No.0896 帝王学・リーダーシップ | 経済・経営 『こうして会社を強くする』 稲盛和夫著 盛和塾事務局編(PHPビジネス新書)

2014.03.25

 『新版・実践経営問答 こうして会社を強くする』稲盛和夫著、盛和塾事務局編(PHPビジネス新書)を再読しました。
 帯には、稲盛和夫氏の写真とともに「JAL再建 経営の真髄、ここにあり!」と大書され、「稲盛流の『生きたマネジメント』が学べる本」と書かれています。

   著者の写真が入った本書の帯

 カバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 「あまたの困難、経営課題を乗り越え、一代で京セラを世界的大企業に育て上げた稲盛和夫氏。リーダーとしての日々の実践の中で培った、『判断力の磨き方』『社員のモチベーションの高め方』『危機に対応する方策』『リーダーたる心構え』など、経営のコツを、自身の実体験をふんだんに盛り込み熱く語る。名経営者の『生きたマネジメント』が学べる本」

 タイトルにある「新版・実践経営問答」からもわかるように、本書は10年前に出版された『実践経営問答』(PHP研究所)の内容をベースとしています。稲盛氏が塾長を務める「盛和会」の勉強会では、塾長の「講話」とともに「経営問答」という勉強が続けられています。これは参加者の経営課題についての「質問」に、塾長自らが「回答」する形式です。本書はこの「経営問答」を再現した内容となっています。本書が上梓された2011年4月の時点で、盛和塾は国内53塾、海外9塾で、塾生数はじつに6000名を超えています。

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

「まえがき」
第一章 判断力を磨き上げる
第二章 業容拡大を実現させる
第三章 社員のモチベーションを高める
第四章 事業を引き続き発展させる
第五章 新規事業に挑戦し成功させる
第六章 強い組織をつくる(ドキュメント盛和塾)

 第一章「判断力を磨き上げる」では、「社長業には何が大切か」という塾生からの質問に対して、稲盛塾長は以下のように答えています。

 「社長というのは、物事を決める最終の地位です。副社長、専務の時は、上に最終決裁者がいますから、『こうしたいと思います』で済みますが、社長というのは、最終のディシジョン・メイキングをする人ですから、後ろがないわけです。では、決断する時に何をもって決めるかというと、それは心の中の座標軸になるのです。ですから私は、社長業を全うする、つまり企業を治めるには、判断・決断の基準となる心の座標軸を持っていることが一番大事だと思います。
 私は創業の頃、『人間として何が正しいのか』『原理原則に基づいて経営する』ということを心の座標軸として判断基準におきました。そして、常に自問自答を繰り返してきました。その原理原則は何かというと、正、不正の判断基準、または善悪の判断基準、公平、公正、誠実、誠意、愛情、正義、博愛、正直、素直等々のベーシックな言葉で表せる倫理観です。
 この倫理観を持っていなければ、ともすれば己の欲望が物事の判断基準になるというケースが多くなりがちです」

 さらに稲盛塾長は、以下のように「社長6か条」ともいうべき指針を示します。

 「第1に、社長は公私の区別を峻厳として設けることです。つまり、公私混同をしてはいけません。特に人事については、いかなる不公平もあってはなりません。
 第2に、社長は企業に対する無限大の責任感を持つことです。なぜなら、企業は無生物ですが、その企業に命を吹き込むのは社長である貴方しかいないからです。躍動感に溢れる会社になるかどうかは、貴方が企業にどのくらい責任感を持って自分の意志を注入しているかで決まるわけです。
 第3には、社長は前述のような存在である以上、自分が持っている人格と、自分が持っている意志そのすべてを企業に注入することが必要です。
 第4には、社長というのは従業員の物心両面の幸福の追求のため、誰よりも努力する存在でなければなりません。
 第5としては、社長というのは従業員から尊敬される存在でなければなりません。そのためには心を高める必要があります。ですから、持って生まれた人柄で経営していくのはやめて、哲学を究めていく必要があるのです。
 最後に、今まで申し上げてきたように、社長というものは最終判断者であるために大変孤独です。常に自分のした判断が正しかったか、本当に良かったかと不安になります。したがって、こういう孤独に耐えるためにも、真の仲間づくりというか、腹を割って話せる友人を、今からつくっておくべきだと思います」

 また、「経営目標は何を基準に、どのように決めるべきか」という塾生の質問に対して、稲盛塾長は「潜在意識に透徹するほどの強烈な願望を持つ」ことの大切さを説き、以下のように述べます。

 「企業というのは人間の集まりであり、経営者の役割というのは、その人間の集団にいかに生命を吹き込むかということです。つまり、経営者は、企業を単なる烏合の衆としてではなく、全員が1つの目標に向かって突き進む集団、1つの意識、考え方を共有する集団にしていく必要があるのです。結局、経営目標とは、この人間の集団をいかにしていくかという経営者の思い、意志そのものでなければならないのです」

 亡くなった父親が生前に商工会議所の会頭などを務めていたという二代目社長の塾生が「本業と公職の葛藤を克服するのは」という質問をしています。これに対して、稲盛塾長の回答は明快です。

 「公職を引き受け、世のため人のためにと尽くすことは立派な利他行です。ですから、私心なく本当に公職に打ち込みたいなら、経営の第一線を退いてやるべきです。弟でも、番頭でも、本当にしっかりした人を社長にして、自分は会長職にでも就いて、若年寄のような立場でやるべきなのです。自分が社長をやるよりは、弟か番頭に譲った方が会社は立派になるので、自分は公職を一生懸命やって社会貢献する。そういうことなら引き受けてもいいでしょう」

 阪神・淡路大震災に遭遇したという神戸の食品製造販売の会社社長の塾生は「危機にあたっての心構えはどうあるべきか」という質問をしました。それに対して、稲盛塾長は「ポジティブに受け止める」ことの大切さを説き、こう語ります。

 「経営者は、平常時でも災害時でも、常に正しい判断ができなければならないのです。逆に言えば、そういう厳しい、ミスのない判断を常に強いられているのが我々経営者なのです。さすれば、直感力、つまり判断力を研ぎ澄ますにはどうすれば良いのでしょう。中村天風先生は、人間の行動は『有意注意』と『無意注意』の2通りあるが、心して自分の意識を注入する、『有意注意の人生』が大切だと説いておられます」

 第二章「業容拡大を実現させる」では、「低収益から脱却するには」という塾生からの質問に対して、稲盛塾長は以下のように答えます。

 「値決めというのは非常に大事です。なぜなら、利益が出せるところ、その的を射抜くのは本当に針の穴を通すぐらい難しいからです。高すぎてもだめ。安すぎれば売れはしますけれども、利益が出ないのです。理想の値段とは、お客さんが許してくれる範囲で最高の値段でなければならず、それは1点しかないのです。価格というものは一度決めたら値上げできませんから、値決めに失敗すると、その後いくら頑張っても甲斐がありません。ゆえに、値決めはトップが決めなければなりません。『値決めは経営』なのです」

 第三章「社員のモチベーションを高める」では、「ベテラン社員の自己啓発意欲をどのように高めるか」という二代目社長の塾生からの質問に対して、稲盛塾長は以下のように答えています。

 「よく『人は石垣、人は城』といわれますが、企業を城に見立てますと、人は石垣です。城の石垣というのは大きな石だけではつくれません。存在感のある素晴らしい大きい石だけでつくれるのではなく、大きな石と石の間に小さな石が幾つも詰まっているから堅牢な石垣が生まれ、城を支えることができるのです。
 能力はあまりないけれど、人物、人間が素晴らしい人というのはいるのです。近代企業を経営するには無駄だと思われるかもしれませんが、それは決して無駄ではないのです。  
 もちろん、近視眼的に見れば能率は悪いし、資格を持っている人ばかりを集めた方が良さそうに見えますが、会社に対して素晴らしいロイヤリティがあって、一生懸命会社のために尽くしてくれる社員がいることは、実際には大変な財産になるのです。『知恵のあるものは知恵を出せ。知恵のないものは汗を出せ』といいますが、それが組織なのです」

 また、職人9名を含む社員17名の塗装業を営む三代目社長が「3K職種の社員を、誇りを持った仕事集団にするには」という質問をします。稲盛塾長は「大義名分を立てる」ことの大切さを説き、以下のように述べます。

 「『この社長とだったら、本当にどんな苦労をしても惜しくない』と、思わせるような人間関係をつくらなければなりません。それは無制限1本勝負みたいなもので、自分の仕事なら、まず朝から晩まで一生懸命やることです。そして、仕事が終わったら車座になって、できるだけお酒を入れて話をするのです。お酒が入れば心もオープンになりますから、酒盛りをしながら頑張っている人には『お願いします』と言うし、間違っている人には『間違っている』と言う。自分が間違っていれば認めて直す。さすれば酒盛りはコミュニケーションの場となり、最高の人間修養の場になるでしょう。そういう態度で貴方が接すれば、どんな人間でも必ず変わってきます。決してお酒で釣られるのではありません。一生懸命で、自分たちを大事にしてくれる貴方の人間的な態度に、どんな従業員も心を打たれていきます。わずか十数名の従業員たちではありませんか。泣いても笑っても一緒にやっていく大切な仲間たち、そういう彼等から『なんと良い男よ』と、慕われるよう魅了すること。まずそこからです」

 飲食店を多店舗展開しているという創業社長の塾生が「ナンバー2の要件とは」について質問します。それに対して、稲盛塾長は以下のように答えます。

 「ナンバー2の要件とは、まず第1に『人物』です。功績や才能ではなく、『人間として素晴らしい人』であることです。第2に『管理会計学的な計数に明るい人』、第3に『部下の意見に耳を傾け、衆知を集めて物事を決めていく人』です。人物優先で人を選び、そういう人に育てていくべきだと思います」

 第四章「事業を引き続き発展させる」では、焼き物メーカーの三代目社長で、息子を後継者にしたいと考えている塾生が「中小企業の世襲制は是か非か」という質問をしますが。それに対して、稲盛塾長は「貴方は、かねてから世襲制には批判的だったにもかかわらず、現在自分は息子に跡を継がせたいと、心情を吐露されました。理性的であればあるほど、それに矛盾を感じていながら肉親の愛情というものに抗しきれない。しかし、そう悩んでおられることで、すでに免罪符が与えられているのではないでしょうか」と述べます。さらに、「財産を守り通すことと、従業員を大切にするという両面を満たしながら企業を発展させていくことができるのは、世襲制の方が当を得ているということになる」と喝破するのでした。

 わたし自身が最も参考になったのは、第五章「新規事業に挑戦し成功させる」における「新規事業を決断する物差し」についての質問でした。これは、いくつかの新規事業への参入を計画しているわたしにとって切実な問題です。稲盛塾長は「飛び石を打つな」と述べ、「私は、中小企業が新規事業、多角化に成功する秘訣は、まず得意技を持ち、徹底的にそれを磨くことから始まると思うのです」と語った後で、以下のように答えています。

 「『新規事業はその得意技の延長線上で勝負していく』べきなのです。親の代から扱い商品もお得意様も決まっていて、取り立てて特徴も販売力もない状態で、新商品を扱ったり、新規市場に打って出ると、とんでもない火傷をします。親の代からのスタイルでうまくやってこられたというなら、ここは欲を出さずにそれを守っていくべきでしょう。もし、従業員と一生懸命頑張って、特定商品や販売方法などで得意技ができて、自信が持てるようになったら、新規事業を始めても良いのではないかと思います」

 第六章「強い組織をつくる(ドキュメント盛和塾)」では、「健康を保つためにしていることは」というプライベートな質問が出てきます。これについて、稲盛塾長は次のように答えています。

 「強いて健康法といわれると、心をいつも明るく持っているということ、そして、毎日よく感謝をして生きているということ、それかな、という気がします。くよくよ思ったり、不平不満を思ったりすることは一切せんことにしています。とにかく現在、ここにこうして生きているということに感謝がある。だから朝起きて、口をついて出るのが、すぐに、『ありがとう』。そして、『ごめん』です。悪さをしては、『神様ごめん』とよく言っています。それが心を明るく、気持ちを明るく保てちるコツといえば、コツでしょうか。そのため大変に健康なんだと思います」

 これは、著者の座右の銘でもある「敬天愛人」ということそのものですね。

 最後に、「名経営者の条件とは」という質問への回答が、わたし自身に言われているようで心に強く響きました。稲盛塾長は、以下のように述べています。

 「『好きこそものの上手なれ』といいますが、経営そのものが苦痛であってはいけません。二代目であろうと、三代目であろうと、たとえ自分の意志ではなくても、その会社を継いだ以上、何としても仕事を好きにならなければなりません。
 では、好きになるにはどうするのか、それは仕事に打ち込むことです。打ち込まなければ、決して好きにはなれません。どんな仕事であっても、それに全力で打ち込んでやり遂げれば、大きな達成感と自信が生まれてきます。その繰り返しの中で、さらに仕事が好きになります。さすればどんな努力も苦にならなくなり、素晴らしい成果を挙げることができるのです」
 名経営者の条件があるならば、自分の今の経営という仕事を好きになること。そして、そのためには自分の今の仕事に打ち込むこと。それしかない。このシンプルな考え方は、「平成の経営の神様」の最高の叡智です。

 このように、相手がどんな小さな会社の経営者であったり、どんなに若くて経験のない社長であっても、稲盛塾長は相手のレベルに合わせた見事な回答を繰り出していきます。ソクラテスは大工を相手にするとき、「大工の言葉」で語ったそうです。また、ブッダは人を見て法を説きましたし、同じことは孔子にも言えます。本書は、そんな古代の聖人たちをも彷彿とさせるような見事な問答集です。

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