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結婚式 幸せを創る儀式』

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No.0773

 

 『結婚式 幸せを創る儀式』石井研士著(NHKブックス)を再読しました。

 名著『日本人の一年と一生』など、さまざまな通過儀礼を考察した著者が、結婚式のみに的を絞って書き上げた本です。帯には「世界はふたりのために、か・・・」と大書され、続いて「変容する日本人の幸せのかたちを追う」とあります。カバーの前そでには、次のような内容紹介があります。

 

 「夕闇のなかで厳かに行なわれる伝統回帰の神前式から、新郎新婦の愛を高らかに謳うチャペルウェディングまで、現代の結婚式は、自分たちらしさを求めてさまざまなかたちをとる。現在につながる様式の結婚式は、文明開化の時代に試行錯誤のすえ創られた。やがて戦争の時代をへて、団塊の世代の支持による神前式隆盛の時代を迎えた。日本人が抱く希望と幸せの変化に応えるように、結婚式は家から飛び出し、神社や教会からもはなれていった。いま、私たちは、なにを願って結婚式を行なうのか。人生の一大事『結婚式』の意味を宗教社会学の立場か捉えなおす」

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「はじめに」
序章   変わりゆく幸せのかたち
第1章  なぜチャペルウェディングなのか
第2章  結婚式以前
第3章  結婚式の誕生
第4章  神前結婚式の隆盛
第5章  聖性のゆくえ
「参考文献」「あとがき」

 

 「はじめに」で、著者は次のように書いています。

 

 「儀礼文化の変遷は、とりもなおさず私たちの幸せのかたちの変化である。そして現在、そのかたちは3度目の大きな変化を体験しつつあるように思えるのである。第1の変化は明治時代における結婚式の創生であった。古代から江戸時代を通じて初めて宗教者の介する結婚式という儀礼が作られたのである。第2の変化は、1990年代に起こった。それまで主流だった神前結婚式が急速に減少し、代わりにキリスト教結婚式が急増したのであった。そして現在起こりつつある第3の変化は、儀礼の脱宗教化といえるものである」

 

 また序章「変わりゆく幸せのかたち」の冒頭部分で、著者は述べます。

 

 「七五三や葬儀と異なって、結婚式ではみずからが主催者となることが可能である。『家』や地域共同体による拘束は弱まり、こだわりの結婚式をさまたげる要因はどこにも存在しなくなった。『家』の崩壊は親族に対する気遣いを低下させ、親さえ同席しない2人だけの海外での結婚式が可能となった。ふたりだけとまではいかなくても、少人数での結婚式を希望する人は増えている。彼らは、自分たちの幸せを心から祝ってくれる人々のなかで、確かな愛情によって結ばれた結婚式を行うことを望んでいるのである」

 

 伝統的な結婚式といえば、神前結婚式を思い浮かべます。大正天皇が東京大神宮で初の神前結婚式を挙げたとされていますが、戦後の流れについて著者は次のように書いています。

 

 「神前結婚式は戦後になって、高度経済成長期に入るころから急速に浸透していく。普及は都市において始まり、1960年代、1970年代には全国のほとんどの結婚式が神前式で行われるようになった。神前結婚式は高度経済成長期に、結婚式の標準的な形態として定着した都市文化である」

 

 なぜ、結婚式と神道が結びついたのでしょうか。著者は述べます。

 

 「戦後、とくに高度経済成長期以降、日本人は出産儀礼、成人式、稲作に関わる共同体の儀礼など伝統的な宗教文化をたんなる『形式』としてつぎつぎ捨て去ってきた。その同じ時期に神前結婚式は都市を中心に隆盛期を迎えたことになる。なぜ現代都市の日本人は『神道』という伝統的な様式を受容したのだろう」

 

 著者は、チャペルウェディングの歴史というか、流れを紹介しながら、「世代とキリスト教結婚式」について考察します。そして、次のように述べています。

 

 「人の一生で、みずからが選び、自覚的に主役となることのできる儀礼は限られている。多くの人にとって結婚式は、人生で唯一の『ハレ』舞台であり、特別な機会となった。特別な機会は儀礼というかたちで表現される。それは披露宴ではなく、聖性をともなった儀礼でなくてはならない。結婚こそが人生最大の節目であり幸福であるとすれば、『幸せ』を演出するための『厳粛な』儀礼がどうしても必要となる。幸せを演出する儀礼は、時代によって異なるだろう。戦後のある時期、神前式はモダンでスマートな儀礼として映った。しかしながら神前式はキリスト教結婚式との対比のなかで、『伝統』のイメージをまとい、『家』や『忍耐』を連想させることになった。他方でキリスト教結婚式は、個人と個人が愛情によって結ばれる幸せを表現するのに、ふさわしい儀礼として受けとめられたのではないか。芸能人の結婚式は、こうした『幸せ』を最大限に表現して見せたものだ」

 

 第2章「結婚式以前」では、著者は「結婚式は、かつて祝言、婚礼、嫁入り、華燭の典などと呼ばれていた。さらにこれらをより包括的な言葉で表せば『婚姻』ということになる。『婚姻』とは夫婦となることであり、婚姻は古代から現代まで続く社会制度である」と述べています。著者によれば、日本の婚姻史に関する研究を見ていて、以下のようにいくつか気付くことがあるそうです。

 

 「第1は、儀礼の簡素さである。披露宴を含んだ結婚式が数日にわたって行われることがあっても、式自体はいたってシンプルである。第2に、こうした儀礼には宗教者が関与したり、宗教性が見られるといったことがないのである。古代や中世、近世など、日本の宗教史からいえば、あきらかに庶民の生活に宗教が息づいていた時代の婚姻儀礼に宗教性を見い出すのは困難である」

 

 「仲人の役割」という項では、次のように書かれています。

 

 「仲人のいる結婚式は野合ではない正式の結婚式と見なされた。仲人の存在は、当事者の属する社会集団の承認を得るためのものであった。仲人と新夫婦とは結婚式後にかたちの上での親子関係を結び、子どもの誕生、初節句、七五三などの祝いにかかわるなど、新夫婦の指導、後見としての役割が期待された。仲人の後見としての役割は、つい最近まで広く認められていたもので、終身雇用制度を前提として、会社の上司に仲人を依頼する場合が多く見られた」

 

 第4章「神前結婚式の隆盛」では、東京における結婚式の流れについて以下のように書かれています。

 

 「結婚にまつわる因習に関しては、東京のような都会の方がはるかにその圧力からは自由であった。両性の合意に基づく結婚式の様式の浸透も、はるかに速かった。新宿区や豊島区に設けられた結婚相談所は、1950年代半ばまで盛況であった。戦後の都市においては、家はいうまでもなく、人を招いて饗応するための十分なスペースを確保することがむずかしかった。また、人間関係が複雑になり、親戚縁者だけでなく、友人、会社の同僚・上司など人数が増えていった。かつてほど近隣の人間関係は密でなく、結婚式の料理や諸準備への参加を期待しにくくなっていた。公共の会館を利用した市民婚は、こうした点で利用しやすいものであったはずである。もともと結婚式は宗教の介在することのない儀礼であったから、物資が不足し、経済状況が悪かった当時、公共施設での三三九度を中心とした質素な結婚式に、十分魅力を感じた人たちがいたのである」

 

 神前結婚式は、神社からホテルや専門式場内の神殿へ移っていきます。その理由について、次のように説明されています。

 

 「着付け、写真撮影、披露宴など、移動の煩雑さを避けるためである。帝国ホテル内に神前結婚式場を設けた支配人犬丸徹三の発想はまさしくそうしたニーズをつかむものであった。特別な衣装を着て、多くの親族をともなう結婚式は、移動には不向きな儀礼である」

 

 さらに著者は、神前結婚式と神道について次のように述べます。

 

 「神前式が受容されるのに際しては、日本文化における神道の意味が背景として存在する。神道はもっぱら生育と産育にかかわって、日本人の生活様式に息づいてきたのであった。お七夜、初宮参り、七五三、成人式など子どもの成長や社会的承認の機会としての通過儀礼において、あるいは正月、節分、七夕、夏祭り、新嘗祭など、生業にかかわる産育の機会としての年中行事において、生活のなかに根を下ろしてきた。それゆえに、1年の始まりを迎える厳粛なときとしての正月を体験している日本人にとって、人生の節目となる結婚式を神前で迎えることは、違和感のないことだったにちがいない。
 他方で、死をイメージする仏前結婚式は避けられることになった。明治40年代から仏前結婚式が行われ、戦後も仏教界は仏前結婚式の試みを続けてきたが、ほとんど普及する様子は見られない」

 

 第5章「聖性のゆくえ」の「私たちの魂のゆくえ」において、日本人の結婚式の変化について、著者は以下のように述べています。

 

 「第1の変化は、明治時代における結婚式の創生であった。古代から江戸時代を通じて初めて宗教者の介在する結婚式を言う儀礼が創られたのである。それは近代国家であることの証の一部であり、それゆえにキリスト教結婚式が意識され、宗教者の介在をもたらしたのであった。第2の変化は、1990年代に起こった。それまで主流だった神前結婚式が急速に減少し、代わりにキリスト教結婚式が急増したのであった。ほかの儀礼文化の変容を考慮すると、この変化は伝統的な社会構造や生活様式が、ある世代以降、確実に失われたことの表れであるように思える」

 

 そして、日本人の結婚式は第3の変化の途中にあります。現在起こりつつある第3の変化とは何でしょうか。それは、儀礼の脱宗教化とでもいえるものです。著者は述べます。

 

 「目下のところはさまざまな現象と一緒になって、顕著な傾向にはなっていない。個人と個人が愛情によって結ばれたことを表すために、やはりキリスト教式が望ましいという希望は、まだしばらくは続きそうだ。他方で、すっかり『家』がどういうものであるかを、生活上も知識的にも知らない世代の一部は、荘厳さや日本人らしさを求めて、再び神前結婚式へ回帰するかもしれない」

 

 本書が書かれたのは2005年ですが、そろそろ神前結婚式への回帰が本格化するような気がします。2011年3月11日の東日本大震災が、その流れを加速させたのではないでしょうか。

 

 現代、日本人の結婚式はファッション化、ショー化している側面があります。なんというか儀式としての厳粛さに欠けており、その聖性も衰える一方です。もはや聖なるものが関与するが入っていく余地がないのではないかとも思えますが、もともと人間は宗教的存在であり、日本人の「こころ」のベースには神道が厳然としてあります。これから日本の結婚式がどのような方向に向かっていくのか、ブライダル業界に身を置く者の1人として真摯に考え、少しでも良い方向に向かうように取り組んでいきたいと思います。わたしには2人の娘がいますので、なんとか彼女たちに心ゆたかな結婚式を挙げさせてあげたいし、幸せになってほしいと強く願うからです。