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古典で読み解く現代経済』

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No.0523

 

 『古典で読み解く現代経済』池田信夫著(PHPビジネス新書)を読みました。

 

 これまでにも、この読書館で紹介した『希望を捨てる勇気』『使える経済書100冊』の著者でもある池田氏は、アルファブロガーとしても知られる経済通の評論家です。つい先日、1人のトンデモ評論家が某大手証券会社の破綻を唱えました。しかし、池田センセイが「完全なデマです」とコメントし、見事に一蹴しています。

 

 本書の内容は、2011年1月から2月にかけて行った「アゴラ連続セミナー」の記録に手を加えたものだそうです。帯には、「日本経済の難題に鋭く斬り込む、目からウロコの池田式新解釈!」というコピーが踊っています。また、本書の裏表紙には次のような内容紹介が書かれています。

 

「本書は単なる経済古典のブックガイドではない。エコノミストであり、『経済書読み』のプロである著者が、独自の視点から日本経済再生への指針を読み解いたものである。おそらく読者は、これまで抱いていた名著のイメージを覆されるに違いない。歴史的な転換期を迎えている今こそ、時を超えた、現代に役立つメッセージを受け取ってほしい」

 

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

 

「はじめに」
第一講  既得権を考える―『国富論』
第二講  金融危機を考える―『資本論』
第三講  イノベーションを考える―『リスク・不確実性・利潤』
第四講  大不況を考える―『雇用・利子および貨幣の一般理論』
第五講  自由主義を考える―『個人主義と経済秩序』
第六講  財政危機を考える―『資本主義と自由』

 

 「はじめに」の冒頭で、著者は2011年3月11日に起こった大震災が日本に大きな衝撃を与えたと述べています。また、意思決定のできない政治システム、硬直化した官僚機構、効率の悪い企業経営など、ゆるやかに衰退の道をたどっていた日本の問題が、ここにきて一挙に表面化した感があるとしています。しかし、日本経済が3・11以降に直面する問題は本質的には新しいものではないとして、著者は次のように述べます。

 

 「かつて日本が力強く成長していた時期には、あり余る生産能力に対して不足する需要を追加することが重要でしたが、これから日本が直面するのは、減少する労働人口、増加する老齢人口、そして激化する新興国との競争などの供給制約です。そこにエネルギー問題が加わり、生産能力の効率化が必要となります。

 率直にいって、老齢化して負の遺産を抱え込み、意思決定能力を欠いた政治家と経営者が舵取りをする日本経済が、自己革新をなしとげてよみがえるかどうかは疑問です。このような歴史的変化のときには、数百年の時を超えて生きる古典に知恵を借りることも1つの方法でしょう」

 

 著者は、アダム・スミスやマルクスの時代から、資本主義は大きなリスクをはらんだシステムであったとして、次のように述べます。

 

 「その肯定的な面を見るスミスやハイエクやフリードマンは自由主義を主張し、それを否定的に見るマルクスやケインズは国家の介入を求めましたが、彼らの見ていた資本主義の特徴は1つだったように思います。それはよくも悪くも変わり続けることによってしか維持できないダイナミックなシステムであり、これが一方ではイノベーションを生み出すとともに他方では金融危機をもたらし、人々の欲望をかきたてるとともに不安にします。

 それを『無縁社会』などと呼んで否定しようとする今の日本は、資本主義のダイナミズムにいささか疲れてきたのかもしれません。ここらで競争社会から降りて、エネルギーを使わないでのんびり過ごしたいという気持ちもわかりますが、そのコストは小さくありません。それを端的に示したのが、今回の計画停電でした。豊かな生活に慣れた人々が貧しい暮らしに順応することは、かなり苦痛をともなうでしょう」

 

 では、これから日本人はどうすればよいのか。著者は、次のように述べます。

 

「これから必要なのは、縮んでゆく生産能力(資本・労働)を有効に利用するための制度改革と、限りある資源を世代間で公平に分配するための財産再建ですが、どちらにしても楽しい仕事ではなく、多くの人々にとって苦痛をともなうでしょう。そういう時代を生きるために、資本主義とはどういう経済システムなのか、という根本問題を古典に学ぶことも役立つかもしれません」

 

 ということで、「経済」を知るための古典案内に入っていくわけです。池上彰氏によるブックガイド『世界を変えた10冊の本』の内容と共通したテキストが3冊あります。マルクスの『資本論』、ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』、フリードマンの『資本主義と自由』の3冊です。同じNHKの出身者同士ではあっても、池上彰氏と著者との見解はかなり異なります。著者の古典解説の中で、特に興味深かったのは『資本論』でした。著者は、次のように述べています。

 

「『資本論』の第1巻を読んでも、階級闘争は出てこない。マルクスの基本的な発想は、ヘーゲル的な市民社会の矛盾だったことは明らかです。ヘーゲルの法哲学というのは、市民社会は利己的な人間の集まった『欲望の体系』で、それを国家がアウフヘーベン(止揚)するという発想で、マルクスはその亜流です」

 

 ヘーゲルがプロイセン国家を弁証法的発展の頂点に置いたのに対して、ヘーゲル左派の人々は、それは当時の国家に迎合する反動的な思想だと批判しました。そして、国家の代わりに「類的存在」という人類の本質のようなものを考えました。哲学者フォイエルバッハは、キリスト教の神は類的存在が疎外されて偽の形をとったものであると主張しました。それがプルードンなどの社会主義と結びついて、ヘーゲル左派のさらに極左としてマルクスのような共産主義が出てきたのです。


 マルクスの処女作は『ヘーゲル法哲学批判序説』です。この本には、あまりにも有名な「宗教は人民の阿片である」という言葉が書かれています。マルクスという人物は、もともとは法哲学の専門家なのです。著者は、次のように述べています。

 

 「このヘーゲル=マルクス的な問題は今でも解決していない思います。簡単にいうと、スミスの『見えざる手』の逆です。利己的な人間の行動を合成しても、社会的に望ましい状態になるとは限らない。ゲーム理論でいうと『囚人のジレンマ』です。

 この問題を哲学者トマス・ホッブズは『万人の万人に対する闘い』と表現して、それを統治する国家が必要だと考え、ジョン・ロックは所有権によって個人を守るルールを考えた。所有権から出発するヘーゲルの法哲学は、このロックの延長上です」

 

 つまり、「啓蒙」というものの発展がヘーゲルの市民社会論であり、マルクスはそれをほぼ丸ごと継承しているというのです。そして、著者は「マルクスは経済学者としては落第ですが、おまけとして書かれている哲学的な話がおもしろい。有名なのは『商品の物神性』という部分です」などと述べています。

 

 また、フランク・ナイトの『リスク・不確実性・利潤』から「イノベーション」について考察した部分も面白かったです。著者は、「イノベーション」と「独裁」は切っても切り離せないものであって、かのユニクロも「独裁」で成長したとして、次のように述べています。

 

 「柳井さんが『一勝九敗』という本を書いてますが、彼のやったプロジェクトはユニクロ以外は全部失敗です。私が昔、経済産業研究所にいるときに柳井さんが講演をして『ファーストリテイリングは新事業をやります』って言ったのです。『スキップ』という野菜の直販。『大丈夫かなぁ』と思って聞いていたら、案の定すぐこけた。でも立派なのは、ほとんど1年もしないうちに撤退したのです。
 本当に1勝9敗なのですが、1勝のユニクロがあれだけ儲かれば、あとの9敗は何でもない。つまり経営者が自分の責任で博打を打って、負けたらすぐ損切りするというやり方で不確実性を処理するしかない。
 それを『独裁者』とか批判する人がいますが、企業は独裁でいいのです。国家と違って、いやな人は辞めればいいのだから。イノベーションは独裁によって生まれるものであって、トップが決めて責任も自分で取る。それは資本主義の初期の形です。つまり資本家と経営者が一体化している。柳井さんとかスティーブ・ジョブズのようにオーナーが経営している企業が成長するのは、経営判断と責任の所在がはっきりしているからです」

 

 また、著者はスティーブ・ジョブズも「独裁者」だとして、次のように述べています。

 

 「アップルのジョブズも1勝9敗みたいなもので、彼が昔やったマッキントッシュとかネクストとか、ほとんど失敗ばかりだった。90年代に彼がアップルに戻ってきたとき、アップルもいよいよこれでほんとに倒産するとみんな思ったぐらいです。それを『iMac』でちょっと盛り返して、2001年に『iPod』でドーンと当てた」

 

 著者は、「全員一致がイノベーションを阻む」とさえ言っています。

 

 「独裁者」という言葉を聞いて、いま連想するのは大阪市の橋下徹・新市長でしょう。橋下市長は「独裁者」と批判される一方で、「イノベーター」と賞賛されてもいます。おそらく、どちらの要素も持っているのでしょう。経営者ならいざ知らず、政治家が独裁者では困りますが・・・・・


 ハイエクの『個人主義と経済秩序』から「自由主義」を考察した章も面白かったです。著者は、次のように述べています。

 

「リベラルと保守が論争しているのが先進国では普通ですが、日本では左下に社会主義というか国家資本主義みたいな、どうしようもないものがあります。これが民主党の多数派ですが、普通の先進国にはほとんどない。英米の一部にあるのが、経済的にも政治的にも自由主義という考え方で、これをリバタリアンと呼んでいるわけですが、いまだに少数派です。コミュニタリアンは保守に近い。つまり伝統的な価値観を重視しようという考え方です。こういう図式で論争されたのは、英米では20年ぐらい前で、日本では昨年からようやくみんながそういうことなのかと気がついた」

 

 また、著者は次のようにも述べています。

 

 「日本ではリバタリアンが大きく欠けているので、私はあえてこれに近い話をしています。ところが日本では個人主義とか自由主義が根づいていないので、NHKは『無縁社会』とか、朝日新聞は『孤族』とか変な言葉をつくって、古きよき有縁社会に戻そうみたいなキャンペーンを張っている。それを批判したら驚くほど反響があって、ほとんどの人が『親父のノスタルジーは気持ち悪い』といっていました。それを見ると、日本人はコミュニティが好きだとか人間関係を求めるとか思われているけれど、意外と個人主義が育っているのではないかという気がします」

 

 これは、ちょっと聞き捨て、いや読み捨てなりませんね。わたしも「無縁社会」や「孤族」を批判してきました。それは、現在における社会の「無縁化」、つまり血縁や地縁が弱まってきていることをことさら強調し、何の解決策を示さないままに、いたずらに人々の不安を煽っているからです。しかし著者の場合は、わたしと正反対で、「無縁社会」や「孤族」という言葉は血縁や地縁の希薄化、社会の無縁化を憂いているのであり、それらは「古きよき有縁社会に戻そう」というキャンペーンなのだというのです。ここまで、正反対の見解を持つというのも興味深いです。でも、著者は「コミュニティ」だとか「人間関係の豊かさ」といったものを求めて、有縁社会を再生させることをどうやら批判的に見ているようですね。

 

 最後に取り上げられているのは、フリードマンの『資本主義と自由』です。著者は、自身のメールマガジンで「もし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだら」という未来小説を連載したそうです。そこでも紹介されていますが、『資本主義と自由』の第2章の最後には、14項目の「政府のやってはいけないこと」がリストアップされています。池上彰著『世界を変えた10冊の本』でも紹介されていましたが、それは以下のような内容です。

 

1.農産物の買取保証価格制度
2.輸入関税・輸出制限
3.産出規制・農業や原油などの生産規制
4.家賃規制・物価統制
5.最低賃金・価格上限
6.銀行規制・輸送機関の規制
7.FCC(連邦通信委員会)によるラジオ・テレビの規制
8.公的年金
9.事業免許・職業免許
10.公営住宅・住宅補助金
11.平時の徴兵制
12.国立公園
13.郵便事業の公的独占
14.公営の有料道路

 

 この14項目の中で、とくに現代の日本の問題を考えるときに重要なものは、まず貿易の自由化であると著者は断言します。そして、今頃になってTPP(環太平洋パートナーシップ)が争点になること自体がおかしいとして、次のように述べます。

 

「TPPが実質的にアメリカとのFTA(自由貿易協定)だと批判する人がいますが、だからどうしたというのか。FTAだろうとTTPだろうと、貿易や資本移動を自由化することは『ガラパゴス化』している日本にとって重要です。日本が内側から変わるダイナミズムを失っているときは、外圧で変えるしかない」

 

 最後に著者は、「経済学の世界でみる限り、もうケインジアンという人はほとんどいません。フリードマンが勝利したと考えてもいいと思います」と述べています。

 

 このように、本書では経済学の古典6冊から、現代経済の処方箋のヒントを考えるわけですが、著者の意見が濃厚すぎる気がしました。「いわゆる古典ガイドとしては、どうなのかな?」と思えた部分が多々ありました。曲解とまでは言いませんが、ところどころ「我田引水」のように感じたのです。

 

 経済学の古典ガイドとしてならブログ『使える経済書100冊』で紹介した本のほうがずっと上です。いっそ、無理に古典に絡めないで、シンプルに現代経済を語ったほうが良かったかもしれません。いつもながらの歯に衣着せぬ物言いで、現代の日本が抱えている問題に対して次々に具体的な処方箋を示していくくだりは見事でした。

 いずれにしろ、経済の基本をもう一度勉強したいという気にさせてくれる本です。