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遊びの神話
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遊びの神話』

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No.0861

 

 わたしの2冊目の著書である『遊びの神話』(東急エージェンシー)を紹介します。
 本書は東急エージェンシーから1989年5月20日に刊行されました。同書のサブタイトルは「感性とトレンドを超えて」で、帯には「ディズニーランドは現代の伊勢神宮である」というキャッチコピーが大書され、続いて「TDL、ビッグエッグ、舞浜リゾート、QE2、オリエント急行、リングリングサーカス・・・・・人が集まり、人が遊ぶ秘密とは何か? 神話、歴史、宗教、オカルト、ファンタジーからの発想でダイナミックに解き明かす、一条真也ワールドへようこそ!」と書かれています。また同書の目次構成は、以下のようになっています。

 

遊びの神話1.jpg

   『遊びの神話』(1989年5月20日刊行)

 

 

 
●まえがき


●ホテル  Hotel
   舞浜リゾートを検証する
   セゾンのIHC買収に思う
   あこがれのシャトーホテル
   ホテル学のために


●レジャーランド  Leisure Land
   ディズニーランドができるまで
   東京ディズニーランドができるまで
   絶叫マシーンのめまい
   伊勢神宮とディズニーランド


●ドーム  Dome
   ビッグエッグは現代のコロセウム


●オリンピック  Olympic
   見るスポーツ、するスポーツ
   博覧会としてのオリンピック


●博覧会  Expo
   不滅の集人型メディア
   博覧会を開く意味
   出口王仁三郎と宗教博覧会
   心の博覧会を開こう


●庭園  Garden
   エデンの園を求めて
   風景式庭園はワンダーランド
   風景画と庭園
   庭園の進化論
   ぼくの好きな日本庭園


●サーカス  Circus
   リングリング・サーカスについて
   サーカスが来る意味
   サーカス雑感
   サーカスの文化、ディズニーランドの文化


●マジック  Magic
   スペルバウンドとシークフリード&ロイ
   象の次に消えるもの


●人形劇  Puppet Show
   ひとみ座のアリス


●オペラ  Opera
   昭和末にオペラ時代ははじまる
   カザルスホールのクリスマス・イヴ


●映画  Movie
   「イントレランス」にみる映画の志
   「大霊界」は立体化されるべきである


●グルメ  Gourmet
   「バベットの晩餐会」を食す
   料理について気づいたこと


●客船  Cruise Ship
   "海の女王"クイーンエリザベス2世号
   人間は船を宇宙にかえる


●列車  Train
   "青い貴婦人"オリエント急行
   がんばれ!JR


●ディスコ  Disco
   最近のディスコの話
   ディスコとはどういう場所か


●夜遊び  Night Life
   ニつの夜遊び


 本書は、処女作『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)に続く本です。処女作が予想以上の反響を呼び、多くの人たちに読まれ、メディアでも紹介されたため、わたしはすっかり戸惑っていました。けっして天狗にはなっていないつもりでしたが、身分は会社の新入社員に過ぎず、社長からは「話題が続いているうちに、早く第2弾を書きなさい」と言われていました。しかし、ただでさえ慣れない新入社員として日々の業務に追われ、とても本を書く余裕がありません。帰宅して机に向かってもなかなか書けずに、早くもスランプを味わっていました。


 そんなとき、当時交際していた妻と一緒に「不思議の国のアリス」という人形劇を観賞しました。人形劇の名門劇団である「ひとみ座」の公演でしたが、これがなかなか素晴らしく、わたしはすっかり感動しました。そこで、この感動を文章にしようと思い、早速「ひとみ座のアリス」という短いエッセイを書きました。


 翌朝、「出版寅さん」こと内海準二さんに原稿を見せたところ、内海さんは「うん、面白い。君は物書きになれるよ!」と言ってくれたので、とても嬉しかったことを記憶しています。それからは調子づいて、東京ディズニーランドとかリングリングサーカスとか、彼女(現在の妻)とのデートで行ったスポットについて片っ端からペラ(200字詰め)の原稿用紙にユニボールのサインペンで書いていきました。原稿用紙は「東急エージェンシー」の社名入りでした。


 『遊びの神話』の「まえがき」は、以下の一文で始まります。


 「『ハートフルに遊ぶ』を出版してから早くも1年が過ぎようとしているが、この1年はぼくにとって、まさに激動の1年だった。社会に出て、本を出して、その他にも色々な出来事があったが、何よりも大事件は元号が変ったことである。この本は平成元年の本なのである」


 昭和天皇が崩御される直前に、クイーンエリザベス2世号もオリエント急行もリングリングサーカスも日本にやって来ました。本書は、日本が空前の祝祭気分に包まれていた時代の記録でもあるのです。

 

 なかなか第2作が書けずに苦しんでいたわたしは、とにかく本を読みました。社会に出た直後に愛読したのが澁澤龍彦と山口昌男の本でした。1年間で2人の本はすべて読んだと思うぐらい、愛読しました。ですから、本書には2人の名前がよく登場しますし、強い影響が随所に見られます。


 澁澤龍彦は当時すでに故人でしたが、山口昌男先生はご健在でした。遊びの神話』の刊行直後、わたしは山口先生の本から何箇所か引用させていただいたので、礼状を書いて本をお送りしたことがあります。すると、なんと山口先生から東急エージェンシーに直接お電話があり、お会いすることになったのです。電話があった日の夜、新宿の「火の子」というバーでご馳走になりました。故・吉本隆明氏や栗本慎一郎氏も愛用した店です。


 『遊びの神話』が刊行された1989年当時、山口先生は「ニューアカの親分」として大変な威光でした。影響を受けた学者や文化人はかなりの数で、その強大な人脈を称して「山口組の組長」などとも呼ばれていました。山口先生は、『遊びの神話』を手にされて、「これ、読んだよ。面白いじゃないか、よく書けてる」と言って下さいました。まだ20代の若造だったわたしは、涙が出るほど感激しました。「ディズニーランドは現代の伊勢神宮である」という帯のコピーについても、いろいろと意見を交換させていただきました。


 当時は博覧会ブームで、「花と緑の博覧会」「横浜博覧会」「アジア太平洋博覧会」など、さまざまなイベントを東急エージェンシーが受注し、新人だったわたしも企画やプロモーションなどの末端の仕事を担当していました。


 山口先生の一連の著書は文化の本質に触れており、イベントのコンセプト立案やプランニングなどに役立つこと大だったのです。そのことを「火の子」で山口先生にお伝えし、「山口先生みたいな博覧強記の方に憧れますよ!」と言ったところ、「博覧強記?キミは博覧会狂気じゃないの、ワッハッハ」と高笑いされたことを憶えています。

 その御縁で、山口先生とは『魂をデザインする~葬儀とは何か』(国書刊行会)本で対談させていただきました。同書では10人の先生方がわたしに胸を貸して下さいましたが、そのトップバッターこそ山口昌男先生でした。山口先生という「知の巨人」をいきなり対談相手に迎えたことは、その後のわたしの人生に大きな影響を与えたと思います。わたしは、生涯の誇りであると思っています。


 山口先生以外にも、この本は憧れの方に会わせてくれました。「霊界の宣伝マン」と呼ばれた丹波哲郎氏です。


 本書の中で、わたしは丹波氏のライフワークともいえる映画「丹波哲郎の大霊界」を取り上げ、「志のある映画」として絶賛しました。そして、ぜひ映画で描いた世界を立体化してテーマパーク「霊界ランド」を創っていただきたいと書いたのです。すると、丹波氏のマネージャーの方から連絡が来て、「丹波がとても喜んでいます」と言われました。その後しばらくしてから、わたしは新宿の中華料理店で丹波氏と初対面したのです。また、わたしが書いた「科学とは過去をとらえ、芸術とは現在をとらえ、宗教とは未来をとらえるものである」という言葉を丹波氏がとても気に入って下さり、氏が主宰する「来世研究会」の会報誌に紹介していただいたこともありました。


 最終章「夜遊び」に収録された「二つの夜遊び」は、空間プロデューサーの松井雅美氏、ファッション・プロデューサーの石津謙介氏のお二人とそれぞれ飲んだときの思い出を綴ったものです。松井氏といえば、当時最高の流行仕掛人とされた方であり、石津氏は言うまでもなく「VAN」を創設した伝説のライフスタイル・リーダーでした。大学を卒業したばかりの若造が日本を代表する仕掛人たちと時間を共にできて、本当に勉強になりました。なお、松井氏との会食はマーケティング・コンサルタントの西川りゅうじんさん、石津氏との会食は内海準二さんがご一緒でした。西川さんとは多くの仕事でご一緒させていただき、お世話になりました。マーケティング業界の先輩として、いろいろ御指導いただきました。


 「まえがき」の後半で、わたしは次のように書いています。


 「この本ではぼくが関心をもっていることや、体験したことや、思ったことをつれづれなるままに書いているが、歴史から学んだことも多く書いた。ぼくはミクロなトレンドには興味がなく、マクロなトレンドを読むためのデータベースとして歴史に関心をもっている。『最良の予言者は過去なり』というバイロンの言葉が東急エージェンシーの社員手帳にのっているが、本当にその通りだと思う。歴史には、先人たちが残した真理のようなものが無数に隠されているのだ。くれぐれも、『感性』や『トレンド』といった記号にのみ踊らされて、『不易』と『流行』の本質を見誤ってはならない」


 それにしても、当時のわたしは広告代理店のマーケティング局に在籍していました。その頃の時代のキーワードはまさに「感性」と「トレンド」であり、いきなりこれらのキーワードを否定する新入社員を周囲のマーケティング・プランナーたちはどう思っていたのでしょうか? どうしようもなく生意気な奴ですよね。(苦笑)


 そういえば、1人の先輩マーケティング・プランナーが「次に本を書くなら、こういう本を書け」といって1冊の分厚い本を貸してくれたことがあります。その本は、大宅賞を受賞したばかりの猪瀬直樹著『ミカドの肖像』でした。


 悪戦苦闘しながらも、なんとかデビュー第2作を書き上げたわたしは、1989年5月20日に『遊びの神話』を上梓しました。ちょうど、その日はわたしの結婚式の日でもあり、本は結婚披露宴の引出物の1つとなりました。現在は首相となられている安倍晋三氏も結婚披露宴に参列して下さいました。新郎であるわたしが挨拶をさせていただいたとき、「面白そうな本ですね。ぜひ、読ませてもらいますよ。これからも頑張って下さい!」と声をかけていただいたことを憶えています。


 思えば、本書を出版して下さった前野徹先生、本書の出版がきっかけとなってお会いした山口昌男先生、丹波哲郎先生、石津謙介先生と、みなさん旅立たれて行かれました。みなさん、凄い方々でした。そして、社会に出たばかりで何も知らない若造を導いて下さった「人生の師」でした。本書は、多くの「人生の師」の思い出がたくさん詰まった、わたしの宝物のような本です。