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大いなる人生』

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No.0781

 

 『大いなる人生』高田宏著(芸術新聞社)を読みました。

 思想家、詩人、小説家、政治家、実業家・・・・・偉大な生涯を送った古今東西の歴史上の人物を、伝記文学の名作をひもときながら紹介した本です。

 

 著者は1932年、京都市生まれの石川県育ち。京都大学文学部仏文科卒業。光文社、アジア経済研究所で雑誌編集に携わり、エッソ石油広報室編集長として「エナジー」「エナジー対話」を刊行、起業PRのイメージを一新しました。78年、国語学者で『言海』の著者・大槻文彦の生涯を描いた『言葉の海へ』(新潮社)で大佛次郎賞、亀井勝一郎賞を受賞します。84年より文筆専業になり、90年に『木に会う』(同上)で読売文学賞(随筆・紀行賞)を受賞。

 

 著者は、これまで以下の伝記を書いてきました。

 

 『言葉の海へ』(大槻文彦伝)
 『われ山に帰る』(小山勝清伝)
 『冬の花びら―雪博士・中谷宇吉郎の一生』(中谷宇吉郎伝)
 『猪谷六合雄―人間の原型・合理主義自然人』(猪谷六合雄伝)

 

 また、『雪日本 心日本』『島焼け』『雪 古九谷』といった著書も伝記的要素の強い本であると言えます。

 

 そんな著者は、「惚れてこそ伝記―まえがきに代えて」で書きます。

 

 「惚れて書いてこそ伝記だ、と思う。惚れてしまえばアバタもエクボである。著者が当の人物に惚れるというのが、書くための最大のエネルギーだろう。惚れもせずに書いたら、アバタはアバタだ。下手をするとエクボまでアバタに見えてしまう。伝記の著者は屍体解剖医ではない。屍体のはらわたをとりだして、ここがこんなに病んでいると言ったところで、それは人間を描くことではない。内に病巣をかかえながら人は生きている。喜怒哀楽を生きている。死後解剖は無意味だ」

 

 また、「惚れてこそ伝記―まえがきに代えて」の最後は次の一文です。

 

 「伝記と呼ぼうと小説と呼ぼうと、描かれている人物に魅力がなかったら、そんなものは書く必要がないし、読むのはごめんである。読者として言うなら、その人物に惚れさせてほしいものだ。時を超えてその人物に会いに行きたいほどの心をかきたててほしい。あやふやな事実の羅列など読みたくない」

 

 そんな著者が、本書で紹介する人物・伝記は以下の通りです。

 

伊能忠敬 『四千万歩の男』 (井上ひさし著)
福沢諭吉 『福翁自伝』 (福沢諭吉著)
陸奥宗光 『蹇蹇録』 (陸奥宗光著)
高橋是清 『高橋是清自伝』 (上塚司編)
原田甲斐 『樅ノ木は残った』 (山本周五郎著)
ガンジー 『ガンジー自伝』 (ガンジー著)
タゴール 『タゴールの生涯』 (クリパラーニ著)
カーネギー 『カーネギー自伝』 (カーネギー著)
クロポトキン 『ある革命家の手記』 (クロポトキン著)
成吉思汗 『蒼き狼』 (井上靖著)
マリー・アントワネット 『マリー・アントワネット』 (ツワイク著)
ドストエフスキー 『ドストエフスキー伝』 (トロワイヤ著)
高群逸枝 『火の国の女の日記』 (高群逸枝著)
中原中也 『中原中也』 (大岡昇平著)
加藤文太郎 『孤高の人』 (新田次郎著)

 

 最後に、「あとがき」で著者は次のように述べています。

 

 「有名無名を問わず、その生涯を豊かに生き切った人びとは、数かぎりない。本人に自伝を残す気などさらさらなく、また誰かがその伝記を書こうとは思い付かなかった「大いなる人生」は、何百何千万とあるだろう。ぼく自身、そういう人びとを何人も数えることができる。ここに採り上げた15人は、だから大海の一滴なのだが、幸いなことに優れた自伝あるいは伝記が残されていて、それぞれの大いなる人生が読む者の胸にひびく」

 

 それぞれの人物や伝記について書かれた著者の文章を読むうちに、たまらなくそのオリジナルが読みたくなりました。本書は、当代随一の読み手が「惚れ抜いた」伝記文学傑作選なのです。