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遊びの神話』

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No.0868

 

 『遊びの神話』(東急エージェンシー)の文庫版です。わたしの著書では初めての文庫本となりました。

 遊びの神話(PHP).jpg

   『遊びの神話』(PHP文庫、1991年8月15日刊行)

 

 

 

 「今月の新刊」と謳われた出版された当時の本書帯には「イベント成功の秘訣はこれだ! 古今東西の事例と達人たちに学ぶ"遊び"の本質と集人力の法則」「●解説―谷口正和」「面白くてためになる!」と書かれています。また、カバー前そでには、「まえがき」の一部が次のように紹介されています。

 

 「この本には、舞浜リゾートとロワールの古城や、ビッグエッグとコロセウムなど、新しいものと古いものが次から次へと交互に搭乗してくる。ぼくの夢想はとどまるところを知らず、東京ディズニーランドと伊勢神宮、多摩の昆虫ユートピアとエデンの園といった具合に、果てしなく広がる。そして、その中からぼくなりに、遊びの本質や、人が集まるハートフルな場所やイベントの法則を拾い上げていったのがこの本なのである」

 

 また、カバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 

 「地方万博やアミューズメント・ホールの開設が盛んな現在、人々はどのような空間を好み、集まるのか。本書ではウォルト=ディズニーなど、イベント仕掛人たちの面白い逸話を紹介しながら、遊びの本質と人々が集まる理由と法則についてユーモアたっぷりに分析をしている。東京ディズニーランドと伊勢神宮は本質的に同じである―といったような説明に、読者はおもわず納得してしまうにちがいない。斬新で楽しい、イベント企画の入門書であるともいえよう」

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

●まえがき

 

●レジャーランド   

  ディズニーランドができるまで

  東京ディズニーランドができるまで   

  絶叫マシーンのめまい

  伊勢神宮とディズニーランド

 

●オリンピック   

  見るスポーツ、するスポーツ

  博覧会としてのオリンピック

 

●博覧会   

  不滅の集人型メディア

  博覧会を開く意味   

  出口王仁三郎と宗教博覧会

  心の博覧会を開こう

 

●庭園   

  エデンの園を求めて

  風景式庭園はワンダーランド   

  風景画と庭園

  庭園の進化論   

  ぼくの好きな日本庭園

 

●ドーム   

  ビッグエッグは現代のコロセウム

 

●サーカス   

  リングリング・サーカスについて

  サーカスが来る意味   

  サーカス雑感

  サーカスの文化、ディズニーランドの文化

 

●マジック   

  スペルバウンドとシークフリード&ロイ

  象の次に消えるもの

 

●人形劇   

  ひとみ座のアリス

 

●オペラ   

  昭和末にオペラ時代ははじまる

  カザルスホールのクリスマス・イヴ

 

●映画   

  「イントレランス」にみる映画の志

  「大霊界」は立体化されるべきである

 

●グルメ   

  「バベットの晩餐会」を食す

  料理について気づいたこと

 

●ホテル   

  舞浜リゾートを検証する

  あこがれのシャトーホテル   

  ホテル学のために

 

●客船   

  "海の女王"クイーン・エリザベス2世号

  人間は船を宇宙にかえる

 

●列車   

  "青い貴婦人"オリエント急行

  移動のアメニティ

 

●ディスコ   

  ディスコよもやま話

  ディスコとはどういう場所か

 

 ●夜遊び   

  2つの夜遊び

 

●文庫本へのあとがき

 

●解説 谷口正和

 

 本書の内容は、単行本として上梓した『遊びの神話』とほぼ同じですが、「文庫版へのあとがき」に以下のように書いています。わたしの原点ともいえる文章です。

 

 「ぼくは、あらゆる『遊び』は1つの目的地を目指していると考えている。本書にも出てくるが、『万教同根』という言葉がある。この世の様々な宗教は色々なことを言っているようだけれども、実は言いたいことは1つであって、根は同じ、目指すところも同じだという意味である。そこで、『万遊同根』ということも言えるのではないだろうか。つまり、行き着くところは『幸福』ということであって、ぼくの言葉を使うなら『ハートフル』ということになる。富士山の頂上に登るのには多くの道があるけれども、目的地は1つである。ディズニーランドで遊んでいるうちにハートフルになる人もいるし、すばらしい映画を観て、感動してハートフルになる人もいる。おいしいものを食べてハートフルになる人もいる。イベントやアートやスポーツだって、人をハートフルにできる。そして、ぼくは最も幸福な目的地のことを『ハートピア』と呼ぶ。ハートフルとは私的幸福であり、ハートピアとは公的幸福だと言ってもよい。真の心の理想郷は、私的幸福たる『ハートフル』と公的幸福たる『ハートピア』が調和した時に初めて生まれる。そして、その最初の仕掛けになるものこそが、『遊び』なのである」

 

 久々にこの文章を読み返し、またパソコンに打ち込みながら、じつは少し感動しています。あの頃の自分が考えていたことを100パーセント肯定できる現在の自分がいるのです。あれからずいぶん時間が流れて、多くの出来事があり、多くの人と出会い、嬉しいことも口惜しいことも楽しいことも悲しいことも山のようにありましたが、「あ、自分はブレてはいないな」と思うことができました。

 

 そして、本書の解説を谷口正和氏が書いて下さいました。谷口氏といえば、東急エージェンシーのOBにしてマーケティング業界の大先輩でもありました。当時の谷口氏は『第三の感性』『ザ・貴族』『大観光産業時代』『幸福への階段』といった時流を得た分厚い著書を毎月のように上梓される「時の人」であり、わたしの憧れの賢人でした。そんな方が拙著の解説を書いて下さった事実を前に、わたしは夢でも見ているような気分でした。

 

 その谷口氏による解説「マーケティング・ライブとしての『遊び』宗教学」は素晴らしい名文ですが、以下の文章で始まります。

 

 「リアリティというものが何よりも問われる時代である。実感なきマーケティングは存在しない。情報は常に現場の中にある。現場、現実、現在、現状、現象、現世、現代、現業etc。原点は"現点"でもあるのだ。

 本書『遊びの神話』は、マーケティング界のニュー・ジェネレーションの1人である 一条真也氏の手になるものであるが、一読、最も強く感じられたことは、氏が大変な現場主義者であるということだ。すべてのレポートは氏の実感、体感の中からしか報告されていない。すべては体を通しての現場情報収集であり、現場情報発信である。『リアル・ボディ・インフォメーション』といってもいいだろう。

 肉体を通過させる以上にリアルな情報把握はない。『我々は肉体を通過した感性を持つ』と言ったのはノーマン・メイラーであり、『リアル・シング』=『現実の事実』を表現の最上位概念に置いたのはアーネスト・へミングウェイであり、『聞いた事は忘れ、見た事は覚え、した事は理解する』とは中国の諺である。ハリボテの石か本物の石かは持ってみなければ分からない。山の本当の高さは登った人のみが分かるだろう」

 

 また、谷口氏は以下のようにも書かれています。

 

 「本書の白眉とも言うべき『ディズニーランド=伊勢神宮』論は、リアルな現場情報と鮮度ある直感との幸福な遭遇の産物というべきだろう。氏が伊勢神宮に参拝した折りに感じた現場情報は、"チリ1つ落ちていない清々しさ"、"何か他人にしてあげたくなる優しい気分"、"そこにいる人々の幸福な顔"等である。その時氏の脳裏に『ディズニーランドに似ている!』というイマジネーションが発生した。それを氏は"ありがたさ"というキーワードに集約し、ディズニーランドと伊勢神宮の共通項を宗教的な『心的情報』としてのやすらぎサービスと見たのだ。『ありがたさの創出』ということで共通しているという見方だ」

 

 谷口氏は、わたしの持つ大きな特徴は「宗教と神話に造詣が深いこと」であり、多分それは実家が冠婚葬祭業だということも、わたしの心理形成に大きな影響を与えていると推測されています。そして、以下のように書かれています。

 

 「天国がまさに人々がかく在りたいという理想郷の姿なら、神話はユングも言う通り『民族の夢』である。リゾートに天国と神話の実現を夢見る氏は、その意味で一種の教祖となり、司祭となる可能性を秘めていると言ってもいいかもしれない。『至福なる時』を求め、『幸福の公園』としてのテーマパークの実現に人生を賭けんとする氏の姿勢には、90年代から21世紀への世界の道程そのものが投影されているようである。

 社会貢献と自らの人生航路をアイデンティファイできる人は幸福である。それは幸福の時代そのものを生き抜く自己実現の姿だ。多分、氏は自らが幸福そのものを生きていることに気付いているだろう。自らが『幸福の公園』の度真ん中に立っていることを知っているはずだ」

 

 ここまで、わたしのことを過分に評価していただき、今読み返しても恐縮するばかりです。自分のことはさて置いても、谷口氏の鋭い分析と予見には驚嘆するしかありません。特に、「氏は自らが幸福そのものを生きていることに気付いているだろう。自らが『幸福の公園』の度真ん中に立っていることを知っているはずだ」という一文には、わたしの心中を見抜かれたようで身震いしました。やはり、谷口氏は「時代の予見者」としてのマーケティングの鉄人でした。解説の最後は、谷口氏は以下のように書かれています。

 

 「人生を"テーマを持った道楽"として生き抜ける人は幸せである。それこそ『遊び』の新しい認識であり、遊びと仕事の境い目を消滅させるものだ。

 『僕たちはもうモノには興味がない。それよりも人そのもの、そして人との関わり方に興味が移っている』とは氏の言葉だが、精神市場そのものとしての若者マーケットを代表するモデル・ターゲットが氏であるとも言えるのだ。生き甲斐論イコール幸福論を地でゆくマーケッターが氏なのである。人生なにゆえに楽しいか、幸福か。モノの豊かさをすでに通過してしまった氏の役割は、大きく到来しつつあるマインド・マーケティング時代の水先案内人であるのかもしれない。

 本書の中に私は21世紀を爪先立ってみる少年の姿を見た」

 

 谷口氏の素晴らしい名文に感嘆し、その文章の持つ心地よいリズムに酔いながらも、最後の一文には涙が出るほど感動したことを憶えています。

 『遊びの神話』(東急エージェンシー)の刊行時は入社2年目のサラリーマンでしたが、『遊びの神話』(PHP文庫)の刊行時は、早くも独立してハートピア計画という企画会社を経営していました。これから訪れる大いなる「こころの社会」を迎える予感に胸をときめかせながら、「オレが日本人を幸福にしてやる!」といった誇大妄想的な志をも抱いていたのです。

 

 あのとき、「時の人」であった谷口氏の言葉にどれほど勇気づけられたか。その後も、わたしは新刊を上梓するたびに谷口氏に本をお送りしています。すると、いつも氏のブログ「発想の画帖」で紹介していただき、恐縮しています。

 最新刊の『慈を求めて』(三五館)も、2013年12月26日のブログで紹介して下さいました。谷口さん、いつも本当にありがとうございます。

 わたしは、マーケティング業界からは離れてしまいましたが、いま冠婚葬祭業界で「幸福」を追求しています。また、お会いしたいです!

 

 なお、長らく絶版となっていた『遊びの神話』(PHP文庫)ですが、昨年になってPHPさんが「Kindle」をはじめ、電子書籍化してくれました。電子書籍となったことで、新しい世代の読者も増えているようです。わたしも、いつか、Web時代の「遊びの神話」について書くかもしれません。