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夜想』

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No.0611

 

 『夜想』貫井徳郎著(文春文庫)を読みました。

 

 「夜想」といえば、ペヨトル工房発行のカルト雑誌を思い浮かべます。人形とか標本とか吸血鬼とか、なんというか澁澤龍彦の幻想的な世界をさらにディープにしたような内容で、かつてはわたしも愛読していました。

 でも、本書『夜想』はミステリー界の気鋭が書いた問題作です。


 帯には「救われる者と救われない者。」と大書されています。

 また、「衝撃のデビュー作『慟哭』で、〈新興宗教〉をテーマに捉えた著者が、『オウム以後をどう描くか』という問いに正面から挑んだ傑作長篇小説」とも書かれています。

 そう、名作『慟哭』から14年後、本書で著者は再び「宗教」をテーマにしたのです。そして、1人の孤独な男の魂の絶望と救いを見事に描いています。

 なお、本書は「別冊文藝春秋」第261号から第269号に連載されました。


 ラストに大きなサプライズがあった『慟哭』と同じく、本書も最後には驚愕の新事実が読者を驚かせます。著者のミステリーは特にサプライズが特徴となっていますので、ストーリーを追うことはネタバレにつながる危険があります。

 そこで慎重に本書の内容を紹介すると、主人公は事故で妻と娘をなくし、絶望の中を惰性でただ生きる雪藤という32歳の会社員です。ある日、美少女・天美遥と出会ったことで、雪藤の止まっていた時計がまた動き始めます。遥は、他人の持ち物からその人の「過去」や「思い」を見ることができる特殊な能力を持った女子大生でした。

 彼女は、雪藤の落し物を拾ったとき、彼の「哀しみ」にシンクロして涙を流します。

 そのことに感激した雪藤は、遥のおかげで「救われた」と信じます。

 そして、雪藤は遥の能力をもっと多くの人に役立てたいと思います。そこに多くの人々が入り込んできて、遥はさながら新興宗教の教祖にようになっていくのでした。


 新興宗教の発生を描いた小説なら、高橋和巳の名作『邪宗門』、篠田節子の傑作『仮想儀礼』、それに映画化もされたビートたけしの『教祖誕生』などが思い浮かびます。

 本書『夜想』はそれらの作品と比較しても遜色のない出来となっています。

 新興宗教というのは、このようにして発生し、成長し、内部分裂を起こして崩壊していくという流れを物語の形でわかりやすく説明していると言えるでしょう。


 しかし、本書の醍醐味は、なんといっても主人公の深い哀しみを描いたところでしょう。

 雪藤は長距離トラックの運転手の居眠り運転による自動車事故で愛妻・真沙子と愛娘・美悠の2人を一気に失います。しかも自分だけは抜け出すことに成功し、車は炎上、目の前で愛する妻と娘が焼け死ぬという極限の体験をします。

 著者は、雪藤の心の闇を次のように書いています。(以下、引用)


 警察が知らせてくれた事故状況によると、真沙子と美悠は炎に焼き殺されたのではなく、衝突の際に胸を強打してすでに息絶えていたそうだ。だから雪藤は、炎に焼かれる妻子を助け出せなかったわけではなく、そのときにはもう手の打ちようがなかったことになる。しかしそう聞かされても、雪藤の罪悪感は軽減されなかった。炎の中で焼け爛れながら苦しむ妻子の映像は、あたかも実際に目にしたかのように網膜に焼きつき、離れようとしない。ほとんど奇跡的に軽傷で済んだ雪藤だが、いつまでもつきまとう炎の幻覚は、事故が残した耐えがたい爪痕だった。

 雪藤は居眠り運転をした運転手を憎み、そんな過酷な労働を強いた運送会社を恨んだが、それ以上に己自身を憎悪した。どうして助け出せなかったのか。なぜ旅行に行こうなどと考えたのか。せめて渋滞が始まる前に帰っていたら、真沙子と美悠は死なずに済んだのに。自分を責める言葉は、数限りなく湧いてきた。日夜襲いくる自責の念で、雪藤はほとんど発狂しそうだった。

   (『夜想』文春文庫版、P.34~35)


 この文章を読んで、わたしは最近連続して発生した過酷な労働によるバス事故のことを考えました。わが社の施設でも葬儀のお世話をさせていただきました。このような事故で亡くなられた犠牲者の遺族の方々の心中を察すると、たまりません。残された人々は、どのようにして深い哀しみを癒すのか。

 本書のテーマは、まさにそこにあります。絶望の淵にある魂を癒すものは何か。

 カウンセリングか、占いか、宗教か、それとも・・・・・。

 わたしは、このミステリーの傑作を一種の「グリーフケア」小説として読みました。