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エマソン 運命を味方にする人生論』

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No.0825

 

 『エマソン 運命を味方にする人生論』渡部昇一著(致知出版社)を読みました。

 表紙にはエマソンの肖像画が描かれ、帯には「哲人ニーチェ・・・・・オバマ大統領も愛読!」「170年間、世界の偉人に読み継がれた自己啓発の名著を読み説く」と書かれています。

 

 本書は二部構成になっており、第一部は「すべては自分の中にある『自己信頼』という生き方」として、「日本人の独立精神を鼓舞したエマソン」「人生そのものを懸命に生きることが哲学である」「エマソンの修養的人生をたどる―エマソン小伝」などの章が並んでいます。また第二部は「いかに生きるか―魂を震わす35の言葉」として、エマソンの名言が紹介されています。

 

 第一部の冒頭「日本人の独立精神を鼓舞したエマソン」では、著者はエマソンを「無教会主義の先導者」であるとして、次のように述べています。

 

 「明治維新の際、日本人の精神史を語る上で注目すべきひとつの動きがありました。それはプロテスタント、とくに『非教会主義者』とか『無教会主義者』と呼ばれる一群の人たちの登場です。
 この運動には、内村鑑三を中心として、畔上賢造という有名な牧師、旧約聖書研究者の関根正雄というインテリ、戦後に東大の学長を務めた南原繁、同じく東大の学長を務めた矢内原忠雄、宮沢賢治とも交流のあった内村鑑三の弟子・斎藤宗次郎、あるいは、のちに改宗しましたが吉田茂内閣の文部大臣や最高裁判所長官などを歴任した法学者の田中耕太郎といった錚々たる面々が参加していました。この顔ぶれから想像がつくように、無教会主義はインテリを巻き込んだ非常に強力な精神運動になりました」

 

 エマソンは、一般に「哲学者」であるとされています。しかし著者は、哲学には2つの種類があるとして、次のように述べます。

 

 「哲学というものには2種類ある―それがはっきりわかったのは、18世紀のドイツの哲学者イマヌエル・カントからといっていいでしょう。カント以前の哲学は、ギリシャのソクラテスでも、ローマのストイック(ストア派)でも、中世のアウグスティヌスでも、あるいはルソーでもモンテーニュでも、哲学者自身の人生経験を下敷きにして、『いかに生きるか』を考えるものでした。言葉をかえれば、哲学者の生き方そのものが哲学であったわけです。
 カントは、アカデミックな哲学の元祖でした。一方、カントの出現によって哲学の主流から締め出されたような形になったものの、古代から続く「生き方それ自体が哲学である」という系統も続いていました。それがアメリカで鮮明な形で出てきたのがエマソンの哲学でした。

 

 著者は、エマソンの哲学について次のように述べます。

 

 「このエマソンの哲学は、『哲学的に生きる哲学』『人生修養そのものが哲学である』という、ソクラテス、アウグスティヌス以来の伝統を体現したものでした。そして、18世紀の終わり頃、哲学がアカデミックなものになって大学に入ってしまったとき、エマソン的な『人生そのものを哲学して生きることが哲学者の道である』という考え方は、アメリカの平等主義のデモクラシーの中で『self-culture』という形になって花開くのです」

 

 また、著者は「エマソンという人を一言で表わすならば、カントの出現によって忘れられた『哲学者とは懸命に生きることだ』というソクラテス以来の伝統を受け継ぎ、『いかに生きるか』をいつも考え、それを実践してきた哲学者だったといえるのではないかと思います」とも述べています。

 

 ちなみにエマソンは自分の師として、ギリシャの哲学者ソクラテス、プラトン、ミラノでマニ教からキリスト教へ改宗し『告白録』を書いたアウグスティヌス、それからルソーの名をあげているそうです。エマソンの思想において、「すべてはつながっている」という考え方が重要とされています。その考え方は、ある出来事がきっかけとなってエマソンの中に宿りました。著者は、次のように述べています。

 

 「その出来事はヨーロッパ旅行中に起こりました。パリのジャルダン・デュ・パレロワイヤルという植物園で、偶然にサソリを見つけたエマソンは、突然、『こういう動物とも自分はつながっている』という直感を得たのです。
 この直感からエマソンは、神を本当に知るためには『他人の意見は重要ではない』『バイブルも必要ない』と考えるようになります。自分の魂を探索すれば、それはすべての生物、宇宙とつながっているからというのです。この出来事をきっかけに、大変な読書家であったエマソンが、本すら必要がないというようになるのです」

 

 著者は、エマソンの思想について次のように説明します。

 

 「要するにエマソンは、『宇宙的な流れが自分の中にも流れこんでいて、自分はその流れの一部であり、他の動物も同じである。だから、すべては宇宙でつながっているのだ』と考えたわけです。
 『霊界日記』を著したスウェーデンの神秘家スウェーデンボリ(スウェーデンボルグ)は、『人間というのはミクロコスモスで大自然と関係がある』といっています。エマソンには、それがピンとくるわけです。エマソンがのちに、彼が著したもう1冊の偉人伝の中にスウェーデンボリを取り上げているのも、自分には彼が理解できると考えたからでしょう」


 わたしは、『法則の法則』(三五館)でスウェーデンボルグからエマソンへの思想の流れを指摘し、さらにはそれがニューソートを経て、現代の「引き寄せの法則」の源流となったと述べました。著者は、エマソンの「自分の心の奥で真実だと思えることは万人にとっても真実だと信じること、それが普遍的な精神というものだ」という言葉を紹介して、次のように述べています。

 

 「エマソンは自分の魂を探っているうちにひとつの洞察を得ます。それは『あることをそうに違いないと心の底から信じられれば、それは必ず他の人にも通ずるはずである』という確信です。
 彼は、宇宙(マクロコスモス)を貫く普遍的な精神あるいは原理は、同時にミクロコスモスである人間はもちろん、サソリのような小さな生物にも、あるいは植物にも通用するという直感を得ました。
 だから、自らの内部を徹底的に探求して、『これは真実である』と確信した意見であれば、それを口に出すことを恐れる必要はない。それは他の人にとっても必ず真実であるはずだと考えました」

 

 また著者は、エマソンの「君に平和をもたらすことのできるものは君自身以外にはない。君に平和をもたらすことのできるものは原理の勝利以外にない」という言葉を紹介して、次のように述べています。

 

 「彼は大財閥をつくったわけでもないし、大鉄道をつくったわけでもありません。しかし、それ以上のものをつくりました。それは『アメリカ精神』です。彼はアメリカそのものをつくったのです。これ以上の人生の成功があるでしょうか。
 わたしは『アメリカで成功した人の中で、エマソンに感化されなかった人はただのひとりもいない』と断言していいように思います。そういったとしても、アメリカ人は誰ひとり怒らないに違いありません」

 

 「あとがき」の冒頭で、著者は「心学」に言及して次のように述べています。

 

 「日本に『心学』というユニークなものがある。神道、仏教、儒教などの宗教・宗派に関係なく、そこで教えられている立派な言葉や教えを、自分の心を磨くための磨き砂にせよ、ということを心学は主唱した」

 

 心という珠を磨くときに役立つのが神儒仏の教えです。けっして、宗教や宗派の1つにこだわることはありません。これは著者によれば「道徳論におけるコペルニクス的転換」であり、「修養」というものの本質を示しているそうです。わたしも、かつて著者のアドバイスも受けて、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)の中で世界の思想史における「心学」のユニークさを指摘しました。

 

 さらに著者は、次のように「心学」とエマソンを結びつけます。


 「この日本のおける『心学』のように、自分の心(霊魂)を第一に考えて、教会制度やその習慣や教えを従にするという、道徳におけるコペルニクス的転換をやったのがアメリカではエマソンである。
自分の魂を探り続けること、つまり内省こそ第一と考えたのだ。
 多少乱暴な言い方をすれば、エマソンはキリスト教圏に現れた『心学』である。日本の心学が神儒仏にとらわれなかったように、エマソンは既成の教会にとらわれずに、無教会のキリスト教派を発生させることになった」

 

 この著者の意見に、わたしは全面的に賛成です。最後に、著者は次のように「修養」の重要性を説くのでした。

 

 「個々の人の向上には『修養』が大切であることはいうまでもない。特定の宗教・宗派に従って、修養することもあるが、心学的に、またエマソン的に、まず自分の心(霊魂)を第一にして、特定の宗教・宗派にかかわらず心を磨く、魂を深く探るという道もあるのである。こうした修養は、個人の向上の王道であろう」

 

 本書を読んで、わたしは大きなヒントを貰ったような気がしました。特に、神儒仏をベースとしながらも、あらゆる思想を「いいとこどり」していこうと企てているわが「平成心学」のあり方を考える上で非常に勉強になりました。