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儒者』

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 No.0871

 
 『儒者』疋田啓佑著(致知出版社)を読みました。

 「日本を啓蒙した知の巨人たち」というサブタイトルがついています。
 著者は昭和12年、旧満州生まれ。35年、九州大学文学部国文学科卒。40年、九州大学大学院中国研究科修了。二松學舎大学文学部教授、福岡女子大学文学部教授などを歴任後、福岡女子大学名誉教授に就任。現在、NPO法人岡田記念館秋月書院理事長、「東洋の心を学ぶ会」顧問を務めています。

 

 先日訪れた「旧閑谷学校」の看板に儒者の山田方谷の名がありました。方谷といえば、わたしの敬愛する儒者・佐藤一斎の弟子です。わたしは方谷についてさらに詳しく知ろうと思い、本書を一読したのです。
 タイトルにもなっている「儒者」とは、孔子に始まる政治・道徳の学である儒学を修めた人々のことです。「近世儒学の祖」と謳われた藤原惺窩や林羅山を口切りに、江戸時代を通じて多くの人材が輩出されています。

 

 本書は月刊「致知」に連載された「儒者たちの系譜」に登場した人物のうち、山崎闇斎、荻生徂徠など江戸初期から幕末まで活躍した日本の代表的儒者20人を選び出し、時代順に紹介したものです。通して読むことで、近世儒学の思想の流れを掴むことができます。儒者たちによって培われた思想は、明治維新後の日本を形成する大きな礎になりました。 
 また、敗戦後の復興の際にも、日本人の精神の根底の支えになったとされます。

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「まえがき」
藤原惺窩   日本で最初に朱子学を学び、武将たちに伝える
林 羅山   朱子学の発展の基礎を築く
中江藤樹   人々に良知に至る道を説く日本の陽明学の祖
熊澤蕃山   民の苦しみを自らの問題とした反骨の陽明学者
山崎闇斎   朱子我を欺かず、門人6000人に及ぶ厳格なる朱子学者
木下順庵   名利を求めず、多くの弟子を育て、儒学の本道を行く
山鹿素行   生涯人としての道を求め続けた兵学者でもあった儒者
安東省菴   自らの足跡を残すことなく、生涯、明の儒者・朱舜水を師と仰ぐ
伊藤仁斎   『論語』に人の生きる道を求めた先哲
貝原益軒   他の儒者の追随を許さない博学
佐藤直方   人生を終えるまで道を求め続けた闇斎の一番弟子
荻生徂徠   儒学者の枠を超えた学問の広さ、深さを持つ
浅見絅斎   終生仕官せず、私塾で弟子を育成した忠義を尽くす朱子学者
新井白石   将軍を支え経世済民の思想を実践する
三輪執齋   朱子学から転向し、日本の陽明学の中興の祖となる
佐藤一斎   学識深く、懐深い、魅カ溢れる儒者の鑑
大塩中斎   良知への思いを行動として表した至誠の陽明学者
山田方谷   知行合一を精神的支柱に藩の財政を立て直す
春日潜菴   西郷隆盛も心酔、志に生きた幕末の陽明学者
吉田松陰   激烈に学び、行動する。多くの志士を輩出した至誠の儒者
「あとがき」

 

 「まえがき」で、著者は次のように述べています。

 

 「今日までを振り返る時、明治維新の時代、西欧から新しい科学的合理的思想や文化が入って来た時に、日本人としての心を失わずに精神的な支えとなって底に流れていたのが、江戸時代から培われてきた思想であったと考えられます。そして太平洋戦争において敗戦の憂き目を味わいながらも、誠実なこころで懸命に勤勉努力するその生き方が復興の力となって、今日を築いたのだと思います。この誠実で勤勉であるということは、『大学』の『格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下』という八条目や『中庸』の『人一たび之を能くすれば、己百たびす』という精神からきているのです」

 

 本書を通読して、特にわたしの心をとらえた文章がいくつかありました。
 まず最初は、「林羅山」の項の次のくだりでした。

 

 「君臣、父子、上下の秩序を重んじる朱子学の思想は幕府の政権維持には好都合でした。人間の平等を根幹に据えた陽明学と違い、朱子学は、人間の特性や能力に応じた身分を容認する「分業論」という考えがあります。士農工商の身分制度は、この考え方が発展したものです。
 もっとも、羅山ら林家が積極的に身分制度を唱え、主導したわけではありません。幕府が自分たちに都合のいい思想をクローズアップして利用したのです」

 

 次に、「荻生徂徠」の項の次のくだりです。

 

 「徂徠のいう道学者とは程明道、程伊川、朱子といった人々です。孔子の教えの正統を継いでいると自負する頭がカチカチの儒者ではなく、儒学だけでなく文学や歴史も分かる柔軟な人間になりたいというのが晩年の願いだったようです。
 また『今を知らんと欲する者は必ず古に通じ、古に通ぜんと欲する者は必す史あり』と言って、史書に学ぶことを勧め、『学問の道はいやしくもその大いなる者を立て、博きを貴び、雑を厭わず』とも述べるのです」

 

 続いて、「新井白石」の項の最後のくだりです。

 

 「白石は単に学問を修めるのではなく、政治の場で経世済民の思想を実践しました。儒学は本来現実主義であることを思えば、経世済民の志を貫いた白石の生き方こそ、儒学の本質に基づいた姿といえるのかもしれません」

 

 わたしの敬愛する「佐藤一斎」の項には、次のように書かれていました。

 

 「一斎の思想が柔軟な分、幅広い考えの弟子たちが輩出しています。
 陽明学者でいえば、山田方谷、春日潜菴、林良斎、佐久間象山、渡辺華山、横井小楠、池田草菴といった人たちです。朱子学者では安積艮斎、河田迪斎、中村敬宇などが挙げられます。後に佐久間象山の門下から吉田松陰、勝海舟、橋本左内、坂本龍馬など維新を成し遂げ近代日本の礎を築いた多くの先人が誕生することを思えば、一斎の存在がどれほど大きかったかが分かるというものです。一斎の思想的柔軟さが一斎を一斎たらしめた要因であり、弟子たちにとっても魅力であったことは間違いないと思います」

 

 「大塩平八郎の乱」で知られる「大塩中斎」の項には、こう書かれています。

 

 「戦後、大塩の乱を階級闘争、革命思想と結びつけて論じる風潮もありました。しかし、大塩は幕府転覆を願ったわけではありません。その心中にあったのは一に窮民救済であり、その人間に本来固有する良知への思いを行動として表した至誠の姿こそ陽明学者・大塩中粛の魅力だと思うのです」

 

 かの西郷隆盛も心酔したという「春日潜菴」の項には、こう書かれています。

 

 「維新は吉田松陰や高杉晋作、坂本龍馬らの力だけでできたのではありません。潜菴のような志士たちが多くいたからこそ、この大革命が成し遂げられたことを知らなくてはならないと思います。
 春日潜菴は志に生きた人でした。大道が廃れ、民の欺瞞が目に余る幕末の世を見ながら、特に学問をする者に志がないことを盛んに嘆いています。学問に励んで己を修め、人々の良知を開発し、それを社会に及ぼしていく王陽明の思いがそのまま潜菴の志でした」

 

 そして、最後はわたしの最も敬愛する吉田松陰が登場します。

 

 「吉田松陰」の項の最後には、「十月二十七日に呼出の声を聞きて」という言葉の後に詠んだ「此程に思定めし出立はけふきくこと(ぞ)嬉しかりける」という辞世の歌を紹介した後、次のように書かれています。

 

 「常に死を意識して生きた松陰は、いざ処刑という段でも喜びすら感じていたのです。そこにはいささかの心の動揺も恨みも感じられません。
 まさに至誠の人・松陰の偉大さを示す歌といえるでしょう。
 思えば、多くの儒者の中で松陰ほど純粋で至誠の人はいません。
 その嘘偽りのないまっさらな心が門弟の心を動かし、日本を動かし、現代に生きる私たちをも魅了するのです」

 

 本書の「あとがき」で、著者は次のように書いています。

 

 「これを単行本化するために、本の頁数との関係で20人にしぼりました。その結果、収載できなかったのは崎門三傑の1人三宅尚斎、朝鮮外交に活躍した雨森芳洲、宇宙論などでの独自の思想家三浦梅園、寛政の三博士の筆頭柴野栗山、『金印の弁』の著者亀井南冥、寛政の三博士の1人古賀精里の6人で、少し心残りが在りますが、また別の機会でもあればと考えたりしています」

 

 この6人も興味深い儒者ばかりで、特にわたしが大学の卒論のテーマに選んだ三浦梅園だけは、ぜひ残してほしかったと思いました。

 

 しかしながら、本書を読めば、儒者の系譜はもちろん、誰が師で誰が弟子であるのかなどのタテの影響関係がよくわかって、大変勉強になりました。それぞれの項の末には「もっと知りたい人のための読書案内」も掲載されていて、ブックガイドとしても価値のある一冊ではないでしょうか。
 最後に、わたしは「現代日本の儒者」をめざしたいと思います。