No.0862 人生・仕事 『知的創造の作法』 阿刀田高著(新潮新書)

2014.01.20

 『知的創造の作法』阿刀田高著(新潮新書)を読みました。
 著者は日本を代表する短編小説作家です。1935年(昭和10年)東京生まれ、早稲田大学文学部卒。国立国会図書館勤務の78年に『冷蔵庫より愛をこめて』でデビューし、翌79年に『ナポレオン狂』で直木賞を受賞。95年には『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞しました。また、日本ペンクラブの第15代会長を務めています。

 本書の帯には「ひらめきを生む独創的思考法!」というキャッチコピーとともに、以下の言葉が箇条書きに並んでいます。

◎説明は3分で
◎ぼんやりと考えよ
◎「真似」を怖れない
◎アイデア・ノートは必須

 またカバーの前そでには、以下のような内容紹介があります。

 「知識は創造のためにあり、創造にはアイデアが命である― 900編を超える作品を生み、40年以上も『アイデアの井戸』を掘り続けてきた著者が、その思考法を大公開。実践的『アイデア・ノート』の作り方とは? ネーミングのコツは?? ぼんやりと考える効能とは? 読むほどに、魅力的に『ダイジェスト』する力、『不思議がる』疑問力など、ひらめきを生み出し、発想を活かすための作法が見えてくる。『知的創造へのヒント』が満載の一冊」

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

「はじめに」
第一章 ダイジェストする力
第二章 アイデアの井戸を掘る
第三章 閃く脳味噌の育て方
第四章 知的創造の海へ
第五章 私の読書、私の執筆作法
「落ち穂拾い―あとがきに替えて―」

 「はじめに」の冒頭で、著者は次のように書いています。

 「作家として私はこれまでに900編を越える短編小説を書いてきた。奇妙な味の小説、あるいはアイデア・ストーリーなどと呼ばれる作品が多い。確かに、なにかしら奇妙なアイデアを基軸として作品を創りあげている。しかし、小説家は多かれ少なかれアイデアを頼りにして綴っているのであり、私はことさらにその傾向が顕著なのだろう。デビューのころからずっとアイデアを求め、アイデアを拠りどころとして人生を、人間を、恐怖を、ユーモアを綴ってきた。俗っぽく言えば、”アイデア、命”のような四十余年であった」

 そして、本書で書きたいことを著者は次のように述べます。

 「題して”知的創造の作法”・・・。知識をダイジェストしてアイデアへ、アイデアを飛躍させてユニークな創造へ、そこには実に雑多な方法がある。ただ待つだけのケースもあるし、執拗に求めるときもある。読書や備忘録など、下準備も必要だ。わけもなく井戸掘りに似ていると思ったこともある。地下鉄のありそうなところを掘る。どのくらい掘ればよいか、よい水かどうかも分からずに掘る。水が見つからなければ見つかるまで掘る。ない水が沸いてくることもある・泥水を工夫して使うときもある。」

 そんなさまざまな論考が残ります。
 著者は、古典のダイジェスト本をたくさん出版しています。「知っていますか」シリーズとして知られ、わたしも何冊か読みました。『旧約聖書を知っていますか』 『新約聖書を知っていますか』 『コーランを知っていますか』 『ギリシャ神話を知っていますか』 『イソップを知っていますか』  『源氏物語を知っていますか』などがあります。

 また、タイトルは変わりますが、同工異曲の本として『アラビアンナイトを楽しむために』 『あなたの知らないガリバー旅行記』 『ホメロスを楽しむために』 『シェイクスピアを楽しむために』 『チェーホフを楽しむために』  『楽しい古事記』  『やさしいダンテ〈神曲〉』  『私のギリシャ神話』などがあります。

 いずれも原著となる古典は人類の歴史に残る大著です。それを文庫本1冊分にダイジェストするのは大変な作業であると推察されますが、著者は以下のポイントを心掛けているそうです。

1.一番おもしろいトピックスから入る
2.まず作者を紹介するのも、ほどよい方法
3.知識の源とも言うべき古典に対して、目的と自分を明確にする
4.実際の執筆にあたっては原典を正しく理解することに努める

 また、著者が本を出版するとき、タイトルをどうやって決めるかというくだりも参考になりました。「著者も編集者もおおいに悩む。私も長いことこの思案をくり返してきて、おおよその目安としているのは、次のポイントであろうか」として、著者は以下の3点を示します。

1.言葉として整っていること。短いことも大切だ。
2.内容を巧みに暗示していること。
3.読者に”おやっ”と思わせるものを含んでいること。

 それから、「恐怖」についての著者の考え方には共感しました。数々の恐怖短編小説を書いてきた著者は、次のように述べています。

 「人類は猿からホモサピエンスへと進化してくるプロセスでさまざまな恐怖を体験しただろう。体験だけでなく、
 ―これはなんなんだ、どうなるんだ―
 知らない恐怖を想像し、思索を深めたにちがいない。その記憶はきっと遺伝子に沁み込んでいる。だから恐怖を追及することは人間の実存に関わっている、と私は考えている。ここに恐怖小説を求める理由がある」

 続けて、著者は次のように述べています。

 「特別な恐怖は求めない。特別というのは、たとえば異境へ旅する。麻薬の巣窟へ踏み込む。核爆発の現場へ行く、そこへ行けば必ず恐怖に遭うところへわざわざ訪ねるのは私の好みではない。行かなければ怖くないのだから、むしろ日常の中の恐怖、普通の生活を営んでいるのに、そこへ突然恐ろしいことが降ってくる、これが小説の読者に訴える本当の恐怖のように私には思えてならない」

 映画「トリック劇場版 ラストステージ」は、わざわざ特別な恐怖を求めに非日常的な南方の島に出掛ける話でした。映画を観た日に本書を読んだだけに、著者の言葉に深い含蓄を感じましたね。

 その他、小説家ならではの考え方、アイデアの生み出し方を惜しむことなく披露しています。小説を読むのが好きな人ならば、必ず楽しめる内容だと思います。これから小説を書きたいと思っている人にも、ぜひ一読をおススメします。

Archives