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蜜姫村』

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No.0415

 

 『蜜姫村』乾ルカ著(角川春樹事務所)を読みました。

 

 帯に大書された「すごい すごい すごい!」という書店員の言葉に圧倒されたからです。


 著者は、北海道在住。2006年に『夏光』でオール讀物新人賞を受賞しています。


 東京の大学で講師を務める山上一郎は、東北の山村に迷い込みます。


 彼は昆虫学者で、変種のアリを追って来たのですが、遭難状態になったのです。


 しかし、瀧埜上村の仮巣地区の人々に助けられ、命をとりとめます。


 翌年、山上は1年間のフィールドワークのために、妻の和子を連れて再び仮巣地区を訪れました。和子は医師でしたが、この村には医師がいませんでした。無医村で診療を行うことは、彼女にとってもそれはやりがいのある仕事に思えたのでした。


 村の人々は、みんな優しくて、親切でしたが、何日かすると、和子は違和感を覚えます。この村には、病人がまったくいないのです。医師もいないのに、みんな健康すぎるのです。これ以上書くとネタバレになってしまうので、ここまでにしておきます。


 前半ホラー、後半ファンタジーといった感じのライトノベル風の作品でした。


 正直な感想を言うと、「惜しいなあ!」です。


 前半の緊張感はなかなかのものなのですが、後半の展開がちょっと安易過ぎるように思いました。アマゾンのレビューなどを見てみると、やはり物足りなさを訴える人が何人かいました。その中の"ちきん"さんという方が非常に良いコメントを残されています。


 「ウソを吐き通す為の作法」というレビューで、冒頭に「スティーブン・キングを始めホラーで良くある設定だが、この手のものは現実社会からありえない世界に読者を連れて行き、読者自身も『逃げられない』心持ちへ追い込んでいく手腕が、作者の見せ所だ思う。フィクションという『ウソ』の世界に読者をグイグイ引っ張っていく力がどれだけ発揮されているかが、本を面白くするかどうかの分かれ目のはず」と書かれています。


 「ウソ」をつき通すことは並大抵のことではありません。


 作者は、「ウソ」をつき通す為にさらに周到にウソを張り巡らせます。


 そして、「ホント」の様に感じさせる作業を積み重ねていくわけです。


 "ちきん"さんによれば、本書はそこのところが端折られているというのです。


 読み手を「ウソ」の世界へ誘うにはそれなりに作法がありますが、本書は「こんな話がありました」という程度のところで終わっているとして、さらに 、「例えば、S・キングや京極夏彦は、壮大な『ウソ』を読者の心の中で『ホント』にするために登場人物の心理描写を使いウソの為のウソを執拗に書き綴ります。他の作者も作法が違ってもその為の作業を丁寧に行う。少なくとも自分はストーリーのみならず、その部分にこそ酔わせて貰いたくて本を手に取ります。 ウソを吐き通した後に残る作者の表現したかった事。それにどれだけ真実を感じさせるか・・・その作者の手腕こそ見所のはず」と書いています。


 まったく同感です。キングや京極夏彦の名前が出てきましたが、この方は相当にホラーを読み込んでいる「ホラー通」であると感じました。


 さて、この"ちきん"さんをはじめ、多くの読者は本書が「読売新聞」2010年12月13日朝刊の書評欄に取り上げられていたので購入して読んでみたそうです。


 その書評には、「読売」の書評委員である井上寿一氏が、本書の物語の展開に「価値観が揺さぶられる」と書かれていたそうです。これはちょっと、本書のストーリーのどこに価値観が揺さぶられたのか、興味が湧いてきます。そもそも井上寿一氏といえば、政治学者・歴史学者で、専門は 日本政治外交史・歴史政策論のはず。


 そんな方が、なぜホラー小説の書評を担当したかも不思議ですが、あまりに過剰な絶賛は逆に作品や作者のダメージになることもあると感じました。


 日本では、こういうのを「ほめ殺し」と言うのでしょう。


 過剰といえば、「すごい すごい すごい!」という書店員のコピーも明らかに大袈裟で、わたしは「そんなにすごいのか!」と思って、本書を購入したほどです。


 この人は、「読書で鳥肌がたったのは初めてです。読み終わった今でも、手から汗が止まりません」とも書かれています。


 映画の感想でよくある「一生分、泣きました」とか「わたしは、この映画を観るために生まれてきた」といったコメントを連想してしまいます。本屋大賞などが注目されて、書店員のコメントというのが影響力を持ってきましたが、せっかくの流れを過剰な絶賛が水を差してしまいます。バナナの叩き売りではないのですから・・・・・。


 わたしは、もともと広告業界にいたので、煽るようなコピー・ライティングというのは慣れています。若い頃には、それが良いコピーだと思った時期さえありました。


 しかし、広告する商品の内容を正確に伝えておらず、いたずらに煽るだけのコピーは逆効果になることに気づきました。


 最近、ある東急エージェンシーの先輩が「広告臭とかマーケティング臭がする商品を消費者が嫌うようになった」と言っていましたが、その通りだと思います。


 わたしの本でも、版元に扇情的なコピーをつけたがる人がいるので(笑)、気をつけなければならないと思いました。


 本の内容というより、書評とかコピーの話題になってしまいましたが、本当に前半は面白かったです。一気に読ませる著者の筆力も、なかなかのものでした。


 後半も、マンガやアニメの原作としてなら読めるかもしれません。