No.0421 ホラー・ファンタジー 『天帝妖狐』 乙一著(集英社文庫)

2011.08.21

 『天帝妖狐』乙一著(集英社文庫)を読みました。

 著者の衝撃のデビュー作『夏と花火と私の死体』に続く作品集です。10代ならではの若くてみずみずしい感性と、10代らしからぬ老練したテクニックを併せ持つ著者の才能に感嘆しました。本書のカバー裏には、次のような内容紹介が書かれています。

「とある町で行き倒れそうになっていた謎の青年・夜木。彼は顔中に包帯を巻き、素顔を決して見せなかったが、助けてくれた純朴な少女・杏子とだけは心を通わせるようになる。しかし、そんな夜木を凶暴な事件が襲い、ついにその呪われた素顔を暴かれる時が…。表題作ほか、学校のトイレの落書きが引き起こす恐怖を描く『A MASKED BALL』を収録。ホラー界の大型新人・乙一待望の第二作品集」

『夏と花火と私の死体』と同じく、もともと本書はジャンプJブックスの1冊でした。それを文庫化したわけですが、最初に「A MASKED BALL ア マスクド ボール―及びトイレのタバコさんの出現と消失―」が掲載されています。

 トイレの落書きという超アナログ・メディアが、インターネットの掲示板というデジタル・メディアと同じ機能を果たすというアイデアが秀逸だと思いました。一連の事件の犯人は、わりとすぐに想像がつきました。しかし、そんなことなど気にもさせないほどの筆力で、著者は物語を進めていきます。

 本書の「解説」を書いている作家の我孫子武丸氏は、著者の天才性をいち早く見抜いた1人ですが、「夏と花火と私の死体」を読んで仰天しながらも、著者のあまりの若さゆえに「フロックではないか」という疑念も抱いていたそうです。

 その疑念は、同じく疑っていた作家の綾辻行人氏に「やっぱり彼は本物だよ」と言わしめた「優子」を読んでも完全には晴れなかったそうです。しかし、この「A MASKED BALL」を読み、我孫子氏は真に「乙一、恐るべし」と感じたといいます。

 表題作である「天帝妖狐」も優れたエンターテインメントでした。冒頭に、コックリさんの場面が登場して、なつかしかったです。わたしは小学生の頃、つのだじろうの名作「うしろの百太郎」の影響で、コックリさんを何度か行ったことがあります。あのときの怪しいワクワク感がよみがえってきました。

 主人公・夜木のあまりにも数奇な運命には「ちょっと無理がありすぎでは?」と思える部分も多々ありますが、まあエンターテインメントですから許されるでしょう。夜木に思いを寄せる杏子との別れの場面は、とても切なく書けていました。別れの後の夜木からの手紙も、「うまいなあ!」と感心するばかりです。

 ホラーに「恐怖」のみならず「感動」の要素が見事に加えられています。このスタイルは、本作以降の著書の個性となります。

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