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私の本棚』

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No.0810

 

 『私の本棚』新潮社編(新潮社)を読みました。

 「yom yom」1~23号に掲載された本棚エピソードを集めた本です。23人の読書家の名前が背に入った本が本棚に並んだ表紙となっています。帯には、「本棚は宝物、本棚は憧れ、本棚は宇宙、本棚はほんとに厄介―。23人の読書家による、本棚にまつわるちょっといい話」と書かれています。

 

 本書の【目次】は、以下のようになっています。

 

小野不由美  すべての本を一列に並べよ
椎名誠     消える本箱
赤川次郎    エバーグリーンの思い出
赤瀬川原平  本棚の行政改革は難しい
児玉清     To be or not to be
南伸坊     怪しい趣味
井上ひさし   本の力
荒井良二    本棚は難しい
唐沢俊一    価値のない価値
内澤旬子    書棚はひとつだけ
西川美和    蔵書の掟
都築響一    本棚が、いらなくなる日
中野翠     昔は祭壇だったのに
小泉武夫    目茶くちゃな本棚
内田樹     少年期的読書
金子國義    <永遠の美しさ>に囲まれて
池上彰     父の後姿
田部井淳子   読書のベースキャンプ
祖父江慎    ピノッキオの本棚
鹿島茂     愛人に少し稼いでもらう
磯田道史    和本が落ちてきて
酒井駒子    混ざりあう心地よさ
福岡伸一    アマチュアの本棚

 

 わたしが最も心を動かされたのは、作家の赤川次郎氏による「エバーグリーンの思い出」です。赤川氏は、次のように述べています。


 「私の本棚は、『緑のイメージ』である。当時、河出書房新社から出ていた、『グリーン版』という世界文学全集が、私の『文学の原点』だった。
 緑の箱入りで、装丁も緑、重過ぎず、手になじんだ。
 スタンダールの『赤と黒』、ドストエフスキーの『罪と罰』、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』・・・・・。グリーン版で読んだ古典は多い」

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   グリーン版世界文学全集

 

 

 わたしは、この赤川氏のエピソードを読んで、本当に懐かしい気持ちでいっぱいになりました。というのも、わたしも中高生の頃、河出書房新社の「グリーン版世界文学全集」を読みまくったからです。同全集は第1期、第2期、第3期に分かれており、全部で100巻でしたが、わが家には全巻が揃っていました。わたしは、この全集で赤川氏と同じく、『赤と黒』や『罪と罰』や『ジャン・クリストフ』を読みました。また、『風と共に去りぬ』や『武器よさらば』『怒りの葡萄』『大地』『レベッカ』なども読みました。グリーンの函にゴールドの帯がついており、帯には映画化された作品のスチール写真も掲載されていました。『風と共に去りぬ』にはヴィヴィアン・リーの写真、『レベッカ』にはイングリッド・バーグマンの写真が載っていたのです。それらの映画のスチール写真が、どんなにわたしの読書欲を掻き立ててくれたことでしょうか!

 

 また、まったく知らないような小説にも出合って、読み耽りました。『ゲーテ全集』とか『漱石全集』といったように、同じ著者の全集ならば世界中に存在しますが、異なる作家の作品を集めて全集にするという出版文化は日本独自のものですが、わたしは自宅に大量にあった全集物のおかげで、ずいぶん未知の本とめぐり合うことができました。「グリーン版世界文学全集」以外にも、筑摩書房の「世界文学大系」、中央公論社の「日本の文学」、「日本の名著」、「世界の名著」などのお世話になりましたが、全集は世界に誇る日本の文化だと思います。

 

 また、『本の運命』や『蔵書の苦しみ』といった書籍で紹介されている故・井上ひさしのエピソードも印象的でした。次のように書かれています。

 

 「本の重さを思い知ったのは建売住宅の床が抜けたときである。8帖の仕事部屋のまわりに特注の本棚をめぐらし、その本棚からも溢れだした本を床のあちこちに積み上げているうちに、何十もの本の峰が勝手に聳え立ち、やがて連なって山脈になった。煙草をよく吸うので煙は山脈にかかる薄い雲、機窓からスイスアルプスでも眺めているような気分、あれはすばらしい景色だった。
 わたしはその山脈のふもとに机をおいて仕事をしていたわけだが、ある日、散歩の途中で買った古本を数冊、峰の1つの天辺に乗せて、机の前で一服つけて山脈に薄雲を吹きかけていた。だがその数冊でおそらく閾値を超えたのだろう、山脈全体がにわかに鳴動し、本の峰々が床の抜け落ちたところへゾロゾロと滑り落ちて行った。手抜きの建売で床が弱かったせいもあるが、やはり本の重さを軽く見たわたしの考えのほうが甘かった」

 

 都築響一氏の「本棚が、いらなくなる日」も良かったです。編集者で写真家の都築氏は、以下のように述べています。ちょっと長いですが、素敵なエピソードなので引用させていただきます。

 

 「稲垣足穂という大作家がいた。この人は不遇な貧乏時代がすごく長くて、しかも大酒飲みだった。お気に入りの飲み屋に歩いていける距離のボロ・アパートに住んで、ちょっとでもカネが入ると、ぜんぶ飲み代に使ってしまう。着ているのは、浴衣みたいな着物がたった1枚。それに帯代わりの荒縄をデブの腹に締めて、家財道具なんてとうの昔に売り払ってしまってるから、見事になんにもない部屋でゴロゴロしつつ、夜さむいときは、陽に焼けたカーテンをはずして腹に巻きつけて、寝る。布団はない。枕もない。唯一の蔵書である広辞苑を、枕代わりにして、酔っぱらった頭を冷やしながら、夢を見ていたのだった。
 新宿の地下道に、気になるホームレスのじいさんがひとりいた。
 この人は紀伊國屋に上がる階段のそばに寝っ転がっていて、着替えかなんかを入れた紙袋がひとつあるだけだったが、いつも本を2冊持っていた。それがやっぱり広辞苑と、たぶん研究社の英和辞典で、いつでもそのどちらかを読みふけっては、なんだか独り言をつぶやいていた。
 足穂大人はとうにこの世からいなくなってしまったし、新宿のホームレスも姿を見なくなって、ずいぶんたつ。でも、僕にとってはいまだに、このふたりが最高の読書家だ。最高にうらやましい、本とのつきあいかたのスタイルだ」

 

 フランス文学者の鹿島茂氏の「愛人に少し稼いでもらう」も良かった。ドキッとするタイトルですが、「愛人」というのは人間の女性ではなく、蔵書のことです。愛書家として有名な著者は、増殖する一方の本の置き場に頭を悩ませるうちに以下のような素晴らしいアイデアを思いつきました。

 

 「書庫スペースを探しているうちにふとひらめいたのである。所有している革装丁の本ばかり並べておけば、重厚な書斎イメージが欲しい人にスペースをレンタルできるのではないかと。書庫だから、私はいない。ならば、レンタル可能である。カメラマンの息子に相談すると、引きがあるスペースだから、撮影用スタジオとしてやっていけるという答えが返ってきた。
 さんざん苦しめられてきた古書には自分自身で稼いでもらおう。ひとことでいえば、古書の独立行政法人化である。愛するあまり憎しみが募ってきていた愛人が自分のマンション代くらい自分で稼ぐと言い出したようなものである。
 古書は売らないが古書のイメージを売る商売。蔵書空間遍歴の末に辿りついた結論がこれである」

 

 本書には鹿島氏の書斎スタジオの写真も掲載されていますが、知的でオシャレな空間となっています。これなら撮影などの需要は多いでしょう。

 

 最後に、絵本作家である酒井駒子氏のエピソードを紹介します。酒井氏は「混ざりあう心地よさ」の最後に、次のように述べています。

 

 「本棚をもたない暮らしからは脱したけれど、実は今でも床に本を積んでしまいます。もっと本棚があればなあ、と思いもしますが、そうするとまた際限なく本が増えてしまいそうなので、いまある本棚だけで我慢しないと・・・・・・。
 電子書籍はある意味でこの悩みを解消してくれるものなのかもしれませんが、まだ購入したことはありません。本を読んでいて、いま全体のどのあたりを読んでいるのか、一目瞭然でわかるのは紙の本ならでは。全体の3分の1、などと数字で示されても、なかなか体感しずらいような気がします。特に絵本は電子化には向かない部分もたくさんあるかな、と思います。
 小さな子は手でページをめくったり、噛んだり折ったり、からだ全体で本を体験することも自然なような気がするので。
 でも、先日知人と話していたら、iPhoneに『ドラえもん』全巻を入れている人がいる、と聞いて『なんて素敵なことができるんだろう!』と驚きました。
 それはすごく羨ましい・・・・・・。ちょっと心が動きました」

 

 この酒井氏のエピソードには、本を愛する人の思いが見事に表現されています。これを読んで、わたしも、ちょっと心が動きました。23の本棚にまつわる話には、いずれも本への愛情がたっぷり詰まっています。本書を読み終えたわたしは、これまで悩みの種でしかなかった蔵書たちが少し愛おしく見えてきました。それでも、本は増え続けます。これから、どうしようかな?