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夢を売る男』

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No.0691

 
 『夢を売る男』百田尚樹著(太田出版)を読みました。

 『永遠の0』『海賊とよばれた男』という名作を書いた作家の最新作です。両作品には大いに感動しましたが、本書『夢を売る男』はまた違う意味で大傑作でした。この百田尚樹という人は、本当に才能豊かですね。本書のカバー袖には、次のような内容紹介が書かれています。


 「敏腕編集者・牛河原勘治の働く丸栄社には、本の出版を夢見る人間が集まってくる。自らの輝かしい人生の記録を残したい団塊世代の男、スティーブ・ジョブズのような大物になりたいフリーター、ベストセラー作家になってママ友たちを見返してやりたい主婦・・・。牛河原が彼らに持ちかけるジョイント・プレス方式とは―。現代人のふくれあがった自意識といびつな欲望を鋭く切り取った問題作。

 

 ここに書かれている「ジョイント・プレス方式」とは、出版業界では有名なものです。別にネタバレでも何でもないと思いますので明かすと、1冊の本を出版する費用を出版社と著者が分担し合うというものですね。


 たとえば1000部発行する出版費用が400万円かかるとしたら、出版者と著者が200万円ずつ払います。素人は印刷の費用がどれぐらいか知らない人もいるかもしれませんが、1000部の本の印刷費など、せいぜい30万円ちょっとでしょう。でも、出版社側は「ISBNコードが取得できて、著書が全国の書店に置かれる」とか「国会図書館に保管される」などと言って、単なる自費出版とは違うことを強調し、高額なお金を著者から引き出すわけです。


 でも、じつはISBNコードなんて個人でも取れますし、誰も読まないような本が国会図書館に死蔵されても仕方がないのですが・・・・・。つまり、ジョイント・プレスには詐欺的な要素が大きく、トラブルになりやすいシステムだと言えるでしょう。このジョイント・プレス方式、B芸社とかS風舎とかが得意としたシステムですね。もっとも、S風舎は倒産しましたけど。


 本書の帯の裏には「注意!作家志望者は読んではいけない!」と大きく書かれ、続いて次のような言葉が紹介されています。


 「世界中のインターネットのブログで、一番多く使われている言語は日本語なんだぜ」
 「本当ですか?」
 「2006年に、英語を抜いて世界一になったんだ」
 「70億人中、1億人ちょっとしか使わない言語なのに?」
 「日本人は世界で一番自己表現したい民族だということだ」 (本書より抜粋)


 上の会話は、本書の主人公である牛河原勘治と部下とのやり取りです。帯に使われるだけあって、まことにインパクトの強い情報ですが、牛河原はこの他にも本書の中でさまざまな名言を吐いています。たとえば、本質は自費出版と変わらないジョイント・プレス方式の著者に締切りを設定することについて、牛河原は次のように言います。


 「締切りを作らないと、素人はいつまでも本が仕上がらないということもある。うちとしても金をもらっている限り、いつまでも本が出ないという事態は避けたい。しかし、それだけじゃない。締切りを作ることで、著者に作家意識を与えてるんだ。自分は作家なんだ、という喜びと苦しみを同時に味わいながら執筆するというわけだ」(P.93~94)


 「なんで、小説が売れなくなったんでしょうかね」という部下からの質問に対しては、牛河原は次のように答えます。


 「前にうちで本を出した若いフリーターのバカも言っていたが、今はテレビもDVDもあるし、TVゲームもあるし、ソーシャルゲームとかいうのもある。インターネットには様々なサイトがある。それこそ無数にある。自分の趣味と嗜好に合うサイトやページは必ずある」


 「そんな中で1500円とか1800円とか出して読む価値のある小説がどれだけある? テレビをつけたら、小説よりもずっと面白い番組が24時間いつでもやっている。ハリウッドが何百万ドルもかけて作った映画が無料で見られるんだ。イケメン俳優や美人女優が出演するドラマも無料。お笑いタレントのコントや漫才も無料。ネットにはユーチューブだってある。そんな時代に高い金出して、映像も音楽もない『字』しか書いていない本を誰が買う? あのバカのフリーターが言っていた言葉の中で唯一正しかったのは、それだ」(P.163)


 かつて一流出版社の文芸担当編集者として活躍した牛河原は、作家という人種について「大半がたいして才能もない奴ら」だと思っています。その証拠に新人賞を受賞した小説家も5年も経てばほとんどが消えていくのだと部下に語り、さらに次のように言います。


 「食えなくてあっさり足を洗う野郎はかえってすがすがしい。厄介なのは、才能もないのにこの世界にしがみつく奴だ。編集者はそんなクズみたいな作家を相手に、おだてたりすかしたりして本を作っていかなきゃならないんだ」(P.166)


 「売れない作家にちゃんとした大人なんてまずいない。たいていが大人になりきれなかった出来損ないのガキみたいな連中だ。才能もないのに作家でございとプライドと欲求だけは高くて、始末に終えない。売れない本ばかり出しやがって、出版社は赤字を出して頭を抱えているのに、奴らはそんなことは気にもせずに、売れないのは出版社が宣伝をしてくれないからだ、営業が力を入れないからだ、などと抜かしやがる」(P.167)


 牛河原いわく、クズ作家が締切前に余裕で原稿を仕上げてくることはまずないそうです。締切前を過ぎても原稿が上がらない者がゴロゴロいて、毎月、何本か原稿が落ちるというのです。一方、売れている作家ほど原稿をきっちりと仕上げてくるとして、次のように言います。


 「売れてる作家というのは、才能があるんだ。アイデアが溢れるように出てくるから、いくらでも書けるんだよ。だから締切前にできてしまう。
 才能ない奴はひーひー言っても出ないから、毎月、締切ぎりぎりになって苦労する、で、時には落とす」
 「才能があっても書くのが嫌いな作家もいるんじゃないですか」
 「そういうのは本当の才能じゃない。ばりばり書ける奴が才能ある奴なんだ」(P.178)


 この牛河原の言葉は至言だと思います。
 ちなみに、わたしは売れてる作家ではありませんし、それ以前に文芸作家でもありませんが、これまでに原稿を落としたことは一度もありません。締切りが守れなかったことも一度もありません。必ず締切りの数日前には編集者に原稿を渡してきました。それは書きたいことが山のようにあり、世間に対して訴えたいことも無限にあるからです。書き出すと、本当に止まらなくなります。


 別にベストセラーを出してお金が欲しいとか有名になりたいなどと思って、原稿を書いたことはありません。ただ、とにかく何かに衝き動かされて書かされているといった感じです。でも、締切りの前倒しで書き上げる作家というのは編集者には有り難い存在のようで、よく感謝されます。わたしのようなヘボ作家に次々と執筆オファーがくるのも、そのへんの信用のおかげかなと思います。


 また、知り合いの作家が亡くなって、牛河原と部下は葬儀に参列します。その葬儀の帰りに「作家は死んでからが本当の評価なんですね」というようなことを言う部下に対して、牛河原は言います。


 「作家は生きている間が勝負だ。いいか、小説なんてもんは、死ねば99パーセント以上が消えるんだ。後世に残る作品なんてのは、1パーセントもない」
 「後世に評価されるよりも、現代で売れたり評価される方が百倍も易しいんだ。それさえできない作家が死んでから残るなどということはあり得ない。漱石も鴎外も芥川も現役時代は売れっ子作家だった。昔、売れっ子作家でなくて、現代に読まれている作家なんて1人もいない。平成の世に甦って爆発的に売れた『蟹工船』にしても、当時のベストセラーだ。生前は無名だったが死んでから評価されるなんてのは、認められる前に夭逝した作家くらいだ」(P.202)


 最後に、牛河原は人間の承認欲求の本質を見事に言い表します。
 この世には「評価されたい」という生きた人間が大量に存在しますが、彼らは「ブロガー」と呼ばれています。牛河原は、ジョイント・プレスの顧客というかカモの候補として、この3ヶ月で100以上の更新をしているブロガーたちのリストを用意させて、次のように言います。


 「毎日、ブログを更新するような人間は、表現したい、訴えたい、自分を理解してほしい、という強烈な欲望の持ち主なんだ。こういう奴は最高のカモになる。なんで今までこれに気づかなかったのか―俺は間抜けだったよ」
 「アクセスが何十万もあるようなブログは、書籍化してもある程度の売上げは見込めるから、大手出版社が触手を伸ばすのは当然だ。うちが狙うのは、大手が見向きもしないようなブログだ。アクセス数は関係ない。大事なのは更新数だ。誰も見ていないブログをせっせと更新するような奴は必ず食いついてくる」(P.212)


 以上、まさに「編集者・牛河原勘治の名言」といった感じですね。それにしても、ここまでズバリと言われると、インターネット上ブログや書評を書く意欲も萎えてきます。(苦笑)
 でも、先程も言ったように、わたしは言いたいこと、訴えたいことがあって書いているだけですから関係ないですけどね。うちの社員も著書を読んでくれるよりも毎日ブログを読んでいる人間のほうがはるかに多いですし・・・・・。


 それにしても、百田センセイ、ここまで書くとはすごい!
 自身のツイッターで「出版社を敵に回してしまった」とつぶやいているそうです。たしかに、文学賞の裏の筋書き、商品価値のない文芸雑誌の実態を明かしています。また、一部のベストセラー作家が産業としての出版界を支えていますが、本も売れない大家がその上に胡坐をかいている。さらには、その売れない大家が売れてる新人に嫉妬して文学賞をなかなか与えない。以上のような出版業界の恥部を日の下に曝け出したことは評価できると思います。著者の百田氏は本書の出版とともに、講談社が主宰する「吉川英治文学新人賞」の候補を辞退されたと聞きました。『海賊とよばれた男』の版元は講談社ですし、受賞は確実とされていただけに残念ですが、いつか「直木賞」を受賞すると信じています。


 出版社だけでなく、百田氏は世のブロガーたちも敵に回したのかもしれません。でも書いてあることはすべて正論ですし、一種の爽快感さえおぼえます。本書の中には、著者自身のことを自虐ネタとして書いてある部分も出てきます。一種の読者サービスでしょう。『海賊とよばれた男』の中にも、主人公の国岡鐵造が『永遠の0』の主人公・宮部久蔵と邂逅する場面があります。わたし個人としてはこういう読者サービス的要素は不要だと思うのですが、このサービス精神こそが著者がテレビ出身の作家であることの証であり、面白い小説が次々と書ける原動力となっているのかもしれませんね。


 本書は出版業界を嫌いになるような内容ではありましたが、ラストの牛河原の一言には胸を打たれます。嫌な物語の最後の最後に救われた思いがしました。おそらく編集者なら、誰でも感動をおぼえるのではないでしょうか。わたしと縁のある編集者の方々にも、ぜひ本書を読んでほしいです。