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中村天風に学ぶ成功哲学』

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No.0834

 

 『中村天風に学ぶ成功哲学』渡部昇一著(致知出版社)を読みました。

 これまで、読書館では『中村天風一日一話』『中村天風の言葉』『宇宙の響き 中村天風の世界』など、天風についての本を紹介してきました。天風の偉大さを讃える本は多いですが、本書はまた異色の内容と言えます。「現代の賢人」でもある渡部昇一氏が、けっして天風の世界に染まらずに適度な距離を取りながら、天風の生涯とその哲学について語っているのです。

 

 本書の目次構成は、以下の通りです。

 

序章    中村天風とポップ・フィロソフィー
第一章  人間をどう見るか―天風哲学の核心
第二章  豊かな人生は潜在意識の中にある
第三章  積極的な生き方が人生を好転させる
第四章  心と身体を強化する方法
第五章  有意義な人生を送るための考え方
第六章  いつまでも若々しく生きる
終章   人生を成功に導くために
「あとがき」

 

 本書は187ページありますが、非常に面白くて一気に1時間程で読了しました。まず序章「中村天風とポップ・フィロソフィー」で紹介されているポップ・フィロソフィーとアカデミック・フィロソフィーという考え方が面白かったです。著者は、序章の冒頭で次のように述べています。

 

 「世に人間学といわれる学問があります。この人間学は、人間としていかに生きるべきかをテーマとしています。これは日本だけでなく、外国にも同様のものがあり、たとえば英語では『ポップ・フィロソフィー(pop philosophy)』というのがそれに当たります。ポップ・フィロソフィーはポピュラー・フィロソフィーの意味で、民衆哲学あるいは通俗哲学、また、その内容から人生哲学と呼ばれたりします」

 

 このポップ・フィロソフィーに対して、いわゆる大学の学問としての哲学があり、こちらは「アカデミック・フィロソフィー」と呼ばれています。同じ哲学であっても、両者は根本的に異なります。著者は、次のように説明します。

 

 「アカデミック・フィロソフィーとは、主として大学で行う哲学研究と解釈すればよろしいかと思います。日本では明治の後半以来、大学の哲学科の中で行われてきて、たとえば、カントやヘーゲルの哲学などが代表的なアカデミック・フィロソフィーです。それに対して、ポップ・フィロソフィーとは、大学の外で、主に一般の人が人生を考えるために行われる哲学です」

 

 著者は、ポップ・フィロソフィーを代表する人物として、アメリカのラルフ・ワルド・エマソン(1803~82)の名を挙げます。このエマソンは、日本でも明治維新以来、非常に広く読まれ、尊敬された人物です。エマソンは「セルフ・リライアンス(self-reliance/自助努力)」という考え方を広く示しましたが、これは明らかに人間学に属します。その点で、著者はエマソンを「ポップ・フィロソフィーの元祖」と呼ぶのです。

 

 また戦後、ポップ・フィロソフィーを広めた人々がいました。代表格としては、ポジティブ・シンキングを勧めたノーマン・ピール(1898~1993)、『信念の魔術』を書いたC・M・ブリストル(1891~1951)とか、潜在意識を人生に活かす方法を教えたジョセフ・マーフィー(1898~1981)などが有名です。いわゆる「引き寄せの法則」を唱える人々は、すべてポップ・フィロソファーだと言えます。

 

 しかし、著者は元来、すべての哲学はポップ・フィロソフィーであったと指摘。その上で、著者は次のように述べるのでした。

 

 「大学でやる哲学を便宜的にアカデミック・フィロソフィーと呼んで区分けしただけであって、もともとソクラテスやエピクテトスといったギリシャ・ローマの哲学者も普通の人に人生について教えたのです。ですから、すべての哲学の起源はポップ・フィロソフィーにあるといっていいのです」

 

 さて、ここで本題である中村天風の登場です。天風は一般に「哲学者」とされていますが、彼は明らかに西田幾多郎のようなアカデミック・フィロソフィーの人ではなく、ポップ・フィロソフィーの世界の住人でした。著者は次のように述べています。

 

 「天風さん自身は大学で正式な哲学の勉強をしたわけではありません。それどころか、中学も卒業していません。さらに、ヨガの修行をしたことは認めていますが、自らの哲学については『せんじ詰めれば、その大根大本はヨガの哲学にあるんじゃなくして、私の人生経験、詳しくいえば、普通の人の味わえない、死線の上で何年かのあいだ生きていたという、ある特別の境涯で私が体験したいろいろの出来事のなかから天風哲学は生まれでた』といっています」

 

 著者は、天風の「心身統一哲学」(天風哲学)といわれているものは、人間学あるいは天風流ポップ・フィロソフィーと呼ぶべきとして、次のように述べます。

 

 「いわゆる人間学といわれる勉強をするとき、私たちは、安岡正篤先生の著作やシナの古典などをよく読みます。これらもポップ・フィロソフィーなのです。たとえば、孔子を読むとき、私たちは『論語』で使われている1つひとつの漢字を学問的に研究をするわけではありません。孔子が何を目指してどういう主旨で言葉を発したのかを考え、自分の人生をよりよく生きるためにそれをどう結びつけるか、というような見地から読もうとします。こういう読まれ方をするものをポップ・フィロソフィーというのです」

 

 では、天風哲学の本質は何であるか。著者は、「天風さんの言葉を、私が入手できた限りの資料によって要約すれば、アメリカと日本のそれぞれの方面で唱道されていた人間観・健康法・人生哲学の見事な集約である」と、じつに的確に表現しています。ただの「集約」ではなく、「見事な集約」。わたしは、この一語に著者の天風に対する見方がそれこそ集約されていると思いました。「現代の賢人」である著者は、専門の英語学の世界ではアカデミックな分野に所属していましたが、こと哲学の分野では明らかにポップ・フィロソフィーの人です。

 

 著者は、半世紀以上も前にマーフィー博士を日本に紹介しました。マーフィー博士は、潜在意識と人生論を結びつけて、多くのベストセラーを書いた人です。著者は「あとがき」で、次のように述べています。

 

 「戦後のアメリカの人生指導書には、マーフィー博士以外のものでも潜在意識を利用したものが実に多くあることを知っている。つまり天風さんの哲学は、アメリカや日本でも説かれていた人生哲学の集約的清華であるといってよいのではないか。その表現には天風さん独特のものがあって、日本人には理解しやすいということもあると思う」

 

 現代日本を代表するポップ・フィロソファーである著者が、その先達であるというべき中村天風について敬意をもって書いた本、それが本書だと思います。