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日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』

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No.0865

 

 『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』安倍晋三&百田尚樹著(WAC)を読みました。

 言うまでもなく、現職の日本国の総理大臣と国民的ベストセラー作家の対談本です。帯には昨年、世界遺産に登録された富士山のシルエットが描かれ、「目指すは、世界最先端。実体経済を成長させ、日本を取り戻し、大きく転換させる。私はやり抜きます。―安倍晋三」「絶対絶命のピンチからの反撃、再び立ち上がる日本。安倍晋三はそのために戻ってきたエースである。―百田尚樹」と書かれています。

 

 本書は、月刊誌「Will」2012年9月号、10月号、2013年10月号、12月号に掲載された記事を一部修正加筆した内容となっています。

 最初から苦言を言うと、本書に収められている対談の対談日時が記載されておらず、残念でした。「Will」の何年何月号に掲載され、いつ行われたものかが不明なのです。4回に分けられた対談であり、しかも前半の2回は安倍氏が首相どころか自民党の総裁にもまだ返り咲いていない時期に行われたわけですから、対談日時が記載されていないことによって読者は混乱します。増刷の際には、ぜひ記載するべきでしょう。

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「はじめに」(安倍晋三)

第1章 取り戻すべき日本とは何か

第2章 『永遠の0』の時代、『海賊とよばれた男』の時代

第3章 「安倍晋三 再登板待望論」に初めて答える

第4章 安倍総理大臣で、再び日本は立ち上がる      

   「さらば! 売国民主党政権」(百田尚樹)       

   「安倍晋三論」(百田尚樹)

第5章 安倍総理大臣、熱き想いを語る─日本をもう一歩前に

「あとがき」(百田尚樹)

 

 第一章「取り戻すべき日本とは何か」で、両者は次のように語り合います。

 

【百田】 

世界の国を見渡しても、日本ほど素晴らしい国はないと私は思っているんですが、残念ながらそのことを日本人自身が一番気付いていない。 【安倍】 日本のことが大好きで、日本と非常に良好な関係を築いている国々については、マスコミはあまり報道しませんからね。

【百田】 

本当にそうですね。日本と友好を結んでいる国のことや、日本を評価している国のことはまったく報道しないくせに、中国や韓国が歴史認識問題で日本を非難しているとか、そういうニュースばかりです。それも偏った報道ばかりなんですが。 また、「日本を積極平和主義に」と謳う両者は、次のように語ります。

【百田】 

私は講演などで常に言うのですが、20世紀以前は軍隊の多くは他国を侵略するために使われていましたが、21世紀においては軍隊こそが戦争をしないための抑止力なんです。世界の国々は、戦争を抑止するために軍隊を保持しているんです。

【安倍】 

まさにそのとおりですね。これはアメリカのアーミテージ元米国務副長官も言っていたことですが、その国の軍事組織の精強性を高めていくことによって、1発の銃弾も撃たなくて済むことになるんです。そのことを忘れてはなりません。

 

 しかし、両者はけっして戦争を肯定しているわけではありません。逆に、戦争を否定するがゆえに、具体的な平和の方策を求めるのです。百田氏は、憲法改正について次のように述べています。

 

 「私は作家として、現行憲法の9条というのは『戦争が起こってほしくない』と願っている憲法だと解釈しているんです。これを『何が何でも戦争を起こさせない、抑止する』という憲法に持っていくべきだと思います。

 単に『戦争は起こらなかったらいいな、他国が攻めてこないといいな』という憲法から、『日本は永久に他国を侵略しない。しかし、他国に日本の国土と国民の命が脅かされたときは自衛のために徹底して戦う』という憲法に変えていく。講演会などで、このような憲法で何か問題があるのでしょうかと聞くと、会場からは拍手がわき起こります」

 

 安倍首相といえば、昨年末の靖国参拝が大きな話題となりました。案の定、中国や韓国は猛反発しましたが、安倍氏は次のように語っています。

 

 「第一次安倍内閣のとき、総理在任中に靖國神社へ参拝できなかったことは痛恨の極みでありました。その想いはいまも全く変わっていません。国のために尊い命を捧げた英霊に手を合わせ、ご冥福をお祈りし、尊崇の念を表するのは当然のことであると思います。そのことに対して、隣国からやめろといわれる筋合いもありませんし、非難されるいわれも全くありません」

 

 「全くおっしゃるとおりです」と頷く百田氏に対して、さらに安倍氏は語ります。

 

 「ジョージタウン大学のケビン・ドーク教授が、小泉元総理の靖國神社参拝について『批判にはあたらない』として次のような意味のことを述べています。

 『アメリカのアーリントン墓地には、南北戦争の北軍の兵士も南軍の兵士も埋葬されている。大統領も一般の人も足を運んで祈りを捧げる。しかしだからといって、そこへ行く人々は、南軍が守ろうとした奴隷制度を肯定しているのか。そんな人間は1人もいない。南軍将兵が不名誉な目的のための戦いで死んだとみなしながらも、彼らの霊は追悼に値すると考えるのだ。そこに「論争」はなく、あるのは国のために戦った兵士の魂だけである。靖國も同じである』と。全くそのとおりだと思います」

 

 第二章「『永遠の0』の時代、『海賊とよばれた男』の時代」では、百田作品の世界について語り合われます。安倍氏は、百田氏がこれほど有名になる以前から百田作品の愛読者だったそうです。最初に読んだのは時代小説の『影法師』で、『永遠の0』『海賊とよばれた男』はもちろん、ファイティング原田とその時代を描いたノンフィクション『「黄金のバンタム」を破った男』も読んだとか。その安倍氏と百田氏の間に以下のような会話があります。

 

【安倍】 

これは私が勝手に思っていることなんですが、百田さんが書かれる小説のひとつのテーマには、「他者のために自分の人生を捧げる」ということがあるのではないでしょうか。

【百田】 

おっしゃるとおりです。長い間、日本人はそういう生き方をしてきた民族だと思っています。いまもすべての日本人の心の底に眠っている、そういう生き方を思い出してほしいと願って書きました。同時に、命の大切さを伝えたいと常に思っています。

 

 安倍氏は、『永遠の0』に学んだこととして、次のように述べます。

 

 「私が『永遠の0』のなかで特に印象深かったのが、前線の兵士たちは極めて勇敢に戦っているにもかかわらず、判断を下す司令官に決断力と勇気のない者が多いという描写です。まさにそのとおりだと思いました。指揮官によるその場その場での判断と決断の誤りによって多くの人々が命を失うことになり、国家の命運を危ぶむことにも繋がりかねない。いま私も、いわば国の大きな判断を下す立場に立っているわけですが、 『永遠の0』を読むと、改めて指揮官の役割の重要性を感じます」

 

 安倍氏は、『影法師』『永遠の0』も他人のために自らの人生を捧げた人を描いた作品であると感想を述べました。百田氏が『永遠の0』を書いているときに思ったのが、大正生まれの人たちは「他人のために生きた世代」だということだそうです。その「大正世代」について、百田氏は次のように述べています。

 

 「大正世代というのは、物心ついた時から日本が非常に暗い時代で、小学校ぐらいの時には日中戦争が勃発し、その間に2・26事件など様々な出来事があり、明るく楽しい時代をひとつも経験していない。成人してからは徴兵で戦場に行き、南太平洋や満州、シベリアなどで地獄を体験した。多くの同級生や先輩や後輩が戦地で散っていった。本当に大変な時代を生き抜いた世代です」

 

 これに続いて、両者の間で次のような会話が交わされます。

 

【安倍】 

戦死した200万人にはそれぞれ家族や友人や恋人がいたでしょうから、残された方々も大変辛い想いをされたと思います。

【百田】 

地獄の戦場を生き抜いて日本に戻ってみると一面焼け野原で、自分たちを受け入れてくれる祖国はありませんでした。しかし、何もない祖国を一から立て直すために懸命に働き、驚異的な経済成長を成し遂げたのも大正世代なんです。昭和20年の時点で、大正世代というのはちょうど20歳から34歳。その後、僅か20年で日本を戦勝国のフランスやイギリスを追い抜き、世界第2位の経済大国にしたんです。まさに奇跡です。

 

 昭和39年には、どこの国もなしえなかった新幹線を開通させ、東京オリンピックも成功させた。大正世代の先人たちが築き上げてくれた豊かさがあったからこそ、その後の私たちの世代が成り立っているんだとつくづく思います。

 

 そして、他人のために自らの人生を捧げた人を描き続ける百田氏に対して安倍氏が「とにかく、百田さんの小説は読むと元気が出ますよね」と言うと、百田氏は「ありがとうございます」の言葉の後で、以下のように述べます。

 

 「私は人間の醜さや暗い話は、ニュース報道で十分だと思っているんです。それよりも、小説では人間の素晴らしさを表現したい。小説でまで人間の醜さを取り扱いたくないんです。読んだ人が、『人生って素晴らしい』『生きているってなんて素敵なことなんだ』『自分も明日からがんばろう』と思ってもらえるようなものを書きたいと思っています」

 

 ある意味で、これほどベタというか愚直なコメントもないでしょうが、それがまったく違和感がないほど、百田氏の発言は堂々としています。こんな人生を「陽にとらえた」小説家が、他に何人いるでしょうか。まさに、国民作家ここにあり!

 

 第四章「安倍総理大臣で、再び日本は立ち上がる」では、「さらば! 売国民主党政権」として、百田氏が次のように述べます。

 

 「民主党には松下政経塾出身の政治家が多いが、魅力的な男は1人もいない。彼らを見ていると、中学時代によく見た、エセ正義感を漲らせた優等生の生徒会委員たちを連想する。要領がよく、プライドや自己顕示欲が高く、少しでも自分を否定されると、ものすごい剣幕でキレる。

 いまの民主党議員は、そんな中学生がそのまま大人になったような感じで、とにかく人間的にも狭量な連中ばかりだ。それが全て顔に出ている。50歳を超えた男の顔は履歴書と言うが、いい面構えをしている人は極めて少ない。私は彼らの顔がテレビに映るたびにチャンネルを変えるが、野田首相にしても、首相になってからどんどん顔が醜くなっていく。ところで、ここで言っている『顔』とは『顔つき』のことである、念のため」

 

 わたしは、これを読んで唸りました。百田氏が松下政経塾出身の政治家をこきおろしたからです。言うまでもなく、松下政経塾の創設者は松下幸之助であり、彼はPHP研究所の創設者でもあります。じつは本書と同時に、百田氏は渡部昇一氏とともに『ゼロ戦と日本刀』という対談本をPHPから上梓しており、同社のオピニオン誌「VOICE」の常連執筆者なのです。さらにはベストセラー『「黄金のバンタム」を破った男』はPHP文芸文庫から出ています。これほどPHPと縁が深いにもかかわらず、堂々と松下政経塾については批判する。わたしは、この男気にシビレました。

 

 百田氏によれば、民主党の主だった政治家は「政治のド素人で精神は売国奴」です。百田氏は次のように述べています。

 

 「そもそも、日本に素晴らしい政治家がいないのは、能力以前に『政治家になりたい!』という動機が腐っているからかもしれない。『権力が欲しい』『虚栄心を満たしたい』『金が欲しい』『有名になりたい』『歴史に名を残したい』・・・・・・そんな目的ばかりで、国を守りたいという動機はひとかけらもない気がする。

 自民党にしても、トップは2世3世議員ばかり。民主党のトップはそれに加えて、松下政経塾や市民活動家出身者ばかり。いずれも、民間企業や自営業でしっかり働いた『社会経験』豊富な人間がほとんどいない。そんな人間に国民生活がわかるのか!」

 

 この意見には深く共感しました。だいたい選挙間だけ腰が低くなって、当選するとふんぞり返る幼稚な馬鹿が多すぎます。わたしの周囲にも、そんな政治家が実にたくさんいます。誰とは言いませんが・・・・・。

 

 また第四章では、百田氏が「安倍晋三論」を書き下ろしています。ここで、百田氏は再登板を果たした安倍氏について次のように述べています。

 

 「いま、振り返ってみると、安倍晋三という男は本当に強い『運』を持っている。絶対的不利な状況のなかでの大逆転勝利は『強運』以外の何ものでもない。私は『運というものは、その人の持つ性格である』と思っている。『運がいい』というのは、実は他人に助けてもらったケースによるものがほとんどである。逆に言えば、他人に『こいつのために何かしてやりたい』と思わせる人物こそが『運のいい人』である。しかしそうなるには、それだけの人物になる必要がある。私が『運とは性格である』と書いたのはそういう意味だ」

 

 百田氏は、安部首相の「正しい歴史認識と国家観」「確固たる使命感」「憲法改正や教育改革にかける信念」などに触れながら、「愛国心」の問題を論じます。

 百田氏は言います。現代の日本で「愛国心」を謳うと、日教組や朝日新聞から凄まじい攻撃を浴びる。それは戦後ずっと日本の義務教育では、子どもたちに「愛国心」とは反対の「日本を愛さない」教育が行われてきたからだ。もっと露骨に言えば、子どもたちに「日本を嫌いにさせる」教育が行われてきたからだ。それが「自虐思想による教育」である。

 

 「自虐思想による教育」こそは現在の義務教育で最大のガンだという百田氏は、さらに次のように述べています。

 

 「実はもっと恐ろしいことがある。それは、子供たちから『立派に生きよう』という誇りまで奪ってしまうことだ。『自分は汚れた人間の子孫だ』『自分には醜い民族の遺伝子が入っている』『日本人は人間として劣る民族だ』―こんな意識を植えつけられた子供が、立派で素直な子供に育つだろうか。

 むしろ自己を卑下し、日本人であることを恥じ、堂々と胸を張って生きることができない大人になるのではないか。

 これは極論かもしれないが、いま、全国の学校で起こっている卑劣な『いじめ』も、その影響によるものがあるのではないかと思っている。

 子供に与えなければならないのは、『誇り』と『自信』である。『日本は素晴らしい国である』『自分にはそのDNAが受け継がれている』『日本人として生まれてよかった』―そういう気持ちを持った子供は、それに恥じない行動を取ろうとするものではないだろうか」

 

 この発言は大ベストセラーになった『国家の品格』藤原正彦著(新潮新書)の内容にも通じるメッセージであり、わたしもまったく同感です。

 

 『「永遠の0」と日本人』の著者である文芸評論家の小川榮太郎氏は著書『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎)において、「安倍政権は、ギリギリで間に合った奇跡の政権である」と述べましたが、百田氏も「安倍晋三論」の最後に次のように書いています。

 

 「安倍が再登板したのは、言うなれば無死満塁の局面だ。

 1球の失投が大量失点に繋がる。しかし安倍は徒に勝負を急ぐことはせず、1つひとつ丁寧にアウトカウントを積み上げていく。日本を取り巻く状況は、いまなお非常に厳しい。まだまだ予断は許さないが、この絶体絶命のピンチを乗り越えたあとは自軍(日本)の反撃が始まる―。

 かつて戦後、奇跡の復興を遂げて世界を驚倒させたように、再び日本は立ち上がるだろう。安倍晋三はそのために戻ってきたエースであると私は思っている」

 

 第五章「安倍総理大臣、熱き想いを語る―日本をもう一歩前に」では、安倍首相の演説が収められています。その中に「桜よ~大好きな日本人へ~」という歌が紹介されています。東日本震災発生から2ヵ月後の2011年5月、ジャカルタに500人近いインドネシアの学生が集まって、この歌を熱唱してくれました。

 その歌には、「桜よ 咲き誇れ 日本の 真ん中で 咲き誇れ。日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で 咲き誇れ」と歌われていました。  

 安倍首相は、この歌を初めて聴いたときの感動を次のように述べます。

 

 「私は初め、驚き、そして深く感動しました。驚いたのは、500人の合唱のその力に対してです。日本語で、インドネシアの若者が日本に向け、懸命に歌ってくれているというその事実自体に対してでした。

 そしてもちろん、感動しました。『世界の 真ん中で 咲き誇れ』と、日本のことを励ましてくれる若者がアジアにいるのだ、ということにです。

 

 「成長への新たな朝を迎えつつある日本経済」で、安倍首相は語ります。

 

 「日本は、『瑞穂の国』です。自立自助を基本としながら、不幸にして誰かが病に倒れれば、村の人たちみんなで助け合う伝統文化。『頑張った人が報われる』真っ当な社会が、そこには育まれてきました。春に種を蒔き、秋に収穫をする。短期的な『投機』に走るのではなく、四季のサイクルにあわせながら、長期的な『投資』を重んじる経済です。資本主義の『原点』に立ち戻るべきです」

 

 この短い言葉の中に日本文化の素晴らしさ、経済のあるべき姿がすべて盛り込まれています。この考えの中から、アベノミクスは生まれたのです。「あとがき」で、百田氏は次のように書いています。

 

 「私は政治家ではありません。安倍総理とは住む世界も違えば、戦う場所も違います。しかし、日本の国と日本人を愛する気持ちは同じだと思っています」

 

 「私には政治的な力は何もありません。ただ目指していることは、『小説』を通して、多くの読者に『日本の素晴らしさ』『日本人の美しさ』を伝えていくことです」

 

 本書は、政治家と小説家の対談本です。政治家は現職の総理大臣であり、小説家は日本一のベストセラー作家です。このような両分野で頂点に立っている者同士の対談は、これまで例がないと思います。本書を読んで「政治」や「文学」を超えた「人の道」というものを強く感じました。

 もちろん、自分が生まれ育った国を愛し、自国の文化に誇りを持つことが「人の道」であることは言うまでもありません。