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降霊会の夜』

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No.0571

 

 『降霊会の夜』浅田次郎著(朝日新聞出版社)を読みました。

 

 著者の作品を読んだのは、じつに久しぶりです。『鉄道員(ぽっぽや)』『地下鉄(メトロ)に乗って』『月のしずく』などを夢中で読んだ頃を懐かしく思い出しました。


 帯には「罪がない、とおっしゃるのですか―」という作中の登場人物のセリフが大きく記され、「死者と生者が語り合う禁忌に魅入られた男が魂の遍歴の末に見たものは・・・・・。至高の恋愛小説であり、一級の戦争文学であり、極めつきの現代怪異譚。まさに浅田文学の真骨頂!」と書かれています。


 詳しいストーリーを書くと、ネタバレになってしまいます。

 

 謎めいた女の手引きで降霊の儀式に導かれた初老の男が主人公です。彼の心には、ずっと気になっていた人物が2人いました。1人は小学生時代の同級生・山野井清で、もう1人は大学生のときの恋人・小田桐百合子でした。そして、裕福な家庭に育った主人公と違って、2人とも貧しい境遇にありました。日本が高度成長にあって、国民みんなが豊かになっていった時期にさえ、貧しい人々はいたのです。本書には、主人公の次のような言葉が出てきます。

 

 「戦後復興のエネルギーは驚異的な経済成長に引き継がれ、私たちは天から降り落ちてくる幸福を、まるで自然の陽光か慈雨のように浴びて育った。

 むろん中には、山野井清や小田桐百合子のように不幸な境遇の子らもいたが、あの時代の彼らは格別のマイノリティだった」

 「私たちが生まれ育った時代は、ひどく不公平だったはずだ。

 戦後の急激な復興が国民に等しい幸福をもたらしたはずはなく、新しい秩序とヒエラルキーを構築したにすぎなかった」


 本書で描かれている時代は「ALWAYS 三丁目の夕日」に登場する昭和30年代半ばです。あの頃は、単に「みんな貧しかった」わけではなかったのですね。「豊かな者と貧しい者がいる」格差社会にすでに存在していたのです。本書を読んで、わたしはそのことを知りました。


 本書を読んで強く感じるのは、「さよなら」の大切さです。別れの儀式の大切さと言ってもよいでしょう。特に、葬儀で死者としっかり別れを告げることの意味が述べられています。別れの儀式をおろそかにすれば、過去を切り離して前に進むことはできないのです。

 

 本書は、そのことを教えてくれます。もちろん、タイトルからも明白なように、本書は「心霊」をテーマにした小説です。イギリス人霊媒であるミセス・ジョーンズによる降霊会の描写は、谷崎潤一郎の『ハッサン・カンの妖術』や芥川龍之介の『魔術』といった幻想短編小説の名作を彷彿とさせる雰囲気でした。


 『押入れのちよ』の解説で、文芸評論家の東雅夫氏が「優霊物語」という言葉を使っています。「優霊物語」とは、「ジェントル・ゴースト・ストーリー」の日本語訳だそうです。東氏は、次のように説明しています。

 

 「gentle ghostとは、生者に祟ったり脅かしたりする怨霊悪霊の類とは異なり、残されたものへの愛着や未練、孤独や悲愁のあまり化けて出る心優しい幽霊といった意味合いの言葉で、由緒ある邸宅に幽霊がいるのは格式の内と考えるお国柄の英国などでは、古くから怪奇小説の一分野として親しまれてきた」

 

 西欧の幽霊小説の嚆矢とされるダニエル・デフォーの短篇「ヴィール夫人の幽霊」をはじめ、キップリングの「彼等」、キラ=クーチの「一対の手」、マージョリ・ボウエンの「色絵の皿」など、これまで多くのジェントル・ゴースト・ストーリーが書かれてきました。

 

 英国と並んで怪談文芸が盛んであった日本でも、上田秋成『雨月物語』の「浅茅が宿」「菊花の契り」をはじめ、室生犀星「後の日の童子」、橘外男「逗子物語」、三島由紀夫「朝顔」などがこの系統に属する小説であると東氏は分析します。

 

 さらには、山田太一の「異人たちとの夏」と並んで、浅田次郎の「鉄道員(ぽっぽや)」がこのジャンルの名作として紹介されています。本書『降霊会の夜』も、まさに「ジェントル・ゴースト・ストーリー」の傑作と言えるでしょう。


 じつは、わたしは、いつか怪談についての本を書こうと思っています。『涙は世界で一番小さな海』(三五館)で「ファンタジー」については書きましたが、今度は「ホラー」について書いてみたいのです。

 

 「ホラー」や「怪談」とは、つまるところ、死者が登場する物語です。そして、その本質は「鎮魂」の物語ではないかと考えています。また、それは愛する人を亡くした人のための「癒し」の物語でもあります。その名も『グリーフケアとしての怪談』(仮題)の構想を練っているところです。その執筆への大きなインスピレーションを本書から与えてもらいました。