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暴力団』

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No.0476

 

 この10月1日から、「暴力団排除条例」が東京都と沖縄県でも施行されました。これで47都道府県の足並みが揃ったわけですが、「暴力団を恐れない、暴力団に金を出さない、暴力団を利用しない、暴力団と交際しない」を原則に、日本から暴力団を一掃するのが目的です。そんな折、『暴力団』溝口敦著(新潮新書)を読みました。

 

 暴力団関係者との交際を理由に、島田紳助氏が芸能界を引退したことは記憶に新しいですね。また、ブログ『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の反響が大きいですが、木村政彦・力道山の両陣営ともに、背後には暴力団がついていたそうです。


 昔から、芸能やプロ格闘技の興行に「暴力団は不可欠だ」などと言われてきました。暴力団排除条例の完全施行で、今後の暴力団はどうなるのか。


 帯に「世界一わかりやすい わるいやつらの基礎知識!」と大書された本書には、芸能人も一般人も知っておくべき最新情報がたくさん掲載されています。


 ノンフィクション作家である著者は、早稲田大学政経学部の卒業で、わたしの先輩に当たります。『食肉の帝王』で、2003年に第25回講談社ノンフィクション賞を受賞しています。その他、『池田大作「権力者」の構造』『山口組動乱!!』『ヤクザ崩壊 浸食される六代目山口組』など多くの著書があります。


 これらの著書のタイトルを見ると、どうやらこの著者には怖いものがないようですね。本書の構成は、以下のようになっています。


「まえがき」
第一章:暴力団とは何か?
第二章:どのように稼いでいるか?
第三章:人間関係はどうなっているか?
第四章:海外のマフィアとどちらが怖いか?
第五章:警察とのつながりとは?
第六章:代替勢力「半グレ集団」とは?
第七章:出会ったらどうしたらよいか?
「あとがき」


 「まえがき」の冒頭で、著者は「暴力団は今曲がり角にいます。このまま存続できるのか、それとも大きく体質を変えて生き残りを図るのか」と書いています。それから、次のようにも書いています。


 「暴力団は社会的に孤立しているのです。このたびの東日本大震災では傘下の右翼団体などを通じて、被災地の義援活動なども陰では行っているようですが、そのことにより暴力団を有用とするような意見はゼロなのです」


 暴力団の人々は、ふつう「ヤクザ」と呼ばれます。では、なぜ暴力団は「ヤクザ」と呼ばれるのか。著者は、次のように述べます。


 「1つの語源説にすぎないのですが、花札にオイチョカブという遊びがあります。その遊びでは札の合計が10や20になると、ブタといって勝負になりません。『ヤ(8)+ク(9)+ザ(3)=20』ですから、これはブタで、どうしようもない手です。ここから、自分たちはどうしようもない世間の持て余し者だ、というので、『ヤクザ』と名乗るようになったという説があるのです」


 なるほど、非常にわかりやすい説明ですね。暴力団に一度入ったら、絶対に抜けられないなどと言われています。本当に、そうなのでしょうか。著者は、次のように述べます。


 「暴力団の組によっては、辞めたいという者に対し、あっさり離脱を認める組もありますが、ふつうは脅し、難題を持ち掛け、お金を取ろうとし、素直に辞めさせません。
 また、許しがたい不始末をした組員に対しては、組がその者に制裁を加えて追放する場合がありますが、戦前には手足の指を切る、鼻を落とす、手足を切り落とすといったひどい例もあったのだそうです。
 大昔の博徒が破門する場合は、その者を縁側に座らせて、その前に杉箸を十文字に置いた飯の椀と小便を入れた椀を置き、むりやり飯と小便を呑み込ませた後、縁側から蹴落としたそうです。もっと残忍な場合には殺しました」


 うーん、やっぱり怖いですねぇ・・・・・。著者いわく、日本人は暴力団に甘いそうです。日本国民の多くは、暴力団組員を憎むべき極悪非道な犯罪者とは見ていないというのです。暴力団組員のことを、強きをくじき、弱きを助ける「任侠の人」などとは思っていないにせよ、それでもオウム真理教の麻原彰晃や連続無差別殺人犯に対するほどは憎んだり、嫌ったりしていないというのです。暴力団を見る国民の目に甘さがあると指摘する著者は、次のように述べています。


 「なにしろ国民には、彼らが『町奴』とか、『ヤクザ』とか呼ばれたころからの刷り込みがあります。近年では高倉健や鶴田浩二、藤純子(現、富司純子)などが出演した東映ヤクザ映画路線に『カッコいい!』としびれた体験を持っています。あるいは菅原文太の『仁義なき戦い』、岩下志麻や高島礼子の『極道の妻たち』シリーズ、『塀の中の懲りない面々』を書いた元極道作家・安部譲二の『ヤッチャン』ブームもありました。
 しかし、アウトローを一種憧れの気持ちでみるのは日本国民に限ったことではありません。アメリカにも『ゴッドファーザー』に代表されるマフィア物やギャング物がありますし、フランスや香港、韓国にも組織犯罪集団に属する人間を思い入れたっぷりに描いた作品が数多くあります。とすれば、アウトローに感情移入し、いっときを忘れるのは日本国民だけの特性ではなく、ほとんど万国共通の現象のはずです。そういう中で、日本はやはり現実の暴力団に甘いといわれるかもしれません」


 「あとがき」で、著者は次のように述べています。

 

 「暴力団は必要悪だから絶対なくならないと多くの人が信じていたはずですが、暴力団という形のままでは怪しくなってきました。改めて問います。暴力団は日本の経済を回していく上で絶対必要な存在なのでしょうか。
 これまで一番継続的に暴力団にお金を落としてきたのは建設業でしょうが、長らく続いてきた談合による下請けの割り振りも競争入札に切り替わりつつあります。ネットによる入札も広がり、暴力団が入札に介入できる余地は減っています。
 それに全国各地で暴力団排除条例が制定・施行され、下請け、孫請けから暴力団系企業は排除されています。工事のどの部分をどこが請けるか、強力な暴力団による交通整理や前捌きの必要性も薄れています。
 依然として産廃運搬業や解体業では暴力団系企業への需要があるようですが、それもいつまで持つか疑問です。東日本大震災の後片付けという特需はありますが、警察がすでに警戒の目で待機していますから、食い込める地域は案外少ないかもしれません」


 実名でここまで書ける著者は、本当に勇気がある人だと思います。暴力団は、本当に「必要悪」なのか。暴力団排除条例で、暴力団は絶滅するのか。それとも、地下に潜って、さらなる危険が一般市民に及ぶのか。それは、今後の流れを見ないと、何とも言えませんね。


 最後に、わたしは「暴力団」の反対語は「互助会」ではないかと思っています。また、そうでなければならないと真剣に思っています。 47都道府県で「互助会普及条例」が施行されてもいいとさえ考えています。互助会事業には高い公共性があります。もし、暴力団関係者と交際している互助会の経営者がいたならば、即刻、社長をお辞めいただきたいです。


 また、監督官庁である経済産業省もそのように指導していただきたいです。もちろん、そんな互助会経営者などいないと信じていますが。