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対象喪失』

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No.0448

 

 『対象喪失』小此木啓吾著(中公新書)を読みました。

 

 1979年に刊行された本ですが、今でも増刷され続け、多くの人々に読み継がれている名著です。じつは、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)と、アマゾンでしばしばカップリングされている(よく一緒に購入されている)本なのです。


 故人である著者は、日本のフロイト研究の第一人者であり、精神医学の臨床医でもありました。その著書『モラトリアム人間の時代』(中公文庫)はベストセラーとなり、「猶予」を意味する「モラトリアム」という言葉は一躍日本中に知れ渡りました。


 本書は、愛するものを亡くすことや失うことの「悲しみ」について書いた本です。失うことに耐えるために、人間はいろんなことを無意識に行っていることが平易な言葉で述べられています。登場するエピソードも、実際に著者が経験した臨床体験をはじめ、ギリシャ神話やシェイクスピアの話題や夢についての精神分析などバラエティに富んでおり、とても興味深く読めます。

 

 本書は、以下のような構成になっています。


「まえがき」
第一章:対象喪失反応
第二章:悲哀の心理過程
第三章:フロイトと転移の中の喪の仕事
第四章:フロイトと投影同一視による喪の仕事
第五章:「悲哀の仕事」の課題と病理
第六章:悲哀排除症候群
終章:死の予期による悲哀
「むすび―母親に対する予期による悲哀」
「付記―対象喪失に関する精神分析的研究の流れ」


「まえがき」の冒頭で、著者は次のように述べています。


 「本書でいう対象とは、愛情・依存の対象である。この意味での対象を失うことの悲しみをどう悲しむかは、人間にとって永遠の課題である。ところが戦死、戦災、引き揚げなど、戦争と敗戦によるおびただしい喪失と悲嘆のどん底から出発したはずの現代社会は、いつのまにか、悲しむことをその精神生活から排除してしまった。モラトリアム人間の時代を迎え、『悲しみを知らない世代』が誕生している。実際には、生老病死、つまり死、病気、退職、受験浪人から失恋、親離れ、子離れ、老いにいたるまで、あらゆる人生の局面で、対象喪失は、大規模におこっているのに、人びとは、悲しみなしにその経験を通りぬけてゆく。対象喪失経験は、メカニックに物的に処理されてゆく。対象を失った人びとは、悲しむことを知らないために、いたずらに困惑し、不安におびえ、絶望にうちひしがれ、ひいては自己自身までも喪失してしまう。そして私はこうした精神状態を「悲哀排除症状群」と呼びたい」


 著者は本書の目的について、フロイトによって確立された「悲哀の仕事」を示し、悲哀の心理プロセスを辿ることとし、次のように述べます。


 「失った対象への断ちがたい思慕の情に心を奪われ、怨み、憎しみ、つぐないの心が錯綜する。『悲哀の仕事』とは、これらの反応を1つ1つ体験し、解決していく自然な心の営みのことである。この悲哀のプロセスを達成することができない場合、心身の病いや心の狂いが生じる。つまり本書は、臨床医としての私がこの悲哀の仕事の達成を助け、共にする日常の診療から生まれた」


 本書でまず興味を引かれたのは、ナチスによる強制収容所におけるユダヤ人たちの喪失体験についての記述でした。彼らは祖国や家族や財産など、さまざまなものを喪失したわけですが、そのような立場にあったのはユダヤ人だけではありませんでした。日本においては、アイヌ人がまさに同じ喪失体験をしました。著者は述べます。


 「ユダヤ人の場合もアイヌ人の場合も、そして亡命者や移住者の場合も、それまで精神的拠り所にしていた理念、価値観、民族的誇り、国家などの喪失体験をともなっている。人びとは、これらの精神的対象に自己を一体化させることによって、生き甲斐や安全感を得ている。その精神生活の方向を統一し、ひいては自分自身の人生設計を立てることによって人生への希望と未来への展望を獲得している。そしてエリクソンは、歴史的・社会的に人びとと共有されるこれらの精神的対象に対する、このような一体化によって確立される社会的自我を、アイデンティティーと呼んだ。アイデンティティーの喪失は、悲哀や悲嘆のような心身の反応とともに、人びとの人生への展望を破壊し、眼前の生活にしか目を向けることのできない退行した精神状態をひき起す」


 ユダヤ人に大きな喪失体験をもたらしたのはナチスですが、皮肉なことにそのトップであったアドルフ・ヒトラーも喪失体験者でした。著者は、ヒトラーの喪失について次のように述べています。


 「青年ヒットラー伍長は、祖国の敗戦と毒ガスによる失明という二重の喪失を経験した。奇しくもこの2つの精神的、および肉体的喪失体験は、彼の心の中で1つになった。私の義兄ジョン・トーランドの調査によれば、ベルリンの陸軍病院に送られたヒットラー伍長は、精神科医からその失明が、実は心因性のものであるとの診断をうける。そして催眠術によって目が見えるようになるが、この開眼体験のさ中で、自分こそ祖国を再建する使命を託された人間であるとのインスピレーションに打たれる。失った祖国を回復する使命を、アイデンティティーとすることで、彼は失った眼をも取り戻したのであった。しかしこのように、自分に対象喪失を強いた相手に対する復讐、しかも共産主義やユダヤ人に対する妄想的といえるような被害感と敵意を支えにした対象回復の企てが、恐るべきタリヨンの原理(目には目を、歯には歯をの原理)による大量殺戮の根源となった経緯を、歴史は教えている」


 本書には、興味深い各種のデータが紹介されています。もちろん今から32年も前に書かれた本ですから、そのデータは古いです。しかし、人間の「こころ」の本質が変わらないように、高い普遍性を持ったデータも存在します。


 米国の精神科医、ホルムスとラーエによるストレス値に関するデータもその1つです。2人は、人々にとって重大なストレスになる生活上の変化を、数量化して表わし、この変化による危機を克服して、再適応するために要する努力を量的な単位として測定しました。それは生活変化単位と呼ばれます。


 つまり、この生活変化単位の高いものほど、ストレス値が高いことになります。それは、以下のような表としてまとめられています。



 変化に適応するためのストレス〔Holmes,T.〕

(出来事)   (ストレス値)
配偶者の死・・・・・100
離婚・・・・・73
配偶者との別れ・・・・・65
拘禁・・・・・63
親密な家族メンバーの死・・・・・63
怪我や病気・・・・・53
結婚・・・・・50
職を失うこと・・・・・47
引退・・・・・45
家族メンバーの健康上の変化・・・・・44
妊娠・・・・・40
性的な障害・・・・・39
新しい家族メンバーの獲得・・・・・39
職業上の再適応・・・・・39
経済上の変化・・・・・38
親密な友人の死・・・・・37
仕事・職業上の方針の変更・・・・・36
配偶者とのトラブル・・・・・35
借金が1万ドル以上に及ぶ・・・・・31
借金やローンのトラブル・・・・・30
仕事上の責任の変化・・・・・29
息子や娘が家を離れる・・・・・29
法律上のトラブル・・・・・29
特別な成功・・・・・28
妻が働きはじめるか、仕事を止める・・・・・26
学校に行きはじめるか、仕事を止める・・・・・26
生活条件の変化・・・・・25
個人的な習慣の変更・・・・・24
職場の上役(ボス)とのトラブル・・・・・23
労働時間や労働条件の変化・・・・・20
住居の変化・・・・・20


〔Comprehensive Textbook of Psychiatry,edited by Freedman,A.et al,1975.より〕


 この表によれば、やはり配偶者の死、別離、近親死が、もっとも重大な生活上の変化として位置づけられていることがわかります。そしてこれに続くものが、拘禁、外傷や病気、職業上の変化(転職、引退)、ついで経済上の変化となっています。著者は述べます。


 「つまりこの研究は、平和時の米国市民生活において、もっとも重大な精神的ストレスとなるもののほとんどが、広い意味での対象喪失である事実をあきらかにしている。そして、この研究知見は、日米の社会文化的差異を考慮した上でもなお基本的には、現代のわが国社会にもあてはまると考えることができる」


 32年前のアメリカという国の事情も大きく反映しているような気もしますが、まあ何が人間の心にストレスを与えるかについては示唆の多いデータではないかと思います。


 「情緒危機と悲哀の心理」に関する記述も興味深く読みました。人が何かの対象を失った反応について、著者は「対象を失った場合、われわれは大別して2つの心的な反応方向を辿る。1つは、対象を失ったことが、1つの心的なストレスとなっておこる急性の情緒危機(emotional crisis)である。もう1つは、対象を失ったことに対する持続的な悲哀(mourning)の心理過程である」と述べています。


 著者によれば、情緒危機が次第に収まり、一応の適応状態を回復するにつれて、悲哀の心理が始まります。たとえば、強制収容所のユダヤ人たちは入所後1・2週間~1ヵ月ぐらいの情緒危機を経験します。その後、4ヵ月から半年ぐらいの間に、その悲哀の心理を体験したそうです。著者は、会社における配転パニックなども、ほぼ同じような時間経緯をたどると述べています。


 イギリスの精神分析学者J・ボールビーによれば、対象喪失によって起こる一連の心理過程を「悲哀」または「喪」(mourning)、この悲哀の心理過程で経験される落胆や絶望の情緒体験を「悲嘆」(grief)と呼びます。


 この悲哀の心理体験は、半年から1年ぐらい続き、人々は失った対象への思慕の情、くやみ、うらみ、自責、仇討ち心理をはじめ、その対象との関わりの中で抱いていたさまざまな愛と憎しみのアンビバレンスを再体験します。そして、この心の中でその対象のイメージをやすらかで穏やかな存在として受け入れるようになっていくのです。


 悲哀の心理が抑圧された場合、その人の心を狂わせたり、何年もたってから改めて体験の機会を得ることもあります。10年、20年前に別れた恋人への想いを改めて回想し、心の中で恋人と出会い直すこともある。また、幼いときに失った父母の喪失体験を、成人してから新たに体験し直すこともある。さらには、対象を失ってから10年、20年という悲哀の心理過程を、いつまでも辿り続ける人もいる。


 フロイトはこのような悲哀の営みを、「悲哀の仕事」(mourning work)と呼びました。著者は、次のように述べています。


 「われわれは、1つ1つの対象喪失体験について、そのたびに「悲哀の仕事」を課せられる。この仕事を1つ1つ達成することなしには、真の心の平安を得ることはできない。本書は、一見してそれぞれ異なった局面の出来事のように見えるさまざまな現象が、実は、対象喪失反応という、どの人間の心にも共通した悲哀の心理の体験過程である事実を明らかにしていく。それぞれの局面で、どのようにして「悲哀の仕事」を達成していくのか。その達成は昔から生老病死といわれる、この人生の中で、心が果すべきもっとも普遍的な究極的課題である」


 一般に、配偶者を失った人の死亡率は高いとされています。どの研究も対象を失ってから半年ないし1年以内の死亡率について、この知見を証明しています。著者は、ふつう喪中とか服喪の期間がおよそ一周忌までとしている事実と、この近親死に関する医学的所見が一致していることを指摘し、次のように2つの事実を明らかにします。


 「第1に、一般に人間は愛情・依存の対象を失った場合、およそ1年くらいの時間的経過を経るうちに、その悲しみから立ち直る。
 第2に、人間はただ時がたてば自然にその対象を忘却してしまうというわけではない。むしろその1年のあいだにわれわれは、さまざまな感情体験をくり返し、その悲しみと苦痛の心理過程を通して、はじめて対象喪失に対する断念と受容の心境に達することができる。それまでは、折に触れ、心がふと眼前のことから離れると、とたんに激しい苦痛や、悲しみ、ときにはどうにもならない思慕の情や怒りがこみあげて、失った対象のことに心を奪われてしまう」


 わたしが最も共感したのは、葬儀に代表される「制度化された儀式」についてのくだりでした。わたしは「葬儀こそは最大のグリーフケアである」という持論を持っているのですが、著者も次のように述べているのです。


 「制度化された儀式や人びととの接触は、対象を失った当事者に衝撃や不安から立ち直る助けを与えるとともに、悲哀の心理を自分の内面でひとり辿ることのできるほどに、心身の状態が回復するための猶予期間を設定してくれるのである。そのために悲哀の心理は、むしろこの緊急事態が終り、静かな生活にもどってから、その人の心の本格的な課題になることが多い」


 一面識もない選挙民の葬儀に花輪を送る代議士のように、たしかに「形式的」という側面を制度化された儀式は持っています。しかし、著者は次のように述べます。


 「対象を失った当事者は、その対象とかかわるもう1つの内的な世界、つまり純粋な心の世界の中にいる。その世界の中で、当事者は、悲哀の心理過程をたどりはじめる。実際の通夜や葬儀や、それにつづく仏事をはじめ、さまざまな社会化された『喪の仕事』や、儀礼的なおくやみのやりとりの世界に暮しながら、悲哀の心理はこの外的な世界とのかかわりに隙間ができ、1人きりになると、たちまち浮び上り拡がって、その人の心を奪ってしまう。もちろん少数の同じような悲哀の心理をともにする人びとと語りあうことや、儀式的集団的な喪の営みが、悲哀をわかちあい、その苦痛を和らげる機能をはたす側面をもっているのも事実である」


 そもそも肉親や、愛の対象を失ったとき、なぜわれわれは悲しいのでしょうか。この問いに対して、著者は次のように答えます。


 「1つの理由はいままで述べてきた、対象に対する思慕の情が、どうしても満たされない精神的苦痛だからである。しかしもう1つの理由は、失った対象と、それを悲しむわれわれとのあいだに、すでに何らかの形での同一視が起り、一体感が抱かれているからである。つまりその対象が、自分の一部分になっているからこそ、その喪失は深刻な対象喪失となって体験されるのである。もし縁のない他人であったり、たとえ肉親であっても、まったく愛情を失い、自分とは無縁の人とわり切っているならば、すくなくともその心理状態がつづくあいだは悲しみはおこらない」


 現代人は、死をなるべく意識しないようにして生きています。著者によれば、自分にとって死は無縁なものだ、触れたくないものだというこの心理は、人類にとって普遍的なものだそうです。この心理が高まると、生きているものは死者を忘れてしまいます。そして、生きている世界のことだけを思えばよいという気持が生まれるとして、著者は次のように述べます。


 「しばしばわれわれは、死者を無縁なもの、排除すべきものとして扱う心理によって、喪の心理や、自己自身の死の不安を、心から追い払い、心の安定を得ようとする。同様に別れた以上もはや他人、とわり切り、自分の心から排除してしまうという心理が、生き別れや相手から見棄てられた場合にも起りがちである。そしてこうしたこの世への逃避による心の術策を、精神分析では躁的な防衛機制(maniac defense)と呼ぶが、この防衛機制によって回避される心の苦痛の中で、もっとも基本的なものは、対象を失ったことによる分離不安と見棄てられた不安、そして悲哀の苦痛である。またこの心理は、自分自身の死の不安や、対象喪失にともなう種々の自己愛の傷つきを直視することを、回避しようとする心の術策をともなっている」


 本書で扱っている「悲哀の仕事」の洞察は、父親の死によるフロイトの喪失体験から生まれました。フロイトは、1900年に書かれた『夢判断』第2版序文に、「この本は、私自身の自己分析の一部であり、また、私の父の死―すなわち、1人の人間の生活のいちばん重要な事件、いちばん悲しい喪失―に対する反応である」と書いています。1896年、当時40歳のフロイトは82歳になる父ヤーコブを看取りましたが、かなり冷静な医者らしい態度で、父親の死に接しています。


 著者は、「一般に誰かの死、とくに親しい者の死を経験すると、生前あまり思い浮ばなかった死者に対するさまざまな記憶が思い出され、頭に浮んでくる。そしてこの回想をひとに語り、その回想の中に、死者をよみがえらせようとする。ましてその対象が、幼い頃から敬愛し、慕っていた父親であればなおさらである。父親の死を契機に、激しい思慕の情に駆りたてられたフロイトの心に幼い頃からの父親の記憶が、あふれるようによみがえった」と述べています。


 フロイトは、父親についての回想を毎日のように親友フリースに書き送るようになりました。もともと妻マルタとの婚約期間中に900通以上もの手紙を書き送ったほど、手紙による自己表現と交流を好んだフロイトでしたが、親友に亡き父の思い出を書き送ることが「喪の仕事」になったようです。著者は、次のように述べます。


 「一般に亡き死者の思い出を語り、聞いてもらっているうちに、その聞き手に、死者への思いがのりうつり、この思いを受けとめてくれる対象は、あたかもその死者がのりうつった存在であるかのように思えてくる。亡き妻の思い出を語る相手の女性に、いつのまにか妻の面影を見、新しい恋が芽ばえるといった話はまれではない。フロイトもまた、亡き父の思い出のよき聞き手となってくれるフリースが、無意識のうちに父親の生まれ変りででもあるような錯覚に陥ってゆく。この錯覚現象こそ、フロイト自身がそう名づけた『父親転移』そのものである」


 フロイトといえば、有名なエディプス・コンプレックスの理論で、父親を抑圧する存在とした人物です。彼は、父の死後、かつて自分よりも強く威厳に満ちた存在であったはずの父親が老いぼれたり、頭が変になったり、子どものように垂れ流したりする夢を見て、悲しい優越感をおぼえました。親の死を悼む子どもの心には、死者に対して抱く、このようなエゴイズムへの自責もあるというのです。


 さらにフロイトは、死に臨む父親、やがて死体となった父親を前にして「自分は生きていて良かった」とか「早く楽になってほしい」などと感じる、生き残った者のエゴイズムを直視します。これについて、著者は次のように述べます。


 「近親者の死を前にして流すわれわれの涙やくやみの気持の中には、楽になってよかったという安堵がある。しかしこの意識的な安堵感の中には、しばしば死んでくれてよかったという恐ろしい満足感がこめられる。この心理を否定しようとする人は、長年にわたって恍惚の人になった親や寝たきり老人の世話にくたびれはてた家族の、複雑な苦悩を一度味わってみるべきであろう」


 フロイトの「喪の仕事」の到達点は、「殺害した敵へのつぐない」でした。未開人が戦いによって殺害した敵に対して、その霊を安んずるためのつぐないを、さまざまな形で慣習化しています。


 第1は、殺害した敵に許しを請い、死者の霊と和解しようとする慣習です。
 第2は、勝利をおさめ多数の敵を殺した戦士を「戦いの功労者」としてではなく「殺人者」として拘束する掟です。
 第3は、贖罪や浄めの心理です。
 第4は、盾を叩いたり、叫び声をあげて騒音を立てるなどの儀式によって、敵を殺害した戦士につきまとう死者の霊を追い払う儀式です。


 これらの掟や慣習の中には、2つの心理が見てとれます。すなわち、自分が殺した死者の霊に対する恐怖と、死者の復讐を和らげようとする贖罪や浄めの心理です。

 

 しかし、フロイトは未開人たちが現代人以上に、こうした喪の慣習を社会制度化していたという事実に注目するのです。このことについて、著者は次のように述べています。


 「現代社会では、攻撃的衝動が抑圧され、その殺害の方法は、間接化され、機械化しているだけに、同じ戦争でもこのように直接的な、なまなましい罪意識や死者への恐怖は否認されてしまいやすい。そのもっとも典型的なものは、ナチスのユダヤ人大量虐殺であり、広島、長崎の原爆投下であろう。原爆投下を命令した大統領が、妻からも友人からも隔離され、食物に手を触れることを禁じられたという話は、いまだに聞いていない。しかしその深層心理ではわれわれもまた、ここにあげられた未開人の戦士たちが恐れつぐなわなければならなかったのと同様の攻撃性を、家族、友人、近隣の人びとに向けている。むしろわれわれは、未開人の素朴な喪の心理に、あらためて学び直すべきではないか。これがフロイトにおける『喪の仕事』の1つの到達点であった」


 そして1916年、60歳になったフロイトは『悲哀とメランコリー』を発表しました。そこで、ついに「悲哀の仕事」(Trauer arbeit)の概念を明らかにするのです。このことについて、著者は次のように述べています。


 「対象喪失によって起る悲哀がつづく限り、外界への関心は失われ、新しい愛の対象を選ぶこともできない。『知的には、愛する対象はもはや存在しないことはわかっているのに、人間はリビドー(愛着)の向きを変えたがらず、代りのものがさそっているというのに、それでもその向きを変えようとはしない』。そのために悲哀のさ中にいる人間は、現実から顔をそむけてまで失った対象に固執することになる。悲哀にとらわれている心は、その意味では精神病と共通した現実喪失を起しているとさえいうことができる。また悲哀の苦痛は、もはや対象が存在しないことがわかっているのに、対象に対する思慕の情がつづく、みたされぬそのフラストレーションの苦痛である。『悲哀の仕事』は、この対象とのかかわりを1つ1つ再現し、解決していく作業である。『悲哀の仕事が完了したあとでは、自我はふたたび自由になって現実にもどる』。死の必然と和解し、死を受け入れるということは、失った対象(または、失う自分)を心から断念できるようになるということである。『悲哀の仕事』は、そのような断念を可能にする心の営みである」


 しかし、それはあくまでもそれは断念であり、失った対象を取り戻すことではありません。また、失った対象への思慕の情を忘れてしまって悲哀の苦痛を感じなくなるという意味でもありません。著者は、次のように述べています。


 「失った対象に対する思慕の情は、永久に残り、この対象と二度と会うことのできないこの苦痛は、依然として苦痛として残るであろう。しかしそれをどうすることもできないのが人間の限界であり、人間の現実である。大切なことは、その悲しみや思慕の情を、自然な心によって、いつも体験し、悲しむことのできる能力を身につけることである。しかもこの真理は、かならずしも死についてだけあてはまるものではない。愛する人との別れや、住みなれた環境との分離にも、そのままあてはまる普遍的な真理である」


 生から死に至るまで、人生は対象喪失の繰り返しです。人間にとって、どのようにして悲哀の仕事を達成し、対象喪失をどう受容するか。それは最も究極的な精神的課題であると、著者は言うのです。著者は「悲哀を排除した現代社会」についても言及しており、次のように述べます。


 「医療スタッフにも、本人、家族にも欠けているのは、悲しんだり苦しんだりする能力である。自分に心的な苦痛や不快を与える身近な人の苦しみや悲しみにかかわることには辛くて耐えられないと言えば、それは現代人のやさしさのように受け取られるが、このやさしさは、汚れ、醜さ、不快、悲しみを感じさせるものは、できるだけ眼前から排除し、遠ざけておきたい冷たさと1つである。そしてこの心理傾向は、いつのまにかわれわれ現代人のだれをも支配する心性になってしまった」


 このことは、本書が書かれてから30年以上経過した今でもまったく当てはまるのではないでしょうか。


 「喪の仕事」を忘れた現代人たちについて、著者は次のように述べています。


 「近親者の死に出会った遺族たちは、どうやって喪に服したらよいのか、どういう儀式を行なったらよいのかさえ知らなかったという人が多い。極端な話、葬儀屋のおじさんに、お金しだいでAコースにするか、Cコースにするかを、相談するほかはない。喪の儀式も形式化し、もはやそれは心の営みではなく、むしろ社会的な適応のための営みに終始している。こうした傾向は、なにもわが国にかぎらず、欧米先進諸国も同様である。いまや現代社会からは、対象喪失に対する悲哀そのものが排除され、社会のどの場面にいっても、悲哀が悲哀に出会うことができないような仕組みが、成立してしまっているように見える」


 すでに著者は、現代は「モラトリアム人間の時代」であると定義していましたが、それを踏まえて次のように述べています。


 「モラトリアム人間は自分自身を常に仮の自分と思い、本当の自分は、どこか別のところか、これから先の未来にあると思う。一時的、暫定的な状態に身をおき、予期される変化への適応にそなえ、何事に対しても、当事者になることを避け、どんなかかわりもそれが深まりすぎて傷つくことを恐れる。この心性は、いまや親子、夫婦、男女、師弟、上司と部下・・・・・あらゆる対象との関係にもあてはまるようになった。住居、近隣、職場をはじめすべての生活環境に対しても同様である。彼らは、対象と深くかかわることによって起る愛と憎しみのもつれ、つまり山あらしディレンマにまきこまれることを嫌う。その中にまきこまれて、傷つくことや、自分を失うことを恐れる。そしてその深層には、対象を失ったときの悲哀を事前に回避しようとする心理が働いている。またそれが『くったり、くわれたり』『のみこんだり、のみこまれたり』という対象関係を避けるモラトリアム人間のやさしさとつめたさ、ひいてはしらけの心理的性格を生みだしている」


 そして、ついに著者は「悲哀のない対象喪失」について次のように言及します。


 「現代社会にふさわしい適応様式が成立するとともに、このモラトリアム人間の世界から、いつのまにか『悲哀の仕事』は排除されていった。この心理構造の中で人となった『悲哀を知らない子どもたち』の時代がきた。親離れ、失恋、受験の失敗をはじめ、いまもなお、外的な出来事としての対象喪失は日常的におこっている。しかし、悲哀を知らない子どもたちは、この経験を内面化された心の体験として体験することがない。またそれに対処する術を知らない。彼らに欠けているのは、悲しむ能力である。いたずらに不安になり、自分の全能感がみたされぬ怒りをもてあまして、親をうらみ、教師を責め、自らを傷つけ、軽躁的なロック音楽への耽溺に逃避し、さまざまの短絡的な行動に奔る。家庭内暴力、青少年の自殺が、マスコミを騒がす時代になった。あるいはまた、外的な出来事としてはあきらかに対象喪失がおこっているにもかかわらず、対象喪失を対象喪失として経験する代りに、なぜか不可解な無気力状態に陥る」


 終章「死の予期による悲哀」の冒頭で、著者は次のように書いています。


 「内的世界における心の営みとしての対象喪失の心理過程は、実は外的な出来事としての死や別れが起ってからはじまるというものではない。多くの場合、このような対象喪失を予期する心理段階が先行する。これを『対象喪失の予期による悲哀』(anticipatory mourning)という。とくに人と人とのあいだの内的な対象喪失のプロセスは、予期による悲哀のプロセスと密接に重複するのが常である。そしてまた『対象喪失の予期による悲哀』のもっとも代表的なものは、死のせまる近親者の看護や看病の経験であり、自己の死に対する体験である」


 著者は、『死ぬ瞬間』で知られるアメリカの精神分析医キューブラー・ロスの「死にゆく患者」の臨床的研究に注目し、次のように述べます。


 「彼女は、このような過程を経たほとんどすべての患者は、恐怖と絶望のない受容段階に入って死んでいったと言う。キューブラ・ロスによれば、臨死患者が、その悲哀の仕事を達成し、死を受容する最終段階は終焉的ナルシシスムの状態であるという。また彼女はこの状態をベッテルハイムが記述した乳幼児のそれにもっともよく比較できるという」


 そして「むすび―母親に対する予期による悲哀」で、著者は述べています。


 「そもそも『予期による悲哀』は、自分の死だけではなく、死のせまる愛する人、近親者とのあいだでも営まれる。まだこの段階では、外的な現実としては、お互いのかかわりは続いている。しかしすでに心の奥では、お互いにその対象を失いはじめている。しかしまだどこかで、なんとか助かるかもしれないという希望や、なんとかできないものだろうかという試みが、くり返される。そしてこのようにお互いが対象喪失を予期する過程で、人の心は意外な展開を示す。たとえばフロイトが明らかにした『死後の従順』の心理が、すでにその対象の死を予期した段階から始まる。しかも死を予期した本人自身も、その悲哀の仕事の途上で、生き残る人びととのあいだの悲哀の仕事を進め生前のもつれを清算したい気持になる。つまりそれはお互いが、それまで拘束されていたこの世の利害や愛憎の絆から解き放されて出会うことのできる貴重な機会である」


 最後は、「対象喪失は、それぞれの心が自分だけのものであるという分離意識を鮮明にするが、それだけに相互関係の中での別れをめぐる悲哀の仕事は、お互いの心と心の出会いを可能にするもっとも基本的な場を、われわれに与えてくれるのである」という一文で終わっています。


 さらに「付記」として、最後の最後に「移行対象」について書かれていました。その中の次のくだりが非常に興味深かったです。


 「移行対象―対象喪失の際に、人間の心が頼りにする重要な対象は、移行対象である。たとえばそれは人形であり、ぬいぐるみであり、ペットであり、ひいては芸術作品である。これらは本来は物体であり、その意味では失う恐れのない不死の存在である。この物的な対象について、人間的な対象に対するのと同様の愛着や欲望を向け、それを頼りにする心理は、一種の錯覚現象である。しかし人間は、この錯覚によってつくりだした移行対象とのかかわりによって、人間的対象によってはえられない全能感をみたし、永遠の占有感を味わう。しばしばそれは遊びの世界を形成する手段となる。この移行対象の世界をもつことによって、人びとは対象喪失の悲哀を、和らげ推敲し、コントロール可能なものに仕上げていく」


 この「ぬいぐるみ」や「ペット」や「芸術作品」でいったん満たされぬ愛着や欲望を緊急避難させておいて、ゆっくりと「喪の仕事」を行うという方法は、きわめて実践的です。


 著者は「この点について本書は、部分的に取りあげる機会はあったが、もっと組織的な考察を行なうことによって、対象喪失に関する新たな世界が提示されるであろう」と書いていますが、30年以上が経過した今では、何らかの新しい学問的成果も得られているはずです。先日、宗教哲学者の鎌田東二先生にそのことをお尋ねしたら、ウィニコットなどがまさに研究した問題だそうです。


 これから、「移行対象」についてさらに深く学んでいきたいと考えています。それにしても、70年代の終わりに刊行されながら、まったく古さを感じさせない本書には脱帽です。きっと、これまでに膨大な人数の人々に悲しみを癒すヒントを与えてきたのでしょう。


 著者はすでに亡くなっていますが、いまだに人々の悲しみを癒し続けている本書は永遠の名著であると思います。


 願わくば、わたしの死後も、わが『愛する人を亡くした人へ』も永く読み継がれますように・・・・・。そして、このたび脱稿した『生き残ったあなたへ』(仮題、佼成出版社)も多くの方々の悲しみを癒せる本になりますように・・・・・。