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箱庭図書館』

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No.0419

 

 『箱庭図書館』乙一著(集英社)を読みました。

 

 本書には、集英社WEB文芸「RENZ ABURO」の人気企画である「オツイチ小説再生工場」から生まれた6つの物語が収められています。


 「乙一」という、ちょっと変わったペンネームの作家の存在は知っていました。愛用していたポケコン(関数電卓機)の名前である「Z1」に由来する名前だとか。ホラー小説の分野で新境地を開いたと聞いていたので、楽しみに本書を読みました。


 本書に収められているのは、以下の6作品です。


 少年が小説家になった理由が明らかになる「小説家のつくり方」。


 コンビニ強盗との奇妙な共同作業を描く「コンビニ日和!」。


 ふたりぼっちの文芸部員の青くてイタいやりとりを綴った「青春絶縁体」。


 謎の鍵にあう鍵穴をさがす冒険が展開される「ワンダーランド」。


 ふと迷いこんだ子どもたちだけの夜の王国の物語である「王国の旗」。


 そして、雪の上の靴跡からはじまる不思議な出会いが語られる「ホワイト・ステップ」。


 いずれも面白く読めるのですが、6つの物語を「分善寺町」というひとつの街の物語として無理にまとめた感があります。だからこそ、「箱庭」なのでしょうが、それぞれの物語のつながりがスムーズでなく、どうにも不自然な印象が残りました。


 朱川湊人の作品集『かたみ歌』に似ていることに気づきました。『かたみ歌』では、7つの独立した物語がアカシア商店街という場所で起こります。残念ながら、『箱庭図書館』には『かたみ歌』のような"まとまり"を感じませんでした。


 本書を読み終わってから知ったのですが、6つの物語は著者のオリジナル作品ではないそうです。読者から投稿された原稿の中で「ボツ」になった作品に著者が手を入れたとのこと。だから、「オツイチ小説再生工場」だったのですね。わたしは、オツイチ初体験なので、できれば完全な著者のオリジナル作品を読みたかったと思いました。

 

 でも、読者からのボツ原稿をベースにしているとはいえ、名作もありました。個人的には、最後の「ホワイト・ステップ」に感動しました。もともとの原作である「積雪メッセージ」の作者"たなつ"さんの発想が素晴らしいです。


 基本的にオチのある物語なので「あらすじ」を書くのは控えますが、パラレルワールド、すなわち並行世界の物語です。そして、この物語は、愛する人を亡くした人のための大いなる「癒し」の物語となっています。


 これだけはネタバレにならない範囲で書きますが、すなわち並行世界では死者も生きているというわけです。なるほど、わたしは「並行世界」というアイデアがグリーフケア・ワークにおいて大きな力を発揮することに気づきました。愛する人が交通事故に遭わなかった世界、癌にならなかった世界、自殺を思い止まった世界、地震が来なかった世界、津波など最初から発生しなかった世界・・・・・もう一つの世界をイメージすれば、死別の悲しみに対するささやかな発想の転換になるかもしれません。

 

 また、最先端の科学理論がパラレルワールドを証明してくれる可能性もあるのです。『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の「神化するサイエンス」にも書きましたが、現代物理学を支える量子論には「多世界解釈」というものがあります。量子論によると、あらゆるものはすべて「波」としての性質を持っています。


 ただしこの波は、わたしたちが知っている波とは違う、特殊な波、見えない波です。それで、この波をどう理解するかという点で解釈の仕方がいくつかあるのですが、その一つが多世界解釈というものです。


 SFでは「パラレルワールド」とか「もう一人の自分」といったアイディアはおなじみですが、わたしたちが何らかの行動をとったり、この世界で何かが起こるたびに、世界は可能性のある確率を持った宇宙に分離していくわけです。


 量子論においては、いわゆる「コペンハーゲン解釈」が主流となっていますが、この多世界解釈こそが量子論という最も基本的な物理法則を真に理解するうえで、一番明快な解釈だという考え方もあるのです。


 わたしたちはSFにおける想像力を「人類の叡智」として使う時期かもしれないと述べました。まさに、「パラレルワールド」というアイデアもグリーフケアに大いに活用できるように思います。その意味で、本書の最後を飾る「ホワイト・ステップ」は、愛する人を亡くした人のための物語でした。