いったん出光商会にはいりたる者は、家内に子供が生まれた気持でゆきたいのであります。店内におけるすべての事柄は、親であり子であり、兄であり弟である、という気持で解決してゆくのであります。出来の悪い子供ほどかわいいという気持にまでもってゆきたいのであります。目常執務のやり方、同僚との間柄、上下の立場、指導のやり方、相互間の無遠慮無差別、ひどい叱り方、俸給を渡すものと受けるものとの気分、容易に入店もさせないが、入店したらなかなか退職させない、一度出てもまた舞い戻る、他店から家風の違う養子をもらわない、これらのことは一家肉親の情合をもって決するのでありまして、いわゆる一大家族主義であります。この暖かい気のおけない空気の中に浸っている間に、しぜんと落着きが出来、一切を顧みる必要がなくなって、全力を仕事に注ぐこととなり、それが仕事に興味をもつこととなり、人生を楽しみうることとなるのであります」


 「国体の咀嚼力」については、以下のように述べます。


 「世界に類なき国体と、2600年の歴史をもっている日本は、インドに起こった仏教を完全に保育し、支那の儒教を咀嚼し、大陸の芸術文化を完全に保存し、かつ発達せしめてきているのである。インドや支那の本家で滅びたものは、みな日本で育ってきたのである。これ1に日本の国体の暖かき強き懐に抱擁されたからである。今後も、世界各国に発達した文物芸術は最後に日本において保存され咀嚼されるのであります」


 「至公至平」についても、以下のように述べています。


 「真に人間を尊重するの根本義は、人事の取扱に関し、至公至平であることであります。人事に情実をまじえてはならないのであります。情実があっては、店員は働き甲斐がない。人間尊重、人材養成は空念仏であり、根本的破綻である。私が最も慎重を期し、思いをいたしたのはこの点であります。私も人間であり、感情も働く、人情の欠点も人並みに持っている。また、見損じもあり、考え違いも出来る。いかに私が公平に扱っても、店員のほうにも思い違いが起こったり、誤伝もあり、かく思いいたるとき、人事は難事中の難事であります」


 また、人間の持つ「矛盾」について、次のように述べます。


 「人間は矛盾そのものである。人情の機微を察し人情の矛盾を悟り、良質の優越感を尊重し、これを活用して力に魂を注ぎ、悪質の矛盾を矯正して力を強化し、人情不即不離の妙諦を悟って総力発揮を指導し、資本に溺れず、物を恐れず、機構にとらわれず、真に人による簡素強力をもって時艱を克服すべきである」

 

 なお、「人間尊重」を掲げる出光において人事は最も重要なる1点であり、創業以来、人事は著者が絶対に責任を帯びてきたそうです。


 昭和34年、第2回訪米旅行から帰った著者は「青年よ、明治精神に帰れ」という訓話を行っていますが、そこで「世界平和と人類福祉への道」として、以下のように述べています。

 

 「世界の平和、人類の福祉を富士の峯とするならば、この最高峯に登る道が2つある。1つは西洋の道であり、他は東洋、日本の道である。西洋の道、それは個人主義、自由主義、権利思想、物質文明の道である。日本の道、それは人間尊重、互譲互助、信頼一致、精神文明の道である。個人を主張し、自由を尊重し、人権を主張することははなはだ結構な主義主張である。何ら異論をさしはさむ余地はない。しかしながら、神ならぬ人のすることである。個人主義は利己主義となり、自由はわがまま勝手となり、権利の主張は屁理屈、横車となる。個人と個人は対立し、さらに階級的に対立闘争し、互いに屁理屈、横車を押して闘争は複雑深刻となりとどまるところを知らず、すべては物質中心の考え方となり、物質万能、人間否定の世相となる。対立闘争、階級闘争の途によって全人類の平和と福祉を望むは無謀というべきであり、滑稽至極である」


 階級的対立闘争によってはその階級だけの平和福祉は望めるけれども、絶対に全人類の平和と福祉を得ることはできない。そう訴える著者は、次のように述べます。


 「精神文明を目標としたわが国では、人間中心主義、人間尊重に重点をおいた。ことに心の鍛錬と徳の涵養に努め、人格をつくることに努めた。尊重すべき個性を完成する点においては、西洋の個人主義に優るとも劣るものではない。このように個人を尊重するとともに、他方共同の生活、社会生活、国家の厚生を考えたときには己れを離れて考える―戦前に己れを捨てるといったが、現代の人には言葉が強すぎるので、私は離れると言っている―その1つが互譲互助の道徳、それはゴー・ストップの精神である。譲るということは日本人にとっては最高の道徳の1つであるが、あくまで個人の利益にとらわれる西洋では罪悪となっている。それほど、道は極端に違うのである」

 

 著者いわく、わが国の皇統は連綿として二千数百年の長きにおよび、東洋の哲学、宗教、芸術、あらゆる文化はこの平和の国体に抱かれて育まれ、発達しました。そして著者は、次のように述べます。


 「人格を尊重し、己れを離れた互譲互助、信頼一致の精神文明こそ、人類平和、福祉達成の道である。日本国民は国体の尊厳を信じて、日本の道が世界人類の平和と福祉を確保する途であるという示唆を与えるのが、日本人の新しい世界的使命である」


 「五十年を迎えて」には、昭和36年1月の新年拝賀式で行った著者の挨拶が紹介されています。著者は「次の五十年」として、次のように述べました。


 「第一は人間尊重。人間が大事だ、社会は人間がつくったものだから、人間が大事である。それにもかかわらず、あるときは金が大事になったり、現在のように理屈が先行したり、あるいは法律、規則、組織というものが人間の上にあったりして、そのために人間が非常に迷いを感じたような時代もあるが、何といっても人間がつくった社会だから、人間が大事であるということを、われわれは確信して、50年を過ごし、ますます人間尊重が間違いないことを確認したのであります」

 

 偉大なる実業家・出光佐三の思想はここにすべて集約されています、この一文を読んで、わたしは大きな感動を覚えました。


 わが社の佐久間進会長は若い頃、地元・北九州からスタートして大実業家となった佐三翁を深く尊敬しており、その思想の清華である「人間尊重」を自らが創業した会社の経営理念としました。


 その佐久間会長はもうすぐPHP研究所から著書を上梓しますが、その書名は『人間尊重のかたち~礼の実践50年』というものです。そう、「人間尊重」とは、古代中国で孔子が説いた「礼」の思想そのものです。


 冠婚葬祭を業とするわが社では「礼とは人間尊重である」という考え方が育くまれていきました。佐三翁は「石油業は、人間尊重の実体をあらわすための手段にすぎず」と言いました。不遜を承知で言わせていただければ、わたしは「冠婚葬祭業とは、人間尊重の実体をあらわすことそのもの」と思います。

 

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   出光佐三翁直筆の「人間尊重」の書と