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四人の教師』

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No.0384

 

 『四人の教師』徳永弘倫著(菁柿堂)を読みました。

 

 「釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの思想と生涯」というサブタイトルがついています。著者は1927年生まれで九州大学工学部卒、95年から執筆活動に入り、近年は絵画の制作と発表も行っているそうです。


 わたしは現在、『ブッダの考え方』(中経の文庫)および『世界一わかりやすい論語の授業』(PHP文庫)という本を並行して書いています。ですから、日々、釈迦や孔子について深い関心を抱いています。


 また、これまでに『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)などを上梓したように、「聖人」というのはわたしにとって大きなテーマです。釈迦と孔子にソクラテスとイエスを加えて、「世界の四大聖人」と呼びます。彼らは、また「人類の教師」とも呼ばれる偉大な存在です。本書は、この4人の人類の教師の生い立ちから晩年を比較検討した本です。

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。


「まえがき」
1:四聖とその人間像
2:著作について
3:教師とその弟子
4:家庭
5:父と子、母と子
6:気質、性格、人格
7:青春
8:修行・勉学
9:壮年・活動
10:晩年・死
11:四人の教師の現代的意義
〔参考文献〕
「あとがき」 


 第1章の「四聖とその人間像」では、さまざまな書物が紹介されます。四聖の生涯を比較た本として、まず、和辻哲郎の『孔子』(岩波文庫)が紹介されています。これは、学者らしい冷静で公正な解説がなされていると評価されています。それぞれの聖人について書かれた書物は無数にありますが、いずれも伝記ではなくて語録とか追憶、思想などについて述べたものがほとんどです。


 著者いわく、釈迦とイエスは伝説めいたもの、神話化されたものが多く、なかなか実像がつかめません。孔子とソクラテスはその点、比較的生の人間を伝えているように思えます。それでも、あくまで弟子の目を通した孔子であり、ソクラテスです。


 結局、釈迦については原始仏教の教典類、孔子については『論語』、ソクラテスについてはクセノフォンの『メモラビア』とプラトンの『パイドン』など、イエスについては『新約聖書』といったように弟子たちが師について語った書物を通じて彼らの人間像を把握するしかないとして、著者は次のように述べます。


 「私は仏教の教典は『スッタニパータ』(『ブッダのことば』岩波文庫)と『大パリニッバーナ経』(『ブッダ最後の旅』岩波文庫)の2つ、あと孔子の論語、クセノフォンの『メモラビア』とプラトンの『パイドン』、それに『新約聖書』を座右に置いて暇な時に目を通しては、メモを作ることから始めました」


 これは、『世界をつくった八大聖人』を書いたときのわたしも同じようなものでした。


 著者は、それらの文献を読みながら、四聖についてのメモを取ります。それによって、いろんな発見や気づきがありました。たとえば、四聖が世を去る時に肉親が身近にいたのは釈迦、孔子とイエスの3人だけでした。


 釈迦は一族がコーサラ国のヴィドーダバ王に滅ぼされていましたが、従兄弟のアーナンダが臨終の床に付き添っていました。孔子は恐らく孫の孔及に見守られ、イエスは母のマリアが息子の処刑を見守っていたと想像されます。


 ソクラテスは処刑の前に家族を牢獄から退出させましたので、その死に弟子は立ち会っていましたが家族の姿はありませんでした。この家族についての情報は重要で、本書の中で何度も触れられます。メモ作りを通して四聖の実像に迫ろうとする著者は、次のように述べます。


 「このようなメモ作りを一通り終えた後の四聖の人間像をおおまかな第一印象として述べますと、やせ型で細身でひたむきではあるが冷静な学者肌の釈迦、長身でかっぷくがよく豊かな知識を持つ誠実な実務家肌の孔子、小太りで酒と議論が好きな一本気の哲学者であるソクラテス、筋肉質できびきびとした情熱家で固陋を排する青年イエスといった所でしょうか」


 第2章の「著作について」では、四聖がいずれも自身で本を書かなかったことが指摘され、プラトンの次の言葉が紹介されます。


 「書かれたものの中から何か明瞭で確実なものを摑みだすことができると信じている者は大変なお人よしである。そういう人は、書かれた言葉というものが、書物に取り扱われる事柄について知識を持っている人にそれを思い出させるという役割以上に、もっと何か多くのことをなしうると思っているからだ。」


 さらに、プラトンはこうも言っています。


 「一個人としてものを書く場合にせよ、あるいは公の立場で書く場合にせよ、いやしくもかつてものを書いたり、ないしは書こうとするに際して、もしそのなかに何か高度の確実性と明瞭性が存在すると考えてそうするのであれば、その場合にこそ、人が実際に非難を口にするとしないとにかかわらず、書く本人にとって恥ずべきことなのである」


 著者は、「こうまで言われたら何も書けなくなります」と述べます。そして、もう1つ重要な問題が提起されます。それは、「書かれた言葉」と「語られた言葉」の関係です。プラトンによれば、「書かれた言葉」は「語られた言葉」に対して劣位にあるというのです。「語られる言葉」は「書かれた言葉」と兄弟関係にあるが、「語られた言葉」は父親の正嫡の子である、「書かれた言葉」はその影である。


 また、書くということは植木鉢に種を蒔いているようなもので、本当はそれに適した農地に蒔かなければならないのだといいます。著者は、ものを書くことは大変難しい問題を含んでいるとしながらも、「書かれた言葉」を否定したプラトン自身が大量の書物を書いた矛盾を指摘しています。


 第3章の「教師とその弟子」では、「人間関係」の問題が取り上げられます。著者は、次のように書いています。


 「人間関係という言葉は比較的新しい言葉で、少なくとも戦前には使われませんでした。親と子、先生と生徒、職場の上司と部下、こういった関係は垂直的な縦の人間関係です。恋人どうし、遊び友達、これらは水平的な横の人間関係です。縦の関係は倫理とか規律とかがその人間関係を支配しています。横の関係では互いの人間関係を支配する定型的な規律やルールはなくて、そのケース毎にある種の約束ごとあるいは相互の信頼関係に支配されています。現代はこういった人間関係が複雑になって、家庭、学校、職場などでトラブルが増えたと言われます。それは倫理、規律、信頼関係など人間と人間を結んでいる絆が壊れてきたためと考えられます。人間関係が複雑になったとか、人間の絆が壊れてきたとかいわれる現象は何によって起こるのでしょうか」


 続いて、著者は次のように述べています。


 「人間関係が巧くゆかないのは人と人との絆が切れるからです。人と人を結ぶ絆とは何でしょう。これがプラトンではないけれども、『語る言葉』でも『書かれた言葉』でも説明しにくいのです。お互いの信頼関係だとも、お互いの愛だとも、誠実だとも言ってみても、では信頼とは何か、愛とは何か、誠実とは何かと問われると辞書に書かれた言葉しか返せません。当事者にとってはそれは答にはなっていないのです。もっと具体的で全身で感じ取れるものでなくては納得できないものなのです。そんなものを説明できる訳がありません。逆に絆を切るものを挙げたら、つまり裏側から見たら分かるかもしれません。絆を切るものとして、疑念、違約、背信などがあるでしょう。しかし、一方がこれをしたからといって直ちに絆が切れるとは限りません。相手が包容力があり、寛容であったら切れません。イエスのようにユダの裏切りとペテロの背信を知っていながら、これを許す人がいるからです」


 わたしは、「人間」そのものよりも「人間関係」のほうが重要だと思っています。ですので、著者の意見には大賛成です。


 ここから、著者は精神分析学の考え方などを駆使して、四聖の内面に迫っていきます。


 まず、著者が拠って立つのは、フロイトが唱えた「コンプレックス」の理論です。一般に、幼児期において男子は母親を愛の対象にします。この愛は母親から拒絶されて、父親から復讐されるかも知れないという不安を呼び起こします。


 フロイトはこのような心理を「エディプス・コンプレックス」と名づけました。幼児にとって自分と父と母との三角関係は始めての社会的人間関係を体験することになります。普通は、男の子にとって父親は煙たくて邪魔な存在ですが、成人すると共にそういった心理はだんだん希薄になるものです。成長するにつれて、人は他人との間の人間関係、例えば友達とか師弟とかの関係に心を満足させる方法を日常生活の中で見つけるようになります。しかし、中には幼児期の心理に戻ることでしか心が満たされない人がいます。いわゆる「マザー・コンプレックス」といわれるものです。こういったフロイトの理論を参考にして、著者は次のように述べます。


 「結論として、この四人の教師の幼児期から青年期にかけての親子関係は、釈迦は父親コンプレックス、イエスは母親コンプレックスを持っていたのではないかということ、孔子とソクラテスは顕著なコンプレックスはなかったらしい、と言うことになります」


 偉大な教師を精神分析するなど驚くべきですが、著者は次のように述べています。


 「両者の対人関係に硬くて強靭な印象があり、カリスマ性が強く現れたのもコンプレックスと対決したことが関係しているのかも知れません。これとは逆に、孔子とソクラテスが柔らかく人間臭いイメージを残したのは、コンプレックスを持っていなかったために周囲の人から親しまれ易い性格になったのかも知れません」


 第6章「気質、性格、人格」では、ドイツの精神病理学者クレッチマーの有名な「躁鬱質」「分裂質」「粘着質」の人の気質の三分類が取り上げられ、著者は次のような診断を下します。すなわち、釈迦はおそらく分裂質、孔子とソクラテスは躁鬱質、そしてイエスは粘着質である、と。さらに著者は、次のように述べます。


 「この4人が1つの学校で教授を務めたとしたらどうでしょう。
 釈迦はインド哲学と仏教思想、孔子は政治学と倫理・道徳、ソクラテスは自然学とギリシア哲学、イエスは医学とユダヤ思想を担当するでしょう。それぞれ学識豊かで、個性に溢れた授業になるでしょう。学生たちは4人のパーソナリティに触れて、感動と発奮を引き起こし、たちまち人気講座になることと想像されます」


 なんとも著者のイマジネーションの豊かさには感心しますが、これにとどまらず、精神分析学者のユングまで登場させます。ユングは人の性格を、心理学的類型から見て一般的態度によって外部世界に指向する外向型と内部世界に指向する内向型に分けた人です。さらに心理的機能によって思考、感情、感覚、直観の4つに分けて、一般的態度と心理機能の組み合わせで8つの類型に分けて考えました。これをもとに、著者は次のように述べます。


 「4人はいずれも心的エネルギー、生命力が内部に向かっていますので、関心が精神的なもの、内面的なもの、抽象的なものに向けられている内向型です。ただ、孔子は直接的に、ソクラテスとイエスは間接的に政治にかかわる行動をしていますから、外向型の一面も持っています。人間の性格が多面的であるのは自然なことでしょう」


 さて、7章の「青春」では、4人が生きた社会を、著者は以下のように書いています。


 「古代社会は地域と時代を問わず階級社会でした。釈迦のインドでは僧侶、武士、農民と商人、それに奴隷の4階級でしたし、孔子の時代も王と貴族、武士、農民の階級に分かれていました。また、ソクラテスのアテネでも民主制ではありましたが、市民の下に奴隷がいました。イエスの時代も祭司貴族の下に都市小民階級(革なめし工、天幕工、大工など)と小農民(小作人、漁民、労働者、負債奴隷)がいました」


 また、ブッダが生老病死を見た「四門出遊」について。著者は、次のように興味深い指摘を行っています。


 「よく、街に出た時に生老病死を見たのが出家の原因だと釈迦の伝記に書かれていますが、これが出家の原因とは考えられません。生老病死は王宮にいても折にふれて見ることはできます」


 「本当の原因は、街で一般民衆を見る時の、釈迦の繊細な感情にあるのです。自信が早く母を失うと言う不幸に会いましたが、他人の不幸を見る目が人一倍優しかったのだと思います。自身が王子という何不自由ない身が余計に幸と不幸の落差を感じさせたということもあるかも知れません。しかし、その落差を感じ取るのには繊細な感情がなければなりません。これは理屈では駄目なのです。自分が不幸な目に会っている時に他人にその窮状を訴えても鈍感な人にはその痛みは分かって貰えないのです。医師と患者の関係で言えば、患者の苦しみはその医師が患者と同じ病気にならなければその医師は患者の本当の苦しみは分からないのです」


 この著者の指摘は、なかなか重要であると思います。わたしは「生老病死」を苦悩と決めつけることには異論があるのですが、そういう考えに至ったのはシッダールタ王子の繊細な感情があってこそなのでしょう。そして、四聖がいずれも親の職業を継がなかったことが大きな共通点とされます。著者は、次のように述べています。


 「釈迦も孔子もソクラテスも父親の後を継ぎませんでした。イエスも同じように継ぎませんでした。この4人がもし後を継いでいたら歴史に残らず、私たちは彼らが生きていた事すら知らずにいるでしょう。古代から現代までに父親の後を継がない人は何億人といるでしょう、そのなかの4人が人類の教師と言われるのは何とも不思議としかいいようがありません。しかし、その一番の原因は後を継がなかった青春の志にあるのです。親に反抗してとか、親の仕事は恰好良くないとかいったくだらない価値観とは全く違った価値観を持っていたからです」


 この文章を読んで、わたしは少しだけ複雑な気持ちがしました。なぜなら、親の後を継がないことが「志」の証であるというからです。わたしは、冠婚葬祭という親の仕事を継ぎながら「志」を立てていますので、この箇所にはちょっと引っかかりました。まあ、時代背景や仕事の内容によっても違うとは思いますが・・・・・。


 第11章「四人の教師の現代的意義」も興味深く、著者は次のように述べます。


 「もともと、この4人は何千年も先のことは考えてはいません。ただ、自分の一生を真剣に生きただけです。私たちはその生きざまをよく見て参考にすればよいのです。それは複雑な現代にあっても十分役に立つのです。もちろん当時の社会と今では大変な違いがあります。しかし、個人と社会の関係は原理的にはそう違いません。たとえば、釈迦はビンサーラ国王に隣国への侵略を止めさせました。これは現代では反戦思想です。また、孔子は階級を問わず、学問が好きな人は自分の塾へ入れました。これは私学の始まりで、実力主義の奨励です。ソクラテスは裁判で自らの社会正義を貫きました。イエスは自ら見いだした神への確信を貫きました。個人と社会との関係においては自らの信念は死を前にしても揺るがせてはいけないことを示しました。
 現代社会の中で起こる様々の不条理、不幸に個人は弄ばれますが、私たちは、釈迦が教えた無常観、孔子が教えた天を怨みず、ソクラテスが教えた無知の知、イエスが教えた神の愛を思い出すことによって、心の平静を取戻し、元気を出し、癒されるのです。彼らが生きていた時に、彼らが出合った状況は何千年経っても繰り返されるのです。私たちは彼らの教えをよく学ぶことによって、より良い毎日を送ることができるということを知らなければなりません」


 もし、4人が「聖人」あるいは「人類の教師」としての人生を歩まなかったとしたら、その後の歴史はどうなっていたか。この魅力あふれる問いに対して、著者は次のように答えます。


 「釈迦が哲学好きの王になり、孔子が小役人で一生を終え、ソクラテスが神殿の彫物師となり、イエスが椅子や寝台を作る大工となっていたらこの書物を書くことにならなかったでしょう。いや、歴史はもっと重大な影響を受けています。中国も朝鮮も日本も仏教国になっていませんから、日本では蘇我一族と物部一族の争いは起こりようがないし、法隆寺も奈良の大仏もないし、最澄も空海も出てこなかったでしょう。孔子の儒教もないから江戸幕府も困ったでしょう。ヨーロッパではプラトンとアリストテレスが出てきませんから、アレキサンダーの東征はどうなったか分かりません。さらに、ローマ帝国がキリスト教に改宗しないのであればもう歴史がどうなったかは皆目見当がつきません」


 そして、4人が「聖人」あるいは「人類の教師」としての人生を歩む上で、何よりも重要な問題となったのは「家族」の存在であるとして、著者は次のように述べます。


 「彼らが最初に検討したのは家族への影響でしょう。両親が受ける精神的な打撃、家計への影響など4人それぞれに影響は違いますが、考えたことでしょう。なかでも国王である釈迦の父は大変ショックを受け釈迦を翻意させようとあらゆる手を尽くしたと仏典は伝えています。孔子の場合は父はすでに亡くなっていて武人になろうとしても後ろだてがありませんでした。一方、勉学の積み重ねが役所に認められましたから、励みになってあまり悩むことはなかったかも知れません。ソクラテスも富裕ではありませんが、第3階級に相当する収入があったようです。市民としての義務は兵役に服することで、深刻な悩みは無かったでしょう。イエスは長男で弟や妹が何人かいたようですから、生計のことや家業を継ぐことについて悩んだはずです。4人それぞれに違いはあっても、結論は自分の思うとおりに進むべきだということでは一致します。これは未知の冒険に挑むのは若者の特権だと言うしかありません。失敗したらそれも若さのせいです」


 結局、この4人がめざしたものは何だったのか。著者はそれを「未知の冒険への挑戦」と断言して、次のように述べます。


 「釈迦の教えを反芻するのも良いでしょう。論語を読み返すのも良いでしょう。プラトンのソクラテス三部作を読み返すのも良いでしょう。聖書をひもとくのも良いでしょう。しかし、個人としての行動の指針は得られても、世界を集団で動かすマニュアルにはなりません。そうです。4人の教師が指さして示しているものは、未知の冒険への挑戦なのです。私たちは、4人がそれぞれ未知の冒険に挑んだように、世界全体で永久に平和を保つという冒険に挑まなければならないのです。先に冒険心が衰えてきているのではないかという危惧の念は、これがなければ所詮何もできないからなのです」


 最後に、「あとがき」で著者は以下のように述べています。


 「それにしても、私はこの4人があたかも人間の類型を示すように見事に分かれているのに驚きます。和辻やヤスパースは意識して4人を挙げたのでしょうか。私たちの身の回りには容易に釈迦型の人、孔子型の人、ソクラテス型の人、イエス型の人を見いだすことが出来ます。自分でも4つの型のどれかに入ると思えるのではないでしょうか。それはその人が目標にすれば少しでも近づくことのできる理想の人間像なのです。自分をそんな偉い人になぞらえるなんて、と考えることはありません。彼らも同じ人間なのですから、到達するための目標にするのは一向に差し支えのないことです。むしろ、そうすることによって彼らを研究し、理解しようという意欲がわくのではないでしょうか」


 もしも、釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの4人を主人公とした物語を創造しようとする人がいるなら、この著者による性格分析は非常に参考になると思います。本当は時間さえあれば、わたしが自分で書きたいぐらいです。それにしても、ここまで四大聖人の内面を徹底的に解剖した人がいたでしょうか? また、こんな凄い人が大学などの研究者でなく、在野におられたことも驚きです。


 現在、80代半ばという著者は横浜に住んでおられるそうですが、機会があれば一度お会いして、ぜひ四聖についての話を伺ってみたいものです。