No.0481 人生・仕事 『老人クラブ、カーネギーで歌う』 小島修著(岩波書店)

2011.11.04

『老人クラブ、カーネギーで歌う』小島修著(岩波書店)を読みました。

著者は、元新聞記者やフリーライターとして活躍した人です。大学時代から男声合唱団の委員長で、副指揮者として鳴らした人でもあります。

その著者は、神奈川県川崎市の老人クラブの会長に就任し、合唱を始めます。そのとき、「将来の夢は、カーネギーホールですね」という冗談を言うのですが、それが4年後に本当に実現してしまったという内容です。

もちろん、簡単に実現できるような夢ではありませんでした。基礎からの歌と踊りの特訓、旅行社との値下げ交渉、地域と行政への支援要請などなど、本書にはさまざまな苦闘ぶりが描かれています。

ひたむきに求めた「夢舞台」の感動的な体験は、さらに三世代交流へとつながります。開かれた明日の「シニアクラブ」像を提唱し、高齢者が幸せに生きることができる社会への提言の書ともなっています。

本書の「目次」は、以下のようになっています。

「はじめに」
第一章:夢舞台
第二章:「私の人生が変わった」
第三章:ニューヨーカーの心に届く
第四章:なぜカーネギーだったか
第五章:「壁」を乗り越えて
第六章:高齢者の心通うボルチモア交流
第七章:3世代シニア・ファミリーコーラスに挑む
第八章:あすを拓くシニア(老人)クラブの夢
「もう一つの物語―Another Story」
「あとがき」

「はじめに」の冒頭で、著者は次のように書いています。

「あのカーネギーホールの舞台に立って、信じられない光景を見た。
バルコニー席の五階まで人影があって、ほぼ満席になっている!
そして大拍手、潮のような手拍子、大歓声……。人生、なにごとも、やってみなければわからない。なにが起きるかわからない!まさに実感である」

著者は、老人クラブの会長として、会員たちを引き連れて渡米しました。そして、あのカーネギーホールの舞台に立って歌ったのです。

「えっ、老人クラブがカーネギーだって?」そんなとまどいや、冷ややかな目もそそがれたツアーだったそうです。でも、そこで起きたもろもろのできごとを、著者はあえて「カーネギーの奇跡」と表現しています。

中でも最大の奇跡は、世界最高の音楽の殿堂といわれるカーネギーホールで開かれた、著者たちのシニアクラブ・コーラスを主体とする日米音楽親善演奏会に2000人ものお客様がつめかけてくれたことでした。いつも川崎市多摩区の老人クラブが”晴れの舞台”にしている多摩市民館大ホール900席を満員にして2倍以上の人数です。

それも満員の聴衆から大声援が送られたのです。この「カーネギーの奇跡」について、著者は次のように述べています。

「それは、ひたむきに音楽を追い求め、彼の地の人々と心を通わせようとした者たちへの『天上からの贈り物』といっていいほどの現象であった。この感動的な夢舞台を通じて、私は音楽や踊りが国境とともに年齢を超え、人と人とをつなぐ、かけがえのないものであることを改めて全身に刻みつけた。それは、少年時代、何度もくり返し観て、聴いて、夢中になったアメリカ映画『カーネギーホール』から感じとった世界の音楽のすばらしさを、半世紀のちに『その場』で、自ら体験させてもらったことでもあった」

わが社は数年来、「隣人祭り」をサポートしていますが、地域コミュニティの再活性化の1つの成功例が本書には記されています。高齢化社会に望まれる、開かれた「シニアクラブ」の理想像がそこにはあります。

本書を読んで、わが社が老人会などを対象に行っているシルバーカラオケ大会やグラウンドゴルフ大会が地域活性化のために一役かっていることを改めて認識しました。「あとがき」で、著者は次のように述べています。

「世間では、家族から離れて孤独な老後を過ごす、おじいちゃん、おばあちゃんもいる。中学生たちから、ひったくりしやすいからと襲われ、突き飛ばされて大けがをしたおばあちゃんもいる。『無縁社会』。なんと寒々とした言葉だろう。
せっかくの長寿社会を、世代のきずなを結び合い、むつみあって生きていくような世の中を、どうやってつくっていったらよいのだろうか」

そう、本書は「無縁社会」を乗り越えるための提言の書でもあるのです。続けて、著者は次のように述べています。

「ニューヨークのカーネギーホールで、当初は予想もしなかった、世代を超えての心こめた演奏が彼の地の人々の心と通い合ったという貴重な体験から出発して、3世代ファミリーコーラスを試みた私。その胸の中に徐々に蓄積されていったのは、私たち高齢者が世代間交流に知恵と力をそそいで、ともにいつくしみ合うような社会をめざせないものだろうかという問題意識であった」

わたしは、3世代ファミリーコーラスは「血縁」を強く結びなおす素晴らしい試みであると思いました。ピーター・ドラッカーの世界的ベストセラーに『断絶の時代』がありますが、結局、現代社会の大きな問題は旧世代と新世代の間の絆が断たれていることにある。そして、旧世代と新世代の間の絆を儒教では「孝」と呼びました。歌だけでなく、音楽というものは人の心を1つにします。

かの孔子は、「礼楽」ということを唱えました。何よりも人間尊重精神としての「礼」を重んじた孔子はまた、度はずれた音楽好きでもあったのです。『論語』には、「子、斉に在りて韶を聞く。三月、肉の味を知らず。曰く、図らざりき、楽をなすことのここに至らんとは」とあります。孔子は斉国にいるとき、聖天子とされた舜の音楽を聞きました。感動のあまり長い間、肉の味がわかりませんでした。そして、「思いもよらなかった。音楽にここまで熱中してしまうとは」と言いました。                     その「楽」を、孔子は「礼」と組み合わせたのです。

『論語』に「楽は同を統べ、礼は異を弁つ」という言葉があります。音楽は、人々を和同させ統一させる性質を持ち、礼は、人々の間のけじめと区別を明らかにする。つまり、師弟の別、親子の別というように礼がいたるところで区別をつけるのに対して、音楽には身分、年齢、時空を超えて人を1つにする力があるというのです。

音楽には、血縁を結びなおし、地縁を結びなおす力があります。「カーネギーホール」ならぬ「松柏園ホテル」のステージで自慢の喉を披露する高齢者の方々を見上げながら、わたしは「歌から有縁社会が再生できるかもしれない」と考えました。今後も、「シルバーカラオケ大会」は開催していきたいと思います。

最後に、シルバーカラオケ決勝大会のゲスト審査員を務められ、自らも素晴らしい歌声を披露して下さった斉藤美智子さんは、本当にカーネギーホールの舞台に何度も立ったオペラ歌手です。おそらく、斉藤さんはカーネギーホールと松柏園ホテルのステージの両方に立った唯一の歌手ではないでしょうか。

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