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中村天風と「六然訓」』

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No.0573

 

 『中村天風と「六然訓」』合田周平著(PHP新書)を読みました。

 

 「ソーシャルの達人」こと合田周平先生の新しいご著書です。電気通信大学名誉教授の合田先生は、日本におけるシステム工学の第一人者です。拙著の一節が引用されているとのことで、本書が版元から送られてきました。


 本書は、異色の哲学者として知られた中村天風についての本です。

 

 西郷隆盛にまつわる小説『西郷の貌』を紹介しましたが、維新の英傑であった西郷を最も尊敬していた人物に頭山満がいます。玄洋社の代表として日本の近代史に深く関わった国士です。本書に登場する中村天風はその頭山満の弟子であり、彼を深く尊敬していました。

 

 西郷隆盛 → 頭山満 → 中村天風・・・・・このような「こころ」のDNAの流れがあるのです。そして、合田周平先生は中村天風の愛弟子でした。

 

 本書の帯には「愛弟子が説く王道の哲学」と書かれています。本書の表紙カバーの折り返しには、次のように内容が紹介されています。

 

 「中村天風(一八七六~一九六八)にかつて師事したシステム工学の専門家による天風哲学解読の試み。『六然訓』は天風哲学を創建する転機になったといわれる中国の古典。その言葉をもとに、中村天風の人物像と思考と行動を考察していく。心の潜在意識にまで伝達され、意識内容をも書き換えることのできる持続可能な意志の力としてのヴィジョンを、国家や個人はいかにして持つことができるのか? 生活や国のかたちを改革する未来へのシナリオとは? 天風思想を日常生活の心身の調和に活かす心構えも説く」


 本書の「目次」は、以下のように「六然訓」がそのまま活かされています。

 

序章:ヴィジョン―持続的「心の活性化」

第一章:超然任天―天空からのシナリオを読み解く

第二章:悠然楽道―「自己の哲学」を探究すれば「王道」が彷彿と現れる

第三章:厳然自粛―自己の「潜勢力」を認識する

第四章:藹然接人―他人や事物に寄り添う心の想い

第五章:毅然持節―心に「信念の領土」を築く

第六章:泰然處難―「国家のヴィジョン」の基本

「あとがき」


 序章「ヴィジョン」では、著者と中村天風との出会いが語られます。戦後間もない頃、中村天風の講演を聞く会が毎月、東京は音羽の護国寺「月光殿」で開催されていました。この会は「天風会」と名づけられ、参加者は中村天風から「心身統一法」という熱のこもった実践哲学の話を聞いたそうです。著者は、その当時の自身の状況について次のように述べています。

 

 「わたし自身は、昭和27(1952)年の『血のメーデー事件』の日に、学生運動に関わる覚悟を決めて友人数人と出かけた皇居前広場で、燃え盛るクルマや群衆の投石を見て、恐ろしくなって逃げ帰ったという後ろめたさを感じていた。

 

 この感覚が、わたしの心に重くのしかかり、得体の知れない不安感から劣等感に苛まれ、何となく元気のない生活となっていた」そして、著者は中村天風と出会い、次のような言葉をかけられます。

 

 「元気かい! 若者は常に元気という『気』を心に燃やし続けることだ。電気を勉強とは、これからが楽しみだねぇ。大いに学問を究め、新しい日本をいかに復興させるべきかを考えなさい。人生もまた、電気のような見えざる『気』に支えられているのだ。そこの扇風機でも、機械だけでは動かない。電気の力で回っているのだ」

 

 この言葉を聞いた著者は、衝撃波のようなものに襲われ、その残響が心に「アイコン」を留めたそうです。それをクリックすると「遭遇の場面」が鮮やかに甦るという著者は台北に生まれ育ち、敗戦で引き揚げを経験し、幼少時代を過ごした故郷を失っていました。そのため、「心のふるさと」に迷い込んだ心地よさに興奮したそうです。このときに味わった漠とした「気」の雰囲気が、著者を「中村天風」という人物に惹きつけたのでした。


 その後、天風会に身を寄せた著者は、「東京青年会」の組織拡大に努めました。そこで青年会誌の編集を任せられた著者は、次のように書いています。

 

 「毎月の講習会に合わせて発行していた会誌を、中村天風がよく読んでいたこともあり、事務局長の計らいなどが功を奏して、しばしば面談の機会に恵まれた。政財官界のお歴々が、中村天風のお宅に面会に来られる機会にお伺いすることで、相撲の双葉山、政界の堤康次郎や園田直、官界の佐々木義武、財界の倉田主税ならびに作家の宇野千代などの著名人にもお目にかかる光栄にも浴した」

 

 本書を読んで、わたしは「視覚」を意味する「ヴィジョン(Vishion)」という言葉が「言霊」の継続でもあるというくだりに興味を抱きました。著者は次のように述べています。

 

 「『ヴィジョン』は、未来志向の指針であるが、現在のより良き延長を目論むのではなく、とことん変革を追求し継続する心意気がなければ意味がない。

 人間味豊かな自己表現は、外界から嵐のように襲いかかる刺激(情報)の全体像を心やさしいイメージに転化し集積させることに始まる。

 そのイメージが、心理的には『潜在意識』を構成する基盤となる。『ヴィジョン』は、日本語の『言霊』ともいえる。言葉が活力を伴い、正しい精神のもと人生を思い通りに生きることを実現させる。『言霊』には、潜在意識の『潜勢力』への扉を開くシグナル(暗示力)が秘められている。現状を超え、変革をとことん実現する『意志の力』が継続する」


 本書は、異色の哲学者である中村天風が築いた「天風哲学」の本です。では、「天風哲学」とは何か。著者は、次のように述べます。

 

 「『天風哲学』とは、中村天風『心身統一法』をベースとした実践哲学である。創始者、中村天風(1876~1968年)の人物像とその人生における思考と行動を考察する」

 

 中村天風は、師である頭山満から多くを学びました。中でも、「敬天愛人」という西郷隆盛の遺訓をもとに、「自然界の森羅万象を感じ取る心」を持つことを教えられたそうです。この教えは、終生忘れ得ぬことで、「天風哲学」の思想的な根底となりました。わたしが特に強く興味を引かれたのは、以下のくだりでした。

 

 「中村天風が日本に帰国し、天風哲学を創建する転機となったのは、中国の古典『六然訓』を学んだことに始まったと聞いた。これを哲学的な土台(受け皿)として、欧米やインドでの学識や『ヨガの行』をもとに、孔子『論語』や武蔵『五輪書』など多様な知識をブレンドして、見事に経験を思想とし天風哲学(中村天風『心身統一法』)を創建した。残されている、多くの『天風箴言』もその成果なのである」


 ここで『論語』も登場していますが、本書のタイトルにも入っている「六然訓」も紹介されています。「六然訓」とは、次の6つの教えです。

 

 超然任天(超然として天に任す)

 悠然楽道(悠然として道に楽す)

 厳然自粛(厳然として自を粛す)

 藹然接人(藹然として人に接す)

 毅然持節(毅然として節を持す)

 泰然處難(泰然として難を處す)


 「六然訓」は、もともと『聴松堂語鏡』(明の崔銑著)の教えの言葉で、中村天風のオリジナルではありません。しかし基本的な意味合いに大きな相違はなく、時代とともに、天風「六然訓」として生まれています。著者は、「真理に則した哲学的な言葉とは、時代や社会背景に関係なく感動を呼び起こし、実践の原動力を生む」と述べています。


 第一章「超然任天」では、元気という「気」について、次のように述べています。

 

 「元気という『気』が出ると、人間と宇宙の『見えざる意思』とが完全に一体となる。元気が出たときには爽快たる気分で『進化と向上』を正しく調整し、社会の多様な成り行きをユーモアとともに論じることができる。

 人生を余裕を持って元気潑剌とした状態で生きることこそ、社会に役立つ最も必要かつ大事な心得なのである」

 

 また、人生とは、日々に「生命」を活かす現場です。新しい元気とともに生きるには、心の感覚を鋭くし、精神を正して「心と身体」の調整に努めることが大切です。現代の文明社会にも大切な心得を、1960年代に中村天風は「心というものは、世間一般の人々が考えるより、はるかに偉大な存在である。心の働きは大きく、『身体と精神』のあり方にも大きく影響し、われわれの社会活動のすべてを司る。心を正しく積極化することで、文明社会の『進化と向上』を正しく調整することができる」と述べています。


 第二章「悠然楽道」では、人生は一筋の「川の流れ」であるとされます。そして、著者は次のように述べています。

 

 「日本人特有の人生に対する考え方に、『生きている生命の有り様は一筋の川の流れ』とたとえることができる。ここでの川とは、生命力という活力の流れであり、その川上には必ず水源がある。命が生まれる水源は、『気』に相当する。この脈絡は、あらゆる人間活動における基本的な思考であり、『悠然楽道』の解説に通じる」


 そして、著者は「事業」についても次のように述べます。

 

 「人間の事業欲についても同じことがいえる。社会的な意義と欲求を感じ、天からこれをしろと指示される。背中を押されないのに、自分の私的な欲望と利益を重視して事業を興すとき、滅多に成功するものではない。

 事業に成功するのは、自分の私欲から離れ、『この仕事で、世の中の人のために本当に役立つものを提供する』という『経営者のヴィジョン』で、一筋の川の流れづくりを実行するときに成功する」

 

 わたしは、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)で、「理」と「志」に沿うことこそが事業成功の秘訣に他ならないと述べました。ですので、この著者の発言には「その通り!」と膝を叩きました。


 孔子といえば、著者は次のように書いています。

 

 「東洋の『仁』を説いた孔子は、社会活動においても、人間にとって根本的な『命』と『仁』を踏まえ、初めて『利』を語るべきだと説いている。現代社会では、生態系『エコロジー』を無視して経済や産業による利益や便益を考慮すべきではない」

 

 「企業を興すとき、その基本となる想いと行動にエコロジーとしての『命と仁』の哲学を考慮することが重要である。明治時代に資本主義を導入した、渋沢栄一の言葉として残る『道徳経済合一説』や『片手に論語、片手に算盤』なども、この思想を基盤としている」

 

 これを読んだわたしは、「わが意を得たり!」という思いでした。中村天風も、次のような言葉を残しています。

 

 「事業家は、この仕事が『世のため、人のために役立つのだ』という確固たる信念を心に強く宿すことが肝要なのだ。文明社会のなかで、『進化と向上』を実現する努力こそ、自己の『潜勢力』の煥発に通じる」


 また、天風はエジプトを訪れたとき、砂漠の荒野に悠然と聳え立つピラミッドを目の前にして感動のあまり呆然と眺めていたそうです。ピラミッドとは、言うまでもなく王墓であり、偉大なる「死」のシンボルです。自身もエジプト滞在中に幾度となくピラミッドを訪問したという著者は、次のように述べています。

 

 「死を、否定し得ないものとして生を考える。人間がこの世に生を受けたのは、人々と歓びを共にするために生まれてきたのだ。生とは、愛の気持ちの表現に通じる。死生観を単刀直入にいえば、死を恐れる気持ちを、生を喜ぶ気持ちに振り向ければ、死は賛美し得るものではなく大自然の営みに委ねるべきことである」


 「死」があれば、「生」があります。人が生まれた日を「誕生日」と呼びます。第四章「藹然接人」で、著者は次のように述べています。

 

 「老若男女を問わず、誕生日は芽出度いものである。己はもちろんのこと、他人の誕生日を祝うことは、『あなたが生まれてきたことは正しい』、『今こうして生きていることは喜ばしい』という存在意義を全面的に肯定することである。この日常性にこそ、『藹然接人』という思考の基本がある」

 

 著者は、このくだりを拙著『隣人の時代』(三五館)を読んで書かれたそうです。続いて、以下のようにも引用して下さっています。

 

 「『東日本大震災』を契機に、日本社会は『絆』を大切にする社会を模索している。この文化意識が、集落の人たちの生命を守り育んできた。復興の基盤として、『私権制限』という言葉を前面に振りかざすことなく、日本人の素朴なる自己表現である『ふるさと』という絆をイメージする『思考導入』に力点を置くことである。

   (一条真也『隣人の時代―有縁社会のつくり方』三五館、2011年)


 そして、「天風哲学」を追求する著者は、次のように続けます。

 

 「『卓越した人物は、悲哀のなかにさえ歓喜を見出す』(ベートーヴェン)、という名言が思われる。こうした言葉が積み重なると、心を癒す社会が構築されるのである。そのため、われわれが潜在意識に宿す『6つの力』を上手にブレンドし、『生活のヴィジョン』として心に宿すことである。中村天風が、提唱する『6つの力』である」

 

 それは、第1が「体力」であり、第2が「胆力」、第3が「判断力」、第4が「断行力」、第5が「精力」、第6が「能力」と考えられるそうです。


 「自然体を体得する」ことの重要性を唱える著者は、次のように述べます。

 

 「優れた宗教家や武芸者が、修行として『型』を極めるとは、自己を何かの『型』にはめたり規制したりすることではなく、それらを撤廃することなのだ。その型の『アイコン』をクリックすることで、煩雑なこだわりの心から解放され、新たなる『思考導入』を可能とすることである。己を解き放つというか、自然界の流れに同調するように心身を調整することだ。『自然体』とは、こうしたプロセスを経て身につく人間本来の状態なのである」


 第五章「毅然持節」では、話題が「哲学」に移ります。著者は、哲学について次のように述べています。

 

 「哲学の大テーマに、人間はどこから来てどこへ行くかというのがある。創造主としての宇宙的スピリットの存在を考えると、古典仏教などの経典のなかに、みんな書いてあるようだ。人間がどうなるとか、宇宙はどうなるかとか、具体的にどうなる、ああなるというのではなく、こう発想すればよいのだ、という考え方の筋書きが書いてある。すべては、『先天の一気』に辿り着く」

 

 また、著者は「哲学というと、カントがどうの、ヘーゲルがどうの、そういうことが連想されるが、それは哲学についての知識であり、自己の哲学そのものではない。学者には、そういう知識が必要だが、一般的に哲学とは、日々の実践的な行為を説明する、心の内容『暗黙智』を示す言葉である。現代の『哲学者』とは、哲学についての学問を研究している人物を指すことが多い」とも述べています。まさに、中村天風こそは真の哲学でありました。


 ここで、著者は「還暦の哲学」というものを提唱し、「老後とは人生の終着駅に近いことを考えると、高齢化時代の今日、『毅然持節』という言葉にも悲壮感が漂う。幸福な老後などという言葉は、矛盾した表現であり言葉の暗示で誤魔化そうとしているように感じてならない。ならば、還暦を迎えるときに自らの『還暦の哲学』を披瀝して、老後のひと時でもいいから『本当の幸福感』を味わう自分を演出することを提案する」と述べます。

 

 じつは、著者とわたしは『還暦の哲学』という共著を刊行する計画がありました。もう3年前のことで、ちょうど著者が75歳、わたしが45歳のときでした。60歳の還暦から15年を経過した者と、15年後に還暦を迎える者が、それぞれの立場で「還暦」を考えるという趣向の本で、版元は文春新書を予定していました。残念ながら諸般の事情でこの企画は実現しませんでしたが、今でもアイデアそのものは面白かったと思います。


 その「還暦の哲学」について、著者は「『還暦の哲学』の基本は、従来の内面的生活をすべて清算する意味で、蓄積された陰気なエネルギーを外部に向かって一気にビッグバンすることだ。日常的に強いられてきた型にはまった『職業意識』を脱して、広大で自由な外部環境に接することができ、新たなる発想で『自分の生活』を模索することができるのだ。従来の職業的なシガラミや、マンネリ化した生活のパターンなどを冷静に見つめることで、『還暦の哲学』の基本が見えてくる」と述べます。


 第六章「泰然處難」では、江戸時代の日本についての記述が興味深かったです。著者は、次のように述べています。

 

 「江戸時代に、精巧な『からくり人形』を誕生させた技術や、鯉や金魚の品種改良などのバイオ技術を展開した先進性にもかかわらず、わが国には近代産業が生まれなかった理由は、徳川幕府の鎖国政策にあったといわれている。そのため、江戸の庶民文化の振興による優れた技術が、軍事産業や海外進出に費やされることなく、江戸市民の豊かな社会づくりと文化振興につながり、わが国の優れた文化的土壌となった。

 社会のなかで、われわれが私欲に駆られ自分自身の利益を追求したとしても、そのことで社会の仕組みと関わり、ときには社会と対峙することで、それぞれが独自に個と集団を相手とした『交渉と対話』の術を学び取ったのだ。アダム・スミスの説く『見えざる手』が、江戸の社会に働いたのであろう」


 最後に、著者は次のように述べます。

 

 「『天風哲学』は、中村天風が艱難辛苦の末に獲得した経験をもとに、誰もがどこでも実践可能な手法として『心身統一法』を具現化したのである。わが国の伝統的な精神文化をベースに、日本に伝来した仏教や儒教などの哲学を中村天風の経験をもとにブレンドした思想的な産物なのである」

 

 日本に伝来した仏教や儒教などの哲学を「ブレンドした思想的な産物」といえば、わたしには石田梅岩の「心学」が思い浮かびます。そう、「天風哲学」とは「心学」の別名なのかもしれません。そして、わたしは日本人の総合幸福学としての「平成心学」を追求しています。本書を読んで、わたしは中村天風というスケールの大きな思想家の醍醐味を知りました。

 

 わたしは、スケールの大きな思想家の愛弟子である著者にお会いしたくなりました。著者の愛弟子を自認しているわたしは、中村天風の孫弟子と言えるかもしれません。