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伴侶の死』

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No.0753

 

 『伴侶の死』平岩弓枝編(文春文庫)を読みました。

 カバー裏には、以下のような内容紹介があります。


 「日本人は夫や妻の死をどのように受け止めてきたのか。阪神大震災のあと死に急いだ夫、『再婚していいのよ』と言い遺した妻・・・・・月刊『文藝春秋』に寄せられた読者の手記から、平岩弓枝氏が選んだ感動の四十篇。そこには悲しみの底から再び歩き始める人々の姿がある。巻末に、齋藤茂太氏との対談『伴侶の死を迎える心構え』を収録」

 

 序文「添い遂げればこそ」で、編者の平岩氏は次のように書いています。


 「よく、夫婦は空気のようなものだと申します。常にそこにあるのが当り前で、多忙多彩な日常生活では、つい、有難味を感じもしないで過していて、或る日、突然、失って激しい衝撃を受け、こんなことなら、もっと感謝の心を伝えておけばよかった、相手を大事にするべきだったと、後悔、先に立たずの口惜し涙を流します。でも、それが人間であり、本当の夫婦というものではないのかと、今回、皆様の手記を拝読している中(うち)に気がつきました」


 また、同じ序文の最後には、次のように書いています。


 「世は長寿社会です。八十、九十までも共に健やかに手をたずさえて生きて行けたら、どんなに幸せかと、おそらく誰しもが願うでしょう。でも、どちらかが老いて病んだ時、長年、風雪に耐えて来た夫婦は、必ず、一方がこう考えます。自分に看とってやれる力があってよかった。もし、自分が先にあの世へ行ってしまっていたら、夫或いは妻は、どんなに寂しい思いをしただろう」


 そして、続けて「伴侶の死とは、即ち、人間の生き方を考えさせるものだと知らされました」と書いて、編者は序文を締めくくっています。


 本書には、「文藝春秋」2000年4月号の特集「伴侶の死」に掲載された40篇の手記が収録されています。いずれも、「伴侶」というこの世で最愛の人を亡くした人たちの想いが綴られています。その中で、特にわたしの印象に強く残ったものを3つご紹介しましょう。なお、筆者の住所、年齢、職業などは2000年当時のものです。


 まず1つめは、「蝶に生まれ変わった夫」という森永昌子さん(渋川市 69歳 無職)の手記です。ご主人を夫を亡くされて失意の日々を送っていたある日、森永さんは庭の片隅に家の守り神として祀ってあるお稲荷様に水をあげてお参りしていました。すると、どこからか2匹の蝶が飛んで来て、森永さんのまわりをつかず離れずヒラヒラと舞ったそうです。蝶はそのうち、どこかに行ってしまいました。森永さんはぼんやりと家に入り、神棚と仏壇を拝してから鏡台の前に坐りました。ふと、ガラス越しに西の庭に目をやると、さっきの蝶がまたヒラヒラと可愛らしく舞っていました。森永さんは、次のように書いています。


 「私は一瞬胸がドキドキする程の動悸を覚え急いで庭に下り、思わず『パパ!! パパ!! ああパパなのね!! パパなんでしょう?』と子供の様に手を伸ばして叫んでしまいました。何故かわかりませんが懐かしさ悲しさがこみあげ、涙がポロポロこぼれました」


 蝶が人間の魂のシンボルであることは古代ギリシャでも古代中国でも言われていました。荘子の「胡蝶の夢」が有名ですね。『死ぬ瞬間』を書いたキューブラー=ロスも、母親が重病で死にそうな小さな女の子に対して、魂を蝶にたとえて話しています。森永さんは、続けて次のように書いています。


 「夫の魂が今庭にいる私に逢いに来てくれたのだとはっきり自覚した始まりです。夫は蝶々に生まれ変って死んではいないのだと云う不思議な実感。子供じみたお伽噺の幻影に引き込まれただけだと人様はお笑いになるでしょうけれど、まぎれもなく此の蝶は私の夫。これが大きな拠り所となり夫は何時も私の側にいてくれるのだと久し振りに、本当に久し振りに天空を見上げました。此の時から私の心は此の家をしっかり守って行こうと、子供達の為にも、又集まってくれる姉や弟達の為にもと心に決めました」


 次に2つめは、「主人のいない生活」という矢島美智枝さん(名古屋市 74歳 無職)の手記です。いきなり、以下のような驚くべき書き出しから始まります。


 「姪の結婚式での事でした。丸テーブルで主人の弟妹達と談笑していた筈の主人にふと目をやった瞬間、天井を向いてこと切れているではありませんか。74歳。人工呼吸、救急車、人並みの事は尽しましたがこの世の終りでした。虚血性心疾患という見立てでした。突然降ってわいたこの事態、夢であって欲しいとどんなに願った事でしょう。まだまだ元気そのものだったので、死なんて全然考えてもいなかったのに、とうとうこの日が来てしまった、何故か涙も出ない。どうしよう、私も一緒にどこかに消えてしまいたい、悲しみの極にある私の顔を誰にも見られたくない、等とてもみじめな思いで一杯でした」


 これはものすごい体験であり、残された矢島さんのショックは想像するに余りありますが、自身の結婚式で親戚に急死された姪御さんも驚かれたことでしょう。また、現場の結婚式場のスタッフの行動はどうだったかなど、いろいろと考えさせられる手記でした。
 まったく、人生、どこで何が起こるかわかりません。神のみぞ知る、です。


 そして3つめは、「生まれ変わっても一緒になりたい」という加藤すみ子さん(富山市 79歳 無職)の手記です。それは、平成7年1月17日のことでした。そうです、阪神・淡路大震災が起こった日です。加藤さんは、次のように書いています。


 「日本中いな世界中の人々の注目を集めた大きな被害があった日、奇しくも其の日脳血栓症で23年間の永き闘病生活を送っていた夫が刀折れ矢尽きたのかでしょうか、『ありがとう』の一言を残して87歳で安らかに天国に旅立ちました。吸呑のお番茶を甘い甘い砂糖水でも飲んでいる様においしいおいしいと幸せそうな顔をしてゴックン、ゴックンと音をたて、喉仏もゴクゴクと動いて吸呑全部一息に飲み、一番最後の一しずくが口角からスーッと流れ出て之が夫の最期でした。穏やかそのものの素晴らしい旅立ちでした。頭の回りには、ほのかな金色の光がさしポーッと明るみ、之が後光がさしたと云うのでしょうか、仏様の様にきれいなきれいな優しさ溢れる崇高な顔でした」


 伴侶の死の瞬間を、これほど美しく表現した文章があるでしょうか!
 編者の平岩氏も、「御主人の旅立ちの美しいイメージに感動しました。これはもう見事に添いとげた伴侶でなくては書けないすばらしい表現だと思いました」と絶賛しています。


 さて、わたしの心に強い印象を残した手記は以上3篇ですが、いずれも女性による手記でした。もちろん、40篇の中には男性のものもあるのですが、男性の場合は「女房がいなくなって、生活に不自由した」といった話が多く、女性の場合に比べて深みが足りないように思いました。
 巻末の「伴侶の死を迎える心構え」で、平岩氏と精神科医の故・齋藤茂太氏が対談していますが、以下のような会話が展開されています。


齋藤:神様は男より女性のほうを強くおつくりになったようですね。統計的に見ても、交通事故や飛行機事故などの場合、圧倒的に女性のほうが助かる確率が高いんです。日航ジャンボ機の事故のときも、助かったのは女性ばかりだったでしょう。

平岩:やっぱり女のほうが強いんでしょうかねえ。
齋藤:だって、いま飛行機でも新幹線でも女性のグループ、それも未亡人と思われる人たちでいっぱいじゃないですか。嬉々として旅行に出ている。男性はいないですよ。
平岩:確かに、どこに行っても圧倒的に女性ですね。
齋藤:精神的にも復元力が強いですよ。現実にいろいろな患者さんと接していても、それは実感します。そりゃあ亭主に死なれて2、3年は泣き崩れているかも知れませんが、男性よりは立ち直る確率が高いですよ。逆に奥さんに死なれた男性の場合は、33パーセントが3年以内にあとを追って亡くなっているという統計がある。(『伴侶の死』p.204~205)

  
 「配偶者を亡くした人は、現在を失う」と言われます。
 それにしても、実際に伴侶の死を経験した人の言葉はやはり重いですね。
 『そうか、もう君はいないのか』をはじめ、作家などが亡妻、亡夫について綴った手記は多いです。でも、一般の人々が伴侶の死について書いた文章がこれだけ収められている本は珍しいと言えます。類書がないという点でも、本書は意義ある一冊だと思います。


 なお、『死が怖くなくなる読書』(現代書林)でも本書を取り上げています。