お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

  • HOME
  • 自殺の9割は他殺である
Title

自殺の9割は他殺である』

Category

No.0749

 

 『自殺の9割は他殺である』上野正彦著(KANZEN)を読みました。

 非常にショッキングなタイトルです。かつて読書館でも紹介した『強いられる死』よりも、さらに強烈な印象を受けます。最初は、自殺と見せかけた暴力団などによる殺人事件の話かなと思いましたが、読んでみて、それは誤解だとわかりました。

 

 大ベストセラー『死体は語る』で有名な著者は、監察医として2万体の検死を行ってきた人です。監察医の仕事とは、一言も言葉を発しない死体の声を聴くこと。そして、その死に隠された真相を解き明かしていくこと。著者は、いじめで自殺する子どもたちの姿に心を痛めます。


 「自我の確立のない子どもが果たして自殺するであろうか」との疑問を抱く著者は、ついには「自殺は他殺である」との結論に至ります。
 本書には、弱者が疎外され、孤立していく社会の闇、警察や学校、教師の怠慢、自己中心的な考えになっていく若者たちの姿が描き出されています。
 日本を代表する監察医による最後のメッセージが本書なのです。


 本書は、以下のような構成になっています。


はじめに「死体は語っている」
序章
第1章:子どもは決して"自殺"しない
    1.いじめられっ子の自殺  
    2.遊び感覚のいじめっ子
    3.学校・教育委員会の対応
    4.警察の対応
    5.いじめと自殺の因果関係
    6.いじめと社会
第2章:自殺はどうしてなくならないのか?
    1.ストレス社会の日本
    2.社会に殺された人々
    3.老人の自殺
第3章:「自殺は他殺だ」と私が言い続ける理由
    1.言葉の暴力
    2.自殺の現実
第4章:死の真相を突き止めるtまえに・・・
    1.監察医の仕事
    2.ある殺人事件の鑑定
    3.自殺と他殺の見分け方
    4.検視制度の見直し
終章


 序章で、著者は次のように「死」の定義を述べます。


 「一般的に死というのは、脳、心臓、肺の機能が永久に停止した状態を指す。これは、事故であろうが、病気であろうが、自殺であろうがすべて同じことで、死亡した人はどのような死に方であれ、最終的には心臓も脳も肺も麻痺している。つまり、心臓麻痺というのは死の結果であって、これを死因とするのは明らかに間違いなのだ」


 そして、「死の原因を正しく究明する」ことこそは、犯罪を見逃さずに死者の人権を守るという意味でも、生きている人間に貢献する社会医学の意味でも、非常に大切なことだと述べるのです。


 著者は、近年、問題となっている「いじめ自殺」に注目します。いじめられた子が死を選んだのはたしかに本人自身の行動ですが、実際は「現在の苦しみから逃げたい」ために自ら命を絶ったのであり、自殺というよりもその子は周囲の環境に追い詰められたわけです。著者は言います。


 「いじめ自殺は自己責任で死んだのではない。いじめの加害者たちによって追い詰められ、殺されたのだ。自殺だから俺たちは関係ないと、他人事で済まされてはたまらない。厳しい言い方かもしれないが、そのような表現をして、周囲の人々にも理解を求めないと自殺の予防にはつながらないと考える」


 わたしは、非常に全うな考え方だと思います。本書の中には、遺体解剖のようすも以下のように具体的に書かれています。


 「解剖の所要時間は1時間ほど。思ったより短いと思われるかもしれないが、これはあまり時間をかけすぎると、火葬場の締め切りに間に合わないなどの諸事情に配慮したものだ。そのため、解剖には正確さとともに、スピーディーさも求められる。ただし、午後4時を過ぎて搬入された死体は、摂氏零度に保たれた監察医務院の遺体安置所に保管され、翌日の解剖に回される。
 身元不明の死体も同様の場所に保管されるが、1週間経っても引き取り手がない場合は、身元不詳として死亡地の区長名で引き取られ、火葬される」


 監察医の仕事を30年間も務めた著者は、終章で次のように書いています。


 「監察医は、もの言わぬ死者の声を正確に聞き取る死者の通訳のような存在であり、死者の声を聞き、社会に訴えてその人の人権を擁護していく。私にとってすばらしい仕事であった」


 これほど死と密接に関わりながらも、自身は死をナッシングであり、無であると考えてずっと仕事をしてきたそうです。


 しかし、あるとき取材で訪れた新聞記者から「先生ほど死者の人権を守ってきた人はおられません。もし先生が亡くなったとき先生にお世話になった多くの人たちが、あの世で花束を持って出迎えてくれるはずですよ」と言ったそうです。


 それまで、霊とか、あの世とかをまったく考えたことがなかった著者は、それを聞いてびっくりしました。その記者の一言がきっかけで、著者はあの世の存在を考えるようになりました。

 

 そして、最後に「私は死に対しての恐怖や寂しさというようなものは一切なくなり、反対に世話した人たちとの再会を楽しみに、あの世とやらに行ってみたいという気持ちになってきた」といのです。


 わたしは、これを読んで非常に感動しました。これは別に監察医でなくとも、利他の精神で生きてきた人すべてに共通することだと思います。わたしも、死んだときに、あの世で死者たちが花束を持って出迎えてくれるような人生を送りたいと心から思います。