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孔子・老子・釈迦「三聖会談」』

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No.0408

 

 『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』諸橋轍次著(講談社学術文庫)を再読しました。

 

 著者は、『大漢和辞典』全13巻(大修館書店)を著した偉大な漢字学者です。大学者が、孔子、老子、釈迦という3人の聖人の架空の対話を書いたのが本書です。


 わたしは、いま、『ブッダの考え方』(中経の文庫)、『世界一わかりやすい論語の授業』(PHP文庫)の2冊を同時並行で書いています。ですから、わたしの頭の中には、つねにブッダ(釈迦)と孔子の2人がいます。自然と2人の思想の共通点あるいは相違点を考えることが多いです。そんなとき、ふと本書のことを思い出して、再読したのです。


 本書の口絵には、「三教図」という水墨画が掲載されています。有名な如拙の作だとされており、孔子と老子と釈迦の姿がきわめてあっさりと墨で描かれています。京都の両足院所蔵であるこの絵にインスピレーションを得て、著者は本書を書いたそうです。


 本書の目次構成は、以下のようになっています。


「序」
第一:会場の選定
第二:好ましきもの
第三:孔夫子の出処進退
第四:太上老君と釈尊の生涯
第五:三聖の人間観
第六:死生とはなにか?
第七:釈尊の「空」について
第八:太上老君の「無」と孔夫子の「天」
第九:「中」について
第十:仁・慈・慈悲について


 ここで「孔夫子」「太上老君」「釈尊」という固有名詞が出てきます。もちろん、それぞれ孔子、老子、釈迦(ブッダ)のことを指します。


 わたしは『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)という本を書きました。その中で、ブッダ、孔子、老子、ソクラテス、モーセ、イエス、ムハンマド、聖徳太子といった偉大な聖人たちを「人類の教師たち」と名づけました。


 彼らの生涯や教えを紹介するとともに、8人の共通思想のようなものを示しました。その最大のものは「水を大切にすること」、次が「思いやりを大切にすること」でした。


 「思いやり」というのは、他者に心をかけること、つまり、キリスト教の「愛」であり、仏教の「慈悲」であり、儒教の「仁」です。興味深いことに、思いやりの心とは、実際に水と関係が深いのです。


 本書『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』において、著者の諸橋轍次は孔子、老子、ブッダの3人の思想をじつに詳細に比較しています。そこで、孔子の「仁」、老子の「慈」、そしてブッダの「慈悲」という3人の最主要道徳は、いずれも草木に関する文字であるという興味深い指摘がなされています。


 すなわち、ブッダと老子の「慈」とは「玆の心」であり、「玆」は草木の滋げることだし、一方、孔子の「仁」には草木の種子の意味があるというのです。そして、3人の着目した根源がいずれも草木を通じて天地化育の姿にあったのではないかというのです。


 儒教の書でありながら道教の香りもする『易経』には、「天地の大徳を生と謂う」の一句があります。物を育む、それが天地の心だというのです。考えてみると、日本語には、やたらと「め」と発音する言葉が多いことに気づきます。愛することを「めずる」といい、物をほどこして人を喜ばせることを「めぐむ」といい、そうして、そういうことがうまくいったときは「めでたい」といい、そのようなことが生じるたびに「めずらしい」と言って喜ぶ。


 これらはすべて、芽を育てる、育てるようにすることからの言葉ではないかと諸橋轍次は推測します。そして、「つめていえば、東洋では、育っていく草木の観察から道を体得したのではありますまいか」と述べています。


 これに対して西洋近代の進化論は、動物の観察によって適者生存・弱肉強食の原理を発見しました。これはまさに東洋思想との好対照です。あるいは農耕民族と遊牧民族の相違からかもしれません。


 東洋思想は、「仁」「慈」「慈悲」を重んじました。すなわち、「思いやり」の心を重視したのです。そして、芽を育てることを心がけました。当然ながら、植物の芽を育てるものは水です。思いやりと水の両者は、芽を育てるという共通の役割があるのです。


 そういえば昔、「花には水を、妻には愛を」というコピーがありました。別に妻に限らず、人間も花も、ともに水と愛(思いやり)を必要とするのですね。本書を読んで、わたしはそのことを知りました。


 本書の全篇にわたって、3人による架空の対話あるいは議論が繰り広げられており、まるでファンタジー小説を読んでいるように楽しめる一冊です。


 また3人の聖人の思想的エッセンスを知る上でも、優れた名著だと思います。