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蔵書の苦しみ』

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No.0788

 

 『蔵書の苦しみ』岡崎武志著(光文社新書)を読みました。
 著者は1957年大阪府牧方市生まれのライター、書評家です。これまで書評を中心に執筆活動を続け、『読書の腕前』(光文社新書)などの著書があります。その続編が本書というわけですが、オレンジ色の帯には次のような箇条書きが記されています。

 

●蔵書は健全で賢明でなければならない
●多すぎる本は知的生産の妨げ
●本棚は書斎を堕落させる
●自分の血肉と化した500冊があればいい
●机のまわりに積んだ本こそ活きる

 

 そして、「2万冊超の本に苦しみ続けている著者が、格闘の果てに至った蔵書の理想とは?」と書かれています。

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

第一話   蔵書が家を破壊する
第二話   蔵書は健全でなければならない
第三話   蔵書買い取りのウラ側
第四話   本棚が書斎を堕落させる
第五話   本棚のない蔵書生活
第六話   谷沢永一の蔵書
第七話   蔵書が燃えた人々
第八話   蔵書のために家を建てました
第九話   トランクルームは役に立つか?
第十話   理想は五百冊
第十一話  男は集める生き物
第十二話  「自炊」は蔵書問題を解決するか?
第十三話  図書館があれば蔵書はいらない?
第十四話  蔵書処分の最終手段
「あとがき」

 

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約1万冊を収めたわが書斎


 

 わたしも蔵書には苦しんでいる人間です。自宅の書斎には約1万冊、自宅の書斎以外のスペースに約8000冊の蔵書があります。他にも、会社の社長室に約5000冊、資料室に約6000冊の蔵書を置かせてもらっています。

 

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 約7万冊が収められた実家の書庫


 

 また、父の蔵書のための施設である「気楽亭」には約7万冊もの本が収められていますが、この中にもわたしの蔵書をずいぶん置かせてもらっています。さらに本は日に日に増え続けておいます。わたしは、「ああ、この先どうしようか」という不安と常に戦っているのです。
以前、蔵書の多い人間というのは「知的な人間」のシンボルだった時代もありましたが、ネット全盛で電子書籍も普及している昨今、蔵書の多い人間は単なる「悩める人間」となった観があります。それに加えて、「時代から取り残された人間」といった負のイメージも加わって、その先行きは明るくありません。そんなわたしは、藁にもすがるような気持ちで本書を読みました。

 

 本書の第一話「蔵書が家を破壊する」の冒頭では、「どうしてこうなってしまったのか 心に痛みを感じながら」という吉田拓郎の歌のフレーズを紹介した後、次のように書かれています。

 

 「本棚におさまったのとほぼ同量の本が、階段から廊下、本棚の前、仕事机の周辺などにはみだし、積み重なっている。おかげでちょっと移動するのも一苦労。床に散らばった本と本との間の、わずかな空間に片足を踏み入れないと前に進めない。そして前に進むと、積み重なった本の塔がばたばたと崩れ落ちる。
 それでも空間を見つけられたら、まだいいほうだ。見つけられないと、本を踏み越えて移動することになる。本を踏むなんて、書評を生業とする者にとってあるまじき行為にちがいない。それが、いつの間にか平気で踏んでしまっている。罰があたったのか、足が滑り、踏みつけた本のカバーが破れて『ああっ!』、本体を取り出した後の函を踏み壊し『ああっ!』、開いたページがぐしゃりと折れ曲がり『ああっ!』と、それは大変な騒ぎとなる」

 

 著者は、井上ひさしの著書『本の運命』を紹介します。膨大な蔵書に加えて、各種文学賞選考委員や新聞の書評委員などをつとめていた井上のもとには暴力的に本が送りつけられてきました。井上ひさしは、「本は書庫からも仕事部屋からも溢れ、廊下へ這い出し、家人たちの枕許まで窺い、インベーダーみたいに家中を占拠していく。別に一棟、書庫を建て増ししても追いつかない」と書いていますが、ある日、ついにやってしまいます。

 

 その際のことを、本書『蔵書の苦しみ』では次のように紹介しています。

 

 「本棚に収まらない本は床に積む。建て売りの6畳間を仕事部屋にしていた時の話だが、そのうち足の踏み場もなくなる。『部屋にいるとギギギギ、ギィー、ギギギギ、ギィーって音がする』ようになった。最初は『虫でもいるのかな』と、気にもとめずにいた。それが『ある日、本を紙袋ひとつ分買ってきて、仕事部屋にポンと置いた。その瞬間に、床がズルズルッと傾いていって、ドッカーンと落ちたんですね』。
 井上がすごいのは、驚くとともに『感動しました』と言っていることだ。
 『大勢で力いっぱい押しているのにびくともしない鉄の扉が、たった1本、ひょいと指の力が加われば開くという瞬間がある』。その瞬間を目撃できたことに『感動』したというのだから、これはやはり作家の『業』だろう」

 

 いやはや、なんとも凄まじい話ですが、この井上ひさしの心境、わたしにはわかる気がします。

 

 第二話「蔵書は健全でなければならない」では、2000冊処分してもビクともしない蔵書を前に途方に暮れながらも、著者は次のように述べます。

 

 「それでも、やっぱり本は売るべきなのである。スペースやお金の問題だけではない。その時点で、自分に何が必要か、どうしても必要な本かどうかを見極め、新陳代謝をはかる。それが自分を賢くする。蔵書は健全で賢明でなければならない。初版本や美術書など、コレクションとしていいものだけを集め、蔵書を純化させていくやり方もあるだろうが、ほとんどの場合、溜まり過ぎた本は、増えたことで知的生産としての流通が滞り、人間の身体で言えば、血の巡りが悪くなる。血液サラサラにするためにも、自分のその時点での鮮度を失った本は、一度手放せばいい」

 

 第四話「本棚が書斎を堕落させる」では、「明窓浄机」という言葉について述べられます。著者は、養老孟司氏が長田弘氏の対談集『対話の時間』(晶文社)の中で語った次の言葉を紹介します。

 

 「本を読むと蔵書はふえます。それでいながら、明窓浄机、何もないところに本が1冊あって、それを読むというのが本を読む人の理想である。読んでしまったらその本はなくてもいいはずなのに、そうではないというおもしろさ。蔵書と読書の関係は矛盾したものだと思います」

 

 この「明窓浄机」という読書人の理想について、著者は次のように書きます。

 

 「これを実現させたのが『方丈記』の鴨長明。後鳥羽院のもと、歌人として名声を得ながら、長明は失踪ののち隠遁。現在の京都市伏見区日野町あたりに、1辺約3メートル(4畳半強)の庵をむすんだ。『六十の露消えがたに及びて』とあるから、60歳の頃だった。ここで『方丈記』をはじめ、著作に専心する」

 

 なるほど、鴨長明ねぇ。わかるけど、なかなか長明のようにはねぇ・・・・・。

 

 一番面白かったのは第十一話「男は集める生き物」で、著者はコレクターの心理に思いを馳せて、「ゴールがあるからこそ人は集める」と喝破します。
 そして、書籍が送られてくる封筒や、クッキーの缶のなかに使われている(名前はわからないけど)ビニールにイボイボの空気を封じ込めた梱包材を指で潰し始めるときりがないという話になって、次のように述べます。

 

 「もし、あの『プチプチ』梱包材(と、とりあえず呼んでおく)が、4畳半分もの大きさがあれば、誰もすべてを潰そうとは思わないだろう。せいぜいB4ぐらいの大きさで、時間も指の負担もさほどではない。
 ゴールが見えている。だからこそ、人は挑戦する。
 無制限のコレクションは、普通、ありえない。たとえば、本の場合、これまで世に出た本をすべて集めようという人はいないのである。ジャンルや、個人の作家、あるいは短期間に活動した出版社、シリーズものといった、限定されたくくりがあって、その範囲内で人はゴールを目ざす」

 

 これは至言ですね。たしかに、ゴールのないものを集めようとする者はいないでしょう。人気作家の初版本集めなら、いくら著書の数が多くても限りがあります。
たとえ岩波文庫全点とか早川ポケットミステリ全点とかのコレクターだって、せいぜい総刊点数が数千点レベルだから挑戦しているわけです。

 

 最後に、各章末には以下のような教訓が示されています。

 

【教訓その1】
本は想像以上に重い。2階に置き過ぎると床をぶち抜くことがあるのでご用心。
【教訓その2】
自分のその時点での鮮度を失った本は、一度手放すべし。
【教訓その3】
古本屋さんに出張買い取りをお願いする時は、どんな本か、どれだけの量があるかを、はっきり告げるべし。
【教訓その4】
本棚は書斎を堕落させる。必要な本がすぐ手の届くところにあるのが理想。
【教訓その5】
段ボールに溜めておくと、本は死蔵する。背表紙は可視化させておくべし。
【教訓その6】
本棚は地震に弱い。地震が起きたら、蔵書は凶器と化すことを心得ておくべし。
【教訓その7】
蔵書はよく燃える。火災にはよくよく注意すべし。
【教訓その8】
本は家に負担をかける。新築の際は、蔵書の重さを概算しておくこと。
【教訓その9】
トランクルームを借りたからといって安心するべからず。
やがていっぱいになることを心得ておくべし。
【教訓その10】
3度、4度と読み返せる本を1冊でも多く持っている人が真の読書家。
【教訓その11】
実生活とコレクターシップを両立させるためには規則正しい生活をすべし。
家族の理解も得られる。
【教訓その12】
紙の本を愛する人間は電子書籍には向かない。
よって蔵書の苦しみは解決しない。
【教訓その13】
地味な純文学作家の作品は、売ってしまっても図書館で再び出会える可能性が高い。閉架扱いを要チェック。
【教訓その14】
蔵書を一気に処分するには、自宅での「一人古本市」がお勧め。
うまく得るためのポイントは値段のつけ方にあり。

 

 うーん、これらの教訓は耳に痛いものばかりですな。(苦笑)しかし、これらのアドバイスは非常に役に立ちます。蔵書にお困りの方は、ぜひ本書をお読み下さい。もちろん、読み物としても本書は面白いです。