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十年不倫の男たち』

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No.0543

 

 『十年不倫の男たち』衿野未矢著(新潮文庫)を読みました。

 

 『十年不倫』の続編です。前作は不倫関係にある未婚女性の立場からのレポートでしたが、本書は既婚男性の発言が中心になっています。本書のカバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 

 「『悪者扱いしないでほしい』。私生活を語ることの少ない男性たちが、自身の道ならぬ恋について語り始めた。妻の目をまっすぐ見られないほどの罪悪感に苦しみながらも、長く関係を続けるのはなぜか。恋人の将来をどう考えているのか。妻と恋人のどちらをより愛しているのか――。本音と建前の狭間で揺れる複雑な男性心理に迫り、前作『十年不倫』と対をなすノンフィクションの傑作」


 本書の「目次」は、以下のようになっています。

 

序章   語り始めた男たち

第一章  男は不倫に何を求めるのか

第二章  二人の女にはさまれて

第三章  ジレンマとスパイラル

第四章  「十年不倫」のこれから

第五章  得たもの、失ったもの

「あとがき」


 序章「語り始めた男たち」の冒頭で、著者は前作『十年不倫』の単行本を世に送り出して以来、パーティーの会場などで以前から顔見知りだった男性から「あの本を読みましたよ」とささやかれることが多くなったそうです。そして、その後で必ず「十年ではありませんが、実は僕も・・・・・」と語り出すのだとか。こんな体験を何度となく体験したという著者は、次のように述べています。

 

 「これまで男性から、恋愛についての本音を引き出すのはむずかしいと感じてきた。女性のように『恋愛話』や『身の上話』を楽しむ習慣がないため、過去の体験や気持ちを言葉で整理して、人に伝えるのが得意ではないせいもあるだろう。それに男性の多くは『カッコつけ』である。自分の切実な想いを軽々しく口にするのは男らしくない、お腹の底にしまっておくべきものだという考えもあるにちがいない。

 まして妻以外の女性との間で、恋愛関係や性交渉を持ったことがある男性は、『責められるのではないか』と、最初から身構えていることが多い。いきなり『あなたにはわからないだろうが、人にはそれぞれの事情があるんだ!』と、喧嘩腰になられたこともある。その事情とは何かと踏み込んでたずねると、『説明したところで、女性には理解できないでしょう』とそっぽを向かれてしまった。

 私に男性をただ責めるつもりはまったくない。断罪したいわけでもない。なぜ妻以外の女性が必要なのか、なぜ十年も続いたのか、続かない人と続く人のちがいは何か。それらを知りたくてたまらなかっただけだ」


 前作同様、著者自身が取材したリアルな不倫の事例が多く紹介されています。その中で、不倫する男性のキーワードとして「空の巣症候群」という言葉が出てきました。これは、仕事上の挫折や転換などにともなう喪失感から生まれるそうです。子どもが進学や就職、結婚をして巣立ったあと、空虚さにさいなまれる母親の姿と、彼らの喪失感には共通するものがあると、著者は分析しています。

 

 そして、興味深いのは彼らの喪失感を埋めるものとしてマラソンの存在を指摘していることです。著者は20代で既婚男性と恋愛関係におちいりました。そう、不倫です。また、著者は40代でマラソンを始めたそうですが、その根っこは同じだそうです。著者がマラソンについての取材をしていると、「なんとなく」走り出した人の背中を押したものが、女性なら失恋、男性では仕事上の挫折や転換が多かったそうです。著者のように離婚や別居で1人の時間が増えたために走り出した人もいれば、十年不倫を清算するために走り出した人もいるそうです。著者は、次のように述べています。

 

 「心の隙間と『空いた時間』を埋めたいが、新しいことに挑戦する気力はわかず、金銭の余裕もない。そんなときに、家を出てそこらを走り回るだけでよいランニングは、うってつけの『時間つぶし』であり、達成感や満足感を手っ取り早く味わわせてくれるのである」


 なるほど、そういえば、わたしの周囲でも不倫男性は走っていることが多いですね。そして、金銭に余裕のある者はトライアスロンを、余裕のない者はマラソンをしている傾向がありますね。マラソンブームは、メタボリック症候群を中心とする健康ブームや、ホノルルマラソンや東京マラソンなどの人気で一気に燃え上がったとされていますが、著者によれば、その背景には景気悪化があるそうです。著者は、次のように書いています。

 

 「仕事にやりがいや生きがいを求めるまじめな人ほど、リストラ、収入減、子会社への出向、会社の統合などのクライシスに対して弱い。将来への不安や迷いも深いだろう。マラソンは『目標を設定し、それを達成する』という喜びや、『自分の身体1つで、これだけの距離を走り通すことができた』という自信をもたらす。体重の減少や走れる距離が伸びていく、完走タイムが縮まるなど、絶対的な評価も得られる」


 不倫もまた、マラソンをブームに押し上げたさまざまな要因を満たすわけです。さらに著者は、次のように述べています。

 

 「『妻以外の女性への想いを深める』という行為は、対象さえあれば、1人でも始められる。いざ関係が始まり、食事だホテルだということになれば、お金や手間がかかるが、『最初の一歩』には、道具も技術もいらない。

 50代後半の男性が、妻以外の女性との恋愛関係を持ったときに味わうであろう『俺もまだまだ現役だ!』という喜びや自信と、マラソン大会で自己ベストを出したときの『俺はまだまだやれるんだ!』という感激には、共通するものがあるはずだ」

 

 非常に鋭い分析ですが、続けて著者は次のように述べます。

 

 「お金も手間もかけずに始められ、達成感や満足感を得ることができ、揺らいでいたアイデンティティをがっちりと補強してくれる。マラソンやランニングがブームになる社会は、不倫を必要とする社会でもあるはずだ」

 

 たしかに、不倫もマラソンもともに敷居が低くなったことが共通点ですね。

 

 終章「得たもの、失ったもの」も興味深く読みました。十年不倫の当事者たちに取材を重ねるうちに、著者は女性と男性のあまりの違いに呆然とします。著者は、次のように書いています。

 

 「十年不倫をしているシングル女性の多くは、強固な女友だちネットワークを持っていた。おしゃべるはコミュニケーションの手段であり、ストレス発散にもなり、自問自答の場でもあり、自分でものさしを他人のとすりあわせて、目盛りのゆがみを正すきっかけにもなる。しかし男性は、女性のような井戸端会議的なネットワークを作ろうという発想をあまり持たないようだ。いったん葛藤や執着にとらわれると、1人で抱え込み、整理をつけられず、客観視もできないまま、複雑化させてしまう場合も多いのではないだろうか。

 妻にしろ、愛人にしろ、女性に『得たものと失ったもの』をたずねると、具体的な言葉が返ってくることが多かった。十年不倫を総括し、言語化している男性は、女性に比べてぐっと少ない。また、自らが身を置くいびつな三角形の構造を読み解こうとして、一定の答えを得ているのも、女性のほうに多いようだ」


 もともと、女性は男性に比べてコミュニケーション力が高いとされています。実際、隣人祭りや老人ホームなどの集まりにおいても、すぐガールズ・トークならぬオールドウーマンズ・トークが始まって、男性の高齢者は沈黙してしまうことが多いとか。また、孤独死するのも男性が圧倒的に多いというデータが出ています。

 

 十年不倫においても、女性が女性同士の人間関係を豊かにし、かつ精神的に強くなったのと反対に、男性は孤立し、かつ体力的に弱くなっていく傾向があるようです。早朝に睡眠不足のまま車を運転して愛人宅を出発し、そのまま交通事故で死亡した男性もいました。著者は、次のように書いています。

 

 「通常の夫は、24時間ずっと『夫』である。しかし十年不倫をしている夫は、24時間のうちいくらかを、シングル女性の恋人という役割を果たすのに使ってしまう。当然のことながら、妻には時間が余り、夫には足りなくなるのである。

 妻は、夫が別の役割を果たしている時間を、煩悶や、憤りや、嫉妬心、焦り、欠落感、簡単には人に話せないという孤独感にさいなまれて過ごす。じっとはしていられなくなり、『すがりつくことができる相手』や『癒してくれる場』を求める。

 だから妻たちには、『得たものがある』の実感が残るのだ。しかし2つの役割をこなすだけで手一杯の夫は、疲れ果て、何も残らないのではないだろうか」

 

 著者の見方は辛らつですね。でも、わたしも、その通りだと思います。そして、著者は「不倫」についての考えを次のように明確に述べています。

 

 「不倫とは、テーブルにこぼれた水を拭き取るかわりに、テーブルクロスをかぶせて隠すようなものではないだろうか。手では触れられず、目にも見えないが、蒸発するのをさまたげられた水は、いつまでも乾くことなく存在し続ける。それどころか、テーブルクロスの圧力で、水はテーブルの上に少しずつ広がっていき、一部は床にこぼれ出してしまう」

 

 「不登校」や「ワーキングプア」が、現代社会を語る上でのキーワードになっています。これらもテーブルクロスではおおいきれなくなり、外にこぼれだすまでは「自己責任」や「本人だけの問題」とされていました。しかし、床に水たまりができた今、多くの人々が政策レベルで取り組む問題であると認識しています。「ワーキングプアは個人レベルだけでは対処できない」ということを踏まえて、著者は述べます。

 

 「しかし不倫は、床に巨大な水たまりができても、『自己責任』であり、『本人だけの問題』である。背景にある『不倫を求めている社会』とのかかわりは、あまりにも間接的で、実証はできない。そしてまた、妻以外の女性に心を傾けていく男性の、自己弁護や言い訳を、そのまま認めるわけにもいかないのだ」


 それにしても、書店に行くと、不倫関係の本の多さに驚きます。『不倫のルール』や『愛人の掟』などのマニュアル本から、硬派なルポルタージュまで。

 

 こんなに多くの不倫本が出版されるということは、実際に不倫をしている人も多いのでしょう。わたしは別に不倫男ではありませんが、日本社会の晩婚化・非婚化について考える上で、一通りこれらの本を読みました。その中で、亀山早苗氏の『不倫の恋に苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋に苦しむ女たち』の不倫三部作(いずれも新潮文庫)が特に読み応えがありました。不倫という窓を通して「結婚」「夫婦」「恋愛」の本質を考えるすぐれた思想書になっています。亀山氏の不倫三部作は、明らかに本書や前作『十年不倫』にも大きな影響を与えています。新潮文庫は、亀山早苗から衿野未矢と続けて、「不倫シリーズ」を作ったわけですね。

 

 わたしは、約10年前に亀山氏の著書を読んで「不倫とは何か」「夫婦とは何か」について考え、そして「なぜ人は結婚するのか」について考えました。その結果、生まれた本が拙著『結魂論』(成甲書房)です。不倫あるいは結婚について悩んでいる方は、よろしければ御一読下さい。

 

 もしかしたら、現状を打開するヒントを発見かもしれません。