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希望ヶ丘の人びと(上下巻)』

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No.0368

 

 『希望ヶ丘の人びと』上下巻、重松清著(小学館文庫)を読みました。

 

 これまでも著者の作品は愛読してきましたが、これはまた泣かせる小説でした。上下巻あわせて850ページ近いのですが、一気に読みました。本書を一言で表現するなら、「泣いて笑って心温まるニュータウン小説」です。


 物語の主人公は、40歳になった田島という男です。彼は、ニュータウン「希望ヶ丘」へとやってきました。今春から中学三年生になる美嘉と小学五年生の亮太も一緒でした。


 ただし、妻の圭子はいません。彼女はガンで2年前に亡くなったのです。希望ヶ丘は、亡き圭子の"ふるさと"でした。田島は脱サラして、希望ヶ丘に新設される塾の教室長に転職します。


 つまり、今度の引っ越しは、彼自身の再出発でもあったのです。しかし、父子三人の新生活は、最初から難問が続出します。亮太は、いつまでも母の面影ばかりを追い求めます。内向的な美嘉は、新しい学校になじめません。


 さらには、新しく開いた塾には生徒が集まらないのです。そんな中、妻の中学時代の親友が、「圭子の好きだったひとって......」という衝撃の一言を漏らします。妻の初恋の話を聞いてしまった田島は動揺し、見えない相手に嫉妬します。


 前向きに頑張る田島の塾には、少しずつ生徒が集まってきました。帰国子女で不良娘のマリア、高校中退して家を出たショボ、ウルトラ教育ママの期待に押し潰されそうな泰斗、そして、田島の長女である美嘉・・・・・。みんな一癖も二癖もあり、いわゆる「普通の生徒」ではありません。彼らは、希望ヶ丘からダメ出しされた生徒たちだったのです。マリアは、希望ヶ丘について「ダメになっていく子に冷たい街」と言い放ちます。


 そんな希望ヶ丘から見捨てられた子どもたちを田島とともに救ったのは、マリアの父親であるエーちゃんでした。彼は、矢沢永吉に心酔するロッカーもどきの男でしたが、なんと圭子の中学時代の初恋相手でした。エーちゃんは、矢沢譲りの熱いスピリットで、子どもたちに語りかけます。


 「顔を上げろよ、少年。うつむいてると息が苦しくなるだろ......美味い息を吸って、美味い息を吐け。それが人生だ」「いろいろ大変なことはあっても、生きてるってのは、もう、それだけでハッピーなんだよな」「人生は吹きっさらしだ......だから、めんどくさくて、大変で、苦労も多くて......でもな、そのかわり、ときどき気持ちのいい風が吹くんだ! その風が、おまえらを......俺たちを、いつだって元気にしてくれるんだ」


 まさに名セリフのオンパレードですが、はっきり言って「クサイ」これらのセリフを聞いているうちに、なんだか元気が湧いてくるから不思議です。


 さて、本書を読んで「やっぱり、重松清はうまいなあ!」と思わせる箇所がいくつもありました。たとえば、美嘉の通う中学校の保護者会で、田島はあるモンスター・ペアレンツの母親に出会います。彼女は、田島の塾に理不尽なクレームをつけてきた客でした。


 そして、彼女は保護者会でも、担任の教師相手に見事なくらいに吼えまくったのです。それを見て、田島は次のように思います。


 「マンガやドラマの世界だぞ、あれはもう、ほとんど・・・・・。
 たとえるなら、『ギャートルズ』で原始人が食べている、両側に骨のついた肉だ。
 あるいは『おそ松くん』のチビ太が手に持っている、串に刺したおでんだ。
 一度食べてみたいと子ども心に憧れながら、現実の世の中でお目にかかったことはない。それと同様、学園ドラマの憎まれ役でおなじみのイヤミな親も――『ああいう奴がウチのPTAにいたら嫌だよなあ』と思いながらも、現実に出会ったことはなかった。
 しかし、いたのだ。絵に描いたようなイヤミな親が、ついさっきまで3年1組の教室にいて、私のすぐ目の前の席に座っていたのだ」


 保護者会の後、田島は宮嶋という男性に呼びとめられ、近くのレストランで話をします。宮嶋は、さっきの「絵に描いたようなイヤミな親」の夫でした。最初に塾へかけた非礼な電話を詫びた彼は、すべて水に流して自分の息子を塾に入れてほしいと頼みます。彼は気の強すぎる妻に愛想を尽かし、離婚を考えていました。息子が志望校に入れれば、妻は満足して、離婚に応じてくれるというのです。そんな宮嶋に対して、最愛の妻を亡くしている田島は心の中で次のように言います。


 「究極の『幸せ』っていうのは、『途中で終わらない』ってことなんですよ。ほんとうの親の責任っていうのは、『子どもが一人前になるまで生きる』ってことなんですよ。ウチはそれができなかった。悔しいけど、できなかった。でも、あなたはできるじゃないですか、奥さんと二人で生きていけるじゃないですか・・・・・」


 もう一つ、「うまいなあ!」という箇所がありました。中学の父兄参観日の場面です。男女に分かれた屋外の授業です。男子はサッカー、女子は創作ダンスということで、親は見学ないしは見物、せいぜい応援ということになります。しかし、例のエーちゃんがやってきて、「もったいないよなあ」と不満そうに言うのです。


 「野外だぞ。イベントだぞ。ここで盛り上がらないでどうするっていうんだよ。エーちゃんだって原点は日比谷の野音だし、どんなに武道館で30年やっても、やっぱりスタジアムだと燃えるんだ」と言ったエーちゃんは、居並ぶ親たちに向って高らかに宣言します。


 「俺は授業に参加するぜ! 大事なのは授業サンカンじゃない、授業サンカなんだ! 一文字減ったら大違い! ブロックとロックみたいなもんだ! ミヤザワとヤザワだ! ヘイキチとエイキチだ!」


 その直後に、「あ、いまのローマ字なんで、そこんとこ、よろしくっ―」と加える(笑)。


 まあ、理屈っぽいセリフではありますし、何となく勢いだけで書いた感じもします。それでも、やっぱり「うまいなあ!」と思ってしまいました。父兄にとっては「授業参観」ではなく「授業参加」が大事というメッセージも憎いですね。


 最後に、物語が進むにつれ、主人公の田島、恐妻家の宮嶋、そしてえーちゃんの3人は、なんだか「ズッコケ三人ぐみ」みたいな感じになってきます。


 じつは、田島の亡き妻である圭子は、宮嶋とエーちゃんにとっての初恋の相手でした。そのことを知っている田島は、何度も「僕は圭子の夫です」と言おうとしますが、いつもタイミングが合わずに、また田島が気後れして告白することができません。そのあたりは非常にまどろっこしくて、読んでいてイライラしました。


 「さあ、ここで言え」「今こそ、言う時が来た」と思わせては、肩透かしをするのです。このあたりは、「ちょっと、重松清もくどいんじゃないの」と思いました。


 しかし、最後の最後に、最高のタイミングで告白の場面が用意されていたのです。


 それは、もう、「この場面以外はありえないだろう」というくらいのドンピシャリのシーンでした。ずっとフラストレーションが溜まっていたぶん、告白したときの感動は大きく、わたしの涙腺を守る堤防は決壊して、涙がとまらなくなりました。


 いやあ、やっぱり、重松清はうまいなあ! その筆力に感服しました。重松清という才能と同時代を生きることができ、彼が書いた小説を読めることの幸せを噛み締めました。


 さて、本書はもともと「週刊ポスト」に連載された小説です。巻末の「『希望ヶ丘の人びと』をめぐる人びと―文庫版のためのあとがき」の冒頭には、次のように書かれています。


 「連載開始まで2カ月を切っていても、まだ『希望ヶ丘の人びと』に出てくる面々は『希望ヶ丘』に暮らしてはいなかった。2006年秋のことである。ニュータウンの家族を描くということまでは決まっていても、その先が見えない。いや、それはプロットが云々、主人公の造型がどうこう、という問題なのではない。『その先』というより、むしろ手前、物語の根っこの部分が定められずにいたのだ」


 物語の根っこを求めて、著者は取材に出かけました。場所は、1997年に起きた連続児童殺傷事件の現場となった兵庫県のニュータウンです。事件そのものを話に組み込むつもりはなかったものの、「ニュータウン的なるもの」の1つの極北を感じ取るべく事件の舞台を歩いたそうです。


 収穫はいくつもあったそうですが、その一方で、さらなる迷宮に迷い込んだことも少なくありませんでした。なかなか、「よし、これでいける!」という確信は得られなかったといいます。「週刊ポスト」の担当編集者と飲んだとき、小説の方向性を語り合いました。著者は、次のように書いています。


 「『方向性は2つあるんだ』と僕は言った。1つは、ニュータウンや家族の抱える病理をえぐり出すシリアスな方向。もう1つは、そういう病理があることは認めながらも、明るさや元気へと向かうポジティブな方向。どちらも大変だと思っていた。だからこそ、『オレはどっちでもいいけどな』とセコく見栄を張った」


 そのとき、編集者は少し考えてから、「前向きなほうをお願いしたいです」と言ったそうです。そして、続けて「こんな時代ですから、生きることに希望が持てるような小説を『ポスト』の読者に届けたいんです」と言いました。著者は、たしかに「生きることに希望が持てるような小説」を書き上げたのではないでしょうか。


 本書の目次ページには、奥原しんこ氏の絵が掲載されています。単行本版でカバーに使った、希望ヶ丘をイメージした風景画です。雑誌連載中から挿画で物語を彩っていた奥原氏は、単行本のカバーの絵を描き下ろすにあたって、希望ヶ丘中学を自身の母校に重ねて描いたのだそうです。


 そして、彼女の母校とは、宮城県気仙沼市立気仙沼中学校でした。そう、奥原氏は、東日本大震災で甚大な被害を受けた気仙沼市の出身だったのです。「文庫版あとがき」の最後に、著者は次のように記しています。


 「希望は、ある。世界のどこかに転がっている。
 『甘いことを言うな』となじられるのは承知しながらも、やはり僕はそれを言いつづけるだろう。僕たちはほんとうは誰もが、希望ヶ丘の住民なのだから。
 最後の最後にネタ明かしをしておく。
 僕は、『希望ヶ丘』を『日本』のメタファーとして、この長い物語を書いたのだ」


 重松サン、ネタ明かしをしてくれなくても、それはちゃんとわかっていましたよ。これからの人生を前向きに生きたい人は、ぜひ本書をお読み下さい。