お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

  • HOME
  • サービスはホテルに学べ
Title

サービスはホテルに学べ』

Category

No.0485

 

 日々、わたしは多くの出張をこなしています。当然ながら、よくホテルに泊まります。東京、金沢、那覇・・・・・それぞれに定宿があり、そこへ行くと優しく「お帰りなさいませ」と言ってくれます。今夜も、金沢のホテルでくつろいでいます。

 

 もともとサンレーグループは、松柏園ホテルからスタートしました。つねづね、ホテルとはサービス業の王様であり、すべてのサービス業はホテルに学ぶべきだと思っています。

 

 ということで、『サービスはホテルに学べ』富田昭次著(光文社新書)を読みました。

 

 帯には、「会話が弾む居心地抜群のバー、そっと置かれた手作りカード、たった一人の客のためのスープ・・・・・」、そして、「『また来たい』が生み出される極上のサービスの秘密を明かす」と書かれています。


 著者は1954年東京都生まれ。立教大学社会学部卒業後、ホテル専門誌の編集記者・編集長を経て独立し、ホテル・旅行作家の活動に入りました。『ホテルの社会史』『ホテルと日本近代』などをはじめ、数多くのホテル本を書いています。


 本書は光文社新書の1冊ですが、『「極み」のホテル』『東京のホテル』『おひとりホテルの愉しみ』などを光文社新書から刊行しています。つまり、本書はシリーズ第4作目ということになります。


 著者は、150年の歴史のなかで日本のホテルが培ってきたサービスの極意を、ホテルスタッフへのインタビューや取材を通して明らかにしています。


  本書の「目次」は、次のようになっています。


「はじめに―サービスって何ですか」
第1章 ホテルサービス150年 歴史から極意を探る
     コラム① 観光立国の鍵を握る? MICEのおもてなし
第2章 サービスの本質とは 業界人の著作から探る
     コラム② コンシェルジュは「黄金の鍵」を持つ
第3章 サービスのプロフェッショナルたち 人気ホテルを支える5人の工夫
  1 コンシェルジュ―ザ・リッツ・カールトン東京の「世界標準」
  2 サービス・エキスプレス―ウェスティンホテル大阪の「1つのボタン」
  3 ランドリーサービス―帝国ホテル「15分で戻せ」にどう応えるか
  4 ソムリエ―リーガロイヤルホテル ワイン初心者のカップルに恥をかかせない
  5 飲料サービス―パークハイアット東京 マイナスをプラスに変えるサービス
     コラム③ チップやサービス料は、なぜ生まれたのか
第4章 老舗ホテル 変わるサービス、変わらないサービス
  1 日光金谷ホテル
  2 富士屋ホテル
  3 奈良ホテル
  4 雲仙観光ホテル
  5 ホテルニューグランド
     コラム④ 老舗ホテルの人材育成―帝国ホテルの場合
第5章 スモール・ラグジュアリーという世界 真の贅沢とは
  1 ホテル西洋銀座
  2 ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド
     コラム⑤ 車はもう1人の大切なお客様
第6章 心地良さの追求 空間はサービスである
第7章 厨房が飛び出してきた おいしさの新基準
第8章 新時代のサービス CSRにどう対応するか
「エピローグ―再び、サービスって何ですか」


  2008年10月、わが国に観光庁が発足し、外国人観光客を積極的に誘致する「観光立国」の政策が打ち出されました。その政策によって外国人旅行者が増えるのではないかということで、ホテル・旅館業界には明るい空気が広がりました。


 一方、国内各地でも、昨今は地域振興で観光事業が盛んになっています。これまた、ホテル・旅館経営への関心が高まっているのです。こんな時代背景の中で、著者は「はじめに」で、ホテルについて次のように述べます。


 「ホテルという世界は、突発的な出来事が日常茶飯事のように起きるところである。危機管理というほどのものではないにしても、打ち合わせの中で、こういう事態が生じたときは、こう対処しようという、マニュアルを超えるようなシナリオを用意し、話し合っておかなくてはならない。いや、たとえシナリオを用意しておいても不十分であるに違いない。人知の及ばない予想外の出来事は、迅速で臨機応変な対応を必要とするからだ。そこにサービスの難しさがある」


  サービスというものは、本当に難しいものです。わたしも、ホテルや冠婚葬祭の仕事をしていくうえで、サービスの難しさは毎日のように痛感しています。


 著者がいうように、サービスの難しさとは臨機応変の難しさです。そして同時に、求められるサービスの中身が、お客様それぞれ1人1人によって異なるという現実にあると言えるでしょう。


 著者は、もちろん常に「サービス」について考えている人ですが、本書を書き起こそうとした際、自宅の書棚を見直していて、1冊の小さな文庫本の存在に気づいたそうです。その文庫の背表紙には『Service.』とだけ記されていました。


 発行したのは、東京ディズニーランドに隣接した第一ホテル東京ベイ(現・ホテルオークラ東京ベイ)。同ホテルが開業5周年を記念して、1993年の6月中旬から約2ヵ月半、『私にとってサービスとは?』というテーマで広く一般に意見を募集したところ、予想を上回る5509通の応募が集まり、その貴重な声の中から約300ほどの意見を選んで、文庫の形にまとめたものだそうです。


  この『Service.』に掲載されている多様なサービス観が、じつに示唆に富んでいるのです。たとえば、次のように書かれています。


 「ホテル内で、"サービス"だなと感じることは、ベルボーイの方にカバンを持ってもらうことではなく、廊下などですれ違ったホテル従業員の方に笑顔で会釈してもらうことだと思います。笑顔であれば、たとえ黙っていても充分"いらっしゃいませ"という言葉はこちらに届くものです。宿泊した後で「あそこは泊まってよかった」「またあそこに泊まりたい」と思わせることが最高のサービスだと思います。(会社員 30歳 女性)


 そのほか、『私にとってサービスとは、誕生日のケーキのろうそくのようなもの。無いと寂しいし、あり過ぎても不快。適度なサービスが理想』(主婦 32歳)とか、『親切な透明人間がたくさんいて、何かがあると姿が見える、ような雰囲気のある場所がホテルじゃないかな、と思います』(玩具デザイナー 30歳 女性)、『和食における漬物のようなものです。程よい質と量とで、脇役に徹する。素朴な中にも美しさを保ち、役目が終わったら、さっさと消える。こんな漬物のようなサービス、味わってみたい』(主婦 29歳)というように、面白いたとえを引き合いに出した人もいた」


 いずれも、サービスという摩訶不思議なものの一面を的確に表現していると思います。ホテルに限らず、サービス業で最も必要とされるのは笑顔だと言われます。でも、この笑顔というやつが中々の難問なのです。


 著者は、「笑顔を見せること――実はこれが容易ではないと言われる。人が笑顔を見せることができるかどうか、それは、その人の心の在り様や体調、仕事に対する情熱、将来に対する展望といった大きな問題が影響を及ぼすからである。背後に問題を抱えながら、朗らかな表情をお客に見せることができたら、その人はすでにサービスのプロなのだと言えるだろう」と述べています。


  サービス業においては、ハードよりもソフトが重要だなどと言われます。もちろんその通りなのですが、だからといってハードを疎かにしてはなりません。優れたハードとソフトが揃って初めて、一流のサービスが生まれる。当然の話であり、何よりもホテルとは空間を売っているビジネスだということを忘れてはなりません。


 著者は、「あらゆるサービスの現場でも言えることだろうが、空間は人のさまざまな印象をコントロールする。ホテルでは特に、衣・食・住の環境をひっくるめてお客様に提供する。複数のホテルに泊まってみると分かることだが、そのしつらえはそれぞれ必要最低限の設備を除けば少しずつ違う。そしてその違いが、『また来たい』と思わせるかどうかの重要な指針にもなる。そう考えれば、場の環境を整えることも立派なサービスの1つであると言える」と述べています。


  本書には、さまざまな日本を代表するホテルの一流のサービスが紹介されています。それらも参考になったのですが、わたしが最も興味を引かれたのは第8章「新時代のサービス――CSRにどう対応するか」でした。


 そこではまず、東京・新宿のハイアット・リージェンシー東京やホテルオークラのロビーにおける音楽会のことが書かれています。これらのロビーで開催されるコンサートは、いわゆるホテルの慈善事業です。


 ホテルの慈善事業について、著者は「ホテルは言うまでもなく営利企業の一形態だが、不特定多数の人々が利用するため、社会的公器の色合いを帯びている。そうした役割に敏感なホテルでは、企業の社会的責任、つまりCSR(Corporate Social Responsibility)を果たそうとするところも増え始めている」と述べています。


  ザ・ペニンシュラ東京では、09年12月からおにぎりプロジェクトを実施中です。ボランティア組織との共同で、毎回米20キロ分のおにぎり(約200個)をセカンドハーベスト・ジャパン(福祉施設や生活困窮者に食品を配布する非営利団体)に提供しているとか。


 また、ホテルオークラでは、1994年からチャリティ美術展を開催しています。これは、企業文化交流委員会と同ホテルが協力して行っているもので、「アートは世界のこどもを救う」をスローガンにしています。日本赤十字社やNHK厚生文化事業団へ寄付金が贈られているそうです。


 ホテルニューオータニでは、2010年5月の連休に、ユニークな見学ツアーが行われました。このツアーは、生ごみを100パーセント資源化するコンポスト(堆肥)プラントや、厨房排水をバイオ処理して浄化させるとともに、トイレの洗浄水などに再利用する中水造水プラント、そして屋上緑化し、挙式会場としても利用されているローズガーデンなどの環境施設を見学するというものです。


 参加者はこれによって、ホテルの環境対策を知ることができる仕組みです。子供の社会見学として、親子で参加する人もいるそうです。ホテルニューオータニといえば、日本一の巨大ホテルとして知られています。客室数は1479を数え、料飲施設や宴会場もそれぞれ30ヵ所をはるかに上回ります。


 1991年にはオフィス棟も加わりました。著者いわく、「単に巨大ホテルの枠を超え、1つの地域社会と言えるまでに発展している」のです。こうした規模を誇るだけに、ニューオータニは環境対策にはかなり力を注いでいるようです。


  本書には、これまで日本で出版された多くのホテル関連書に書かれてある内容が引用されています。シリーズも第4作目とあって、著者も自身の体験以外に広く文献にヒントを求めたのでしょう。でも、いろんなホテルについての本が紹介されていて、わたしは楽しめました。著者も述べているように、これまではホテル業界の人物が自分の所属するホテルのサービスの特質を述べたり、あるいは有名人が利用者の立場で、または業界出身者が評論者の立場でサービスの良し悪しを論ずる本がたくさん出されてきました。


 しかし、著者は「サービスをもっと包括的かつ広範囲に捉え、現場の人の声を集めたものは、それほどないように思っていた」そうです。それで、これまでにあまり見られないような新しいコンセプトでホテルのサービスを論じてみたいと思い、本書を執筆したといいます。


  「エピローグ」で、著者は次のように述べています。


 「ホテルは、サービス産業の頂点に位置する業種・業態だと言われている。それだけに、ホテルのサービスは実に多岐にわたる。広範囲に捉えたつもりでも、恐らく、取材すべきこと、語るべきことがまだたくさんあったのではないだろうか」


 ザ・ペニンシュラ東京の総支配人を務めるマルコム・トンプソン氏が『日本が教えてくれるホスピタリティの神髄』(祥伝社)で、興味深いことを述べています。


 ホテルの評価基準において何を重視するか、日本人と西洋人では優先順位が異なるというのですそして、「西洋人はホテルを製品として捉え、ハード面を重視する傾向があるのに対し、日本人は目に見えにくいソフト面を優先する傾向にあるのです」と述べます。


 トンプソン氏によると、日本人が最も重視するのは、「チェックイン時の予約情報の正確さ」だそうです。名前を間違えずに、指定通りの客室に案内されることで、日本人は「あなたを大切にもてなす準備を整えている」というホテル側の気持ちを感じ取ります。


 すなわち、「日本人のお客様にとっては、サービスそのものと同時に、サービス行為の背景にある『考え』や『気持ち』が重要性を持つということ」なのですね。


  また、本書の著者である富田昭次氏は、「はじめに」で、人によってサービスの評価基準が異なることを述べました。そして最後の「エピローグ」では、便箋やバスタオル1枚から落ち葉、そして背後に隠れた心までもがサービスの対象として上がってくることを述べています。「ことほどさように、ホテルのサービスは幅が広く、そして奥が深いことを実感してきたわけである」というのです。


 著者は、こういったホテルのサービスの特質を1本の鎖にたとえた人として、帝国ホテルの社長を務めた犬丸一郎氏を紹介します。犬丸氏は、著書『「帝国ホテル」から見た現代史』(東京新聞出版局)で次のように書いているのです。


 「鎖の輪は弱いところから切れてしまう。いかに客室が清潔で、従業員が親切であっても、レストランの食事がおいしくなければ、人はもうそのホテルには泊まりたくないと感じる。100から1を引くと99ではなく、ゼロになりかねないのがホテルである」


  本書には、トンプソン氏や犬丸氏の他にも、ホテル業界のトップの人々のさまざまな言葉が引用されています。ホテルをめぐる一種の名言集、金言集として、本書を読むことができるかもしれません。ホテル業界に限らず、またサービス業界にも限らず、すべてのビジネスマンに何らかの仕事のヒントを与えてくれる本だと思います。