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聖☆おにいさん(1~6巻)』

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No.0432

 

 『聖☆おにいさん』中村光著(講談社)1~6巻を再読しました。

 

 2007年から漫画雑誌「モーニング・ツー」に連載され、大きな話題になった漫画です。『このマンガがすごい! 2009』(宝島社)でオトコ編1位となりました。また、09年の手塚治虫文化賞短編賞を受賞しています。


 この漫画の存在は、たしか弟が教えてくれたと記憶しています。もしかして、わたしのことを「聖なる兄貴」と思っていたのでしょうか?(笑)

 

 しかし、タイトルの『聖☆おにいさん』とは「SAINT☆BROTHER」ではありません。それは、「SAINT☆YOUNG MEN」という意味なのでした。


 物語の主人公は、ずばり、ブッダとイエス! 人類史を代表する「聖人中の聖人」である2人が、下界のバカンスを満喫しようと考えるところから物語が始まります。なぜか、2人は日本の東京都立川にある風呂なし・ペット禁止という安アパートの一室に、「聖」という名字で暮らすのです。そこから、さまざまなドラマが生まれていくというコメディです。立川は、著者の中村光氏のお姉さんが学生時代を過ごした場所だとか。中村氏本人は何度か遊びに訪れた程度で、あまり土地勘はないそうです。それにしても、「聖人 in 立川」という発想は凄すぎますな!(笑)


 下界でのブッダは、長い耳たぶが特徴の青年として暮らします。その耳たぶでイエスが涼を取ったりするのですが、その他にも白毫を「ボタン」として押されたり、とにかくブッダは身体的特徴をネタにされます。一方のイエスは、下界ではロン毛、髭面で、頭に茨の冠を着けた青年です。ジョニー・デップに似ていると言われ、本人も多分に意識しています。落ち着いたブッダとは対照的に子供っぽくてノリが良く、天然ボケという性格で描かれています。そんなイエスは、いつもブッダを引っ張り回します。また、浪費家でもあるため、しばしばブッダを怒らせるのでした。


 熱心な仏教徒やキリスト教徒が読んだら、怒り出すのではないかと最初は思いましたが、今のところそんなトラブルも起こっていないようです。それどころか、大ベストセラーになって賞まで受賞したわけですね。


 なかなかよくブッダとイエスの思想を漫画の中で紹介していると思います。仏教の梵天、ブッダの十大弟子、キリスト教の四大天使、イエスの十二使徒など登場するキャラクターも豊富で、すぐれた「仏教入門」「キリスト教入門」となっています。


 また、オリュンポス12神のゼウスとか八百万の神々なども登場して、さながら「マンガ 世界の宗教」みたいなムードも漂ってくるほどです。


 本当は、世界「四大聖人」としてブッダとイエスと並び称されるソクラテスと孔子も登場させてほしいのですが。もっとも、偶像崇拝をタブーとするイスラム教の開祖ムハンマドだけは絶対に登場しないでしょうけれども。


 わたしは、このアバンギャルドな物語は日本でしか生まれないと思いました。日本人ほど、ある意味で宗教や聖人に客観的に接することができる国民はいないからです。詳しくは、ブログ「四大聖人と日本人」をお読み下さい。


 しかし、ブッダとイエスが結成した漫才コンビの名前が「パンチとロン毛」というのには、さすがのわたしもブッ飛びましたけど(笑)。


 ブッダとイエスといえば、何といっても、人類を代表する聖人です。ブッダとイエスの類似性は多くの人が指摘しています。両者の母親がともに旅先において出産したこと、両者の死の直後にはいずれも地震が起こって地が大きく揺れたことなど、伝説的共通点が多くあります。


 アメリカのキリスト教学者であるマーカス・ボーグは、編著『イエスの言葉 ブッダの言葉』(大東出版社)において、両者の類似点を大きく4つにまとめました。


 第1に、思いやりを何よりも重んじるという倫理的な教え。
 第2に、イエスもブッダも、30歳前後に人生の一大転機となる体験をしていること。


 ブッダは苦行の後、菩提樹の下で悟りを開きました。イエスは真理を求めて荒野を行き、精神の師であるバプティスマのヨハネの洗礼によって天啓を受けました。その直後に両者は社会的な活動を開始しています。


 第3に、両者はともにバラモン教とユダヤ教という、自分が受け継いだ宗教的伝統の中で革新運動を起こしたこと。ゆえに、ブッダもイエスも自身を新しい宗教の創始者とは見なしてはいなかったわけです。


 第4に、両者の周辺に形成された宗教的伝統もよく似ています。


 人間としての属性が繰り返し説かれてきたにも関わらず、彼らの信者たちによって、ともに人間以上の存在に高められました。仏教もキリスト教も、ともに彼らを崇高な存在として、神と同格の地位さえ与えられたのです。


 しかし、ブッダとイエスには大きな相違点もあります。それは、ブッダには見られない社会的あるいは政治的情熱がイエスには存在したという点です。


 イエスは智恵の教師であり、人々を癒すヒーラーであると同時に、社会的預言者でもありました。彼は当時の支配体制とその特権階級を痛烈に批判しただけでなく、まったく新しい社会的ビジョンを示したのです。


 ボーグは、まさにこの社会に対する抗議者としてのイエスの活動こそが、ブッダに比べて布教期間があまりにも短いことの要因であったと述べています。


 ブッダは50年近く布教を続けましたが、イエスは「マタイ伝」「マルコ伝」「ルカ伝」によればわずか1年、「ヨハネ伝」によって長くとらえても3~4年で終わっているのです。イエスの社会的・政治的情熱がその死を早めたことは間違いありません。このようなブッダとイエスの違いは、2人の社会的階級の違いを反映しています。


 富裕な支配階級に生まれたブッダに対して、イエスは虐げられた農民階級に生まれました。しかし、もっと重要なことは、イエスがモーセをはじめとする古代イスラエルの伝統的預言者の流れを汲んでいたことです。預言者とは、宗教や社会に対して神がかり的な抗議を行う者だったのです。


 わたしは、これまで『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)や『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』(PHP文庫)などで、ブッダとイエスの生涯や思想を紹介してきました。『世界をつくった八大聖人』といえば、最近、心臓を専門とされる医師の方が書いている「吾」というブログに素晴らしい感想とともに紹介していただきました。


 本書『聖☆おにいさん』を読めば、ブッダとイエスの考え方における共通点や相違点などの理解も進むかもしれません。何より、お堅いイメージだったブッダとイエスをここまで親しみが持てる存在にしたことは評価に値するでしょう。


 まだ完結していない作品ですが、どうか最後まで偉大な聖人を貶めることなく、日本人ならではの寛容性のある物語を紡いでほしいと思います。


 なお、『聖☆おにいさん』というタイトルの由来は、電気グルーヴ×スチャダラパーの曲「聖☆おじさん」だそうです。