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周公旦』

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No.0605

 

 『周公旦』酒見賢一著(文春文庫)を再読しました。

 

 著者は、わたしと同じ1963年生まれで、第1回日本ファンタジー大賞受賞の処女作『後宮小説』以来、独自の視点で中国文化の深層を描き出す作家として知られます。なお、著者は本書で新田次郎文学賞を受賞しています。本書の表紙カバー裏には、次のように書かれています。

 

 「太公望と並ぶ周王朝建国の功労者にして、孔子が夢にまで見たという至高の聖人に、著者独特の大胆な解釈で迫る。殷を滅ぼし、周を全盛に導いた周公旦の「礼」の力とは何か?果たして彼は政治家なのか、それともシャーマン? そして亡命先の蛮夷の国・楚での冒険行の謎とは。無類の面白さの中国古代小説」


 周公旦といえば、孔子が夢に見るまで尊崇した聖人として知られます。彼は優れた為政者であり、祭祀者であったとされます。その半生を、周建国の元勲である太公望呂尚と召公との息詰まる駆け引きを交えながら、本書では周公旦の半生を見事に描いています。

 

 『書経』の中にある「周書」と屈原の詩である「天問」を元にして、あとは『論語』と『易経』のエピソードも取り混ぜて書かれています。まさに、中国古典に精通した著者ならではの創作であると言えるでしょう。それぞれの古典に対する著者独自の解釈も、非常に興味深いです。


 わたしは、これまでに本書を何度となく読み返してきました。というのは、本書には「礼」というものがじつに魅力的に描かれているからです。現代人が「礼」と聞いて連想する堅苦しいイメージとは無縁な、「サイキック・テクノロジー」とでもいうべき超自然的な技術体系としての「礼」が本書には登場します。かの諸星大二郎の名作『孔子暗黒伝』にも通じる世界です。わたしは、本書を読んで「礼」に対する関心がますます強くなりました。


 周公旦に憧れた孔子は、何よりも「天」を敬い、そして「礼」を求めました。

 

 孔子にとって、「天」とは「天命」の天、「天運」の天であって、畏怖すべきものに他なりませんでした。そして、「礼」とは、何よりもまず「天」を祭ること。孔子の後に儒家の経典として編まれた『王経』の中の「礼」として、天神、地祇、人鬼の3つの形態に分類された神々への信仰と祭祀が詳しく記されています。


 孔子の心中には、つねに「天」がありました。

 そして、その「天」の秩序を地上に引き下ろすテクノロジーが「礼」でした。 「礼」はもともと古代中国の宗教から規範、および社会システムにまでおよぶ巨大な取り決めの体系です。「礼」の旧字体では「禮」と書かれますが、これは「履」の意味であり、人として履(ふ)み行うべき道を示します。

 

 さらに「禮」という字について考えると、「示」と「豊」とから成っています。「示」は「神」という意味で、「豊」は「酒を入れた器」という意味があるそうです。つまり、酒器を神に供える宗教的な儀式を意味します。

 

 古代には、神のような神秘力のあるものに対する禁忌の観念があったので、きちんと定まった手続きや儀礼が必要とされました。これが、「礼」の起源であると言われています。ところが、他にも「礼」には意味があります。「示」は「心」であり、「豊」はそのままで「ゆたか」だというのです。

 

 ということは、「礼」とは「心ゆたか」であり、「ハートフル」ということになります。「ハートフル」は流行したわたしの造語ですが、なんと「礼」という意味だったのです!


 儒教は、「仁義礼智信」のように徳目の1つとして、「礼」を礼儀とかマナーの意に落ち着かせようとしました。それも確かに「礼」の一部であり、後に日本に入って、江戸時代には小笠原流礼法として開花したことはよく知られています。

 

 しかし著者の酒見氏は、本書のエピローグにこのように書いています。

 

 「孔子系の儒は仁を最高の徳とし、孝の実践を最高義とする。宋学は仁が徳の中心にあり、仁はすべてを含む概念であるとさえする。が、本来は義智忠信孝悌のほうが礼の中に含まれていたものである、その逆ではない。仁は孔子が自らの理想の、曰く言い難い新しいなにかを表現しようとして採用した特別な言葉である。その概念はまたもともと礼の中にあったと言えなくもない。何故後世の学者がこんな簡単なことを逆にしてきたのか、浅学の作者には非常な疑問である」

 

 道徳倫理、各種の祭祀、先祖供養、歴史、人間の集団における序列の意味などはすべて礼の中にあったのです。礼は儒教のみならず、黄老、仙道、方術、民間宗教の母体なのです。そして、『論語』には、「礼」「礼を履(ふ)む」「礼を聞く」「礼を学ぶ」「礼を知る」などの語がたびたび出てきます。まさに、孔子ほど「礼」の重要性を知りつくしていた人物はいません。そして、その孔子に最大の影響を与えた人物が周公丹でした。


 「周礼」の名で知られる礼の体系をまとめた周公丹、それに憧れて「儒教」という巨大な思想体系を生み出した孔子、さらに孔子の説いた「礼」を求めてやまない人間が後世に続々と出現し、その最後列にわたしも並んでいます。

 

 このたび、孔子文化賞受賞記念として『礼を求めて』(三五館)を上梓しますが、今後も、命ある限り「礼」を追求したいと思っています。