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生命の暗号2』

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No.0698

 

 村上和雄シリーズの4冊目は、『生命の暗号2』(サンマーク文庫)です。

 「あなたの『思い』が遺伝子を変える」というサブタイトルで、帯には「遺伝子はそれぞれの人の『生き方の設計図』である」「『こうすればあなたの遺伝子もONになる!』バイオテクノロジーの第一人者がその秘訣を語る」と書かれています。


 本書は、以下のような構成になっています。


「まえがき」
プロローグ:「生命の暗号」が解読される
第1章:遺伝子には驚異的なはたらきがある
第2章:眠っている遺伝子を目覚めさせる
第3章:人のために生きると遺伝子がONになる
第4章:自然の摂理に従って生きていく


 本書は、『生命の暗号』の第2弾ですが、前作よりもさらに遺伝子について詳しく解説し、また著者にも思い切った発言が目立ちます。
 たとえば、世界的科学者が次のようなことを言うのです。


 「母親の胎内にいる十月十日(とつきとおか)の間に、人間は何十億年という進化の歴史を凝縮して経験するとされています。個体発生は系統発生を繰り返すというものですが、この種全体の進化の形態がそれぞれの個体においても反復されるという神秘――したがって私たちの生命はその無限の過去を胎盤にして、そこからぎゅうっと圧縮されながら生み出されているのかもしれない――その悠久の時間の流れがものすごいスピードで再現される謎。それらを解くカギも、その不明のゲノム部分に潜んでいるかもしれません。
 だから、そこには種の全記憶が残っていて、私たちは1人ひとり、体の奥底にそれを眠らせている。ユングのいう集合的無意識というのは、そのことをさしているのかもしれません。科学者らしからぬあいまいなことを書いてしまいましたが、そうである可能性は捨て切れないと思います」


 たしか、この「個体発生は系統発生を繰り返す」というのは、夢野久作の天下の奇書『ドグラ・マグラ』にも登場したと記憶していますが、まさか、高血圧の黒幕「レニン」を発見した世界的科学者である著者が取り上げるとは!
 また、ユングの「集合的無意識」に言及するというのも、きわめて異例です。「勇気の人」こと矢作直樹氏の偉大なる先達でした。


 その矢作氏と著者は、『神(サムシング・グレート)と見えない世界』(祥伝社新書)という対談本を刊行しています。矢作氏は「人は死なない」と喝破しましたが、著者も「死」については大いに語っています。本書『生命の暗号2』の中でも、「"生の遺伝子"と"死の遺伝子"はペアになっている」として、次のように述べています。


 「生の反対概念である死も、実は生のペアとして、はじめから遺伝子の中にプログラムされているのです。それが『アポトーシス』と呼ばれる現象です。
 アポトーシスとは細胞の自殺の意味で、遺伝子には次々に細胞を生み出すための情報だけでなく、反対に、不要になった細胞を『死に追い込む』ための情報もプログラムされているのです」


 著者は"死の遺伝子"について語り、ついには哲学的な考察にまで至ります。


 「遺伝子は細胞の誕生、精算だけでなく、その死までプログラムしている。そう考えると生と死対立概念、相反する事柄ではなく、片方があってはじめてもう片方も成り立つ相補関係、つまり『ぺア』になっていることがあらためてわかってきます。そのことは細胞だけでなく、生命や社会についてもいえそうな気がします。
 たとえば、私たちの生命は絶え間ない死を抱えていて、いま現在も体内でものすごい数の細胞が死に絶えていってくれるからこそ、私たちは生命を正常に保っていられる。生の果てに死がやってくるのではなく、生きていること自体がすでに死を含んでいる。したがって死は生の一部である―といったようなことです」


 また著者は、近親者を亡くすという最大の悲しみについて言及します。まさに、わたしが『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)で書いた世界ですが、著者は次のように述べています。


 「肉親や配偶者が亡くなった。これはものすごい精神的ショックとストレスを人間に与えます。私にも経験がありますが、親しい人を亡くすと『悲痛』という言葉の意味がよく理解できるようになります。悲しみという感情が心の範囲からはみ出して、まさに肉体的な痛覚として知覚できるのです。文字通り、悲しみで胸が張りさけそうになります。
 苦虫を噛みつぶすとか断腸の思いといった言葉は、言葉上の比喩だけではなく、本当に心の環境が肉体上の感覚を呼び起こす、そのことが経験的に言語化されたのだと私は思っています。そして、こうした精神的ストレスや大きな感情の揺れ、動きは必ずしもマイナスに作用するとは限らない。深い悲しみを経験することで、眠っていたよい遺伝子を目覚めさせることもあるのです」


 さらに著者は、「老い」についても肯定的にとらえます。老いはとかく負のイメージでとらえられがちですが、豊かな「輝いて老いる」、老いてますます盛んなアクティブな老後もあるわけです。

 

 わたしは『老福論』(成甲書房)において、「人は老いるほど豊かになる」と訴えましたが、著者も同じことを主張し、それを可能にする研究「サクセスフル・エージング」を提唱します。
 そして「老い」の向かう先とは「死」にほかなりません。著者は「見事な死」や「健康な死」という言葉を使って、次のように述べます。


 「『見事に死ぬ』ためには心身ともに健康であらねばならず、そのためには精神科学や心の医学も必要不可欠です。いかに『健康な死』を迎えるか、いかに見事に輝いて死ぬか――それがサクセスフル・エージングの骨格であると私は考えています」


 わたしは、拙著『ロマンティック・デス』(幻冬舎文庫)において、「死は決して不幸な出来事ではない」と訴えましたが、著者も次のように述べます。


 「死をいまわしいものとして避けたり、拒否反応を示す人は多く、ふだんから死をできるだけ遠ざけておくことが生を楽しいものにする。そんな誤解が少なくありません。たとえば現在の医学は治療医学、延命医学中心ですが、延命医学というのはいわば、死は敗北であることを前提にした考えです。だから、その敗北をできるだけ先に延ばそうとし、そのためには過剰な治療も行っています。
 しかし、死はだれにも必ず訪れる不可避の事柄です。万人に等しくやってくるものを敗北と決めつけていいのでしょうか。みんな最後に負けながら生を閉じるのでしょうか。そんあことはないはずです。だれにも必ずやってくるものだからこそ、できればそれから目をそらさず、心の準備もして、ハッピーエンドの健康な死を迎えたい」


 これを読んで、わたしは自分とまったく同じ考えなので驚きました。万人に必ず訪れる「死」を、日本では「不幸があった」と表現することが、わたしには昔から納得がいきませんでした。

 「死」が不幸なら、人生は最初から負け戦なのでしょうか。わたしは、「死」を絶対に「不幸」とは呼びたくありません。
 なぜなら、そう呼んだ瞬間、わたしは将来必ず「不幸」になるからです。死は決して不幸な出来事ではないのです。わたしは、そのことを多くの著書や講演で訴えてきました。「老い」や「死」についての考え方が、世界的科学者である著者とがまったく同じであることを知り、とても誇らしい気分になりました。


 本書の最後に、著者は宇宙について触れながら、次のように述べます。


 「現在ある宇宙、そこに含まれるすべての天体と生きている全生命が織り成す絶妙なバランス。それは偶然できあがったと考えるより、何か大きな意思によって創造されたものと解釈したほうがはるかに自然であり、つじつまも合う。それほど宇宙はあまりに絶妙に調和している――このことは、私が遺伝子という超ミクロな世界で日々実感していることと、まったく同じだからです」


 たとえば、DNAの二重らせんは美しい。遺伝子のはたらきは精巧です。それらの美しさや精巧さは、とても偶然の産物とは思えません。著者いわく、宇宙と遺伝子は、超マクロと超ミクロという正反対のものでありながら、そこにいずれも偉大な力を想定したくなるほど精巧な仕組み、絶妙な調和を共通して感じることができるといいます。


 ついに、著者は次のように語らずにはいられなります。


 「ときとして、その絶妙さが宇宙と遺伝子という両極端なものにあらわれているのには、何か意味があるのではないかと思うこともあります。その2つは極大と極小で『意味ある相似形』を描いている。体外宇宙と体内宇宙は呼応しながらつながっており、その起源も同じ。ある同一の意思から発せられたものではないか。その意思を発した主体こそが宇宙と生命のみなもとであるサムシング・グレートである。そんなふうに思えるのです」


 本書は、バイオテクノロジーの世界的エキスパートである著者が「宇宙」と「遺伝子」の秘密に迫った哲学的な思索の書です。そして、多くの人々に希望を与える光の書でもあります。