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合理的な神秘主義』

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No.0839

 

 『合理的な神秘主義』安冨歩著(青灯社)を読みました。

 この読書館で紹介した『生きるための論語』の著者による刺激的な思想書です。「生きるための思想史」というサブタイトルがついており、帯には「人類の智慧の見過ごされたメインストリーム」「人間の自由の根源を探る類い稀な思想書」と書かれています。

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「序」  古賀徹


「本書の構想」


第一部  合理的な神秘主義の系譜
      1.孔子
      2.仏陀
      3.ソクラテス
      4.孟子
      5.エピクロス
      6.龍樹
      7.親鸞
      8.李卓吾
      9.ホイヘンス
     10.スピノザ
     11.マルクス
     12.フロイト
     13.清沢満之
     14.ラッセル
     15.ヴィットゲンシュタイン
     16.ポラニー
     17.ウィーナー
     18.フロム
     19.ベイトソン
     20.チューリング
     21.ローレンツ
     22.ミラー
     23.ミルグラム
     24.上田睆亮
     25.「魂の脱植民地化」の成立

 

第二部  合理的な神秘主義とは何か
   はじめに
   確実性
   創発
   創発の否定
   「語りえぬもの」
   「才能のある子」
   「智慧の探求」
   合理的な神秘主義
   階層の問題
   取り組むべき問題

 

第一部のオプショナル・ツアー
   1 〔学習社会〕
   2 〔縁起〕
   3 〔知ること〕
   4 〔スピノザ〕

 

文献目録・謝辞

 

 まず、九州大学准教授の古賀徹氏が本書の「序」に書いている次の一文を読んで、わたしは唸りました。本書の内容も刺激的ですが、「序」も負けていません。

 

 「倫理学の決定的な盲点とは何か。哲学・倫理学を専門とする私にはそれを見ることができないのかもしれない。だが自らの哲学的本能を研ぎすますとき、誰もが知っていて、あまりにも知っているがゆえにもはや口に出すことがタブーとなっている論点があることは知っている。それは、倫理学に従事する者がそれを読み述べ書くことで自己の生活を少しでも変えたのか、という一点に尽きる。学会発表のあと、この質問をフロアーから発すれば失笑を買うことは間違いない。『なんだよその素人臭い質問は?』とそこにいる全員が思うだろう。だがその反応は、まさに本書が指摘するとおり、学がその盲点を突かれたときの典型的な反応なのである」

 

 職業としての学者たちにとって、まことに耳の痛い言葉だと思います。さらに、古賀氏は続けて次のように書いています。

 

 「『その話はおいといて』、とにかく孔子について、仏教について、ソクラテスについて、ウィナーについて、スピノザについて、ヴィトゲンシュタインについて、その新たな読みと整合的解釈の可能性について競い合う。原書に当たり、留学し、草稿を読み込み、『現地』の『最新の』議論に触れて、注をいっぱい付けて博覧強記を主張する。盲点となるのは、それをなすそのひと自身である」

 

 いわゆる「論語読みの論語知らず」に通じる"知の追求の落とし穴」について述べているわけですが、政治家や経営者の著書の序文ならいざ知らず、学者の著作の冒頭がこんな猛毒を含んだ「序」から始まることに驚きました。これはもう著者の安冨氏が「論語読みの論語知らず」ではないということであり、つねに自身の問題として「思想」を学んでいることを明言しているわけです。まさに本書は、「生きるための思想史」であり、学者が「食べていくための思想史」ではないのです。

 

 著者の安冨氏は、「本書の構想」で次のように述べています。

 

 「私は、多くの分野を渡り歩いてきた。哲学を振り出しに、マルクス経済学、近代経済学、数理経済学、経済史、歴史学、非線形科学、複雑系科学、数理生態学、経済人類学、文化人類学、心理学、儒学、仏教学などなど。そうして、それぞれの分野が、それぞれに奇妙な盲点を大切にしていることに気がついた」

 

 著者の守備範囲が異様に広いことにも驚きますが、何よりもその「知」が自然科学、人文科学、社会科学を自在に横断していることに気づきます。果たして、「それぞれの分野が、それぞれに奇妙な盲点を大切にしていること」とは何か。著者は、次のように述べています。

 

 「私たちがこの世界を生きられるのは、私たちの魂がその能力を備えているからである。逆に、私たちが『確実性』への余計な希求にとらわれるのは、魂の能力を信じられなくなるからである。私たちが自らの生きる力を信じられなくなるのは、自らの地平で自らの世界を生きることができなくなるからであり、その現象を我々は『魂の植民地化』と呼ぶ。逆に、そこから抜けだして世界を自らの地平で生きるようになることを『魂の脱植民地化』と呼ぶ」

 

 本書は「叢書 魂の植民地化」の中の1冊ですが、同志である深尾葉子氏とともに提唱した「魂の植民地化」という言葉についても、著者はここできちんと定義しています。

 

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    人類の思想史を俯瞰する登場人物の関係図


 

 第一部「合理的な神秘主義の系譜」には多くの思想家や宗教家が登場しますが、それらの人々は普通は相互に無関係と思われるような人々です。しかし、著者はその中に深い関係があると感じています。本書には、これらの人々の影響関係を示した図が掲載されており、この中には、たとえば親鸞からスピノザへの影響、あるいは孔子・孟子・李卓吾で代表する儒教の流れのウィーナーへの影響といった、著者自身が推測し、ほぼ確信しているものも含んでいます。

 

 著者は、次のように述べています。

 

 「たとえば『知』という問題については孔子・仏陀・ソクラテスが相互に密接に関係する議論を展開しており、また龍樹とラッセル・ヴィットゲンシュタインとが、同じ問題を論じている。また、ポラニーとチューリングとは、同じ時期に同じ大学にいて相互に交流があり、両極端の見解を抱いて討論し、相互に影響を与え合った。ローレンツや上田の発見した『決定論的カオス』は、仏陀やエピクロスの世界観と密接に関係する」

 

 このスケールの大きさ、フィールドの広さが本書の最大の魅力でしょう。個別の思想家については、特に印象の強かった人物が何人かいました。まずは、なんといっても孔子です。著者は、孔子について次のように述べます。

 

 「孔子は言うまでもないが、東アジア最大の思想家である。その言行録である『論語』の影響の大きさは、ヨーロッパ大陸におけるプラトンのソクラテスを主人公とした一連の作品に匹敵するであろう。近代に到るまで、東アジアの知識人でその影響を受けなかった者はおらず、それは現代にまで響いている」

 

 また、以下のようなきわめて刺激的なことも述べています。

 

 「孔子の表向きの影響はむしろ魂の植民地化を促進するものであった。
 『異端の儒者』たる李卓吾こそが、私にとっては正統である。
 ウィーナーへの影響を李卓吾経由であるかのように描いているが、実際にはウィーナーは中国滞在を通じて数多くの儒教知識人との交流から影響を受けた。ベイトソンやミルグラムが論語を読んだとは思いにくいが、私はウィーナーを通じた影響関係を感じるので矢印を太くした。清沢満之は頻繁に論語を引用しつつ、親鷺に基づいた思想を展開した」

 

 孔子と並ぶ偉大な思想家である仏陀については、以下のように述べています。

 

 「仏陀の教えは興味深いことに、その発祥の地であるインドでは滅び、東アジアと東南アジアとに巨大な影響を与えた。その影響は近代に入ってヨーロッパを通じて全世界に及び、今やインドに再上陸している。そればかりか仏陀の哲学は、現代の諸学を根底から作り替える原動力となっている、と私は考える。その根幹は『縁起』思想である」

 

 その「縁起」思想については、以下のような興味深い推論が展開されます。

 

 「仏陀の縁起思想は龍樹によって確立され、そこから全世界に及んだ。スピノザの思想が仏教と似ていることは多くの人が指摘しており、私はそこに、なんらかの影響関係を感じる。親鸞の章で示すように、東インド会社の職員であったフランソワ・カロン経由で、ホイヘンスの父親のサロンでスピノザは仏教の話を聞いたのだと私は推測している。ヴィットゲンシユタインやベイトソンという東洋風の思想家は仏教の影響を受けたであろうし、ミルグラムの『スモールワールド』実験や、上田やローレンツによる決定論的カオスの発見の背後に縁起思想を私は感じる。少なくとも私自身が仏教に興味を持ったのは、最近の非線形科学や脳科学の業績に触れたからであった」

 

 孔子、仏陀とともに「世界の四大聖人」として称せられているのが古代ギリシャのソクラテスです。著者は、「言うまでもないが、ソクラテスほど大きな影響を人類に与えた思想家はほかにいないはずである。彼の弟子のプラトンとアリストテレスとは、ヨーロッパ思想の全ての基礎である。近代以降の人々で、その影響から自由な知識人は、世界中を見渡しても誰もいないはずである」と述べます。

 

 この西洋最大の思想家であるソクラテスが、意外なことに東洋最大の思想家である孔子と関係してきます。著者は次のように述べています。

 

 「ソクラテスをとりあげたのは、彼の『知る』ことに関する思想、特に『メノンのパラドックス』をめぐる対話が、『伏流水』の重要な源泉となっている、と感じるからである。これは、マイケル・ポラニーが、自らの「暗黙知」の思想を、メノンのパラドックスを解決するものだ、と看做していたことに由来する。また、私は、孔子がこのパラドックスを解決していた、とも考えている」

 

 孔子の最大の後継者が孟子です。著者は、孟子について述べます。

 

 「孟子は、孔子の最重要の継承者であり、後の儒教の発展はそこから始まっている。この意味で孟子は、東アジアにおける『大河』の源流であって、『伏流水』の源流でない。しかし彼の中心思想である『惻隠の情』という概念は、まさに合理的な神秘主義の基礎となる身体感覚の重要性を指摘するものである」

 

 仏陀が開いた仏教を発展させた龍樹についても、著者は述べます。

 

 「龍樹は言うまでもなく大乗仏教の確立者であり、すべての大乗仏教の始祖である。私はそれ以上に、人類史上、最強の思想家のひとりだと考えている。彼が仏陀の影響の下に、徹底的に考えぬいて構築した『縁起』と『空』の思想は、現代の学問の根底的な変革の基礎となるはずである」

 

 仏教は、日本において独自の発展を見せました。日本仏教における最大の宗派は浄土真宗ですが、宗祖の親鸞について著者は「親鸞は極めてラディカルな思想家である。その思想の先鋭性は、仏陀・龍樹の思想を徹底するものだと私は理解している。私自身は『親鸞ルネサンス』と称する、学問体系の根底的転換の試みを行っているので、親鸞を特に重視している」と述べています。

 

 本書で取り扱っている親鸞の直接的影響は、明治期に活躍した清沢満之に限られます。清沢については、著者は「文字通り、日本で最初の独創的な哲学者であり、その後も、清沢に匹敵するような独創性を示した思想家は、残念ながら出現していない。清沢哲学は、西欧哲学と、仏教と、儒教とを統合するものであり、その深みにおいて合理的な神秘主義の系譜の、際立った存在だと考えるべきである」と、きわめて高い評価を与えています。

 

 清沢以外にも、スピノザと仏教思想とを接続するミッシング・リンクを探す試みとして、著者は「親鷺→蓮如→東インド会社平戸商館→フランソワ・カロン→ハーグのホイヘンス父のサロン→スピノザ」というルートを提唱しています。著者は、「実際、親鸞とスピノザとは、多くの点で良く似ているのである。私は、スピノザをまず勉強し、その枠組の上で親鸞を読み始めて非常に楽しむことができたので、両者の本質的連関を感じている。それは単なる偶然とは思えない」と述べています。

 

 著者は、「スピノザは本書の主人公である」とさえ言います。そして、近代西欧諸学は、「デカルト/ ニュートン」を本流とし、「スピノザ/ホイヘンス」を伏流として形成されており、常に後者がマグマのように吹き出して新しい流れを創りだしていったと述べています。

 

 近代になると、カール・マルクスが登場します。著者は述べます。

 

 「近代思想史を考える場合、マルクスほどの大物はいないだろう。国家をいくつも転覆させ、何億という人を死に追いやる、というほどの巨大な影響力を持つ思想家は、二度と出現しないのではないだろうか。『影響力ランキング』のようなものを考えれば、古代の『聖人』クラスの人々を別にすると、マルクス、ニュートン、ガンディー、アインシユタインが4巨頭ではないか、と私は思う。ニュートンの絶対時間・絶対空間をアインシユタインが相対論によって組み換え、マルクスの暴力論をガンディーが非暴力論によって組み換えた、という対比になっている」

 

 この「影響力ランキング」のような好奇心丸出しの俯瞰への志向によって、本書はまことに刺激的な書物となっています。著者は、スピノザに次ぐ本書の主人公はラッセルだといいます。そして、ラッセルについて次のように述べています。

 

 「ラッセルという、長寿の極めて活動的な巨大な思想家の与えた影響は、とてつもなく広い。その論理学の影響だけに限っても、ヒルベルト、ヴィットゲンシュタイン、ゲーデル、フォン・ノイマン、チューリング、ウィーナー、ベイトソンといった20世紀の学術を徹底的に規定した人々に、根底的な影響を与えている。
 特に重要な現実社会への影響は、それが「チューリング機械」という概念を経由してコンピュータを生み出した点と、大学院の留学生として指導したウィーナーに刺激を与えて数学者へと変貌させ、それがサイバネティックスへと帰結した、という2点である」

 

 とにかく、本書はわたしにとってこの上なく面白く読めた本でした。わたしと同年齢の著者は、生きられることを「神秘」ととらえています。そして、その生きる能力が阻害されてしまう要因を解明・解除することを「合理的な神秘主義」と呼び、それこそが学問の使命とすべきことを提唱するのです。その志の高さには感銘を覚えました。古賀氏の「序」が後から効いてきます。

 

 それから、「人類の叡智」のさまざま流れが図解とともに明快に理解できました。まずは、孔子にはじまり、フロイト、ウィーナーなど、人間社会の秩序を人間の「学習」能力にみる思想の系列がある。仏陀、親鸞、ローレンツなど、複雑な世界を生き「縁起」の思想に向かう系列がある。ポラニーの「暗黙知」からヴィットゲンシュタインの「語りえぬもの」など、複雑な世界を「知る」思想の系列もある。そして、親鸞からスピノザへ、スピノザからマルクス、フロムへの流れもある。

 

 わたしは、かつて『法則の法則』および『あらゆる本が面白く読める方法』(ともに三五館)で「DNAリーディング」というものを提唱しました。いわゆる関連図書の読書法ですが、1冊の本の中にはメッセージという「いのち」が宿っています。「いのち」の先祖を探り、思想的源流をさかのぼることがDNAリーディングです。当然ながら古典を読むことに行き着きますが、この読書法だと体系的な知識と教養が身につき、現代的なトレンドも完全に把握できるのです。

 

 現時点で話題となっている本を読む場合、その原点、源流をさかのぼり読書してゆくDNAリーディングによって、あらゆるジャンルに精通することができます。たとえば哲学なら、ソクラテスの弟子がプラトンで、その弟子がアリストテレスというのは有名ですね。また、ルソーの大ファンだったカントの哲学を批判的に継承したのがヘーゲルで、ヘーゲルの弁証法を批判的に継承したのがマルクスというのも知られています。マルクスの影響を受けた思想家は数え切れません。こういった影響関係の流れをたどる読書がDNAリーディングです。本書『合理的な神秘主義』を読んで、DNAリーディングへの想いがよみがえってきました。