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Title

陰謀史観』

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No.0620

 

 『陰謀史観』秦郁彦著(新潮新書)を読みました。

 

 「陰謀」をテーマにした本を取り上げるのは、『陰謀論にダマされるな!』、『世界の陰謀論を読む』で紹介した本に続いて3冊目です。その中でも、本書は最も硬派な印象を抱かせてくれました。


 著者は、1932年山口県生まれの現代史家で、東京大学法学部を卒業しています。専攻は、日本の近現代史、第二次世界大戦を中心とする日本の軍事史です。緻密で客観的な実証を重んじる実証史家として知られ、史料の発掘・研究だけでなく、現地での調査と証言の収集によって検証しているそうです。

 東京大学在学中には、かの丸山真男の指導により、多くの旧日本軍将校たちからのヒアリングを実施、その中にはA級戦犯も含まれていました。

 また大蔵官僚時代には、財政史室長として昭和財政史の編纂に携わりました。自身もアメリカの対日占領政策についての執筆を行っています。

 さらに、日本国際政治学会太平洋戦争原因究明部による共同プロジェクトに参加しています。その研究成果は後に『太平洋戦争への道』として出版されましたが、同書は現在も開戦に至る日本外交を描いた先駆的業績として高い評価を得ています。


 本書の帯には、「東京裁判、コミンテルン、CIA、フリーメーソン・・・・・疑心が疑心を呼ぶ! 第一人者が現代史に潜む魔性に迫る」と記されています。また、カバーの折り返しには、次のように書かれています。

 

 「誰が史実を曲解し、歴史を歪めるのか? そのトリックは? 動機は? 明治維新から日露戦争、田中義一上奏文、張作霖爆殺、第二次世界大戦、東京裁判や占領政策、9・11テロまで、あらゆる場面で顔を出す『陰謀史観』を徹底検証。またナチス、コミンテルン、CIAの諜報や、ユダヤなどの秘密結社、フリーメーソンと日本の関係も解明する。日本史に潜む『からくり』の謎に、現代史研究の第一人者が迫る渾身の論考」

 

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

 

第一章:陰謀史観の誕生~戦前期日本の膨張主義~

第二章:日米対立の史的構図(上)

第三章:日米対立の史的構図(下)

第四章:コミンテルン陰謀説と田母神史観

~張作霖爆殺からハル・ノートまで~

第五章:陰謀史観の決算

「あとがき」


 これまで読んできた「陰謀論」批判の本は、「陰謀論」の本に負けないくらい面白くて一気に読めるものが多かったのですが、本書はちょっと様子が違います。学者が厳密に書いた論文のように正確性を追求しており、各章末には丁寧な引用文献リストまで付記されています。正直、硬い感じで読みやすくはないのですが、これも世にはびこるいいかげんなトンデモ本の作者たちに対するメッセージのように感じました。

 中でも、自著を田母神論文に悪用されたと憤る著者による田母神批判は読み応えがありました。特に、張作霖爆殺、盧溝橋、真珠湾攻撃のくだりが興味深かったです。


 著者は、本書で取りあげる陰謀組織を便宜的に仕分けています。それは、以下のようにⅠ型とⅡ型に大別できるそうです。

 

 「Ⅰ型はコミンテルン、ナチ党、CIA、MI6(英)、モサド(イスラエル)など情報や謀略を担任する国家機関ないし準国家組織で、かつては日本の特務機関、中国国民党、北朝鮮、韓国、最近では中国共産党の類似組織もそれなりの存在感を見せている。Ⅰ型の機構、目的、活動歴は公開部分が多いので、ある程度の検証は可能だが、功罪の責任を組織とスター的構成員のいずれに問えばよいのか、見分けにくい難点は残る。

 Ⅱ型は、ユダヤ、フリーメーソン、国際金融資本、各種のカルト教団のような秘密結社と呼ばれる国境横断的な非国家組織である。しかし指令塔の所在や構成が不分明で、陰謀の目的や目標を示す綱領や方針を記した確実な文書証拠は見つかっておらず、陰謀と成果との因果関係も判然としない例が多い」


 さて、陰謀論者たちの説に従えば、日本は他国の情報工作員たちに自由勝手に活動されているです。それならば、日本人による情報工作活動はどうなっているのでしょうか。著者は、次のように述べています。

 

 「かつては日露戦争時の明石工作や満州国の建国など、それなりの実績をあげた日本の情報工作活動は、第二次大戦後はほぼ休止状態のまま現在に及んでいる。独立回復直後の1952年、CIAの下請け的機関として設立された内閣調査室(内調)も影が薄く、細々と公開情報を整理している程度にすぎない。かわりにスパイ防止法もない戦後日本は、各国の情報機関が自由に活動できる『スパイ天国』と化し、時には荒っぽい暴力活動の舞台となった。東京のホテルに滞在していた金大中(のち韓国大統領)を拉致した韓国安企部(KCIA)、日本各地の海岸から13歳の少女などを拉致した北朝鮮の工作活動を見ても、防諜機能さえ働いていないことがわかる」


 陰謀論の花形といえば、なんといっても「ユダヤ」であり、「フリーメーソン」です。本書『陰謀史観』では、「フリーメーソン」について次のように述べています。

 

 「ユダヤ禍論よりは地味ながら、根強い人気を保っているのがフリーメーソン陰謀論だが、日本人にとってはどちらも実感が薄いだけに、混交してしまうことが多い。

 『両大戦はフリーメーソンがひき起こした』

 『この世を支配しているのはフリーメーソン、闇の世界政府』

『小沢一郎や皇太子妃もフリーメーソンの一員・・・・・・あと2、3年の内には日本は完全に占領される』のような御託宣の『フリーメーソン』を『ユダヤ』にそっくり入れ替えた文献がやはり流通している。混交ぶりを見兼ねてか、ネット上では『多くのユダヤ人がフリーメーソンに加入しているので混乱が起きる。どちらでもない人はきわめて少ないのだ』という変な解説も見かける」


 著者は、麻生太郎元首相にまつわる「麻生産業はメーソンの頭目ロスチャイルドの子会社」や「麻生も鳩山一家もメーソン」などの都市伝説を取り上げ、次のように述べます。

 

 「麻生太郎元首相が麻生産業の一族であることは知られているが、ユダヤ金権の代表格として著名なロスチャイルドをメーソンの頭目に擬したり、麻生産業の親会社である証拠を見せてくれなどと要望しても無駄だろう。

 すべてテレビや新聞が報じない水面下の事象で、頭目でなくても黒幕のはずだ式の論法でかわされてしまうからだ。とどのつまりはユダヤ、コミンテルン、ロックフェラーなど複数の「悪魔」(陰謀組織)が合体しての大連立となってしまうのだが、メーソンが接着剤としての役割を果しているのはそれなりの理由がある。

 第1は、秘密結社とされながら他の陰謀組織に比較すると透明度が高く、会則も「会員相互の特性と人格の向上をはかる」と当りさわりがない。中世末期の石工組合いらいの歴史的由来も明らかにされている。

 第2に、全体を統合する指令塔はなく、国別、地域別の本部(グランド・ロッジ)が統轄し、所在地も公開されている。戦後の東京グランド・ロッジは旧海軍の水交社ビルに置かれ、マスコミの取材も拒否していない。

 第3に、加入条件はあり会員の階位も定められているが、閉鎖的とまでは言いがたい」


 また、『オウム真理教の精神史』に触れ、次のように述べます。

 

 「立花隆は大田俊寛『オウム真理教の精神史』(2011)の書評で、オウムの教義の起源として『ニューエイジ思想、トランスパーソナル心理学、ドラッグ神秘主義、チベット密教、ユダヤ=フリーメイソン陰謀論、アメリカのキリスト教原理主義、酒井勝軍と竹内文書、ノストラダムスの大予言』などの思想的影響を挙げている。

 いわばオカルト的宗教思想のゴッタ煮と評してよいが、借り物だらけとはいえ、それなりの内的な発展過程は見出せる。そしてオウムの最大の敵は、ハルマゲドンを計画しているフリーメーソン=ユダヤ系の『300人委員会』とされた」


 最後に、陰謀論をめぐる言説とは、つまるところ「仕掛人」対「トリック破り」という構図になるとして、著者は次のように述べています。

 

 「ヘーゲルは歴史を『異なるイデオロギーがくり広げる闘争の場』と定義したが、たしかに民主主義、マルクス主義、反ユダヤ、八紘一宇思想、イスラム原理主義のように強烈なイデオロギーの眼鏡を通すと、それぞれ違う歴史の風景が見えてくるはずだ。

 実証主義を掲げるプロの歴史家も例外ではない。その結果、大東亜戦争を日本の『侵略戦争』と規定するプロの左派歴史家と、それを『自衛戦』ないし『聖戦』と見なすアマの右派歴史家が同じ土俵で対峙するのを、不毛なイデオロギー論争に割りこむのをためらい沈黙するか見守るだけの中間派という構図ができあがる」

 

 現代社会には情報があふれ、複雑化する一方です。そんな中で、本書はさまざまな出来事の因果関係について思いを馳せる契機を与えてくれます。

 ところで、あの「国策捜査」というやつは、はたして事実なのか。それとも、トンデモ「陰謀論」の類なのでしょうか?