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日本人はなぜ特攻を選んだのか』

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No.0935

 

 『日本人はなぜ特攻を選んだのか』黄文雄著(徳間書店)を読みました。

 この読書館でも紹介した『「永遠の0」と日本人』と同様に、日本国内で歪められてきた特攻隊の実像に迫る内容でした。


 著者は1938年(昭和13年)生まれの中華民国の評論家です。1964年に留学のため来日、早稲田大学商学部卒。明治大学大学院文学研究科博士前期課程修了。もともとは経済史学者(専攻は西洋経済史)でしたが、『中国の没落』が話題となり、評論家へ転身しました。以後、日本において活動を続けています。1994年には台湾ペングラフ賞を受賞、著書は100冊を超えています。現在は拓殖大学日本文化研究所客員教授で、主権回復を目指す会顧問、世界戦略総合研究所評議員なども務めています。

 

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   帯の裏には内容紹介が・・・・・・

 

 

 
 本書の帯には「『カミカゼ』が世界の歴史を大きく変えた!」「世界が驚き、称賛した特攻の精神」と書かれています。また、帯の裏には「本書の内容」として、以下のように書かれています。


◎アジア各国で尊敬され、感謝される特攻隊
◎敵国アメリカも日本人の殉国精神を畏怖していた
◎「真に偉大な行為」とまで激賞したフランス文豪
◎日本人の特攻精神がアジアの独立を促した
◎若者たちはなぜ特攻に自ら志願したのか
◎日本人にしかできない特攻という「奇跡」 ほか


 さらにカバー前そでには、「特攻隊員たちは、1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れられてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである」という言葉が紹介されています。これは、フランスのジャーナリスト、ベルナール・ミローの著書『神風』からの引用です。


 本書の目次構成は、以下のようになっています。


「はじめに」
第一章 世界から尊敬される特攻隊
第二章 特攻隊の真実
第三章 それでも日本人は特攻隊を選んだ
第四章 アジアを解放した特攻精神
「おわりに」


 「はじめに」の冒頭で、著者は以下のように書いています。


 「戦前の台湾で生まれ育った私にとって、『特攻』も『神風』も幼いころから耳慣れた言葉であった。この言葉を耳にするたびに想像したのは、『勇気』と『責任』、そして『愛』―国へ、家族への愛である。私と同年輩の台湾人には、たいていそういったイメージが強い。そして『特攻隊員』といえば『神様』のような存在だった」


 この「『特攻隊員』といえば『神様』のような存在だった」という一文は、大きな驚きとともに、わたしの胸に突き刺さりました。


 また、著者は以下のように小林秀雄の言葉を取り上げています。


 「文芸評論の巨人・小林秀雄は、戦後の1946年に開かれた座談会に出席し、その席上、敗戦と同時に左翼言論人に転向し、盛んに『日本は間違っていた』『日本が悪かった』などと言うようになった知識人たちに対し、次のように述べた。『この大戦争は一部の人達の無知と野心とから起こったか、それさえなければ、起こらなかったか。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然というものを、もっと恐ろしいものと考えている。僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか』(『小林秀雄全集』第8巻
 負けた途端に手のひらを返し、『日本は反省すべきだ』などと言い出した知識人の小賢しきを痛烈に皮肉ったのである」


 第一章「世界から尊敬される特攻隊」では、第1航空艦隊司令長官の大西瀧治郎中将が「特攻第1号」の関行男大尉らを含む特攻隊員らに向けた魂の言葉が紹介されています。1944年10月20日の朝、大西中将は「この国難を救い得る者は、大臣でも、大将でも、軍令部総長でもない。もちろん自分のような長官でもない。それは諸子のごとき純真にして気力に満ちた青年のみである。したがって私は、一億国民に代わって諸子にお願いする。どうか成功を祈る」と述べました。また、「諸子はすでに神である。神であるから、この世の欲望はないであろう」と言い、最後は「しっかりたのむ」と言って涙ぐんだそうです。これを読んだだけで泣けてきます。
続いて部隊名発表があり、敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊の4隊に分けられました。ここに「神風特別攻撃隊」が編成されたのです。これらの名称は、本居宣長が詠んだ「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」という和歌に由来することは有名です。


 「戦後、貶められつづけた特攻」の項では、著者は次のように述べます。


 「日本と戦争したわけでもない韓国は自ら戦勝国を気取り、朝鮮半島に近代化をもたらした日韓合邦時代のすべてが否定され、現在もなお、『従軍慰安婦の強制連行』というフィクションで日本を批判しつづけている(詳しくは拙著『韓国人に教えたい 日本と韓国の本当の歴史』徳間書店を参照)。中国にしても、日本軍とはほとんど戦っていない中国共産党が「我々が人民を日帝から解放した」と宣伝し、こちらも嘘だらけの『南京大虐殺』や『三光作戦』などで日本を攻撃しつづけている(詳しくは拙著『中学生に教えたい 日本と中国の本当の歴史』徳間書店を参照)」


 「外国から評価される『カミカゼ』」の項では、ビルマ(ミャンマー)での例が以下のように紹介されています。


 「ビルマ(ミャンマー)の初代首相バー・モウも、『特攻隊は世界の戦史に見られない愛国心の発露であった。今後数千年の長期にわたって語り継がれるに違いない』(吉本貞昭『世界が語る神風特別攻撃隊』)と語っている。バー・モウは、1944年11月末に台北にある神風特攻隊訓練基地を訪れ、隊員たちに作戦の成功と別れを告げている。ビルマに帰国後、特攻隊のことを人々に語ると、誰もが畏敬の念を抱いたという」


 「特攻隊を絶賛したマルロー」の項では、戦後、フランス第5共和国の情報相、文化相を務め、『人間の条件』『空想美術館』などの著書で文壇の巨人として活躍したアンドレ・マルローの以下の言葉が紹介されます。


 「フランスはデカルトを生んだ合理主義の国である。フランス人のなかには、特別攻撃隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなに少ない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。『母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺られるのをだまって見すごせるものだろうか?』と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、いさぎよく敵艦に体当たりをした特別攻撃隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである」


 また「特攻の意義」の項では、著者は次のように読者に問いかけます。


 「戦後の長い反戦・念仏平和主義の風潮のもとで、玉砕や特攻は、称賛されるよりも、彼らは非人道的な軍の犠牲になった。犬死だと非難されることのほうが多い。しかし特攻や玉砕を命令するほうも、あるいは自ら選んだほうも、『強制された』といわれるほうも、軍人として国のため、家族のために命を捧げたのだ。それが果たして犬死だといえるのだろうか」


 続けて、著者は次のように述べるのでした。


 「『花は桜木、人は武士』という日本の伝統がある。桜のようにぱっと咲いてぱっと散るのが日本人の美学である。主君のために命を捧げるのが古来武士の栄誉とされ、開国維新以降は忠君愛国が国民の大義として尊ばれた。国を護る軍人が『天皇のために死する』のは強制されたイデオロギーというより、時代の要求である。物量で劣る日本にとって、レイテ沖海戦でアメリカに重大な一撃を加え、講和を有利にするためには体当たりの特攻以外に有効な対抗策はなかったのだ。その『殉国の精神』こそ歴史に残る日本人の誇りだと、私は絶賛したい。それは民族の勇気として、中国人以外の敵からも尊敬されているのだ。だからこそ特攻も玉砕の精神も、後世に語り伝えなければならないと思う。戦略戦術論としてではなく、日本人論として語ることにこそ意味があるのだ」


 第二章「特攻隊の真実」では、「特攻の父」と呼ばれた大西中将の苦悩に言及しています。「特攻」戦略で日本が起死回生できるなど、大西中将も心からは思ってはおらず、「日本が滅びるかどうかの瀬戸際に、この戦争は勝てぬかも知れぬ。しかし青年たちが国難に殉じて、いかに戦ったかという歴史が記憶に残るかぎり、日本と日本人は滅びない」と語っています。著者は、この大西中将の言葉について述べます。


 「日本民族がまさに亡びんとするさい、身をもってこれを防いだ若者がいたということが世に知られれば、日本が再起することは可能だと思ったのだ。最後の手段である『特攻』でも勝てないが、それでも日本は負けない、生き残る。その歴史を後世の日本人が記憶するなら日本を守る精神となり、再起、三起もできると信じて疑わなかった」


 大西中将と握手して、死地へ赴いた特攻隊員は614人に上りました。大西中将自身は、敗戦の翌日未明、「吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす」という遺書を残して割腹しました。著者は「大西は、必ず自分も特攻隊員に後を追うという覚悟ができていたのであろう」と述べています。わたしも、そのように思います。韓国沈没船のイ・ジュンソク船長の例を持ち出すまでもなく、部下を危険な目に遭わせても、自分は我が身の安全だけを考えるリーダーは古今東西存在します。しかし、大西中将は違いました。


 いま、韓国の軍事力が非常に疑問視されています。大型旅客船セウォル号の沈没事故および事故後の事態回収があまりにもお粗末であるばかりか、責任感のない人々ばかりで、「これでは、いくら軍備が充実していても、実際の戦争になったら兵士たちは逃げ出して戦えないのではないか?」との声が多数出ており、つまり韓国軍は「弱い」軍隊なのではないかと韓国内でも不安視されているそうです。その意味で、武士道の伝統を持っていた旧日本軍は「強い」軍隊でした。


 その旧日本軍の「強さ」について、著者は次のように述べます。


 「日本人は強い、日本兵も日本人軍団もその強さは昔から有名である。
 もちろん、それは開国維新後からではない。昔からその強さは知られていた。実際、日本人武士だけではなく、すでに大航海時代後、日本人の強さは海外から知られているのだ。具体的にその事跡を探って見ると、タイ(シャム)で活躍した山田長政、台湾でヌイツ・オランダ長官と対決した浜田弥兵衛などの名が歴史で知られ、映画化もされている。
 スペインはかつて日本武士を連れて明帝国の征服を計画したが、果たせなかった。日本が西洋の植民地に転落しなかったのは、『強すぎる』と西洋諸国に知られたからである。もちろん、それは江戸鎖国以前の倭寇の時代もそうだつた。だから、朝鮮人も支那人も『仮倭』(ニセ倭寇)となってアジアの海で跳梁した。そして日清、日露戦争に日本が勝利すると、西洋人は『黄禍』への恐怖を訴えるようになった」


 第三章「それでも日本人は特攻隊を選んだ」の冒頭には、「特攻と武士道」として、以下のように書かれています。


 「特攻は自らの死をもって活路を開く、『十死零生』『十中十死』の戦術である。どんなに幸運であっても、あるいはいくら技能が高くても、生きて帰ることは絶対にない。決死の覚悟で死力を尽くして強敵に逆襲するため、あえて死地に布陣する『背水の陣』でもない。
 そこが、『九死に一生を得る』とは異なっている。幸運や技能の高さによって死地から脱することはありえないのだ。特攻は『成功=死』そのものである」


 また、「武士道と忠義・忠誠の精神」として、著者は次のように述べます。


 「武士道に儒教の影響が強く見られることはいうまでもないが、これらは儒教の『仁義礼智信』とは異なる。平時から自分を磨くこと、また廉直や孝行、慈悲、倹約といった徳目が重視された。
 武士道でとくに重要な概念は忠義・忠誠であろう。もちろん、どんな国家・社会でも忠誠は重んじられる。中世ヨーロッパでは神や信仰への、近代中国では国家や共産党への忠誠がそれぞれ求められた」


 著者は、「日本人の死生観」として、以下のように述べています。


 「日本人は『死者』を『仏』と称することが多い。日本人の意識のなかで、『敵我』や『善悪』を乗り越え、さらに『自分がどうであろうと、死ねばすべて仏になる』と考えるのはごく当たり前のことである。『菊と刀』の著者、ルース・ベネディクトによれば、そういう『死者悉皆成仏』の思想をもっているのは、仏教国家のなかでも日本だけだという」


 著者は「敵もまた死ねば仏になる」として、さらに次のように述べます。


 「この死ねば神、死ねば仏という死生観はどう生まれたのだろうか。日本は森と水に恵まれ、森の列島である。森の文明である縄文文化と田の文明である弥生文化の共生から生まれたのが原始神道である。やがて日本は隋唐文明に学び、倭国から日本国に転生した。仏教が伝来すると、徐々に日本列島の風土に土着していき、日本仏教としての鎌倉仏教として熟成していった。原始神道の共生の思想と仏教の衆生の思想の習合から生まれたのが、『山川草木国土悉皆成仏』という『天台本覚思想』である。これは動物だけでなく、植物にも、あるいは山や川そして空や海にまですべて仏性があり、成仏するものだという考えである。また輪廻の思想によって、草木までも成仏するという考え方をとらえると、生まれ変わり死に変わっているうちに獣になったり、鳥になったりして、再び人間になることもある」


 この「山川草木国土悉皆成仏」や「天台本覚思想」については、人類の普遍哲学に通じるという見方があります。この読書館で取り上げた『人類哲学序説』『人類哲学へ』でも詳しく紹介しましたので、興味のある方はお読み下さい。

 

 著者は、続けて以下のように述べています。


 「神代の時代から人間だけでなく、国土も山川草木も風土すべてが、イザナギ、イザナミ両神から生まれた子どもであり、山川草木、そして衆生がみんな兄弟とされているのだ。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教的な人間中心主義の一神教とは違って『山川草木悉皆成仏』という考え、人間や動物ばかりでなく、草木や山川にも仏性があり、成仏できる自然との共生の思想である。これはインド仏教にはない考えで、神と仏の共存を可能にしている。自らが信じる神こそが唯一神であり、それ以外の宗教は邪教であるという強い排他的性格をもつ一神教とは違って、日本の風土で生まれた多神教的原始神道はきわめて寛容である。階級思想や排他的思想ではない。仏教をはじめ、すべての外来の宗教、思想、学説を習合しながら取り入れていったのである」


 第四章「アジアを解放した特攻精神」では、「大東亜戦争の歴史貢献を問う」として、歴史学者アーノルド・トインビーの以下の発言が紹介されます。


 「第2次世界大戦において日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残したと言わなければならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想である『大東亜共栄圏』に含まれていた国々である」


 「おわりに」で、著者は次のように書いています。


 「台湾人は親日的だと言われるが、それは日本人の勇敢さ、勤勉さ、正直さ、不屈の精神を尊敬しているからだ。逆に中国人や韓国人に対していい感情を抱いていないのは、彼らが不誠実で嘘が多く、強者になびき弱者をいじめ、自己中心主義でいざとなれば真っ先に逃げるからだ。特攻こそ、日本人の不屈の精神の表れとして、最高の尊敬を集めているのだ」

 この「自己中心主義でいざとなれば真っ先に逃げる」者がいる国とはどこでしょうか? 「武士の情け」であえてここでは書きませんが、その国名は誰でも明確にわかることと思います。そして本書の最後に、著者は次のように記しています。


 「大和魂は日本人の精神のコアである。そしてこの大和魂が武士道に息づいた。特攻も大和魂や武士道と深い関係があるのは言うまでもない。
戦後の『人命至上主義』から特攻を『犬死』『馬鹿げた行為』と批判することはたやすい。だがそれは、命を捨てて国のために戦った戦士を貶める行為であるばかりではなく、大和魂や武士道までも否定し、ひいては日本人の否定にもつながる愚かな行為なのである」


 本書を読了後、台湾人でありながらここまで書いて下さった著者に対し、1人の日本人として感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして、日本を守るために、同胞のために命を捧げ、勇敢に立ち向かっていった英霊に対しても感謝の念が改めて強く湧いてきました。わたしも大和魂を忘れずに生き、そして死にたいと心から思います。