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そうか、もう君はいないのか』

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No.0745

 

 『そうか、もう君はいないのか』城山三郎著(新潮文庫)を読みました。

 作家が亡くした伴侶について綴る亡妻もの、亡夫ものには多くの作品がありますが、このジャンルにおいて本書はおそらく最も読まれた本ではないでしょうか。
まず、何よりも本書のタイトルが素晴らしい! 
 愛する人を亡くした人の万感の想いが込められた言葉です。


 2007年に逝去した著者は、経済小説の開拓者として知られた作家です。
 『輸出』で文学界新人賞を、『総会屋錦城』で直木賞を、『落日燃ゆ』で吉川英治文学賞、毎日出版文化賞を受賞しました。その他にも、『男子の本懐』『官僚たちの夏』 『もう、きみには頼まない』『指揮官たちの特攻』といった多彩な作品で、多くの読者を持っていました。
 そんな「筆一本」で生きた著者が、愛妻の容子さんとの馴れ初めから、夫婦としての思い出、そして容子さんの最後の日までを綴ったのが本書です。著者の遺稿でもあり、まさに城山文学の最終章ともいえる作品です。


 本書のカバー裏には、次のような内容紹介があります。


 「彼女はもういないのかと、ときおり不思議な気分に襲われる─。気骨ある男たちを主人公に、数多くの経済小説、歴史小説を生みだしてきた作家が、最後に書き綴っていたのは、亡き妻とのふかい絆の記録だった。
 終戦から間もない若き日の出会い、大学講師をしながら作家を志す夫とそれを見守る妻がともに家庭を築く日々、そして病いによる別れ・・・・・・。没後に発見された感動、感涙の手記」


 冒頭、著者の文芸講演会のシーンから一気に読者を引きつけます。
 最前列に座っていた妻の容子さんは、著者と目が合った瞬間、両手を頭の上と下に持ってきて、「シェー!」とやったそうです。当時の人気マンガ「おそ松クン」に出てくるイヤミの真似です。著者はそれを見て、怒りたいし、笑いたかったそうです。さらには「参った、参った」と口走りたかったのですが、そこをこらえて何とか無事に講演を終えたとか。このようにユーモアに溢れたエピソードが続き、著者と容子さんの間にあった温かな愛情がよく伝わってきます。


 2人の出会いには運命的なものを感じさせます。たまたま閉まっていた図書館の前で、著者は容子さんと出会い、彼女を「天から妖精が落ちてきた感じ」と表現します。そのときまだ高校生だった容子さんの父親から交際どころか会うことも禁止されますが、その後、ダンスホールで偶然に再会します。これは、本当に「神懸り」というか「天の配剤」というか、不思議な縁を感じてしまいます。


 そもそも縁があって結婚するわけですが、「浜の真砂」という言葉があるように、数十万、数百万人を超える結婚可能な異性のなかからたった一人と結ばれるとは、何たる縁でしょうか!
不思議な縁によって結ばれた伴侶。
 その、かけがえのない存在について、著者は「妻」という詩を書いています。


 


 夜ふけ 目ざめると
 枕もとで何かが動いている
 小さく咳くような音を立てて
 何者かと思えば
 目覚まし時計の秒針
 律儀に飽きることなく動く
 その律儀さが 不気味である


 寝返りを打つと 音は消えた
 しばらくして おだやかな寝息が
 聞える
 小さく透明な波が
 寄せては引く音
 これも律儀だが 冷たくも
 不気味でもない
 起きてる間は いろいろあるが
 眠れば 時計より静か


 「おい」と声をかけようとして やめる
 五十億の中で ただ一人「おい」と呼べるおまえ
 律儀に寝息を続けてくれなくては困る


 わたしは、『結魂論~なぜ人は結婚するのか』(成甲書房)において、結婚の神秘的本質について書きました。かつて古代ギリシャの哲学者プラトンは、元来1個の球体であった男女が、離れて半球体になりつつも、元のもう半分を求めて結婚するものだという「人間球体説」を唱えました。元が1つの球であったがゆえに湧き起こる、溶け合いたい、一つになりたいという気持ちこそ、世界中の恋人たちが昔から経験してきた感情です。プラトンはこれを病気とは見なさず、正しい結婚の障害になるとも考えませんでした。人間が本当に自分にふさわしい相手をさがし、認め、応えるための非常に精密なメカニズムだととらえていたのです。そういう相手がさがせないなら、あるいは間違った相手と一緒になってしまったのなら、それは私たちが何か義務を怠っているからだとプラトンはほのめかしました。そして、精力的に自分の片割れをさがし、幸運にも恵まれ、そういう相手とめぐり合えたならば、言うに言われぬ喜びが得られることをプラトンは教えてくれたのです。そして、彼のいう球体とは「魂」のメタファーでした。結婚とは男女の魂の結びつき、つまり「結魂」なのです。
 本書の姉妹編ともいうべき『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』(新潮文庫)に、著者は容子さんのことを「better half」と表現していますが、これこそまさに相手が球体の片割れであったことを認めた言葉にほかなりません。


 結婚後、著者夫妻は子宝にも恵まれ、お互いの領分を守りながら、次々と名作を世に発表していきます。2人の子どもたちも巣立っていき、夫婦で旅行などを楽しむ日々の描写は本当に幸せそうで、わたしは「ああ、夫婦の醍醐味は、子どもたちが巣立った後にあるのだなあ」と思いました。
 ある日、容子さんが末期癌を宣告されます。彼女は、その事実を明るく著者に告げますが、著者は両手を広げ、飛び込んできた容子さんを抱きしめ、「大丈夫だ、大丈夫。おれがついてる」と言うのでした。ここは、やはり泣けますね。
 わずかに残った命の火を燃やして明るく生きる容子さんの強さ、最愛の妻を最後まで温かく見守る著者・・・・・ここには、夫婦愛のあるべき姿があります。
 そして、「夫婦とは最強の戦友である」という真理を悟らせてくれます。


 2000年2月24日、容子さんは永眠します。享年68でした。著者は、愛妻の死について次のように書いています。


 「あっという間の別れ、という感じが強い。
 癌と分かってから四ヶ月、入院してから二ヶ月と少し。
 四歳年上の夫としては、まさか容子が先に逝くなどとは、思いもしなかった。
 もちろん、容子の死を受け入れるしかない、とは思うものの、彼女はもういないのかと、ときおり不思議な気分に襲われる。容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることができない。ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、『そうか、もう君はいないのか』と、なおも容子に話しかけようとする」


 妻を失うということの辛さは、経験者にしかわからないといいます。
 夫を失う妻も辛いですが、妻を失う夫はもっと辛い。これは、日々、愛する人を亡くした人たちに接しているわたしの偽りのない実感です。男にとって、それほど妻の存在は大きく、ほとんどの夫は妻に頼りきって生きていると言えるでしょう。それだけに、妻に先立たれるのは、男にとって大いなる恐怖です。本書の「解説」を担当した俳優の児玉清氏も次のように書いています。


 「最近、とみに考えることのひとつが、妻に先立たれたらどうしようか、という恐怖だ。できれば妻より先に、と折りにふれそのことを口にすると、いや私の方が先よと言われ、じゃあ一緒になんてお茶を濁してはたがいに話題を替えるようにしているものだから、城山三郎さんの本書『そうか、もう君はいないのか』というタイトルを目にしたときは、胸に鋭い一撃をくらったような衝撃であった」


 このタイトルについて、続けて児玉氏は次のようにも書いています。


 「後に残されてしまった夫の心を颯と掬う、なんと簡潔にしてストレートな切ない言葉だろう。最愛の伴侶を亡くした寂寥感、喪失感、孤独感とともに、亡き妻への万感の想いがこの一言に凝縮されている。城山さんの悲痛な叫びが、助けてくれえ、という声まで聞こえてくるようで、ドキッとしたのだ」


 その児玉清は、2011年5月16日に逝去されました。妻に先立たれるという辛い経験をせずに済んだ児玉氏は幸せだったのかもしれません。


 最愛の妻を失った後、著者の城山三郎は7年間を生きますが、それは大きな喪失感とともに過ごした時間でした。自身の最期の瞬間、亡き妻の姿を探したようで、家族に残した最後の一言は「ママは?」でした。
 著者の次女である井上紀子氏が病院から容態の急変を知らされたのは朝方でした。ふと目にした時計の針が、7年前に父親から母親の死を告げられた時刻とほぼ同じところを指していることに気づいて、どきりとしたそうです。
 その後の様子を、井上氏は本書の第2部ともいえる「父が遺してくれたもの―最後の『黄金の日日』」に書いています。


 「春の柔らかな朝陽を背に受けながら、病院まで全力で走ったが間に合わなかった。一瞬、涙が溢れたが、すぐに不思議と落ち着きが戻った。父の顔に救われたのだ。額に手を添えながらしみじみ顔を覗き見ると、なんとも幸せそうな顔をしているではないか。こちらがふっと微笑みを返したくんまるような、純心な子供のような安らいだ笑顔。しかし、これは間違いなく母への笑顔だった。ちょっと斜め上空を向いたまま、ほっとしたような、嬉しそうにさえ見える、不思議な死顔。兄も私も同時に思った。『お母さんが迎えに来てくれたんだね』と。そして、心も体も、頬を伝った涙さえもじんわり温かくなった」


 また井上紀子氏は、両親の死はそれぞれ、残された家族にとっての「ありがたい」最後の「黄金の日日」であったとして、次のように書いています。


 「共に長患いする訳でもなく、又、かといって、突然、姿を消す訳でもなく、死へのカウントダウンの中で、密な時間を残して逝ってくれた父と母。
 さらりと春風に乗って、大好きな大空へ旅立って逝った父。天上での二人の笑顔が目に浮かぶ。大陸的な母と風のような父。太陽のような母と月光の如き父。全く異なるのにぴたりとはまる。初めて出会ってから少年少女の心のまま、あの世まで逝ってしまった二人。どうぞあちらでもお幸せに」


 「解説」の最後に、自身も夫人の限りない愛情に支えられて生きた児玉清氏が次のように書いています。


 「夫婦愛という言葉が薄れてゆく現代、お金がすべてに先行する今日、熟年離婚が当たり前のことになりつつある中で、人を愛することの豊さ、素晴らしさ、そして深い喜びをさり気なく真摯に教えてくれる城山文学の最終章をぜひ心で受けとめてもらいたいものだ」


 そして、城山三郎の『小説日本銀行』に出てくる次の言葉を紹介して、児玉氏は「解説」のペンを置くのでした。


 「仕事と伴侶。その二つだけ好きになれば人生は幸福だという・・・・・」

 

 なお、拙著『死が怖くなくなる読書』(現代書林)でも本書を取り上げています。