No.0402 神話・儀礼 『「古事記」神話の謎を解く』 西條勉著(中公新書)

2011.08.03

 『「古事記」神話の謎を解く』西條勉著(中公新書)を読みました。

 著者は、古代日本文学、神話学を専門とする学者です。本書の存在は、「サロンの達人」こと佐藤修さんのブログで知りました。「ヨモツヒラサカの巨石」、「霊界を往復する鳥」といったブログ記事に登場します。

 かつて「この世」と「あの世」の通路を塞いだヨモツヒラサカの巨石が東日本大震災によって動かされたために、「あの世」への路が再び通じたのではないかとか、佐藤さんの亡き奥様が鳥になって帰ってくるのではないかといった内容に興味を抱きました。

 佐藤さんといえば、非常に論理的な思考をされる方という印象です。しかし同時に、神話的思考の持ち主でもあるようです。

 さて、本書の見返しには、次のように内容が説明されています。

 「『古事記』は明治神宮のようなものである。見た目は古いが、作られた時代は、実は新しい。『古事記』の神話も、古来のものをそまま採録したのではなく、新しく誕生した国家=「日本」の要請が作り出した新たな神話である。
 イザナキ・イザナミ神話は男尊女卑か?
 イナバのシロウサギは白色なのか?
 浦島太郎が玉手箱を開けなかったらどうなったか?
 古くからの神話が解体・編成されて誕生した『古事記』神話を解読する」

 最初に、著者は「日本」の誕生について次のように述べます。

 「近ごろの研究によれば、国号の『日本』は、意外に新しく成立したことが分かってきた。あちこちに前方後円墳を築いた大和朝廷の時代、列島で生活していた人々は、中国から『倭人』といわれており、それをそのまま国号に使っていた。『倭』国である。推古天皇のころも、まだ『日本』ではなかったらしい。
 『倭』が『日本』に変わった時期は、7世紀後半の天武朝といわれている。
 中国側の書物である『新唐書』には、『咸亨元年』に倭国が使節を遣わしたことを伝えている。そして『後、稍々夏音を習い、倭の名を悪み、更めて日本と号す。使者自ら言う、国、日の出ずる所に近し。以に名と為す』という。『咸亨元年』は唐の元号で670年。その後に『倭』を『日本』に改めたらしい。672年には壬申の乱が起こり、天武が統治をはじめた。そのころに『日本』が成立したようである」

 天武天皇のつくった「日本―天皇」のシステムは、1300年後の今日でも機能を続けています。在位10年目に、律令を定める詔が出され、続いて記紀(『古事記』『日本書紀』)のもとになる書物の編集がスタートします。そこでは「日本」の秩序原理をあらわすことが目的とされ、特に『古事記』の場合はそれが顕著であるといいます。

 それでは古事記はどのようにして成立したのでしょうか。序文によると、元明天皇の和銅5年(712)1月28日に『古事記』は完成しました。稗田阿礼が訓読していた資料を、太安万侶が編集したといいます。ただし、原資料は天武時代にできあがっており、そのため文字遣いは天武朝のスタイルです。安万侶はそれを誰でも読めるようにしたわけで、その意味で、彼は創作家ではなく編集者だということになります。国家と言語の問題は深く関わり合っています。両者の間をつないだメディアが『古事記』に他なりませんが、著者は次のように述べます。

 「日本国と日本語は両輪である。国家と言語。天武は新しい国作りにあたって、文字というシステムを政治と文化の面で大いに活用した。
 行政上の情報を文字で処理し、宮廷の飾り付けを文字でふくらませる。芸能は文学になり、寺社や宮殿の装飾画は祭祀から離れて芸術になった。
 儀礼から宴が分離する。宴が自立すると、文学や芸術を生む場となる。背後にあるのが、文字言語による意識と思考の変質である」

 よく言われることですが、『古事記』と『ギリシャ神話』は似ています。両者はともに、大きなストーリーをなし、かなりのボリュームを持っています。これについて、著者は次のように述べています。

 「神話のみなもとは、無文字の口承時代にある。この時代には、天地創造なら天地創造、死の起源なら死の起源というように、神話は小さなテーマごとに語られていた。そのほうが口承のかたちに合っているからだ。いろいろな要素と結びつきやすく、多くの話ができやすい。つまり、筋のある神話は、ギリシャ神話であろうがなかろうが、二次的なかたちとみていい。それは神話というよりも、文芸作品である。ホメロスはともかく、ヘシオドスやアポロドロス、オウィディウスといった人は知識人だった。民間の神話を採集してアレンジし、二次的に神話を整えた。
 日本神話もおなじことがいえる。日本神話とギリシャ神話が本当に似ているのは、どちらも、二次的な編纂物であることだ」

 『古事記』神話のストーリーは、どういう流れになっているのか? 著者は神名などをめやすにして、テーマを大きく以下のように示します。

1段目、ムスヒ―天地初発
2段目、イザナキ・イザナミ―国生み
3段目、アマテラス・スサノオ―世界の分治
4段目、オオクニヌシ―王の誕生
5段目、タケミカズチ―地上世界の平定・国譲り
6段目、ホノニニギ―天孫降臨
7段目、ヒコホホデミ―地上の支配
8段目、カムヤマトイワレビコ―初代天皇

 このように日本神話は8つのパートに分けられます。そして、最初に登場するのは「ムスヒ」の神です。この「ムスヒ」を漢字で書くと「産霊」で、わが社の社名の意味の1つでもあります。「ムス」とは育つ・生えるなど、生命の活動が行われていること。すなわち、命の力であり、生命現象そのものです。「ヒ」は「霊」であり、神秘的で超自然な力のことです。ということは、「ムス・ヒ」は生命の神霊ということになります。この世の最初に生命があらわれたというのが日本神話のはじまりのイメージであるとして、著者は述べます。

 「宇宙は、生命で満ちあふれている。これが『日本』神話の立場だ。今、地球上のわたしたちに必要なイメージではないか。古事記では1000年以上も前に、生命を宇宙の根源とする見方を出していた。ムスヒのヒは、生命の力が無限大であることを示す。力は、空気のように目に見えないエネルギーそのもの。目に見えないが、充満しているのだ」

 神話のストーリーは、神々の行動からできあがっています。「神」と聞くと何を連想するでしょうか。宇宙の最高権力者にして、われわれ人間とはかけ離れた絶対的な存在、いわゆる「雲の上の存在」をイメージする人が多いのではないでしょうか。しかし、そういった崇高な神の姿は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった「一神教」における唯一絶対神のイメージに近いと言えます。

 『聖書』や『コーラン』に出てくる神は厳格そのものですが、『ギリシャ神話』や『古事記』に登場する多神教の神々は、酒に酔っ払いもすれば、ブチキレて大暴れもするし、好色で浮気もします。わたしは、かつて『本当は面白い世界の神々』(双葉社)という本を監修しましたが、そこには神々のハチャメチャなエピソードをたくさん紹介しました。

 神話の世界には人間のルールは通用せず、荒唐無稽な話も成り立ちます。だから、神話の世界では、セックスによって国土を生み出すというストーリーも大いに「あり」なのです。著者は次のように述べています。

 「神話は非現実の世界。ファンタジーである。ファンタジーだったら、性交で島が生まれてもいい。どうせファンタジーなのだから・・・・・・。ところが、ファンタジーを甘くみてはいけない。なぜなら、それはうわべだけで、本当は、寓意だからだ。
 ファンタジーが隠しているのは、実は、国が成り立つときのリアリズムである。古事記の制作者が、二次的な神話をあえて作ったのは、現実を覆い隠すためだった。神話が隠したリアリズムを明らかにするためにも、神々の振る舞いには注意しなければならない。
 生殖行為で島を生むという不合理さは、神の行動と見れば別に疑問もわかない。ただし、この行為は、ものごとは一度失敗し、困難のすえに成功するというストーリーがとられている。それが、ヒルコの出生にかかわる問題になっていくのだ」

 著者は、「ヒルコはなぜ生まれた?」という疑問を抱きます。オノゴロ島で柱を巡って落ち合った男女の神。まず女神が「かっこいい男」と声をかけ、次に男神が「かわいいお嬢さん」と応える。そして意気投合した二神は性交して、国土を生もうとする。しかし、はじめに生まれたのは異形のヒルコだったので、葦舟で流してしまう。長子が遺棄されるというショッキングな話ですが、なぜヒルコは捨てられるのか? 天つ神に聞くと、「女が先に声をかけたから」だといいます。それで再度チャレンジしたところ、今度は淡路島から順にうまく生まれたというのです。つまり、女性が先に声をかけるのはタブーであり、それに反したために悪い結果になったというわけです。この考え方に儒教の影響を読み取った著者は、次のように述べています。

 「男尊女卑的な夫唱婦随は、儒教の考え方だ。これを、古くさい道徳というのは現代の見方で、神話のなかでみると、ピカピカに新しい。
 なにせ、神話は無文字の時代にできあがって、1万年も2万年も語り継がれてきた。
 孔子が世にあらわれたのは、たかだか3000年前にも満たないのである。
 神話に、儒教が出てくるはずはない。
 神話は、儒教がなくても成り立つ。
 ヒルコの話だって、儒教的な習慣に関係なく成り立っているはずだ。
 つまり、女が先に言おうが男が先に言おうが、初児は生みそこなうのだ。
 理由なんて、あるわけがない。それが神話だ。
 もともと、この神話は、はじめの子は肉の塊だったり魚の格好をしたりして、生みそこなう話だった。そのような神話は、東南アジアに広く分布している。日本の神話もその1つだった。神話的には、『初児生みそこない型』の話とみられる。
 そのような話は、むろん、儒教には無関係である。
 ところが古事記の神話では、女が先に言うことはタブーになっている。
 なぜか。それは、ヒルコの出生というネガティブな結果に対しては、それなりの理由がなければならないという意識が出てきたからだ。タブーを破るという良くないことが行われたので、その報いとして、良くない結果があらわれた。これが古事記の立場である。それで、儒教の考えが取り入れられたのである」

 鎌田東二氏ともよく語り合うのですが、人間とは神話と儀礼を必要とする存在です。日本の神道の儀礼に儒教の影響が強いことは知っていましたが、神話にまで影響が及んでいるというのは意外な盲点でした。たしかに、『古事記』の成立時期を考えると、儒教の影響が入り込んでいるほうが自然かもしれません。

 儒教といえば、なんといっても葬儀に代表される死者儀礼を重んじます。『古事記』の完成によって日本神話が成立すると、日本人の他界観にも大きな変化が見られました。著者は次のように述べます。

 「万葉集などでは、死者は地下に行くのではない。死者の霊魂は、ふだん人が足を踏み入れない山のなかに赴いた。山中他界であり、どちらかといえば水平的だ。地下の世界がなければ、地上界は『中』になりようがないのだ。
 地下を意識するのは、『日本』神話になってからである。
 記紀の神話は、高天の原を中心とする垂直的な世界像と、以前から民間で一般的だった水平的な世界構造を一本化しようとする。水平的な神話を、垂直的な枠に押し込めたのだ。そのため地上は、天と地下のあいだの場所になる。こうして、葦原の中つ国が誕生するわけである」

 「日本」神話の特徴は「書きかえられた神話」ということ。そう強調した上で、著者は次のように述べます。

 「どのように書き改められたか。これが、問題の焦点になる。ひっくり返していえば、書きかえられた結果よりも書きかえる方法や過程が重要だということ。
 さいわい、古事記の神話は、それらの痕跡をとどめている。というより、古事記の物語は、変形のプロセスそのものをあらわしているのだ。ここからあそこへという区間を示したのではなく、区間への移動そのものを示したのである。動的視点が要求されるのは、そのためだ。よく、視点を据えるというが、動的視点ならば、どこに据えればいいか。要は、あまり複雑にセッティングしないこと。ストーリー上に据えればいいだけのことである。そこしかセットする場所はない。あとは写しとっていくだけだ。ストーリーを読んでいくだけである。動的視点で迫れば、内部のメカニズムが手に取るように分かる。ストーリーを生み出す仕組みが見えるようになるのである」

 神話というと素朴なファンタジーと思う人もいますが、『古事記』とはそういうものではなく、きわめて政治的な言説であることを著者は強調しています。『記紀』は8世紀に、政治的意図をもって編纂されたものです。しかし、その中にはきわめて古い来歴をもつ普遍的な神話が、たくさん保存されています。これは世界の諸文明の中でも、あまり例のないことだとされています。

 北米インディアンやアマゾン河流域の原住民が語りつづけてきた神話とそっくりの内容をもった神話が、『記紀』には語られているのです。日本人の神話なのだけれど、人類の普遍的な「こころ」にも通じている。わたしは、『古事記』という書物をそのように理解しています。

 本書を読み終えて、新しい知見や学術的裏付けといったものは正直あまり感じませんでしたが、神話的想像力の豊かさを楽しむことができました。

 やはり、人類は神話と儀礼を必要としていると思いました。

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