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「処方せん」的読書術』

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No.0628

 

 『「処方せん」的読書術』奥野宣之著(角川oneテーマ21新書)を読みました。

 

 著者は、デビュー作の『情報は1冊のノートにまとめなさい』、第2作の『読書は1冊のノートにまとめなさい』(ともにNanaブックス)がいきなりベストセラーとなった新進気鋭の著作家です。特に、「情報整理」や「読書」を専門分野としているようです。


 「心を強くする読み方、選び方、使い方」というサブタイトルがついており、帯には「『読書』とは、鎮痛剤であり、気付け薬だ!!」と書かれています。

 

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

序章:生きづらい時代だから本を読む

第一章:不安をしずめる読書――鎮痛剤

■不安をしずめるためのオススメ書籍

第二章:前向きな気持ちを起こす読書――気付け薬

■前向きな気持ちを起こすためのオススメ書籍

第三章:折れない心を作るための読書――栄養剤

■折れない心を作るためのオススメ書籍

第四章:自分を取り戻すための読書――体質改善

■自分を取り戻すためのオススメ書籍

第五章:もっとメンタルに効かせるための工夫

「あとがき」


 第一章「不安をしずめる読書――鎮痛剤」では、著者は次のように述べます。

 

 「不安をしずめるために、いったいどんな本を、どう読めばいいのか? 

 僕が考える一番大事なことは『徹頭徹尾、自分のために読む』という姿勢です。

 どういうことか。たとえば『本を読んで心を強くしよう』なんていうと、有名経営者がビジネス誌のインタビューで語っているような本を読めばいいと思うかもしれません。

 『論語』とか『自助論』とか、『いかにも人間形成のためになりそうな本』ですね。しかし、これをそのままマネしてはいけません。ここでの本を読む目的は、『立派な人になること』ではなく、『自分の心をメンテナンスすること』だからです」

 わたし自身は『論語』を何度も繰り返し読むことで、経営者としての不安をしずめ、自分の心をメンテナンスしてきました。ですので、この一文にはちょっと異論があります。日本において誤読されてきた『自助論』はともかく、『論語』は万人にとっての鎮痛剤の役目を果たしうる本だと思うからです。


 しかし、著者は『論語』に代表される古典を軽んじているわけではありません。

 その証拠に、「結論から言えば、古典は『心を強くする読書』の大本命です。遠くの国の何百年も前の人の言葉に、なだめられたり、勇気づけられたりした。このような体験は、同じ文化圏や時代の人の言葉に感じ入るときより、強く印象に残ります。遠い世界に友人を得たような気になる」と述べています。

 さらに、古典の素晴らしさについて、著者は「古典が、心に効くもうひとつの理由は、膨大な時間の流れを意識させてくれるからです。何百年も前にこういう人がいて、今この世界がある、という実感が持てる。自分の人生も、長い歴史の一瞬の出来事にすぎないのだと考えると、『不安に感じていることも、大したことではない』と思う。どんな感情のぶつかり合いだって、トラブルだって100年後にはもう、跡形もないでしょう。さらに、『人間って、昔からこんなもんだよな』と思えるのもいいですね」と述べます。


 なぜ、古典は普通の本より心に効くのでしょうか。

 その理由をさらに挙げると、著者は「読んでいる自分が少し誇らしいというか、立派なことをしているという『気分』になることでしょうか。これは独りよがりな思い込みにすぎないかもしれませんが、精神面でプラスになるのは事実です」と述べています。

 さらに、著者は「座標軸」という言葉を持ち出して、次のように書いています。

 

 「頭の中に散らばったさまざまな意見や感覚を並べるための、『座標軸』がいるのです。

 そんな動かない座標軸になる本は、ある人にとっては『聖書』であり、ある人にとっては『論語』かもしれません。これほど価値観が多様化し、しかも揺らいでいる時代ですから、『自分の軸になる』『自分が考えるときの原点だ』という本を持っている人は、それだけで強くなれるのではないでしょうか」


 本書を読んで興味深く思ったのは、第四章「自分を取り戻すための読書――体質改善」に出てくる「通過儀礼としての読書」という考え方です。「通過儀礼」について、著者は次のように説明しています。

 

 「『通過儀礼』とは、成人として社会の一員になるときや結婚するときなど、人生の節目節目で過去の自分にけじめを付ける行事です。日本では、元服式やお歯黒、海外では、割礼や勇気試しのバンジージャンプ、刺青などの風習として知られています。

 現代なら、入学式や卒業式、成人式、結婚式などが通過儀礼に当たるでしょう。ただ『それまでの自分を殺し、別のステージに行く』という主旨は、ほぼ失われていますね。

 そんなふうに形骸化している通過儀礼ですが、就職や結婚など、何かの節目に、特別な本を読むというのは、覚悟を決めたり決意するためには、非常にいいことではないかと思っています」


 著者は、自身が結婚する直前に、『ラッセル結婚論』(岩波文庫)を読んだそうです。

 

 「もう結婚していいのか、自分に結婚する資格があるのか、果たしてうまくやっていけるのか・・・・・」といったさまざまな不安や悩みを解消するべく、結婚論の代表として知られる同書を読んだというのです。著者は、次のように述べています。

 

 「ノーベル文学賞受賞の哲学者が、古今東西の文明社会を観察して結婚を論じたこれさえ読んで頭に入れておけば、結婚もうまくいくだろう。

 なぜかそのとき、何の根拠もなく確信し、急いで取り寄せました。まともに考えれば、結婚がうまくいくかに『結婚論』は関係ないことくらいわかります。

 夫婦がうまくいくかは○○で決まる、と言えるものではない。

 ただ『もう永久に独身に戻ることはできないのだ』という覚悟を固める上では、この結婚前日までの読書は、人生でもベストな体験のひとつではなかったかと思っています。自作の通過儀礼としてはなかなかのものだったのでは、と」

 

 著者は、本の内容よりも「読む」という行為自体に意味を持たせたわけですね。著者はまた、次のようにも述べています。

 

 「結婚に限らず、卒業、就職、昇進など、人生の節目において、それに合わせた名作や決定版と言われる本を読む。就職する前に城山三郎の本を読んだり、リーダーになるに当たってウィンストン・チャーチルの『第二次世界大戦』を読んだりと、いろいろ考えられますね。こういうのは一種の自己演出です。買ったものの読みこなせなくて積ん読になっている本や、将来的に読みたい、読んでいないと恥ずかしいと思っている本はないでしょうか。30歳の誕生日までに読む、平社員から役付きになるまでに読むなど、自分で制約を作ることで、その本を自分の原点として心に刻むことができます」

 

 わたしが社長になった直後にドラッカーの著作を読破したり、40歳を目前にして「不惑」という言葉の出典である『論語』を40回読んだのも「通過儀礼としての読書」であり、「一種の自己演出」なのかもしれません。ただ、わたしの場合は相当に過剰な「通過儀礼」であり「自己演出」であるとは思いますが・・・・・。


 さて、著者はかつて自身の書評ブログで、拙著『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)を取り上げてくれたことがあります。「あなどれない新書たち」というシリーズにおいて、「八大聖人の思想を現代社会に生かす」という記事でした。その冒頭で、著者は「新書とはどういう本のことでしょうか?」と読者に問いかけ、次のように述べています。

 

 「教養書、入門書、ビジネス書、などなどいろいろ出てくると思いますが、私は『ライトな啓蒙書』としての役割も大きいと考えています。『蒙(もう)を啓(ひら)く書物』と書いて『啓蒙書』。と言っても決して大層なものではなく『あまり知られていないことを教えてくれる本』と理解しておけばいいでしょう。『ライトな』と言ったのは、新書では単行本に比べて、限られた紙数で、分かりやすく書くことに力を注いでいるからです。

 今回の『世界をつくった八大聖人』は、模範的な『ライト啓蒙書』です。なんせたった1冊で、八人の『人類の教師』の人生とその思想を振り返り、現代に活かす考え方までまとめてしまうわけですから。宗教書に当たる前のガイドとしても活用できます」

 

 そして、書評の最後には、次のように書いてくれました。

 

 「古典や教典の権威に呑まれず、果敢に自分の理解を組み立てていく筆者の姿勢は、宗教学者とは違う迫力に満ちています」「著者の一条氏は、冠婚葬祭会社の経営者。日本人の宗教観に直接触れる仕事です。仕事での経験が本書のようなユニークな発想につながったのだとしたら、おもしろいことだと思います」

 

 この書評ブログを読んだとき、とても嬉しかったことを憶えています。著者の本を読むたびに、本に対する愛情の深さを感じます。

 

 いつか著者にお会いして、読書談義をしてみたいです。