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時間のかかる読書』

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No.0712

 

 村上春樹氏の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』発売日の当日に、早くも膨大な数のレビュー、ブログなどでの書評がネットにUPされていました。日本には、360ページ以上もある単行本を1日で読めて、なおかつその日のうちにレビューや書評を書ける人がゴロゴロいるという現実に、しばし呆然としました。それとともに、「こんな面白い小説を、なにもそんなに急いで読まなくてもいいのに・・・」とも思いましたね。


 しかし、そういった一気に読了してしまう読書とは正反対の読書もあります。『時間のかかる読書』宮沢章夫著(河出書房新社)という本を御存知ですか。
 サブタイトルは「横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず」です。帯には「いったいこれは、どんな種類の冗談なんだ?」「わずか1時間ほどで読み終わる短篇小説を、11年余の歳月を費やして読み解きながら、『読むことの停滞』を味わう文学エッセイ!」と書かれています。


 いやあ、わたしもこれまでに色々な本を読んできましたが、こんな不思議な本は初めて読みました。本書にも全文が掲載されている横光利一の『機械』(1930年)を読みながら、思ったことを綴るエッセイなのですが、読書を開始する前に著者は次の2つの指針を決めたそうです。


 「なかなか読み出さない」
 「できるだけ長いあいだ読み続ける」


 そして、なぜそう決めたか、忘れてしまったというのです。それというのも、読み始めてから読み終わるまでに11年もかかったからです。原稿が約700枚の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を数時間で読む人がいる一方で、約50枚の『機械』を11年かけて読む人もいる!


 それにしても、本書の著者の常識を超えた遅読は、病的なものなのでしょうか。いや、そうではありません。「はじめに」で著者は次のように書いています。


 「自慢にもならないけれど、わたしは比較的、本を読むのが速い。読書には慣れのようなものがある。読む『こつ』に近い技術があるのだろう。それというのも、好きな作家の小説、いつも参照させてもらっているさまざまな分野の研究者の著作など、読むのに苦労を感じず心地よい速度で読んでおり、その理由に思いあたるふしがあるとすれば、文体に慣れていること、言葉の使い方をすぐに理解できること、読書に停滞が起こりづらいなどいくつかの要素が考えられる。
 だが、速く読む必要などなにもない。むしろ『読むことの停滞』の中にほんとうに大事なことがあると思える。そこで立ち止まり、考えるからこそ、読む体験の中から、意味のあることを獲得できる。
 だから、『速読術』というやつがわたしにはまったく理解できないのだ。たとえば、『詩』を速読することを考えればその無意味さがわかるだろう」


 速読に対する著者の意見には賛成です。さらに、著者は次のように述べています。


 「早回しはだめだ。
 早くまわしてなにが知りたいのだ。
 速読はそれに似ている。
 だから逆に言えば、『読み』は遅ければ遅いほどいい、とも言えるが、しかしそれが、ふつうに読めばおよそ1時間で読めるところを、11年以上かけたとしたら、いったいなにが起こっているのか人は不審に思うのではないか。まあ、簡単にまとめてしまうなら、それはきわめて愚かなふるまいである」


 この著者は、自分のことがよくわかっているようですね。
 それにしても、なぜ横光利一だったのか。その代表作のひとつとはいえ、『機械』という毛色の変わった作品をなぜ選んだのか。もう11年も前のことなどでわからないと言いながら、著者は次のように書いています。


 「ただ、わたしには、『無謀なことをしよう』という気持ちは少なからずあった。世界でもっとも高い山に挑戦する登山家たちのように。サッカーのスペインリーグで活躍する日本人のように。宇宙に飛び出して行く者らのように。そうした挑戦に近い気持ちがなかったと言えば嘘になる・・・・・ということも『いま作った嘘』のようだし、そうした野望があったのか・・・・・なかったのかどうか・・・・・あったのかもしれないけれど・・・・・なかったんじゃないかと・・・・・記憶はどこまでも曖昧だ」


 著者がわからないのですから、読者はもっとわけがわかりません。それでも、この11年間にわたるエッセイ、けっこう面白いのです。
 たしかに『機械』の内容に沿って書かれてはいるのですが、11年間に起こったさまざまな出来事や世相なども反映し、ちょっとした風物詩になっているのです。
 また、『機械』は原稿用紙にすると50枚ほどの短い小説ですが、これがまたなかなか面白いのです。面白いというか、不思議な味わいがあります。特に、金を持つと必ず道に落としてしまうという工場主の存在がシュールすぎます!


 本書は『一冊の本』(朝日新聞出版)1997年4月号から2008年6月号に掲載された「文学でゆく『機械』」を加筆してまとめたそうですが、こんな奇妙な文章を11年間も連載した雑誌も不思議です。それをまた単行本化した出版社も不思議です。まことに不思議の連続で、わたしは「これは何かの実験なのか?」と思いました。もしかして、読者を混乱させて気をおかしくさせる心理実験?