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脳を創る読書』

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No.0629

 

 『脳を創る読書』酒井邦嘉著(実業之日本社)を読みました。

 

 「なぜ『紙の本』が人にとって必要なのか」という興味深いサブタイトルがついています。


 著者は、主に言語脳科学を専門とする科学者です。東京大学大学院総合文化研究科の教授として、物理学と脳科学と言語学を教えているそうです。本書の帯には、「書籍・新聞・雑誌など、紙に印刷された『文字』が『脳』に与える効果とは?」と大きく書かれ、「『言語脳科学』の第一人者が真に『考える』ためのツールを検証する。」と続きます。


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

はじめに「それでも『紙の本』は必要である」

Chapter1:読書は脳の想像力を高める

Chapter2:脳の特性と不思議を知る

Chapter3:書く力・読む力はどうすれば鍛えられるのか

Chapter4:紙の本と電子書籍は何がどう違うか

Chapter5:紙の本と電子書籍の使い分けが大切


 本書の「はじめに」には、次のように書かれています。

 

 「読書では、本の限られた情報をもとに自分で考え、想像をめぐらせ、思索に耽ることこそが極上の楽しみである。現代人の多くは、その同じ時間を情報の検索に費やそうとし、考える前に情報の世界を貧欲に渉猟しようとしている。膨大な情報が無料で入手できる恩恵の裏返しで、紙の本に無駄な金銭を使うことをできるだけ控えるようになってしまう。そうすると、本を買って読む前に、書評サイトやブログなどに書かれた下馬評が気になる。本を自分の目で(もちろん脳で)確かめて選別するより、悪書を買うリスクを減らしたくなるのは人情だ。どんな時代にも、優れた批評家と心ない毒舌家が両方いた。しかし、不特定多数で匿名の人々が自由に、つまり無責任に意見を発信できる時代になって、このバランスは崩壊してしまった」


 こうした風潮に追い打ちをかけるように、「電子書籍」が登場しました。これは単に紙の本とは違うメディアが出てきたという問題ではないとして、著者は次のように述べます。

 

 「これまで培ってきた出版文化そのものの大きな変革となるのである。もし、電子書籍が紙の本の出版を根絶やしにしてしまったら、その文化を再興することはほとんど不可能になってしまうだろう。人類の歴史というもっと大きなスケールで俯瞰するならば、数千年前に文字が発明され、ヨハネス・グーテンベルクによって15世紀半ば(ルネサンス期)に発明された活版印刷によって可能となった『出版』という文明は、まさに岐路に立たされているのである。その未来は、現代に生きる我々が紙の本と電子書籍のどちらを選択するかにかかっていると言っても過言ではないのである」


 自身がかなりの蔵書家であるという著者は、「紙の本」は人間にとって必要であるとの持論を持っており、次のように述べます。

 

 「紙の本は手がかりが豊富だから、お気に入りの本も、気に入らず手放してしまった本も、はっきりした印象として記憶に残っている。どんなに表紙が色褪せても、脳裏には元の表紙の色やデザインまでがはっきりと残っているくらいである。これが電子書籍のファイルだったら、そうした感慨は全く湧かないと思う」


 Chapter1「読書は脳の想像力を高める」で、著者は、技術がいくら進歩しても人間同士のコミュニケーションの基本は変わらないと説きます。著者は、たとえばメールについて次のように述べています。

 

 「メールでは伝えられる情報量が少ない分、誤解も生じやすい。メールでけんかをすると、互いに悪い方向でしか解釈できないから、すぐに決裂することは目に見えている。だから、何でもメールですませようとするようではいけない」

 

 入力の情報量が少ないほど、脳は想像して補います。これとは逆に、出力の情報量が多いほど、脳は想像して補うことになるわけです。著者は、次のように述べています。

 

 「脳の想像力を十分に生かすためには、できるだけ少ない入力と豊富な出力を心がけるとよい。もっとわかりやすく言えば、読書と会話を楽しむことが一番だ。これこそがもっとも人間的な言語の使い方であり、創造的な能力を活用する最善の方法だと言えよう」


 途中、脳科学や言語学のかなり専門的な話題が続きます。強く興味を引かれたのは、Chapter4「紙の本と電子書籍は何がどう違うか」に出てくる「紙の本には独自の楽しみがある」という項目でした。著者は、紙の本の魅力について次のように述べています。

 

 「紙の本の魅力は、1冊1冊が持つ個性にある。

 大きさが不揃いで、厚さも違えばカバー(ジャケット)の質感も異なる。

 表紙のデザインや装丁にも個性があって、上製本では本の背の上下についている『花ぎれ』(ヘッドバンド)や『しおり』(スピン)の配色にまで細かく気が配られている。

 中を開けば、活字の大きさや種類、そして行間の幅も違う。だから新しい本を手にしたときの喜びや、読む前の気持ちの入り方もそれぞれ違うわけである。

 電子化すると、そうしたそれぞれの本の個性が消えてしまい、フォーマットも画一的になりがちだ。内容に対する期待感はどちらも変わらないのだが、紙の本は五感(ただし、聴覚と味覚は除いた視覚・触覚・嗅覚)に訴えてくる楽しみこそが貴重だと思う。つまり紙の本では、編集・印刷・製本の技術すべてが豊かな出版文化を支えているのである」

 

 わたしも本に書かれている内容というより、モノとしての本そのものが大好きですので、この一文には大いに共感しました。


 Chapter5「紙の本と電子書籍の使い分けが大切」では、最初の「『電子化』で脳が進化することなど、ありえない」に次のように書かれています。

 

 「人間の脳がデザインされたのは現世人類が誕生した何万年も昔のことだ。それ以来、脳の基本的な設計は何も変わっていない。数十年の時間スケールでは、脳が『進化』することなどあり得ない。『電子化で脳が進化する』などといった非科学的な誤解はなくしておきたい。人間の脳は、いかなる文明にさらされようとも、『考える』という行為をやめない限り、その能力を最大限に生かして対処することだろう。そして各個人の脳は、読書などを通してさらに磨かれ、創られていく」


 また著者は「二つの読み方を使い分ければ、『読む力』は鍛えられる」として、次のように述べています。

 

 「読む力は読書でしか鍛えることはできない。ならば、どんな読み方をしたら効果的だろうか。それには、『多読』と『精読』の両方が有効だろう。前者は、あらゆるジャンルの本をとにかくたくさん読むという方法であり、後者は、1つのジャンルの作品を徹底的に読み込むという方法だ。つまり、広さと深さの両方が、読む力を鍛えるということである」


 本書の最後では、著者は「電子書籍、電子教科書、CD、デジカメといった「人工物」に内在する問題よりも、それを使う人間の心理の問題のほうが大きい」と述べます。

 そして、エベレストの登頂をめぐって酸素ボンベという「人工物」の使用の是非が問われてきた歴史を紹介し、次のように述べます。

 

 「人工物という点では、電子教科書や学習支援プログラムも同じことだ。酸素ボンベを使った登山が常識になったように、電子教科書を使った授業が常識になるのも時間の問題だろう。しかし、それによって切り捨てられてしまうものが必ず出る。それを補えるのは、人間である教師の力しかない。鉄腕アトムが本当にできない限り、血も通っていない人工物に教師の代わりなど務まるはずはないのだ。その確信もないまま人工物を導入してしまったら、結局、教師自身が一番苦しむことになるだろう」

 

 本書は、ところどころ文章が硬くて読みにくい部分もあります。

 でも、言語脳科学の第一人者が書いただけあって、非常に論理的に「なぜ『紙の本』が人にとって必要なのか」を検証しています。

 

 読書好きというより、本が好きな方は、ぜひ一読をおすすめします。