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出版大崩壊』

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No.0489

  

 『出版大崩壊』山田順著(文春新書)を読みました。

 

 「電子書籍の罠」というサブタイトルがついています。現在、わたしは複数の著書の電子書籍化を進めているので読んでみたのですが、なかなかショッキングな内容でした。


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。


「はじめに」
第1章:「Kindle」「iPad」ショック
第2章:異常な電子書籍ブーム
第3章:そもそも電子書籍とはなにか?
第4章:岐路に立つ出版界
第5章:「中抜き」と「価格決定権」
第6章:日本市場の特殊性
第7章:「自炊」と不法コピー
第8章:著作権の呪縛
第9章:ビジネスとしての電子出版
第10章:「誰でも自費出版」の衆愚
第11章:コンテンツ産業がたどった道
「おわりに」


  帯には「某大手出版社が出版中止した『禁断の書』」と大書され、「元辣腕編集長が実体験を基についに書いた!」「電子書籍の"不都合な真実"」との言葉が踊っています。


 著者のプロフィールについては、「はじめに」で次のように述べられています。


 「私は2010年5月、それまで34年間勤めた出版社を退社し、とりあえず新しいメディアの潮流のなかに身を投じてみた。そうして、じつに多くの関係者を取材してまわった。また、自分でも今後、既成メディアがどう変わっていくのかを確かめたくて、これまで出版界で培ってきた人脈をネットワーク化して電子出版のビジネスにも手を染めてみた」


 著者の在籍した大手出版社とは光文社でしたが、続けて次のように述べています。


 「そうしてみていま言えることは、『電子出版がつくる未来』は幻想にすぎず、今後、混乱をもたらすばかりか、既成メディア自身のクビを締めるだけだと思うようになった。それでもこの先、既存の出版社は電子出版に大々的に乗り出さざるを得ないだろう。新聞、雑誌も含めたプリントメディアは、みなこの道を行かざるを得ないだろう。
 しかし、新しいビジネスモデルは確立されず、出版社も新聞社も自前のコンテンツのデジタル化を進めれば進めるほど、収益は上がらなくなっていく。そうして、その混乱のなかで、既成メディアを支えてきた多くの人間が失業する。
 すでに、出版界も新聞界も人間のリストラに入っている。正社員はもとより、デザイナー、カメラマン、フリーライターは、いまこの時点でもどんどん職を失っている。
 それを電子出版が救ってくれるはずがない」

 

 まず、「活字離れ」ではなく「紙離れ」というくだりが印象に残りました。著者は、以下のように述べています。


 「旧世代の人々は、若者が本や新聞を読まないというと『活字離れが進んでいる』などと嘆いてみせる。しかし、紙の本や新聞を読まなくなった若者たちは、昔の若者たちよりはるかに大量の活字(文字)情報に、ネットを通じて接している。また、毎日必ずといっていいほどメールを書いているはずで、これほど若者たちが文字を使っていた時代はかつてなかっただろう。つまり、活字離れなど起こっていない。起こっているのは、『紙離れ』だけだ」


 現在、各新聞社は必死になって子どもたちに紙の新聞を読ませようとしています。新聞を読むことを習慣化させて、将来の読者(購読契約者)を獲得するのが目的です。NIEという「子供に新聞を読む習慣を身につけさせる」運動も全国で展開され、学校で子どもたちが新聞を読む時間をつくるよう積極的に支援しています。


 しかし、著者は次のように述べています。


 「教師が新聞社の支援のもとにいくら熱心に新聞を切り抜いて教材にしてみせても、子供たちはケータイやPCばかり見ている。また、新聞のニュースは古すぎるということも、子供たちの興味を薄れさせている。こうした子供たち、つまりデジタルネイティブ(生まれたときからデジタルに接して育つ世代)が、大人になったときは、もはや紙でニュースや情報を得る習慣はなくなっているだろう。
 ならば、子供のときから紙よりもPCや情報端末による、検索、情報収集、読書などを積極的に教えるべきだと思う。次の時代を考えたら、やがて消滅していくようなメディアで子供たちを教育しようというのは、時代錯誤ではなかろうか?車が走っている世の中で、車の運転を教えず、馬の乗り方を教えているようなものである」


 うーん、手厳しいですが、真実を言い当てているかもしれませんね。

 

 時代遅れなのは、新聞だけではありません。紙の出版も同様です。ずばり「出版業界は総崩れの状況になる」という著者は、次のように述べます。


 「本というのは制作するまでは編集費などのコストがかさむが、いったん制作してしまえばかかるのは紙代と印刷代と流通経費だけである。だから、重版となると『お金を刷っているのと同じだ』と、当時の販売部は言っていた。
 日本の出版産業の黄金時代を支えたのは、マンガと雑誌、それに数多くのベストセラー群だった。しかし、マンガは1995年に『週刊少年ジャンプ』が653万部というコミック誌の最高発行部数を記録した後は次第に衰えていき、2005年にコミックス(書籍)の販売額がコミック誌のそれを初めて上回ったことで、紙としてのマンガ市場は縮小に向かい始めた。この逆転現象は、深刻である。なにより、今後、読者として成長していく若者たちが、はっきり紙離れを始めた証拠だったからだ」

 

 雑誌は、月刊誌・週刊誌ともに1997年にピークを迎えました。それ以降、13年連続で前年割れとなっています。最近では、名門と呼ばれる雑誌も続々と休刊(事実上の廃刊)するようになりました。


 日本の出版産業は、1989年に売上げが2兆円を超えました。それから20年間にわたって「2兆円産業」と言われてきたわけですが、その後、1996年に過去最高の2兆6563億円を記録してからは下降の一途となります。毎年、500億~1000億円規模で市場は縮小しています。


 2009年にはついに2兆円を割って1兆9300億円となって、「2兆円産業」の時代は終わりを告げました。リーマンショックからの回復が期待された2010年も、1兆8748億円で、さらに市場は縮小しているのです。このように衰退を続ける出版産業について、著者は次のように述べます。


 「大手はほとんど本来の出版業で利益を上げられなくなっており、そのマイナス分を営業外の不動産収入、有価証券売却益などでカバーし、それでも赤字が出るという状況になっている。中小となると、この状況はさらにひどくなる」

 

 しかし、出版業界は衰退しているのに、逆に新刊書の刊行点数は増加しています。バブル期の1989年には約3万8000点でしたが、2008年には約7万6000点と倍増しています。2009年には、8万点近くに達しているから驚きです。なんと、1日に200冊以上の新刊本が発行されているのです! 点数が増えても、1冊あたりの刊行部数は減少していく一方です。著者は、次のように述べています。


 「本をつくってきた側の立場から言わせてもらえば、『毎日追われるようにつくっている本なら、出さないほうがマシ』『出さない選択のほうがよほど賢い』ということになる。編集者というのは、売れる本よりいい本(社会的に意義のある本、価値のある本)を、納得のうえで出したいものだ。それが売れてくれて、つまり、社会に価値を認められて、初めて報われた気持ちになる。
 ところが、ビジネスとしての出版経営は、たいていの場合、毎月決まった点数を刊行するというノルマのもとに運営されているから、打席数が増えれば増えるほど、1冊の本にかける時間は減少し、その結果、本のクオリティは落ちていく。時間をかければいい本が出せるとは限らないが、少なくとも企画段階から2、3ヵ月では、いい本は出せない」


 著者の意見はまったくもって正論であり、深く共感します。


  出版業界をここまで苦境に追いやったのは、もちろんネット文化の存在が大きいと言えるでしょう。そして、電子書籍というのはネット文化の土俵の上で出版業界が商売をするという話です。しかし、著者によれば、「情報はタダ」がネット文化の宿命だそうです。「ネットの情報は無料」というのは、ネット誕生のときからの避け難い宿命、ネット文化そのものだというのです。著者は、ネット文化の誕生に遡って、次のように述べます。


 「1960年代に誕生したインターネットは、そもそも情報を共有するということが出発点だった。1980年代にウェブ(World Wide Web:WWW)のハイパーテキストシステムを考案したティム・バーナーズ=リーも、世界中に散らばる研究者たちが情報を共有できないかという発想で、ハイパーテキストをつくった。そして、1990年代の末に誕生したグーグルもネットの情報は無料という基盤のうえに検索エンジンを開発した。
 このように見てくれば、ウェブというものが、当初から情報ではビジネスにならないのは明白なのだ」


  電子書籍がビジネスとして成功するかどうかを考える上で、「ペイウォール」の問題が重要になります。ペイウォール(paywall)とは、ネットの利用者のうち無料利用者と有料利用者を隔てる「課金の壁」のことです。サイトが一部のコンテンツを有料にした場合、それまでの無料利用者が、この壁を越えてお金を支払えば、何の問題もないのです。


 そうすれば、新聞社も出版社も、現在のビジネスを持続可能なものにできます。そうなれば、電子書籍も、ビジネスとして成り立つ可能性があるわけです。しかし、「この壁が今日まで築かれたことは一度もない」と著者は言うのです。さらに著者は、ウェブの本質を「低度情報化社会」であるとして、次のように述べます。


 「ウェブは、高度情報化社会のシンボルだが、その実態はまったく逆で、じつは低度情報化社会である。日本のブログ数はアメリカに次いで多いという。しかし、その90%以上は、日常の取るに足りない話を書き連ねたゴミブログである。また、これほど匿名でのブログやツイッターアカウントが多い国はない。
 欧米社会のように実名でフェアに社会に対して関わっていくという習慣がないから、セルフパブリッシングが進めば、アメリカ以上に無責任なコンテンツが溢れるだろう」


 著者は、「リコウはリコウと交信し、バカはバカと交信する」と喝破します。そして、これが低度情報化社会で、ネットの本質だとしたら、そこで起こることは「悪貨は良貨を駆逐する」ということではないかと訴えるのです。


  本書を読んで最も驚いたのは、「辞めたい業種のNo.1はマスコミ」というくだりでした。2009年12月8日、調査会社ネットマイルが「仕事の意識についての調査レポート」というのを発表しました。それによると、ビジネスパーソンの42.1%が「いまの会社を辞めたい」としていました。長引く不況に、閉塞感を考えれば、これは別に不思議でも何でもありませんが、業種別の結果には驚かされます。


 なんと、「マスコミ・広告・出版・印刷系」が50.4%と最も高くなっていたのです。逆に「いまの会社を辞めたくない」としている業種1位は「電力・ガス・水道」でした。まあ、現時点で電力業界の人気がどうなっているかはわかりませんが・・・・・。それにしても、かつて最高の花形職業であり、多くの学生の憧れの的であったマスコミ人気の凋落には驚かされます。

 

 「おわりに」で、著者は「もうデジタルの時代は終わったと思うんですよ。これからはオフラインの時代です」というハイパーメディア・クリエーターの高城剛氏の言葉を紹介しながら、オンライン生活というのは一言で言えば「忙しすぎる」ということに尽きると断言しています。そして、著者は次のように述べます。


 「かつて、コピー機やファックスが登場したときは、本当に便利だと思った。そして、PC、ケータイと時代は進んでさらに便利になった。いまや、よほどの用件でなければ打ち合わせに外出する必要はないし、ちょっとした取材用件もメールですますことができる。本も電子化されたおかげで、図書館に行く必要もなくなった。
 しかし、オンライン生活は私の生活を24時間にしてしまった。昔は、仕事は外でするものだった。フリーになる以前、会社員だったころは間違いなくそうだった。だから、家に帰れば、子どもと遊び、家族で食事をしてくつろぐ時間があった。
 ところが、いまはオンラインによって外部と家庭の境目が消え、寝ているとき以外は24時間仕事をしている。これは、日本のサラリーマン、OL、全員に当てはまることだと思う。これほど、社会生活が多忙だった時代はかつてなかっただろう」

 

 すべてがデジタル化したオンライン社会では、人間は安らぐヒマがありません。常にオンラインでネットワークに接続されているため、どこにいようがケータイは鳴るし、メールは届きます。そんな状態を「私たちはそこにいながら、どこか『別のところ』にもいる」と表現する著者は、次のように述べます。


 「現在は、労働史上初めて、ホワイトカラーがブルーカラーより長時間働く時代である。もっと言えば、所得の多い人が低所得者よりたくさん働いている。
 しかし、所得の多い人は、ほとんどが衣食住からかけ離れた仕事に就いて、オンライン生活をしている。コンサルや弁護士、アナリスト、ファンドマネージャーなどは、目が回るほど忙しく働いているが、いったいなにを生産しているのだろうか?」

 

 そして、著者は「おわりに」の最後で次のように述べるのです。


 「グーグルは本当に全世界の書籍をデータベース化し、オンラインですべてにアクセスできるような世界をつくってしまうのだろうか? 
 アマゾンはこの先も、コンテンツをどんどん増やしていくのだろうか?
 現在、世界はリーマンショック後の大不況からまだ立ち直れないでいる。そんななか、電子出版は否応なく進展し、プリントメディアの崩壊が近づいている。いままで自分はなんのために仕事をしてきたのだろうか?と、日々考えるようになった。
 この状況で言えるのは、もう後戻りはできないということ。そして、オンラインがいやなら、ネットに接続しなければいいということだけだろう」


 オンラインからオフラインへ・・・・・。このコンセプトは、これから流行しそうな予感がします。なんだか、ソローの『森の生活』っぽい感じもしますけど。